97話
春の県大会の抽選会が行われた翌日。
佐和ちゃんの手から、部員全員にトーナメント表をプリントアウトした紙が配られる。
「順当に行けば、準決勝で斎京学館と当たるじゃん!」
隣で見ていた恭平が声を出した。
俺は冷静にトーナメント表を確認する。
山田高校はシード校なので、二回戦からの登場となる。
相手は、秋にも戦った佐久陽と、東地区の丘城商大付属の勝者と対戦することとなる。
どちらかに勝てば、夏のシードはまず確定。
順当通りなら、次に秋の県大会ベスト4の丸野高校と対戦する可能性が高い。
そして準決勝は順当に行けば斎京学館と言う事だ。
ちなみに相馬高校も県大会に出場している。
山相戦では俺にノーヒットノーランを食らっていたが、相馬高校的にはここ数年で一番出来のいいチームらしい。
山田高校とは反対ブロックなので、もし戦うとなると決勝戦になる。実現すれば、十数年ぶりかの公式戦での山相戦になると言う事だ。
まぁあの戦力じゃ、決勝に行くのは難しいだろう。
「そんじゃ、春の県大会の背番号を発表する。1番は英雄」
まぁ妥当だな。亮輔や松見にはこの番号は重すぎる。
俺は一度返事をしてから背番号を受け取る。
「2番哲也」
「はい!」
哲也も当然だろう。里田や誉には背番号2は似合わな過ぎるぜ。
「3番は新座」
「はい!!」
3番は秀平か。まぁ即戦力だし当然だな。
なにより亮輔はピッチャー専念と言う事になる。あいつが試合中いつでもブルペンに入れる状態なのは、チームとしても、亮輔としても良い事だろう。
「4番は石村」
「はい!」
誉、片井君、西岡のどんぐり上級生に勝った石村君。頑張れよ!
そして誉、ドンマイ! 守備固めで魅せてくれ!
「5番は修一」
「うっす!」
サードは、前々からレギュラーだった中村っち。高校通算3本のパワーが光るぜ!
「6番がアホ」
「アホじゃねぇ佐和! 俺は嘉村恭平! 通称ビッグバン嘉村だ!」
などと言いながら背番号を受け取る恭平。アホヅラかまして何言ってんだあいつは?
まぁ切り込み隊長だし、当然の選出だな。奴がいないと、打線が物足りなくなってしまうし、守備も一気にがたつく。
なによりあの生まれ持ったムードメーカーは、チームには欠かせない。
「7番が大輔」
「はい」
冷静な口調で受け取る大輔。だいぶ四番の風格が出てきたな。
っと思ったら、背番号を貰うときに大輔の腹から、腹の虫が叫んだ。
やっぱり大輔は大輔だった。良い事だ。
「8番は耕平」
「はい!」
耕平君も背番号を受け取る。兄弟揃って1桁背番号入りだ。
「んで9番は龍ヶ崎」
「はい…!」
龍ヶ崎は普段よりも力強く返事をして受け取る。
頼むぜ三番。それからライトからのレーザービームもよろしく頼む。
二桁背番号は以下の通りだ。
10番亮輔。11番誉。12番鉄平。13番西岡。14番里田。15番松見。16番片井君。17番永島。
全員の背番号を渡し終え、佐和ちゃんは一同を見渡した。
「夏の県大会のシード権を獲得するには、ベスト8以上になることだ。つまり一回勝てばいい。だが! ベスト8なんつう、ちっぽけな記録を目指すな! 狙うなら地方大会優勝を目指せ!」
「はい!!」
佐和ちゃんの言葉に、一同が力強く返事を返した。
よし、覚悟は決まった! いっちょ地方の頂を目指してみますか!
