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えれなの  作者: のじゃー
6/8

6

 辺境伯アルベルトの邸にて。

 クロネは食事の時間まで少し一人になりたいと申し出て、用意された部屋で寛いでいた。

 宛がわれた客室のベッドに腰掛け、艶のある黒髪を手櫛で整えながら一人溜め息を吐くクロネ。


「人とは不思議な生き物じゃな……」


 力こそが全て。

 龍の貴種は強大な力を持つが故に、そんな価値観の者が多い。

 人間が足下の蟻などに一々遠慮しないのと同じ。

 今までクロネはその価値観を肯定してきた。

 

 だというのに、先の話し合いの場では一番力を持った人間ーーエレナの父親アルベルトが、何故か一番立場が弱そうだった。

 クロネはその事に複雑な思いを抱いていた。


「親か……」


 その単語でクロネは故郷を思い出すが、帰りたい気持ちは微塵も湧いてこなかった。

 録な思い出がないからだ。


 母龍は絶対的な力を持っており、我が儘を言ったり、命令に歯向かおうものならボコボコにされた。

 父龍は無気力で、構って欲しくて声を掛けても、弱い奴に興味はないと無下にされた。

 近い親族の白龍シロネにはよく分からない内に目を付けられて、事あるごとにいじめられて、挙句の果てには玩具とまで言われた。


 それでも力の弱いクロネはどうする事もできなかったのだ。

 相手に非があると思い戦いを挑んだところで結局返り討ちにされて、自分が弱いから仕方ないと割り切るしかなかった。

 力こそ全てという価値観を認めるしかなかった。

 だというのに、

 

「ここは、暖かいんじゃな……」


 クロネがアルベルト邸に来てからまだ1時間も経っていない。

 それでも、非力なエレナが皆から愛されている事は理解できた。

 エレナと自分の何が違うのだろう?

 クロネは、そう思わずにはいられなかった。


「エレナが特別なんじゃろうか……」 


 クロネは知識としては人間の事を知っていたし、実際に何人かと話した事もあるが、今まで強者に媚びへつらうような輩しか逢ったことがない。

 人間にとっては圧倒的な強者であるクロネと友達になろうと言ってきたのはエレナが初めてだった。

 故にクロネの目にはエレナが特別な存在のように映っていた。


 エレナは皆から愛されて、エレナも皆の事を愛して、そしてーー


「わしは、その他大勢の一人に過ぎんのじゃ……」


 言葉にすると、チクリと胸の痛みを感じたクロネ。

 初めて出来た友達はあまりに眩しくて、羨望のあまり何処か遠い世界の人間のように思えた。

 そんな物思いに耽っているとーーコンコンと部屋にノックの音が響く。

 次いで扉越しによく通る綺麗な声がした。

 会いたいけれど、今だけはなんとなく会いたくなかった相手。


「クロネちゃん、入っていい?」

「……エレナか、別に構わん」

「おじゃましま……っ!?」


 クロネの言葉に応じて扉が開く。

 エレナは部屋に足を踏み入れて、クロネの顔を見て息を呑んだ。

 そして恐る恐るクロネに問い掛ける。


「……泣いてたの?」

「む、何を馬鹿な……」


 そう言いながらクロネが顔に手をやると、僅かに潤んでいた。

 一筋の涙が頬を流れていた。


「なんじゃ、これ……」


 何に対しての涙なのか分からずに困惑するクロネ。

 エレナは咄嗟にベッドに近寄り、そこに腰掛けるクロネを正面から抱きしめた。

 包み込むように背中に手を回して、頭を片手で撫でる。


「ごめん、ごめんなさい!」

「え、エレナ?」

「あたし、自分や家族の事ばっかりでクロネちゃんの気持ちを考えてなかった!」


 エレナは後悔していた。

 魔道具が使えるようになったからと浮かれて、クロネの事を蔑ろにしていたのだと。

 自分の都合で召喚してしまい、クロネが本当は家に帰りたいのかもしれないのだと。

 そんな勘違いをしてしまった。

 そして言葉の選択を誤る。


「契約解除……しようか?」

「……っ!!」

「お菓子は近い内に沢山用意するから、その時に……」

「……もうよい」


 繋がりを断ち切ろうと言われた。

 ずっと一緒にいようと言ってくれたのは嘘だったのか。

 エレナにとって、友達になろうと口走ったのは単なる気紛れだったのか。

 ……きっと自分なんて居なくても、エレナの周りには代わりが沢山いるのだろう。

 そう思うと、クロネはエレナの言葉に対して一喜一憂していた自分がひどく惨めに思えてきた。


(食事を頂いたら、この邸から去ろう……)


 置き土産に龍の血を残していけばいい。

 それを飲んだらエレナの魔力回路はすぐに完治するので、思い残すことは何もない。

 身体に回されたエレナの手から抜け出して、誤魔化すように作り笑い向けるクロネ。


「……あはは、腹が減ったのぉ、飯はまだかの? 早く美味い菓子が食いたいのぉ」


 元々お菓子を食べに来ただけだ。

 そうやって心の中で言い訳することでクロネは心の脆い部分を守ろうとしていた。

 エレナはそんなクロネの様子を見て、何か言葉を間違えてしまったのだと気が付いた。


「待って、違うの……」

「どんなお菓子が出てくるか楽しみじゃのぉ」

「話を聞いて……」

「さあ、はよう食事に向かうのじゃ。その為に呼びに来たのであろう」


 話かけても無視される。

 力ずくで止めようにも龍人のクロネには敵わない。

 このまま部屋の外に出してしまえば取り返しのつかない事になる気がしたエレナは、部屋の扉の前に先回りした。

 そして、


「エレナよ、そんな所に立っておったら邪魔で……んむっ!?」


 クロネの唇を無理矢理奪った。

 唇と唇が軽く触れるだけの優しい口付け。


「……ぁ、……んぇ……!?」


 突然の出来事に驚いて呆然と目を見開くクロネ。

 強引な方法ではあったが、エレナはたった数秒の出来事でクロネの注意を引くことに成功した。

 そして、クロネが混乱している内に畳み掛ける。


「クロネちゃん」

「……な、何じゃ?」

「悩みがあるなら教えて欲しい。あたしは大切な友達の力になりたい」


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