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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
92/324

91話

 山相戦が終わってからは、練習試合が多くなった。

 ってか、佐和ちゃんの情報網というか人脈が素晴らしい。マジでしがない県の弱小校の監督とは思えないぐらい、強豪校とのツテを持っている。

 マジで素晴らしすぎて、尊敬したくないのに尊敬しちまった。


 3月25日に終了式を迎え、春休みを迎えた後は、毎日が練習試合と言っても過言では無かった。

 まぁ毎日練習よりは試合していたほうが楽しいのが事実だし、トーナメントを勝ち上がるには試合経験が多いほうが、突発的な事態にも対応しやすい。

 我が校もだいぶ技術的なものは身に付いたし、あとは試合経験。高校から野球を始めたって奴らが多い我が校に今一番必要なのは試合経験だ。


 んで、まず山相戦後の26、27の土日を使って鳥取県まで遠征試合を行った。


 土曜日に向かい、そのまま鳥取の名門校である鳥取西条学園(とっとりさいじょうがくえん)と試合を行い、3対0で勝利。

 大輔のスリーランホームランで3点を取り、俺が九回を投げて無失点。


 翌日、日曜には、秋の地方大会にも出場した八頭商業(やずしょうぎょう)と試合をして3対3の引き分け。

 その後ダブルヘッダーで倉吉農大倉吉(くらよしのうだいくらよし)と試合を行い6対2で勝利した。


 俺は八頭商業戦で登板。球は走っていたが、八頭商業戦では、六番バッターにツーランホームランを打たれた後、ペースを崩してしまい、2個のフォアボールを出してしまった。その後ツーベースを打たれた事が課題だ。

 大輔は八頭商業で2本のホームランを打っている。

 どうやら大輔は、相手ピッチャーが強ければ強いほど長打を打てるらしい。化け物め。



 んで3月28日から4月1日まで、瀬戸内海を越えて四国の強豪校と対戦した訳だ。


 28日に瀬戸大橋を越えて、香川県に入り、すぐに試合。

 相手は香川県の誠仁学園(せいじんがくえん)と対戦。

 誠仁学園は秋の四国大会の初戦で、大会の優勝校となる愛媛の松山彩美(まつやまさいび)と再試合に持ち込み、翌日の再試合でも延長11回まで接戦を繰り広げたチームだ。結局負けたけど。


 その誠仁学園に2対1で勝利。俺は九回投げて1失点。打線は大輔のツーランホームランのみだった。

 やはり打線は、大輔頼りの所がある。

 今回の連続の練習試合でそれが顕著になってきた。



 翌日29日には、甲子園に44回も出場している香川の強豪、讃岐商業(さぬきしょうぎょう)と対戦。

 俺はこの試合で14奪三振の被安打3で無失点の好投。

 打線では大輔の1本のホームラン。龍ヶ崎のホームランもあり、2対0で勝利。


 その後、同じ高松市にある、香川黎明(かがわれいめい)高校と試合をして5対0で勝利した。

 亮輔と龍ヶ崎の継投で無失点で切り抜けた。

 亮輔にしてみれば、高校入学してから初めての無失点じゃないか? ひと冬越して、だいぶ変化球のキレが増し、相手バッターも的を絞りづらくなっているだろう。



 試合後、そのままバスに乗って愛媛県へ。

 今回の遠征も、校長が特別に学校の経費から出してくれているらしい。

 佐和ちゃんから話を聞くと甲子園に出れば、盛大に祝ってやると言われたそうな。あの校長め、祭りごとが好きなだけある。本当に感謝だ。


 翌日30日には、愛媛県の勝山東(かつやまひがし)と、今治商業(いまばりしょうぎょう)との練習試合だ。どちらも県内中堅校に位置する学校だ。

 勝山東戦には亮輔が登板し、八回3失点。九回は龍ヶ崎が投げて1失点で、結果的に3対4で敗退。

 今治商業戦では俺が登板し、九回無失点で5対0で勝利。

 どちらの試合でも、大輔はホームランを打っていない。こんな事を言わないといけないぐらい、大輔はホームランを打っているのだ。ピッチャーとしてはマジで頼りになるぜ。

 そのままバスで高知県に移動。



 翌日、3月最終日となる31日。

 まずは高知県に入り、高知の野球名門校であり、甲子園に25回も出場する全国クラスの星徳義塾(せいとくぎじゅく)と、同じく甲子園に34回も出場する鷹城商業(たかじょうしょうぎょう)との練習試合。

