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えれなの  作者: のじゃー
5/8

5

 辺境伯アルベルト・アルフハイムは死を覚悟した。

 未だ嘗てこれ程の危機があっただろうか?いやない。

 彼が脳内でそんな自問自答をしている間も状況は悪くなる一方だった。


「あなた、どういう事か説明してください!」

「ひえっ」


 バンっ!と机を叩く音が執務室に響き渡る。

 音源はアルベルトの妻ーールファーナだ。

 普段は温厚で、多少の事なら笑って水に流すルファーナが怒髪天を突いている。

 文字通りめらめらと魔力が燃えるように揺らめいて、それに合わせて伝説のメデューサが如く髪がふわりと浮いているのだ。


「いや、えーと、僕にも何が何やら、ははは……」

「ふざけないで!何処で誰を孕ませたんですか!?」

「ほ、本当に身に覚えがないんだって……」


 身を竦ませながらチラリと横目で黒髪ロングの幼女を見るアルベルト。

 黒髪というのが今問題になっているキーワードだった。

 その黒髪幼女の腹部でぐうっと腹の虫が鳴いた。


「お腹空いたのぉ……」


 腹を両手で押さえて悲しそうな顔で呟く黒髪幼女。

 その姿を見た瞬間、ルファーナは胸を締め付けられるような息苦しさを覚えた。

 そして黒髪幼女を後ろから抱っこしながら、アルベルトをキッと睨む。


「ひっ」


 美人が怒るとこうも凄絶な顔になるのかと、恐怖を感じるアルベルト。

 その胸中は「どうしてこんな事に?」という気持ちで一杯だった。




 ーー事の始まりは数分前まで時を遡る。

 黒髪黒目の青年、辺境伯アルベルト・アルフハイムは執務室で頭を抱えていた。

 よかれと思ってお見合いを薦めてみたら娘のエレナが激怒したのだ。


「あー、やばいこれ絶対エレナに嫌われたよ。パパなんて大嫌い!とか言われたらどうしよう……」

「どうしようもこうしようもありません。その時は謝ればいいでしょう」

「えぇ、でも、許してあげないっ!とか言われるかもしれないし、そしたらもう生きていけない……」

「何処の乙女ですかメンタル弱すぎです。あと気持ち悪いので裏声でエレナお嬢様の真似をなさらないで下さい。似てないし聴いていて不愉快です」

「アンナさん辛辣すぎる」


 辺境伯アルベルトと侍女長アンナがそんなほのぼのとしたやり取りを繰り広げていると、執務室にノックの音が響いた。

 「どうぞ」とアルベルトが入室を促すと、アルベルトの娘のエレナと、それに続いて見知らぬ幼女が入ってくる。

 その幼女の髪の色を見た瞬間、空気が固まった。


「黒髪……?」


 アンナがポツリと呟く。

 アルベルトは数瞬の後、もしやと思い身を乗り出す。


《あの、もしかして転移者ですか? 日本語通じてますか?》


 突然訳の分からない言葉を話始めたアルベルトを、ポカンと見つめる三者三対の瞳。

 黒髪幼女も首を傾げている。

 アルベルトは勘が外れたとホッとするが、それも束の間。

 アンナが「奥様を呼んできます」と言って止める間もなく部屋から出ていったのだ。

 

「あなた!隠し子ってどういうことですか!」

「はい!?」


 ドタドタとうるさい足音を響かせて帰ってきたのは僅か十数秒後。

 アンナはアルベルトの妻の一人エルフ族のルファーナを連れて部屋に戻ってきた。

 アルベルトにとって最悪な勘違いをしたままで。

 ルファーナはクロネの髪の色を見て呆然と固まる。


「この子……黒髪って……」


 そして次にアルベルトとクロネの髪の色を見比べてルファーナは眉をつり上げた。


「あなた、どういう事か説明して下さい!」 

「いや、えーと、僕にも何が何やら、ははは……」

「ふざけないで!何処で誰を孕ませたんですか!?」

「ほ、本当に身に覚えがないんだって……」


 かくして冒頭に戻る。


(うわ、ルファーナお母様が本気でキレてるよ……)

 

 エレナは戦慄していた。

 貴族の娘エレナの父親はアルベルト一人だけだが、母親は二人いる。

 一人は人間の元王女。一人はエルフ族の元王女。

 エルフ族の王女ルファーナは普段おっとり穏やかな気性の持ち主で、エレナは生まれてこのかたルファーナが本気で怒っている姿を見たことがなかった。

 だというのに、今日に至っては貴女は何処の悪鬼羅刹ですかと言いたくなるくらい恐ろしい怒気を放っている。

 これは不味いと思ってエレナは慌てて経緯を説明する。


◇ ◇ ◇


「ーーと、云うことでクロネちゃんと契約したの!」


 エレナは嬉々としてクロネとの馴れ初めを語った。

 他方、それを聞いたルファーナとアンナは隠し子ではないと分かって落ち着きを取り戻したが、唯一アルベルトは渋面を作っている。

 クロネの力を疑っているのだ。

 本当にお前がエレナが魔法が使えるようにできるのかと。

 そして口を開こうとした時ーー

 

「話は分かったけどーー」

「黙れ小童が」

「……くっ!」


 クロネが黄金の瞳に膨大な魔力を乗せて威圧を放った。

 かつてアルベルトが倒した竜を遥かに凌駕する、圧倒的な覇龍の力。

 そして、怯んだアルベルトを指差して衝撃的な事実を口にする。


「エレナが魔法が使えんくなったのは、そこな小童が原因じゃ」

「……は?」


 突然指差されて、クロネの言葉が理解できずに固まるアルベルト。

 ルファーナとアンナも同様だった。

 何だって? 大切なエレナを苦める原因がアルベルトに?

