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えれなの  作者: のじゃー
2/8

2

 とある貴族の館の一室にて。 


「ですが、これも全てエレナお嬢様の為で……」

「もう、なんなのさ!!そんなの頼んでない!!」

「待っ……!」


 ーーバタンッ!!扉が乱暴に閉じられる。

 部屋から飛び出したのは不機嫌そうな顔をする金髪碧眼の少女エレナ。


 エレナは部屋を飛び出しそのまま廊下を全力疾走して自室に直行すると、外簑と魔法の杖を手に取り窓から外に出る。

 誰にも見付からないように館の裏口を抜けて近くの森に一人で足を踏み入れた。

 暫く無言で歩き、鬱蒼と繁る木々を抜けると、そこには小さな泉がある。

 直径10メートルほどの小さな水溜まり。

 一人になりたい時に訪れるエレナの秘密の場所。

 近くの石の上に腰を降ろして溜め息を吐くエレナ。


「はぁ……なんなのさ。お見合いとか絶対嫌だよ。ていうか逃げるに決まってるじゃん……」


 エレナは父親のアルベルトからお見合いの話を突然聞かされて、ムシャクシャして逃げてきたのだ。



 ーー事の始まりは数時間前。

 よく晴れた日の午後に自室で本を読んでいると、エレナは珍しく父親から呼び出しをくらった。

 その時からとても嫌な予感がしていた。

 なぜなら父から呼び出される時は大抵厄介な話を聞かされるからだ。

 ぶっちゃけ行きたくない。

 とはいえ無視するわけにもいかず、渋面で父が仕事をしている執務室に到着すると、机の上には何故か大量の肖像画があるではないか。

 この時点で回れ右して自室に引きこもり、ベッドにもぐって仮病を使いたくなった。

 が、結局問題を後回しにしても意味がないので、引き攣った顔で用件を伺う。


「お父様、お話とは何でしょうか?」


 すると父のアルベルトは、言いづらそうに苦笑いを浮かべながらポリポリと頭を掻き始めた。

 ああこれ絶対面倒な内容だ。

 もうやだ部屋に帰りたい。

 エレナが心の中でそんな事を考えていると、アルベルトは挙動不審になりながらも口を開いた。


「いや、ね? ほら、そろそろエレナもお年頃だしさ、僕もいずれは孫の顔が見たいなーなんて、ね?」

「……つまり何が言いたいんですか?」

「あ、そのー、なんていうか……」


 エレナがジトッとした目を向けると、おろおろと狼狽えるアルベルト。

 そしてあちこちに視線を彷徨わせた後、意を決したのか大きく息を吸い込み、片目を閉じて、口から舌を出してこう言った。


「ごめん、お見合いの予定入れちゃった!てへぺろ!」

「……は?」

「いや、だからエレナはまだ一回もお見合いとかしたことないよね? だからお試しに……あれ? ど、どうしたのエレナそんな怖い顔して」

「……」


 エレナは無意識の内に肩を震わせていた。

 普段は凛々しく真面目で、領民の事を大事にする良き領主のアルベルト。

 それが家族の事となるとふざけてるのか何なのかよくわからない態度を取り、あまつさえ勝手に見合い話を進めたなどと、エレナは自分の事が軽んじてられているのではないかと思って、我慢ができなくなった。

 だいたい40歳を過ぎて、てへぺろなんて痛い。痛すぎる。

 魔力が多い者は普通より老化が遅い。

 なのでエレナの父親が20代前半の美青年に見えるとはいえ、そんなキモカワイイ姿は見たくない。

 いやむしろ実の父親だからこそ、絶対にやめて欲しい。

 混乱するまま何がなんだか分からなくなり、苛立つ感情がそのまま爆発してしまう。


「……やだ」

「エレナ?」

「嫌だ嫌だ嫌だー!なんでそんな勝手な事するの!? パパ言ったよね? エレナは好きな人と結婚しなさいって! あれ嘘だったの!?」


 エレナに過去の話を持ち出されて「うっ」と言葉に詰まるアルベルト。

 確かに言ったのだ。政略結婚させるつもりはないから将来は好きな人と一緒になりなさい、そう言ってしまった。

 助けを求めてアルベルトは部屋に控える侍女長のアンナに情けない視線を向ける。

 するとアンナは「はぁ」と大きく溜め息をついてエレナを説得し始めた。


「アルベルト様はこんなヘタレではありますが、きちんとエレナお嬢様の事を心配なさっておいでです」

「へ、へたれ!?」

「アルベルト様は黙っていて下さい」

「ふぁい……」


 萎びた野菜のように落胆するアルベルトを尻目に、アンナは真摯に言葉を紡ぐ。


「あまりアルベルト様を責めないであげて下さい。これでもエレナお嬢様が女性としての幸せを手に入れられるようにーー」


「やめてよっ! 女性としての幸せとか意味わかんない! パパは英雄なのに! あたしもパパみたいになりたいのに!!」


「エレナお嬢様……」


「ちょっと魔法が使えないからって勝手になんでも決めつけないでよ!!」


「ご、ごめん、僕はエレナの事を思ってお見合いを……」


「うるさいうるさい! お見合いなんて絶対行かない! すぐに断って!!」 


「ですが、これも全てエレナお嬢様の為で……」


「もう、なんなのさ! そんなの頼んでない!!」


「待っ……!」


 そしてエレナは制止する二人を無視して屋敷を飛び出し今に至る。

 思い出すと苛立ちが募る。

 二人に対してよりも、自分に対して。

 

