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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
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96話

 福山水産高校と練習試合をした翌日、俺は鵡川の家にお邪魔していた。

 先日誘われた鵡川の誕生日会をやるためだ。

 今日初めて、鵡川の家のリビングに入ったが予想より大きかった。さすが金持ちだ。


 ってか、来賓客が女子ばっか! 男が俺ぐらいしかいねぇ!

 おかげで、凄い警戒されているのか、不審者を見るような目で見られてるし、泣きたい。

 この悲しみを、ビュッフェ形式となっている料理にぶつける。美味い。普通に美味いぞこれ。大輔にも食わせてやりたいぐらいの美味さだ。


 「佐倉君!」

 名前は良くわからないけど、美味しい料理をむしゃむしゃしていると、鵡川がやってきた。

 なんか、ヨーロッパの貴族が着そうなぐらい、豪華絢爛なドレスを着ているんですけど…。いやそのドレス姿似合ってるけどさ、上手く着こなしちゃってるけどさ、いくらなんでも豪華すぎません?


 「鵡川、お前って貴族なのか?」

 「え? なにが?」

 お前、自分のドレス姿を見てそう思わなかったのか。

 マジで鵡川の家って由緒正しい名家なんじゃなかろうか。


 「それより佐倉君。このドレスどうかな? 似合う?」

 おそらく化粧品か何かで頬を赤く染めた鵡川が聞いてくる。


 「あぁ似合うけど…でも、お高いんでしょう?」

 軽いノリで聞いてみる。


 「まぁ高かったかな。あまり高かったから、中一の時から誕生日会の時だけずっと着てるの。ただやっぱり最近は…キツくなってきちゃって」

 とか呟いて恥ずかしそうにする鵡川。

 なるほど、主に胸元がきついんですね。分かります分かります。

 さすがに鵡川にどこの部位がキツくなったのかは聞かない。俺はどっかの恭平(へんたい)とは違い、ある程度の常識はわきまえているつもりだ。


 「それより、誕生日おめでとう」

 「ありがとう」

 とりあえず今回呼ばれた目的の一つを果たしておく。

 鵡川はニコッと笑顔を浮かべる。うん、鵡川の笑顔は相変わらず神々しいな。


 「まさか野郎が俺一人とは思わなかったよ」

 新手のいじめかなんかと勘違いするところだったぜ。


 「あ…そっか。私、佐倉君しか男の子友達いないから」

 そういって、「あはは」と乾いた笑いを浮かべる鵡川。

 嘘をつくな。女はそうやってすぐ嘘をつくんだ。お前みたいな美少女と仲良くしたがる男性は多数いるはずだ。よって、俺しか男友達はいないというのは嘘だ。論破論破だ!


 「そうだったのか」

 なんて言えず、適当に相槌を打つ小心者の佐倉君なのである。


 「うん、佐倉君が初めての男友達ってことかな」

 そういって照れ笑いを浮かべる鵡川。

 お前、その発言はあざとすぎるぞ! こんなん美少女に言われたら、男の子はグッと来てしまうに決まってるだろうが! 現に俺がグッと来ている!

 ってか鵡川、お前はいちいち俺の萌えのツボを押す言動や行動が多すぎるんだよ。お前は萌え製造機かなんかなのか!?


