94話
「ねぇ佐倉君」
三年のクラスにもだいぶ慣れ始めた4月12日の昼休み。
俺は恭平との食事を終えたところで、鵡川に声をかけられた。
ちなみに恭平はトイレに行っので、現状、俺一人だ。
「あっ? どうした?」
飯を食ったら眠くなる。すでに眠気が脳の7割、8割を占有しており、睡眠体勢に入ろうとしていた。
だが相手は鵡川。岡倉や沙希なら容赦なく寝るが、彼女は邪険に扱えん。なんて言ったって、学校一の美少女、邪険に扱って、彼女のファンの連中から総スカンを食らうのも嫌だしな。
鵡川はなんかか体をくねくねしている。
「あのさ…今週の日曜日、私の誕生日なんだ…」
「ほぉ~おめでとう。なんかプレゼントしてやろうか?」
今なら飴ちゃんか、自動販売機で飲料一本奢ってやれるぞ。お小遣いがないのでそれ以上は厳しいが。
「いや、プレゼントとかは良いんだけど…えっとね。日曜日に私の誕生日会をやるんだ。その…暇だったら来て欲しいなぁ~って思ったり…その…その日大丈夫?」
鵡川が俺の顔を直視せず、チラチラとうかがいながら聞いてくる。
確か前日土曜日は練習試合があるが、日曜日のほうは、練習が無いはず。問題ないだろう。
「あぁ別に良いけど」
「ホント! じゃあ、日曜10時に私の家に来てくれる?」
「あぁ分かった」
「ありがとう! それじゃあ日曜日!」
なんか知らんが、満面の笑みで鵡川が立ち去る。
誕生日会か。ガキの頃は良く呼ばれていたが、歳を重ねるにつれて、どこもやらなくなったからなぁ。
まっ! いっか!
鵡川の家金持ちっぽかったし、豪勢な食事とか出るのかな?
もしそうなら、元旦で願ったことが叶ってしまうな。案外神頼みもバカにできないかもな。
とにかく今は眠い。
さぁ寝よう…昼休みはもう少ししかない…。
「お兄ちゃん!」
寝ようと思ったら、今度は妹Aの千春がきやがった。
この野郎、俺が今から夢の向こうでランランしながら楽しもうと思っていたのに…。
少々機嫌が悪くなる。
「なんだマイシスター? 俺は寝ようと思ってるんだが?」
「いやぁ~お兄ちゃんって日曜暇でしょ? だから美咲ちゃんと、遊園地行ってほしいんだけど?」
「残念、今さっき日曜の予定は埋まりましたぁ~。ほらっ! とっとと消えうせろ。ってか寝かせろ」
例え妹であろうと、今は眠気に勝てない。面倒くさいので適当にあしらい、睡眠体勢(机に突っ伏すだけ)に入る。
なんか千春の舌打ち聞こえたが無視だ。ここ最近、授業中に寝ようと思っても、前方の恭平が急に下ネタをし始め、後方の須田が寝てると定期的に俺の腰とか背中と触ってくるので、おちおち睡眠もできない状態が続いている。
おかげで、かなり寝不足だ。
「じゃあ来週の日曜日は?」
不機嫌そうな千春の声が聞こえる。
「なんだよ…まだ居たのか。来週には県大会が始まるから、100%無理だ」
「はぁ? 意味分からないんだけど?」
意味分からないのはお前や。
「お兄ちゃん! 美咲ちゃんとデートしてよ!」
「悪いな妹。俺は今野球で忙しい。美咲ちゃんには別の男性と遊ぶように言ってくれ」
「うわ最低。だからお兄ちゃんは最悪のクズなのよ! ゴミ! 能無し!」
何故か教室で妹に罵倒される俺。
俺が一体、何をしたって言うんだ。
「とにかく、これからしばらくは無理だ。夏の大会まで遊んでらんねーよ」
「そこを何とかするのがお兄ちゃんでしょ? 天才天才言ってるんだから、多少遊んだって問題ないって!」
「もし遊んで負けて、その遊んだ事を負けた原因にしたくない。後悔だけは残したくないんだ。だから無理だ」
何を言われても無理だ。
たとえ千春が指をくわえて「お兄ちゃんと遊びたい」と色目を使ってこようと、美咲ちゃんがちょっとセクシーなポーズをして「佐倉先輩と遊びたい」と言われようとも、今の俺は遊ぶことはない。