 やはり両方とも全国クラスの強豪校。

 俺は鷹城商業戦で先発し、星徳義塾戦は亮輔が先発だ。

 亮輔にしてみれば、初めて全国レベルを思い知る事になるだろう。


 まず星徳義塾戦に登板した亮輔。初回に3失点するも、その後は変化球で打者を翻弄して1失点にとどめ、九回投げて4失点。

 打線は、初回に恭平、耕平君、龍ヶ崎の三者連続ヒットの後、大輔が満塁ホームランをぶち込んで4点。

 さらに俺のホームランなどで、初回に6点入れて、7対4で勝利。


 続く鷹城商業戦の先発は俺。

 俺は危なげの無いピッチングで、九回1失点の好投。

 打線は、大輔の満塁からの走者一掃のスリーベースなどで、3対1で勝利した。



 その後は徳島県に移動。

 ってか、どこも全国クラスなのに、我が校は勝ちすぎている。

 佐和ちゃん曰く「すでに全国クラスのレベルと言う事」らしい。

 普段は褒めない佐和ちゃんに、そんな事を言われて、素直に嬉しい俺らだった。



 そして4月に入り、今日1日。


 ビジネスホテルのベッドの上で目を覚ました俺は、体にほんのりと疲れがたまってるのを感じた。

 そりゃ毎日バスで移動の上、一試合は投げているからな。

 だいぶ体に疲れが溜まってきている。

 だが今日で四国遠征も終了だ。最後も勝って有終の美を飾ろうではないか。


 「お、おはよう英雄…」

 今日の同室の相方は恭平。

 俺が目を覚ますなり、震えた声で挨拶してくる恭平。


 「おはよう。どうしたんだ? 体調崩したのか?」

 「英雄…焦らないで聞いて欲しい」

 なんか切羽詰った表情を浮かべてる。

 もしかしておねしょでもしちゃったのか? だとしたら腹を抱えて笑ってしまいそうだ。


 「どうした?」

 「俺…妊娠しちゃったかもしれない」

 ………。


 「おそらく、お前の子だ…」

 ………。


 一度ホテルの室内にある卓上カレンダーを確認する。

 今日は4月1日。なるほど。


 「恭平、俺は毎日の練習試合で疲れている。そして朝からそんな下らない嘘を言われて凄い腹が立っている。わかるな?」

 俺はにっこりと笑う。

 ベッド上の恭平は「あはは」と乾いた笑いをしたので、サソリ固めの一つ決めておいた。


 まったく、朝からくっそどうでもいい嘘つきやがって。



 さて、今日最終日は徳島の鳴門球場で、鳴門商業(なるとしょうぎょう)鳴門東(なるとひがし)の二校と対戦する。

 どちらも過去に甲子園出場があり、徳島県内では強豪に分類される学校だ。

 特に鳴門東は、昨秋の徳島県の王者であり、秋の四国大会ではベスト4になっており、選抜甲子園出場後一歩のチームだ。

 両校ともに今年は好投手を擁しており、鳴門商業の花村(はなむら)は県内ナンバー1左腕と呼び声高く、鳴門東のエースの宮崎(みやざき)は県内どころか四国屈指のピッチャーとして注目されている。


 まず鳴門商業戦の先発ピッチャーは亮輔。

 前よりも安定感は増したたが、まだまだ甘いコースへの変化球を痛打されるのが目立つ。

 その上、連日の練習試合のせいか、選手全員が普段よりも精彩を欠いている。

 大輔も四タコとまったく打ってなかった。


 結果は1対4で敗北。

 やはり大輔が打てないとチームが負ける。大輔の打撃頼りの打線が、これからも課題になりそうだ。



 続いて鳴門東高校戦。先発ピッチャーは俺だ。

 連日の練習試合でだいぶ疲れは溜まっているが、それでもボールは走っている。

 コントロールは乱れがちだが、球威で抑える。


 一方、相手の先発ピッチャーも力投する。

 相手の先発である宮崎は四国屈指の好投手という評判にたがわぬ好投を続ける。

 右のスリークォーター。球速は140に満たないが、丁寧に内外に投げ分けるピッチングに、毎日練習試合とバス移動のせいで、選手たちに疲れの色が見える我が校は、完璧に打線が沈黙してしまっている。