 「そうだったか。意外だ」

 「意外かな?」

 「まぁな。鵡川なんか可愛いんだし、仲良くしたがる男も一杯いるだろうし、男友達の一人や二人いるもんだと思ってたよ」

 「え!?」

 なんか、めっちゃ驚いている。どうした鵡川。

 しかも顔がめっちゃ赤いぞ鵡川。おいおい、もしかして風邪気味だったか? 大会前だから風邪うつされるのは嫌なんだけど。


 「大丈夫か鵡川? 顔赤いぞ? 水飲むか?」

 「う、うん、大丈夫…」

 なんか深く息を吐いている鵡川。自身の右手をうちわのようにパタパタと仰いでいる。なんだその姿、めっちゃ可愛いやんけ。

 こいつ、いくらなんでもあざとすぎるぞ。岡倉以上のあざとさだ。


 「とにかく、今日は楽しんでいってね」

 「おぅ」

 鵡川は朗らかな笑みを浮かべて、俺の前から立ち去る。

 なんにしても、あのドレス姿は目立つなぁ。



 この後、部屋の隅っこでぼけーっと、誕生日会を俯瞰する。

 しかし美少女鵡川の友達だけあり、来客者のほとんどの女の子が美人や美少女が目立つ。その中に一人置かれるむさい男。

 なんだこの現状。どうしてこうなった? クソが…楽園にいるはずなのに、無性に帰りたい…。


 「あっ! 佐倉英雄!」

 そんな疎外感を味いながら、飲み物を飲んでいると、良ちんが急に現れ、俺に怒鳴りつけてきた。


 「なんだ良ちん? 俺は今、一人ぼっちと言う疎外感を味わってるんだよ」

 「そんな事どうでも良い! 何故ここに居る?」

 殺意のある視線を俺にぶつける。いちゃ悪いのかよ。


 「あっ? 鵡川から呼ばれたんだよ。悪いか?」

 「ぐっ…! 姉ちゃんが呼んだんならしょうがないか…」

 姉には弱いシスコンの良ちんだった。

 そういえば、良ちんと鵡川は双子だったか。


 「良ちん、ハッピーバースディ」

 「お前に言われても嬉しくはないが、まぁ感謝しといてやる」

 そういって、何気なく俺の隣に立つ良ちん。

 坊主頭にスーツ姿。なんだろう。良ちんの濃い目の顔立ちも相まってスゲェ似合わない。


 「佐倉英雄、なんだ?」

 あまりの似合わなさに良ちんを凝視していると、睨まれた。

 別段、話したい話題があるわけでもなかったが、適当に思い浮かんだ話題を口にする。


 「良ちんは巨乳と貧乳、どっちが好きだ?」

 「お前…頭大丈夫か?」

 凄い可哀想な目で見られている気がするが、良ちんと視線は合わせない。

 腕を組み、来客の女の子たちを見ながら、俺はいたって真面目な表情を浮かべておく。


 「もう一度聞く、良ちんは巨乳と貧乳、どっちが好きだ?」

 「…お前、そんな奴だったのか」

 今、スゲェ良ちんに失望されている気がする。

 なんだろう。さっきよりも疎外感を覚えるぞ?

 …恭平、やっぱり俺にはお前が必要だ。今すぐここに来て、場を混沌に導いてくれ…。


 「お前の所はどうなんだ?」

 一度深い溜息を吐いた良ちんが聞いてきた。

 こいつ、失望しておいて聞くのか、哲也並にむっつりだな。


 「俺は巨乳も貧乳も好きだが?」

 「違うその話じゃない。県大会の事だ」

 なんだ県大会の方かよ。

 ちなみに俺は巨乳も貧乳も好きだし、どっちが優れているかなどは言わない。そもそも、巨乳と貧乳は同じ女性の乳だが、別のカテゴリーに分けられるべき存在であり、同一視、もしくは優劣つける事は愚かなことだと思っている。

 この事は高校初日、入学式の後に恭平とした議論の末に至った答えだ。


 「予選からは、西部地区じゃ丸野港南、兼光学園、荒城館、酒敷工業(さかしきこうぎょう)が出場を決めている。東部だと丘城南(おかぎみなみ)紅陽(こうよう)が出てきている」