 困惑がありありと表情に出たアルベルト達を見て、クロネは冷たく言い放つ。


「エレナには呪いが掛けられておる」

「呪いなんてそんなはず……」

「ふん、黙って聞け小童。正確な言い方をすれば竜の祝福じゃ」

「……っ!?」


 途端、顔面蒼白になるアルベルト。

 有り得ないーーなどと断言出来なかったから。

 アルベルトは愛する娘が魔力を扱えない事を知った時、ありとあらゆる手を使って原因を調べた。

 呪いの可能性も疑った。

 しかし結局原因は分からなかった。

 だが、原因が悪意を込めた呪いではなく、祝福だったとすれば? いくら呪いを解呪しても意味がなかったはずだと。

 理解してしまった。


「おぬし、竜を殺した事があろう?」

「あ……ああ……」

「恐らくおぬしの力を認めて、今際の際に、おぬしに幸あれと祝福を授けたんじゃろ」

「……」


 自分しか知らない筈の事をピタリと言い当てられて、竜殺しの英雄アルベルトは石のように固まる。


「その竜は善意のつもりで、こっそり生まれてくる子供にも祝福を与えようと思ったんじゃろうが、強すぎる力は時として害を為す」

「そ……そんな……僕が祝福を受け入れたせいで……」

「ああ、そうじゃ。おかげでエレナの魔力回路が滅茶苦茶になっておる」

「……」


 アルベルトは否定の言葉が見付からなかった。

 クロネの言葉を事実だと受け入れた瞬間、驚愕のあまり頭がおかしくなりそうだった。

 愛する娘を苦しめる原因を作ったのは自分だったのだ。

 視界がぐらりと揺れて崩れ落ちそうになるアルベルト。

 それを一人の少女が咄嗟に支えた。

 

「パパは悪くない!」


 父の弱々しい顔を見て、エレナは居ても立ってもいられなくなった。

 例えどんな事があろうと、エレナは多くの人々を守った英雄である父アルベルトを尊敬しているのだ。

 

「パパは悪くないよ」

「エレナ……」

「悪いのは竜……、ううん、違う。誰も悪くないの。それにあたしはむしろ竜に感謝してるよ」

「それは……どういう事なんだい……?」

 

 困惑するアルベルト。

 エレナは無理をしているのではないか?

 そう思い俯いていた顔を上げると、そこにはにっこりと花の咲くような、満面の笑みを浮かべるエレナの顔があった。

 

「だって今まで魔法が使えなかったおかげで、運命の人と出逢えたんだもん!」


 エレナはクロネに目を向けた。


「ずうっと一緒にいようねクロネちゃん!」


 幸せそうな顔をしながらクロネの腕に抱きつくエレナを見て、アルベルトは胸の内にポッカリ穴が空いた気がした。

 エレナがいくら努力しても魔法を使えなくて苦しんでいる事は、嫌というほど理解していた。

 日に日に笑顔が少なくなっていくエレナに心を痛めていた。


 けれど、アルベルトは何の力にもなれなくて、エレナとどう接していいのか分からず、悩んだ末に年頃の少女だからと、誰かと恋をさせて魔法の事を忘れさせようとした。

 今思えば娘が望んでいない見合いなどと、なんと愚かな選択だったのだろうか。

 アルベルトは自分自身を殴り付けたくなった。

 忘れさせるという事はつまり、いつの間にかエレナが魔法を使えないものだと、親である自分が勝手に諦めてしまっていたのだ。

 努力が実を結ぶと信じてやるべきだった。


「すまない、エレナ……」


 エレナは魔法を使えるようになりたくて、決して折れずに独力で龍人と契約を交わして、自分の力で解決したのだ。

 その間、自分はいったい何をしていたのだろう?

 自虐に浸りそうになる寸前で、アルベルトは自らの頬をボコッ!と力強く殴った。 

 唇が切れて、口の端から血がポタポタと流れる。


 過ぎた時間は取り戻せない。後悔していても始まらない。

 故にアルベルトは決意した。

 今後、何があろうとこの笑顔だけは守り抜いてみせると。

 

「クロネ様」

「なな、なんじゃ小童」

「エレナの事を宜しくお願いします」

「い、言われるまでもないのじゃ!」


 頭を下げて、顔から血を流して、床にボタボタと血痕をつけながら懇願するアルベルト。

 クロネはその様子にドン引きしつつ「ふんっ」と鼻をならす。

 続いてルファーナやアンナも頭を下げ始める。


「龍人様、私からも何卒エレナの事を宜しくーー」

「ああもぅ、一々頼まれんでも分かっておるのじゃ!心配せんでも稀代の大魔法使いに育ててやるわ!」

「ありがとうございます……」

 

 クロネには今後最高級のもてなしをしようと心に誓うアルベルト。

 そして次に、娘のエレナに向かって言葉を掛ける。


「エレナ、僕はクロネ様に全面的に協力する。エレナも必要な事があれば遠慮なく言ってくれ」


 するとエレナはニッコリ微笑んで一言、


「とりあえず、お見合いは無しで!」


 こうしてエレナは腕から伝わるクロネの温もりを感じながら、お見合い話が無くなった事を心底喜んだ。



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