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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
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90話

 「ナイピー英雄!」

 試合終了と共に、佐和ちゃんに笑顔で迎えられた。

 俺も思わず笑顔になってしまう。


 まさか俺がノーヒットノーランを達成するとはな。

 リトルリーグから野球をやっていたし、過去に何度か経験しているが、やはり嬉しいものがある。特に今回は高校野球では初めてのノーヒットノーランだ。


 やべぇ嬉ピーだな!


 「っと言っても、甘い球は多かったし、まだまだだな」

 そう付け加える佐和ちゃん。

 せっかくノーヒットノーランの余韻に浸っているのに、そんなの付け加えるなし。


 「しかしお前ら本当に強くなったよ。とりあえず、これからは全体のレベルを底上げする。主に守備を強化する。守備のミスが少なければ少ないほど、試合では有利になるからな」

 「はい!!」

 一同が佐和ちゃんの方針に力強く返事を返した。



 「英ちゃん! 凄い格好良かったよ!」

 グラウンド整備も終わり、ベンチの片付けをしている時に、岡倉が笑顔で話してくる。


 「まぁな。やっと岡倉も俺の魅力に気づいたか」

 にやりと笑ってみせる。

 それを聞いた岡倉は頬を赤くさせた。


 「…ずっと…英ちゃんの魅力なんて分かってるよ…」

 小声でそんなことを呟く岡倉。

 なんだその態度は? は!? ま、まさか! 岡倉…お前…俺に気があるのか?


 …ごめん、知ってた。



 球場を出ると、今日応援に来ていたOB達が称賛の声を送ってきた。

 そして春の大会優勝しろなどと激励をしてくる。

 はなっからそのつもりだ。シード権獲得程度で甘んじる俺たちじゃない。


 さて相馬市民球場から帰るのはバス。

 バスに乗り込む前に柔軟体操をしておく。


 「あ! 英ちゃん私が背中押すよ!」

 柔軟体操を始めようとしたところで岡倉が手をあげて近づいてきた。

 別に岡倉でも構わないのだが、こいつは背中を押す力が弱すぎて、アレだ。

 ってか龍ヶ崎がめっちゃ睨んでいるが無視だ。積極的に岡倉に声をかけないあいつが悪い。最近は龍ケ崎の方から岡倉に挨拶できるようになったけど、その程度じゃ岡倉は落ちない。


 「そういえば、英ちゃんは記憶力ある?」

 「お前よりかはな」

 岡倉に背中を押されていると、そんな質問をぶつけられた。


 「私ね、中学校の頃から好きな人がいるんだ」

 「そうなんだ」

 それ前に何度も聞いている。うん、お前よりかは俺記憶力あるよ?

 ってか、なんでそれが俺の記憶力と関係あるんだよ?

