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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
99/324

98話

 俺らの登場は4月24日なので、今日23日は各球場で県大会一回戦が行われている。

 一応、佐久陽と丘城商大の試合を佐伯っちが見に行っているので、俺らは練習に集中して取り組む。


 どっちが勝っても、佐和ちゃんは先発亮輔で行く予定だと言っているので、俺はファーストで出場する事になった。

 秀平の公式戦初出場はお預けとなった訳だ。しかも次の試合でヒットを打ったらと言う約束も無効だ。なんと言おうが無効にしてやる。


 んで、練習の休憩の合間に佐伯っち帰宅。

 試合結果は6対4で丘城商大の勝利だそうだ。

 丘城商大付属のエースピッチャーは中々良い球を放るそうだが、4失点か。と思ったら、今日先発したのはエースではなく控えピッチャーだったらしい。なるほど。

 なんにせよ、明日の試合はエースを投入してくるだろう。

 最悪、亮輔が打たれて相手エースに抑え込まれると言う苦しい展開も視野に入れておかないとな。


 まぁやばくなれば、俺が登板すればいいし問題ないか。

 とにかく俺はファースト出場だし、しっかりと結果を残せるように頑張るぞ!



 翌日24日。春季県大会二回戦。勝てば、夏のシード権獲得。

 昨夏の県大会で利用した酒敷市営球場に集合した我が山田高校。第二試合からの登場だ。


 第一試合は、理大付属と丸野港南の試合だ。

 選抜帰りの理大付属は、6回までに丸野港南から7点を奪い、7対3でリードしている。


 理大付属は、やはり秋に対戦した時よりも打撃力が向上しているな。ひと冬越して、選抜甲子園を経験した事で、だいぶ各選手のバッティングが洗練されている。

 ピッチャーも悪くない。右投げのスリークォーター。俺たちと試合した時もエースナンバーをつけていた。甲子園でも投げていたはずだ。

 丸野港南の得点は、満塁の場面で四番の中島君が走者一掃のツーベースヒットによる3点のみ。あとは丁寧に低めにボールを集めるピッチングで打たされている感じだ。

 なにより、試合運びが上手いというか、丸野港南に勢いや流れを作らせない試合展開に持ち込んでいる。

 秋の大会での対戦でもそうだったけど、理大付属の監督、中々やるなぁ。


 丸野港南はエースの阿部隆昌の怪我も影響しているだろう。

 阿部は確か、先日の地区予選の試合の際、クロスプレーで膝を負傷しているはずだ。

 エースを欠いた状態では、選抜帰りの理大付属には敵わないだろう。

 このまま勢いで、理大付属が勝ちそうだ。


 試合はこのまま、理大付属がリードを保ち、7対5で勝利した。

 最終回に、意地の三者連続ヒットで2点を返したが、反撃はここまでだった。

 そして次は俺達の番に回る。



 丘城商大付属の先発はエースナンバーをつける黒木。

 右のオーバースロー。昨夏は二桁の背番号ながら主戦投手として活躍、昨秋からエースナンバーをつけている。

 県内屈指の好投手と呼ばれ、武器は最速140キロにも達するストレート。

 速球派右腕ってのが、世間の評価だ。調子が良ければ、ストレートは常時130キロ後半を出すため、調子よければ打ちにくいだろう。

 さらに時折投げるフォークも面倒くさい。基本はストレート一辺倒の配球らしいが、たまに相手バッタの隙を突くように投じられる。これが打ちづらいと評判だ。