 初回から両チーム0点行進。

 この感覚、懐かしいな。中学の頃は毎回こんな感じだったな。


 八回の裏、この回もノーヒットで抑えた俺がマウンドを降りる。

 確かに相手チームは守備を鍛えられているが、バッティングは並程度だ。多少疲れていても十分抑えられる。

 ここまで許したヒットは2本のみ。相手ピッチャーさえ攻略出来れば快勝も夢じゃない。

 なのだが…。



 九回の表、山田高校の攻撃。

 この回も相手エース宮崎がマウンド上で躍動する。

 先頭バッターの九番誉はセンターフライ。一番恭平はショートゴロ。二番耕平君はショートフライに倒れて、この回も三者凡退。

 宮崎、この回も粘り強いピッチングで抑えてくれるな。三振を取るというより打たせて取るピッチャーだ。相手の守備が堅いのもあり、厄介なピッチャーだな。

 山田高校はここまででヒット3本に抑えられている。


 「ほら! 疲れてるからって手を抜くな! 気合入れろ!」

 佐和ちゃんの叱咤激励を耳にしながら俺はマウンドへと走る。

 九回の裏の守りだ。ここを抑えて延長戦に突入。次は三番の龍ヶ崎からだし、得点のチャンスは広がるだろう。

 だが今日の大輔は不調だ。大輔は気にしていない様子だけど、大丈夫だろうか。



 九回の裏も楽々抑えてマウンドを降りる。

 やっぱり相手の打線は酷いものだな。これで四国大会ベスト4って言うんだから凄い。


 さて延長戦突入だ。

 十回の表、先頭は三番龍ヶ崎。

 さすがに相手先発の宮崎にも疲れの色が見え始めている。失投は迷わず叩かないとな。


 龍ヶ崎が甘い球を打ったようだが、打球は伸びずレフトフライ。

 次は不調の大輔。


 「大輔! 一本頼むぞ!」

 「四国遠征最後だ! 気合入れろぉ!」

 ベンチからは大輔から声援が送られる。

 大輔が一本ヒットを打てばチームも活気づくのだが…。


 初球、大輔は打ち上げてしまった。

 自然と落胆の声がベンチから漏れた。

 打球はサード頭上への内野フライ。これをサードは危なげもなく捕ってツーアウト。



 ツーアウトから打席に入るのは俺、佐倉英雄。

 相手ピッチャーを睨む。宮崎もだいぶ疲れが表情に現れている。

 奴の球種はストレートとスライダーとカーブ。球種こそ少ないものの、丁寧に内外に投げ分けるピッチングと、どんな場面でも冷静に対処する精神力の強さは、素直にお手本したいピッチングだ。


 甘いコースに来れば迷わず打ち抜く。

 初球、カーブを見送ってボール。

 続く二球目はアウトコースいっぱいに決まるストレート。疲れているとはいえ安定したピッチングをするな。さすが四国屈指と言われるだけの好投手だ。

 疲労程度で崩れるほどやわではないということか。


 ならば…。


 三球目、今度はインコースにきたストレートをフルスイングで打ち抜いた。

 打球はファールになったが、強烈なライナーが内野のフェンスに直撃する。

 インコースだろうと思いっきり踏み込んで打つ。こんなバッティングされたら、インコースに投げづらくなるだろう。

 自然と外への配球になっていく。


 四球目、一球アウトコースに外れるストレートでカウントを稼いできた。

 カウントはツーボールツーストライク。勝負するならここだろう。

 来る可能性が高いのは、この打席でまだ投げていないスライダー。だけどカーブ、ストレートも頭の片隅に入れて、バットを構える。


 そうして五球目。

 予測通り、相手バッテリーが選んだのはスライダー。それも失投しやがった。

 疲れでミスったか。こんな絶好球見逃すほど、俺は優しくない。

 もうスタンドに運ぶつもりで、力いっぱいバットを振り抜いた。


 行った。

 両腕にほのかに残る心地の良い刺激と衝撃で確信した。

 何度もホームランを打った俺だから分かる。この感覚はスタンドまで届くと。


 快音が客があまりいないスタンドに鳴り響いた。

 自軍ベンチからは歓声が上がる。


 バットに打ち抜かれた打球は、ピンボールのように勢いよく吹っ飛んだ。

 打球は右中間へと飛んでいき、もうまもなくセンターとライトの選手は追うのを諦めた。そうしてそのままスタンドに飛び込んだ。


 「っしゃ!」

 ソロホームラン。出来ればグランドスラムとか打ちたかったが、まぁホームランだし良いか。

 1点あれば勝てる。今日はそんな自信にあふれていた。


 一塁、二塁、三塁と回ってホームイン。

 次のバッターである中村っちとハイタッチをしてベンチに戻る。


 「ナイスバッチ英雄!」

 「うっす!」

 笑顔を浮かべる佐和ちゃんに俺は会釈をしてベンチに入る。

 選手たちが祝福してくる。その中に大輔もいた。


 「ナイスバッティング英雄」

 「おぅ、大輔はもっと頑張れよ」

 「何言ってんだよ。こればかりは頑張ってどうこうできるもんじゃないだろう。人間、不調な時は無理しないのが一番だ」

 そういって笑う大輔。

 うん、こいつはスランプにならないだろうな。


 なんにしても1点ゲットだ。

 あとは抑えるのみ。



 この裏を俺はノーヒットで抑えてゲームセット。

 1対0の辛勝といったところか。

 有終の美を飾れた気にはなれなかったが、まぁ負けなかったし良いか。


 それよりも今回の四国遠征でわかったことがある。

 大輔が打てないと勝てない。それがチームの現状だ。

 レベルが高いところに行けば行くほど、大輔のバッティングに期待せざるを得なくなっている。

 大輔抜きでも勝てるようになれば、だいぶチームも安定してくるんだがなぁ。


 様々な課題を見つけつつ、俺達は長い練習試合の日々を終えた。

 4月6日から始業式。ついでに新一年生も入ってくる。

 即戦力入部しないかな? とりあえずファーストを守れる奴が欲しい。亮輔もそろそろピッチングに専念させてやりたいしな。

 出来れば大輔クラスの選手がくれば良いのだが、まぁまず無理な話か。

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