「うう、なんなのさぁ……!!」


 エレナはまだ10歳の子供とはいえ、アルベルトとアンナの気持ちくらい理解している。

 魔法が使えないというのは生きていく上で致命的な欠陥であると。

 生活には魔道具の存在が欠かせない。

 洗濯の時に水を出す魔道具、料理の時に火をつける魔道具、夜は光を出す魔道具を使い、誰かと連絡を取る時にも魔道具が使われる。

 とにかく魔道具が無ければ生活が成り立たない。

 だというのに何故かエレナは生まれつき魔力を一切扱えない。

 エレナの前ではどんな便利な魔道具も単なるガラクタになってしまう。


「どうせあたしは欠陥品だよ……」


 言葉にすると涙が頬の上を流れた。

 理屈ではアルベルトが正しいのだと理解している。

 父親のアルベルトは貴族である。

 それも吹けば飛ぶようなその辺の木っ端貴族とは違い、辺境伯という大貴族。

 そんな大貴族と親類関係を結びたい相手はそれこそ腐るほどいる。

 一人で生きていけないのだから、父の紹介で早い内から婚約者を作り、いずれは裕福な家に嫁いで面倒を見てもらうのが正しい選択だろう。

 頭では理解している。


「でも、あたしはパパみたいな英雄になりたい……」


 エレナは知っている。

 父アルベルトは元々他所から流れてきた異国の民であると。

 黒髪黒目という変わった風貌は周辺国でも見たことがないとされるほどに珍しい。

 何処からかフラリと現れたアルベルトは冒険者として頭角を現し、魔物の大群に襲われる街を救って一躍英雄となった。

 その後、邪悪なドラゴンに拐われた姫を助け出し、二人は恋に落ちて苦難を乗り越えついに結婚する。

 王都でも一番人気の演劇になっている。

 

「生まれて来たのはあたしみたいな欠陥品だけどね……うぅ、なんでなのさぁ……」


 英雄と王女の子供が出来損ないだった。

 それが知られれば父アルベルトは批難されるだろう。

 所詮は汚れた平民の血だと。成り上がりの下賎な男だと。

 エレナは尊敬する父親が自分のせいで謂れの無い批難を受けたらと思うと恐くて仕方なかった。

 それだけじゃなく、大好きな兄様や姉様にも迷惑が掛かるかもしれない。  

 家族以外に欠陥品だと知られないように、いつからか一人で過ごす時間が長くなった。

 それこそ家族と家に仕える家令以外で話すのは乳母アンナの娘くらい。

 身体が弱いと理由をつけて夜会や舞踏会など一切出ていない。

 その間やっている事と言えば剣を振り回すことと魔法の訓練だ。


「絶対結婚なんてしない、あたしにとって男とかどうでもいい、魔法さえあれば他は何もいらない……」


 独り言ではあるが心情を吐露した事で気持ちの整理ができてくるエレナ。

 そして自問自答する。

 グチグチ悩むのが今やるべき事だろうか?


「違う! あたしは人並みでいいから魔法を使えるようになりたい! いや、ならなきゃだめなんだよ!」


 エレナは椅子がわりに腰かけていた石から立ちあがり、魔法の杖を両手で握りしめて目の前を見据える。

 そこには小さな泉。

 水辺に近寄り、魔法の杖を地面にグサッと差し込む。

 次に外簑の内ポケットに忍ばせた短剣を取り出す。

 鞘から引き抜き、刃を左手親指の上でスッと滑らせると、血管が浅く切れてポタポタと血が滴る。


「痛っ……!!」


 苦痛に顔を歪めて我慢しながら待つこと数十秒。

 泉に自分の血を流し終えると、短剣を水で洗い流し石の上に置いて乾かす。

 儀式の下準備は完了。


「絶対に成功させてみせる!!」


 地面に刺さった杖を握って呪文を唱える。

 この儀式とは半年前に街の露店で偶然見つけた古代の魔導書ーー金貨10枚で買った本に書かれていたものだ。

 特殊な召喚魔法で魔神を召喚して、その魔神と契約を結べば古今東西ありとあらゆる魔法が使えるようになるというもの。


 ハッキリ言って胡散臭い。

 騙された気がしなくもないが、そもそも普通にやって魔法が使えないのだからなんでも試してみるしかない。

 エレナは必死に呪文を唱える。


「ロリロ・リロリ・ロリ……」


 この怪しい儀式をエレナが始めてから今日で丁度半年になる。

 古代の魔導書に記されている内容が正しければ今日で強大な力を持つ魔神の類いと契約できるはず。

 対価として乙女の純潔を捧げなければならないそうだが、魔法が使えるならエレナにとって純潔なんて些細な事だ。

 そんなものどっかに投げ捨てていいとさえ思っている。

 エレナは呪文を唱え終わり最後の一言を力強く叫んだ。

 

「さあ、いでよ魔神ロリネ!!」


 途端、周囲一帯が光の渦に包まれる。

 中心点は間違いなくエレナが儀式を行っていた小さな泉だ。

 目を見張るエレナ。歓喜に身体が震えている。

 胸の辺りから何かが込み上げてくる。

 

「……ほんとに……成功したんだ……はは……あたしの儀式……嘘じゃない、よね……? あた、あたしにもぉ……これで、魔法が……うぅ……ぐすっ……!!」


 エレナの瞳から止め処なく大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちていく。

 長年の苦労が報われる。夢が叶う。

 欠陥品からようやく人並み以下になれるだけ。 

 それでも長い間立ち止まっていた一歩を、ようやく踏み出せたような気がして、エレナは泣き叫んだ。


「うぅ……あた、あたしエレナ、純潔を捧げます……ぐすっ……だから契約を……魔法を教えて下さい……!!」


 そして光の奔流が収まるとそこにはーー


「わし、女なんじゃが……」


 黒髪金瞳の幼女が困惑顔でポツンと立っていた。


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