 この他にスライダーとカーブを投げ分ける。

 話によれば、プロのスカウトからも多少注目されているそうだ。


 ここまで全てネットで掲載されていた情報を基にしたものだ。

 まったくネット社会さまさまだな。昔はこういうのがなくて、ひとつの情報を得るのもさぞ大変だったろうに。



 さて、試合が始まった。

 先攻は我が校。一番の恭平が打席へとはいった。


 「しゃあ! おらぁ! こいやぁ!」

 バットをピッチャーへと向けながら、キャンキャン吠える恭平。

 景気づけに一本、ヒットを頼むぜ切り込み隊長。


 黒木の恭平へと投じる第一球目。

 ワインドアップモーションからの上手投げで投擲される白球。それを恭平は迷うことなく打ち抜いた。

 快音が鳴り響き、打球は二遊間を強烈に抜くゴロとなった。そうしてゴロはそのまま外野へと転がっていき、センター前のヒットとなる。

 さすが切り込み隊長。初球打ちで決めてくるか。


 これでいきなりのランナーだ。

 二番耕平君はサイン通り、バントの構えをする。

 初球、ストレートを転がせず、フライにしてしまう耕平君。ボールはファールネットに当たりファール。

 バントを失敗した耕平君は苦い表情を浮かべている。あのストレート、やはり速球派を名乗るだけあり、そこそこ球威もあるのだろう。

 だが二球目のサインも変わらない。送りバントだ。


 二球目、今度もバントを失敗し、打ち上げてしまった。

 今度はキャッチャーの守備範囲。地面に落ちる前にミットに収めアウト。

 悔しげにベンチへと戻ってくる耕平君。


 「すいません…」

 ベンチに戻り、佐和ちゃんに謝る耕平君。


 「ミスはつきものだ。気に病むことはない。大体、俺もサインをミスった。一球目でバントは難しいと判断すべきだった。だからお互い様だ」

 そういってニッと笑ってみせる佐和ちゃん。

 その笑顔に耕平君の表情は自然と明るくなった。


 「さぁ! 龍ヶ崎! 一本頼むぞ!」

 佐和ちゃんはそうして打席へと入る龍ヶ崎へとエールを送る。


 龍ヶ崎はツーボールツーストライクとからストレートを打ち抜き、金属バットの快音を響かせるも、飛距離は伸びず、打球はセンター正面のフライとなった。

 球威押し負けたという感じか。センターの選手はフライをキャッチしツーアウト。


 迎えるのは四番大輔。

 我らがチームの主柱。お前が打たなきゃ誰が打つ。まさにこの応援が一番しっくりくる男だ。

 相変わらず打席に入るだけで、めっちゃ頼りになるし、安心感が増す。さぁパパッと決めてくれよ大輔。


 初球、大輔が豪快な空振りをした。

 空振りだけでも迫力満点。あのスイングを見たあと、下手すりゃ正常なピッチングができなくなるぐらいだ。それぐらいビビる。


 「今のがフォークか」

 思わず俺は呟いた。

 ネクストバッターサークルからだと分かりづらかったが、今のは間違いなくフォークだろう。ボール落ちてたし。

 なるほど、中々良いフォークだ。ベース手前でストンと落ちる感じだ。

 あれをストレートと織り交ぜられると厄介だな。


 大輔はあのフォークで調子の狂ったのか知らんが、二球目はボールを打ち上げてしまいレフトフライ。

 早速ランナーを出した我が校だが、その後は三者凡退。


 それにしても相手のエース黒木は良いストレートを投げるな。

 噂通りの速球派か。こりゃ、投手戦になるかもしれんなぁ…。うん、いつでも投げれるように気持ちの準備をしておくか!