練習後、部室で和気あいあいと談笑で盛り上がる。
「そういや一年坊主はなんでうちの学校選んだんだ?」
鉄平が一年たちに質問する。確かにそれは聞きたかった話題だ。
最初に声をあげたのは秀平。
「自分は中学の時から佐倉先輩を尊敬していたので、佐倉先輩と同じ学校に行こうとずっと決めてました!」
高らかに理由を語る秀平。
あまりの出来た後輩っぷりに二、三年生から歓声が上がった。
去年の亮輔もそうだし、俺って結構後輩から慕われていたのな。
「あ! 俺はボーイズの監督から、山田高校を勧められたんで! 学力的にも一番あってたんで入学しました!」
次に理由を話したのは石ちゃんこと石村。
おそらく勧められた理由は佐和ちゃんだろう。佐和ちゃん、ボーイズの監督にも知られるぐらい有名だったのか。
「自分も監督に勧められて、文化祭に訪れたとき、佐倉先輩のピッチングを見て決めました」
続いて里田も理由を語る。
あぁ、文化祭の時の人間バッティングマシーンね。あのテレビの景品、後日佐和ちゃんから家に送られてきましたよ。
今は親父の部屋に置かれているはずだ。
「僕は学力的に一番良かったので」
永島も理由を語る。
野球とは無縁だったらしいが、高校では何かスポーツしたいと思い、野球部入部を決めたらしい。正直、サッカーとかテニスのほうが楽だったはずだ。
「俺は山田高校の女子生徒の制服が好きなんで!」
「おっ! わかってるなお前! 舎弟にしてやろう!」
最後に松見が理由を語る。瞬間、恭平が笑顔になった。
最後の最後で本当ろくでもない理由が出されたな。
なんにせよ。うちを選び、入学したことは正解だと思わせてやりたい。
その為には春の大会勝ち上がっていかないとな。
部員たち揃って正門へと向かう。
っと、ここで岡倉と合流し、彼女も交えて全員で帰る。
龍ヶ崎はここ最近、岡倉になんとか話しかけられるようになった。かなりの進歩だ。飛躍的な進歩と言っても過言ではないぐらい、龍ヶ崎が頑張っている。
ただ一つ難点として…。
「それでねー麻子ちゃんがひよこさんをねー」
「そうなのか。凄いなぁ」
龍ヶ崎がめっちゃデレデレしている。
俺はこんな龍ヶ崎を見たくなかった。クールで孤高の一匹狼みたいな龍ヶ崎を期待していたのに、なんでこうなっちゃたのか。
ってか、龍ヶ崎が話題を仕切らないせいで、どんどんと岡倉の話題があらぬ方向にぶっ飛んでいく力が発揮されている。
おかげで二人の会話に耳を傾けるだけで、知能が一気に低下してしまいそうだ。
龍ヶ崎大丈夫かな? 明日には赤ちゃん言語で喋るようになってたらどうしよう…。
「あ、そういえば佐倉先輩!」
「なんだ?」
秀平が話しかけてきた。
「今度、妹さんのメアド教えてくれませんか?」
ニコッと笑う秀平。
こいつ、まだ諦めてなかったのか。
俺は溜息を吐いたあと、一発秀平の腹部にパンチを入れておいた。
秀平は、恵那の事が好きだ。
同い年ということもあり、俺の妹ということもあり、事あるごとに俺に恵那とデートさせてくれと懇願してきていた。
その度に俺の関節技の練習相手にさせていたのだが、まだ諦めていないようだ。
「お前に俺の妹は絶対やらん」
「じゃ、じゃあ、次の試合で俺がヒットを打ったら、せめて家に招いてくださいよ!」
「…まぁいいだろう」
家に招く分には問題ないだろう。恵那に近寄ろうものなら、関節技からのプロレス技を決めてやる。
まぁヒットを打てたらの話だがな。
「よっし! 絶対に打ちますよ!」
スゲェやる気になっている秀平。
まぁ家に招くだけで、ここまでやる気になってくれるなら、いくらでも家に招いてやろう。恵那に話しかけはさせないがな。
「おい英雄! 俺もお前ん家に連れてけ!」
秀平と俺の会話を聞いていた恭平は話に入ってきた。
「何故?」
「決まってるだろう! 千春ちゃんのパンティーが欲しいからだよ!」
お前、そこはもうちょい本心を隠す努力しようぜ。
あまりにど直球すぎる理由は、一瞬頭が理解できなくて焦るから。
「絶対に入れさせねぇ」
「分かった、俺もヒットを打ってやる! それでどうだ?」
一年生の秀平と一緒の条件で入れると思ってんのかこいつは?
「無理だ。諦めろ」
「そう簡単に諦められるかよ! じゃあ、これはどうだ? 英雄の大好きなナース物のDVD、兄貴特選の奴をやる。兄貴特選だからハズレはないぞ。どうだ?」
今度はエッチなDVDで俺を釣ろうとしている恭平。
見くびるなよ恭平。今の俺は野球に集中している。
その程度でなびくはずがないだろうが…。
「一作品のみじゃ無理だ」
「分かった。三作品用意しよう。兄貴と俺が厳選して三作品を選ぶ。どうだ?」
「良いだろう」
駄目だ。簡単になびいてしまった。
情けない。千春よ。お前のパンツを守れなかったお兄ちゃんを許しておくれ…。
「ただし、妹のパンツは盗むなよ」
「相分かった。千春ちゃんの部屋の匂いを嗅ぐだけで我慢する」
「…オーケー。それはまだギリギリセーフかな…」
交渉成立だ。
俺と恭平は固い握手を交わす。
とりあえずこの恭平との契約は置いといて、まずは春の県大会のほうを集中しないとな。