そこまでしても遊ばないと決めている以上、目の前で舌打ちを連発する千春を見たところで、俺の確固たる信念は揺らぐことはない。
再び睡眠体勢に入る。
「あ、あぁ…あああああ! ち、千春ちゃんじゃないかぁぁぁぁぁ!!!!!」
教室に響き渡りそうな程の恭平の叫び声に、思わず机に突っ伏していた体を起こしてしまった。
出入り口で仁王立ちしたまま、千春を見つめる恭平の目は見開かれ、満面の笑みを浮かべている。三年間仲良くしていた俺だが、あの笑顔を見た瞬間、本気で友達辞めようか思った。
「うわ…やばっ…」
千春がスゲェ嫌そうな顔を浮かべてる。
「じゃ、じゃあお兄ちゃん! 暇になったら言ってね!」
そう一言千春は俺に言うと、ダッシュでもう一つの出入り口に向かう。
しかし恭平に先回りされていた。
「なんだぁ~俺に会いたいなら先に言ってくれよぉ~。俺はいつでも君の味方だぜ!」
「はぁ? 意味分からないんですけど。邪魔だから、早く目の前から消えて」
「またまたぁ~今時ツンデレは流行らないぜぇ~」
教室のドアの前で、恭平と千春が話している。
なんだあいつ? キモすぎるぞ。
肩幅に両足を開き、左手を壁について出入り口付近で通せんぼする恭平。
表情が最高にキモい。あれはやばいレベルのキモさだ。
「良いから邪魔!」
その瞬間、千春が恭平の股めがけて足を蹴り上げた。
肩幅程度に両足を開いていた恭平の金的はまさに無防備だった。
「あぉ!」
変な奇声を発して軽く浮き上がる恭平。
そうして出入り口付近でうずくまった。
「気持ち悪!」
捨て台詞を吐いて教室を出て行く千春。
恭平はうずくまりながら「うへへへ」と変な声を発している。
さすがにあのまま放置なのは、通行の邪魔にもなるので、俺がどかしに行く。
「恭平、そこでうずくまってると邪魔だ」
「あ、あぁ…お義兄さんじゃないっすか…。えへへ、妹さんの足最高っすね…」
恭平を見下ろす俺に、顔だけをこちらに向けた恭平はニヤけながら、そんなことを発している。
こいつ…。
「俺、M属性じゃないっすけど、今の一発は最高でした…」
「恭平、俺今、めっちゃお前の友達辞めたいんだけど」
最高にキモすぎるぞ恭平。さすがの俺も許容範囲外だ。
「へへっ、兄妹揃ってツンデレとか、男のツンデレは流行らないですよお義兄さん!」
「恭平、前忠告したが、次に俺をお義兄さん呼ばわりしたら本気で関節外すって言ったよな?」
さすがに頭にきたので、恭平に告げる。
ニヤけ顔から一気に青ざめる恭平。しかも金的されて痛みで動けないのかうずくまったままだ。
「あ、はは…冗談だよ英雄! 仲良くしようぜ! マイブラザー!」
「さすがに金的されてその上、関節外してやるのは忍びない。昼休みももうすぐ終わるし、佐倉英雄特選古今東西関節技ベスト5全てかけてやろう」
にやりと俺は口元をほころばせる。もう眠気は吹き飛んだ。
俺の可愛い妹に手を出す悪い虫にはしっかりとお説教してやらないとな。
という事で、この後昼休みが終わるまで、俺の大好きな5つの関節技を連続して決めてやるのだった。
放課後、練習が始まる。
そういえば、一年生が新たに入部していたのを忘れていた。
佐和ちゃんは春の県大会に一年生出場を間に合わせるため、三月におこなわれた入学説明会の際に入部希望者を募っていた。結果、入学説明会で入部希望したのは4名いた。
この他、高校入学後の体験入部を経て1名が入部。
合計、新入部員は5名入部してきた。まさかここまで入部してくるとはな予想外だ。
とりあえず選手紹介。
まず松見正一君だ。
山田第二中学卒業の軟式野球経験者。最速119キロのストレートとカーブを持っているピッチャー希望。