 試合が始まって2時間は経っただろうか。

 すでに試合は八回を終えていた。

 今日の試合は投手戦になるかもと思ったが、それは杞憂でした。

 はい、試合は現在9対4で、我が校がリードしてます。


 確かに序盤三回は投手戦だった。

 相手先発ピッチャーの黒木は、県内屈指に好投手という評価に見合ったピッチングをしてくれた。

 だが四回、龍ヶ崎のヒットの後の大輔のレフトのホームランで、黒木は崩れた。

 すかさず俺が、ツーベースヒットを放ってトドメを刺したら、もう崩れに崩れまくった。おかげで打線が大爆発。

 この後、六番中村っち、七番石ちゃん、八番哲也、九番亮輔と四者連続ヒットなどで、この回一挙6点をあげて、そのまま試合は山田高校優勢で進んだ。


 七回にも二死満塁のチャンスで俺が走者一掃のタイムリースリーベースヒットを放ち、3点をあげるなど、打線がいい感じにつながった。


 投げては亮輔が自慢の七色の変化球で、バッターを翻弄。

 まだまだピッチングに未熟さがあり、毎回ランナーを背負ったが、その後崩れることはなく、毎度のことく最少失点で切り抜けて、八回4失点で抑えている。



 そして最終回。マウンドを任されたのは松見。


 「松見! 制球重視だ!」

 ファーストを守る俺が、マウンド上の松見に声援を送る。

 いきなり公式戦初登板なんて、松見は考えていなかっただろう。

 ファースト付近から見てても分かるぐらい緊張している。


 まぁ点差は5点あるし、一本満塁ホームランを打たれてもリードはある。やばかったら俺が登板すればいい。1イニングなら、肩が温めずとも朝飯前だ。

 丘城商大付属のバッターは、言うほど強くない。余裕で抑えられる自信はある。


 「英雄! お前はあんま無理すんなよ!」

 この回からセカンドを守る誉が俺に声をかけた。

 俺はグラブをはめた右手を軽く挙げて応える。

 分かってる。俺の本職はピッチャーだし、無理はせず誉に任せよう。やはり守備固めに誉がいると安心感が違うな。


 九回、松見は先頭バッターをいきなりセカンドゴロに抑えた。

 甘く入ったストレートを痛打されたが、打球は誉の守備範囲。簡単に打球を処理して、簡単にボールを投げてあっという間にアウト。

 まずはワンアウト。マウンド上で安堵の息を漏らしている松見にボールを投げ渡す。


 「ビビんな! もっと自信持って投げろ!」

 俺の叱咤に松見は表情を固くする。

 ダメだありゃ。


 「松見! 好きな女を抱いているイメージをしろ! 気が楽になるぞ!」

 ショートにいる恭平から、意味わかんないアドバイスが送られている。

 本当、TPOをわきまえない奴だな。いつか高野連の方から注意されるぞお前。

 だが、あの発言で松見は呆れ笑いをする。だいぶ表情が柔らかくなった。うんうん、相変わらず恭平のテンションは人の緊張を良い意味で取り除いてくれるな。


 松見は続くバッターをサードフライに打ち取る。

 今度は失投ではなく、しっかりとしたボールで打ち取っていた。

 恭平の一言でだいぶ気が楽になったらしい。ここまま三者凡退で終わるか?