 「どこも強いとこだな」

 毎年、県大会上位に名前を残す学校だ。

 まぁ、それが当然か。無名校ばかりではつまらないだろう。

 丘城南、酒敷工業なんかは、過去に甲子園にも出場している高校だ。


 「まぁ妥当な学校が来ていると言う所だな。それで、山田高校は去年よりも強くなったのか?」

 良ちんの質問。これはすぐ答えられる。


 「強くなったよ。俺も正式に野球部に入部したし」

 「姉ちゃんから聞いた。期待はしているが、高校一年のブランクがある。中学の時のお前は凄かったが、正直打てる自信にあふれている」

 「そっかよ。ちなみにうちの四番は良ちんに負けないぐらいのバッターだよ」

 煽る良ちんに俺が煽り返す。

 そばにあるビュッフェから、料理を盛り、再び食事を開始する。うむ、美味い。良ちんに負けないぐらいのバッターである我が校の四番のためにタッパーに詰めて持って帰りたいぐらい美味い。


 「…ほぉ。山田高校にそんな奴がいるのか。嘘八百じゃないことを祈るだけだな」

 俺の煽りをあんまり信じていない様子の良ちん。

 だが大輔が打席で構える姿を見れば、一発で大輔の実力を直感するだろう。


 「まぁ全国制覇を目指すなら、俺よりも凄いバッターがいないと不可能だぞ」

 「あっ?」

 俺は食うのを止めて、良ちんを見る。

 良ちんはジッと俺を見ていた。真剣な表情だ。


 「全国には、俺よりも凄いバッターがたくさん居るし、遊星よりも凄いピッチャーはたくさん居る。俺は去年の夏に改めて思い知った」

 甲子園を経験した者にしか言えない発言だ。

 俺もこんなかっちょいい発言をしたいが、いかんせん甲子園は経験していない。言えないのが悔しい。


 「へぇ~」

 冷静を装いながら俺は食事を再開する。

 それにしても全国には良ちんよりも凄いバッターばっかか。余計に行きたくなるなる甲子園ってか。


 「だからこそ、俺はもう一度、あの場所で野球をしたい…」

 そう隣で呟く良ちんの言葉。


 「俺は去年の夏、自分の力を発揮しきれなかった。敗れた前橋一高戦だって、俺がもっと頑張れば勝てていた。この一年間、あの夏の悔しさを晴らすために頑張ってきた。だから今度こそ…」

 甲子園優勝したいってか。

 本当、王者の発言だよな。まるで県大会はフリーパスと言ってるように聞こえるぜ?

 だが、それでこそ良ちんだ。目の前に立ちはだかる絶対王者はそうじゃなきゃ困る。


 良ちんは…鵡川良平は、あの夏、俺の目を覚ましてくれた男だ。

 こいつの一発を見なきゃ、俺は野球復帰への一歩を踏み出せなかっただろう。

 だからこそ、これぐらいの発言をしてくれなきゃ困る。

 ここで「まずは県大会優勝!」とか「県大会も苦戦するけど勝ちたいな!」とかほざいていたら、平手打ちの一つや二つかましていただろう。


 「佐倉英雄…」

 「どうした?」

 「今年の夏、絶対に…山田高校と戦いたい。俺と戦うまで、敗れるなよ」

 良ちんは俺を睨む。

 思わず良ちんの発言を鼻で笑っていた。


 「敗れるわけないだろうが。俺は頂点目指してるんだからさ。お前らが敗れなきゃ、いずれぶつかるさ。むしろ俺から言わせてもらうぜ、俺はお前と戦いたいから、敗れるなよ」

 宣戦布告し返してやる。

 不敵に笑う俺に、良ちんもまた嬉しそうに笑顔を浮かべた。


 「上等だ」

 軽い良ちんの一言。

 まったく、今日はオフのつもりだったのに、野球への熱がまた高まってしまった。

 うん、まだまだ誕生日会は続くが、さっさと切り上げて、自主練習に切り替えていこう。


 この後、鵡川に帰ることを伝えて、鵡川の家を後にする。

 夏の大会の約束をしちまったが、斎京学館と春の大会でぶつかる可能性もあるのを忘れていた。

 まぁどっちにしろ、斎京学館とはどこかでぶつかることになるだろうし、気楽に待っていようか。


 県大会はもうすぐ。

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