ブルペンで投げているのを見た感じ、まだまだ伸びる素材だ。体格が一年にしては大きいので、技術さえ身に付けば十分力を発揮する。
まず修正箇所はピッチングフォームだろう。とにかくグチャグチャすぎて見てられない。そのせいでボールをかなり乱れている。いわゆるノーコン。
だがフォームをしっかりと固めれば、好投手になりそうな感じに見える。
ピッチングはあれだが、バッティングは中々の戦力になる。少なくとも誉よりは、当てる技術はあるはず。
続いてキャッチャー希望の里田敦人君。
山田西中学卒業で、山田シニアの元四番を任されていたらしい。ってかリトル時代の二つ後輩だ。当時は体が小さく、あまり目立たなかったが、中学三年間でだいぶ体が大きくなっている。
元四番という事で、バッティングは悪くない。哲也よりも打てると言う、まさかのまさかだ。
だが、守備の方は哲也の圧勝だ。技術面はまだまだ磨けるし、リードに関しても、まだまだ若さ故の拙さを感じられる。
続いて内野手希望の石村忠仁君。
山田第一中学卒業。同じく野球経験者。龍ヶ崎と同じ浅井ボーイズ出身者。ちなみにサードとセカンドを守れるらしい。ってか何気上手。
ボーイズ時代は控えだったそうだが、うちでは十分戦力になる実力者だ。我が校の、どんぐり内野軍団(誉、片井君、西岡)の3名にとって大ピンチであろう。
続いてファースト希望の新座秀平。
山田中学卒業しており、俺の後輩。もちろん野球経験者。リトルの頃からの付き合いだ。
中学時代に俺の代で、一年生で唯一背番号貰っていたし、去年もキャプテンで県大会出場するくらいだから優秀。ってか、即戦力だ。
まずガタイが良い。中学一年生の頃はあんなに小さかったのに、だいぶ体格が大きくなっている。これなら十分高校野球でもやっていけるだろう。
ってかやってくれないと困る。今までファーストは亮輔がやっていたし、逆にファーストのレギュラーになって、亮輔にはいつでも投げれる準備をベンチでしておいて欲しい。
なのでスタメン取れるように頑張れ秀平!
最後に同じく内野希望の永島繁雄君。唯一の体験入部を経て入部した一年生。
山田東中学卒業。野球初心者だ。かなりの名前負けをしている。
見た感じ、本当の素人だ。グラブのはめ方すら分からないという素人っぷり。
まぁおちおち成長してくれれば良いや。
さて5名入り、部員17名となった。
永島君以外は、野球経験者だし、佐和ちゃんの地獄の練習に付いて来れると思う。むしろ付いてこれなきゃ戦力にならん。
一年生の入部により、大きく変わったのは三つ。
一つ目は、亮輔の投げ込みの時間が増えた事だ。代わりにファーストの守備に付く時間が減った。
そのおかげで、亮輔は佐和ちゃんの指導の下、ピッチャーの技術を大幅に高められると言う事。
二つ目は、龍ヶ崎のブルペンでの投げ込みが無くなった。
松見君の入部もあるだろうし、亮輔がピッチャーに専念出来るからだと思う。
なにより、龍ヶ崎が直訴したらしい。ピッチャーを諦めてバッター一本で行くそうだ。あいつ、前にピッチャーに未練あるとか言ってたけど、大丈夫なのだろうか?
最後は、里田君加入により、誉のキャッチャー指導は無くなり、ブルペンではピッチャー二人まで投げ込みができるようになった。
前までは、哲也と初心者の誉だけだったので、どうしても投げ込みの時間がグダグダする事があったが、里田君加入で、投げ込みもだいぶスムーズになるだろう。
まぁ今まで部員が少なかったので、新入部員が入ったおかげで、利点が増えた。デメリットのほうが少ないと思う。
今週の土曜の福山水産高校との練習試合に、早速一年生も起用するそうだ。
春の県大会で早速一年生起用が実現するかもしれないな。