 っと思ったら、次のバッターでフォアボール。そこから崩れて2失点。

 ツーアウトから、2失点しさらに現在満塁。ホームランで同点もありえる。

 俺はいつでも行けるぞと佐和ちゃんにアピールするがごとく、左肩を回してみる。だが佐和ちゃんは無視だ。どうすんだよ、このまま同点になったら。

 バッターは大柄だ。嫌だなぁ、一発ありそうだな。


 マウンド上の松見はめっちゃ動揺している。

 ここで哲也がタイムをかけた。自然と内野手がマウンドに集まった。


 「すいません…」

 顔面蒼白のまま俯く松見が、集まってきた先輩たちに謝罪する。

 せっかく9対4と圧勝していて、もう勝利も同然だったはずなのに、今では一打同点の危機。

 そして周りは三年の先輩だらけ、怒られるものと松見は思っていることだろう。スゲェ不安そうにしているのが目に見える。


 「あれ哲也、次の回って誰から始まんだっけ?」

 松見の謝罪を無視して、誉が哲也に質問した。


 「大輔からだよ」

 「おぉ! なら、あと4点まではセーフって事だな!」

 誉が笑顔を浮かべた。

 相変わらずこいつの笑顔は和むな。女子から人気なのも頷ける。


 「そうだな。大輔と俺と2点は確実だからな」

 俺も誉の発言に頷く。

 誉の言うとおりだ。4点までならセーフだ。


 「って事で松見。思いっきり打たれてこい」

 「え?」

 俯いていた松見が顔をあげて俺へと視線を向けた。


 「いやだから、打たれてこいって話だ。さっきも言ったけど、このバッターまでなら打たれてもセーフだから、思いきって投げて思いっきり打たれろって話だ」

 腕を組み、俺は松見に話す。


 「せっかくの公式戦初登板なんだ。でっかいの一発食らっておくの良いぞ。マジでホームラン打たれると逆とスカッとするからおすすめだ」

 そういって俺は笑ってみせた。

 俺だけじゃない。内野にいる全員が笑顔を浮かべている。


 「まぁ同点になったら英雄が登板すればいいだけだしな」

 「同点になっても次が大輔から始まるって聞いたら負ける気しないしな」

 「そうそう」

 俺と誉が談笑する。

 マウンドの雰囲気を察したのか、ベンチからは誰も伝令が送られない。

 もうみんなで相談することはないだろう。


 「って事で松見。打たれようが抑えようが、おそらくお前のピッチングはこのバッターで終わりだから、バシッと気合入れて投げ込めよ!」

 俺がグラブで軽く松見を叩いた。

 呆気にとられる松見。そしてキョロキョロと囲む先輩たちへと視線を向ける。


 「松見は自信を持てば、十分抑えられる。だから思いっきり腕を振って、フォアボールを恐れず投げ込んでくれ」

 バッテリーを組む、キャッチャー哲也からの指示。


 「セカンドなら任せろ。俺の守備範囲内だったら絶対アウトにしてやる!」

 守備の名手、誉からの自信たっぷりな発言。

 マジでお前がセカンドにいると、スゲェ安心するし、めっちゃ投げやすくなる。口にはしないけど、ありがとな。


 「同点でも大輔と英雄、さらに俺も打ってやるから、自信もって投げろ!」

 中村っちからも一年坊主松見への激励。


 「松見。ここで抑えたら、俺の秘蔵のエロ本をやる。あとで好きなジャンルを教えろよな」

 変態恭平の変態らしい変態な激励。

 うん、恭平はこれぐらいのほうが良いな。


 頼れる先輩たちの励ましに、松見は唖然とし、そして口元をほころばせた。


 「さぁ! ここを守って勝とう!」

 「おぅ!」

 最後に哲也が締めの言葉を発して、それぞれの守備位置へと戻る。

 マウンド上に一人残った松見を一瞥する。表情が変わった。あれなら、多分大丈夫だろう。


 結果、ツーボールツーストライクから、ボールをジャストミートされるも、打球はライナーで誉の正面に飛び、これを誉が危なげもなくキャッチしてゲームセット。

 なんとか踏ん張ったな松見。



 試合は9対6で勝利。

 無事初戦突破。夏のシード権はとりあえず獲得だ。

 これで次の試合負けても、Bシードとして夏のシード校となる。


 試合後、ダグアウトをあとにし、球場の傍で円陣を組んで座る。

 佐和ちゃんとの試合後の反省会だ。

 反省点は数多くあった。亮輔の毎回ランナーを背負ってしまう点や、松見のフォアボール後に崩れる点、序盤三回のバッティングについても、指摘する佐和ちゃん。


 「だが最後のツーアウト満塁。あそこで選手たちだけで乗り切ったのは見事だ。良く一年坊主を支えてくれた。だいぶ先輩らしくなったお前ら」

 そう俺たちを褒めて反省会を締めくくる佐和ちゃん。


 「さぁ、今回指摘した部分は夏までに直せるように頑張ろう。とにかく今は次の試合だ。次の相手からの先発は英雄、お前に任せる」

 「待ってましたぁ!」

 次からは俺が先発ピッチャーか。

 松見や亮輔にエースってのを見せてやらないとな。


 「ちなみに、3連投になるけど平気か?」

 「俺のスタミナ甘くみるなよ佐和ちゃん。それに点差に余裕があったら、亮輔とか松見を使えば良いっしょ?」

 俺は笑顔で提案する。

 今はとにかく投げれる喜びを感じなければな!


 「そうか。他人にマウンドを譲れるようになったか」

 笑みを浮かべる佐和ちゃん。

 あぁ、きっと昔の俺だったら一人で何とかするという発想に陥っていただろう。

 甘く見るな佐和ちゃん、俺だって成長するんだ。高校生の成長力甘く見るんじゃねぇぞ!


 「なんにしても、次の試合は平日置いてだ。明日からは学校だし、学業でも手を抜くなよ」

 「はい!!」

 最後に一同が声を揃えて返事をする。

 その声が試合終了後の球場に響くのだった。

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