 どう見ても関係ないよな? マジで岡倉さんふわふわしすぎやでぇ…。


 「その人と会ったのは、一回だけだったし、ちょこっとしかお話できなかったんだけどね」

 「なんだそれ?」

 そんなんで好きなのかよ。岡倉は変わっていると思ってたけど、まさかここまで変わっているとは…。

 ってか、こんだけ惚れやすいのに、龍ヶ崎は落とせないとか、あいつダメダメだな。


 「私が中学時代の時に野球やってたの知ってる?」

 「それ、前に聞いた」

 これも前に何度も聞いている。

 人に記憶力ある? って聞いといて、お前のほうが記憶力ねぇじゃねぇか。

 ちなみに岡倉は、最後の大会もベンチ入りできなかったそうだ。


 「実はね。その人を見たのって、練習試合で相手した時なんだ」

 「そうなんだ」

 何故俺は柔軟体操をしながら、岡倉の恋愛話を聞かされているのだろうか。

 正直、どうでもいい話だ。岡倉が誰を好きになろうと、それは岡倉の自由だし、俺があーだーこーだー言うつもりもない。

 なので、岡倉の恋愛話を聞かされた所で「そうか、頑張れ!」ぐらいしか言えない。


 「私、中学校にいた時ね、部員が私をいじめてたんだ」

 「なんで?」

 「野球は女の子には出来ないって言ってさ、いっつも練習に入れてくれなかったりしてたの」

 そいつはまた凄い話だ。

 別に野球は男がやるとは決まっていない。女性には体力的には無理といっている奴に「何故体力が無いといけないのか?」と小一時間問い詰めたい。

 大事なのは、どれくらい野球ができるかじゃなくて、どれくらい野球をやりたいかだと思う。

 だから俺にとってみれば、女が野球をやろうが、男が野球をやろうが関係ない。

 むしろ野球をやりたいっていう女の子のほうが、健康的っていうか可愛いげあって好きだけどね。


 「でね、その人がね、私達を見て言ってくれたの。「お前らみたいに性別で野球出来る出来ないって言ってる奴に俺からヒットを打てるわけがねぇ」って。そしたらね、なんと! その後の試合で、私達のチームは、その人から一本もヒットを打てずに、パーフェクトピッチングの14奪三振されちゃったの。凄いよね」

 「凄いなぁ~。名前聞かなかったのか?」

 そんな凄い奴が居るなら、会って話したいね。どう抑えたかとか、相手はどれくらい強かったとか、色々と。

 だって、そこまで豪語してやってのける奴なんて、中々居ないぜ。

 正直、俺の知ってる中じゃ俺ぐらいだもん。それ出来るの。


 …あれ? そういえばこの話、俺知ってるぞ…?


 「スコアブックに名前が書いてあったから、今でも覚えてる…」

 「マジで? 名前なんつうの?」

 もうだいぶ名前の予想はついた。その人あれでしょ? 苗字の最初が「さ」で始まって「ら」で終わる人でしょ?

 もしくは下の名前が「ひ」で始まって「お」で終わる人でしょ?

 あるいは今、あなたが背中を押している人物でしょ? 知ってる知ってる。


 「…えへへ。佐倉英雄って言うの」

 ですよねー。

 うん、知ってた。いや知ってたよそりゃ。

 だって岡倉が好きなの俺だし、中学校の頃から好きな人がいるって話になった時点で、俺だと思ったもん。


 「へー、俺と同姓同名か、同じ県内に同姓同名がいるとはなーなんて奇跡だー」

 これは準愛の告白と言っても差し支えないのですっとぼける。


 「英ちゃん、本気でそんなこと思ってるの?」

 凄いバカにされているような気がする。

 分かってるよ。お前の気持ちは分かってる。

 だけどさ、今から春の大会なんだよ? お前の告白断って、野球部がギクシャクしたらアレじゃん? だからさ、そういう気持ちはもうちょい胸に留めておこうぜ。



 バスに乗り、山田高校まで戻る。

 相馬市住みの哲也も、一回山田高校に戻ってから解散するらしい。可哀想に。

 さてバスの車窓から、流れる景色を見つめる。

 あの後、岡倉は何にも言わなかった。

 付き合ってとも、愛してるだとも言わなかった。

 岡倉は別段告白する気はなかったのだろう。ただあのまま思いを留めておくのが嫌で、思わず口にしたのかもしれない。


 改めて岡倉について考える。

 あいつに告白未遂されてから、度々岡倉について考えることはある。

 正直岡倉は可愛いと思う。

 明るく陽気な性格だし、傍にいるだけで自然と笑顔になるし、きっと交際なんかしたら、それなりに楽しく過ごせるんだろう。


 だけど、岡倉とは付き合えないと思う自分が居る。

 何故付き合えないのかは分からない。

 野球を理由にしているが、本心のところは俺も分からない。

 ただ、付き合えない。


 「ってか何意識してるんだよ俺…」

 思わず呟いていた。いや口が動いただけかもしれない。

 なんで岡倉如きを意識せにゃいかん。


 そうだ。岡倉はどんなに可愛くても、その凶暴なまでの天然具合と、なによりクソみたいな料理を作る腕を持っている。

 岡倉と付き合うのは駄目だ。そうだ駄目だよ。龍ヶ崎の好きな女の子のわけだし、あいつに頼まれている手前、横からかっさらうのは、男として情けない。


 「英雄」

 「なんだ?」

 岡倉の事を考えていると、隣に座る哲也が声をかけてきた。


 「もうすぐ着くよ? 大丈夫? ボーっとしてるけど?」

 「あぁ大丈夫だ」

 心配そうに見てくる哲也に返答して、俺はため息をついた。

 考えすぎだな。とにかく今は岡倉と付き合えない。

 龍ヶ崎の件もあるしな。



 山田高校でバスを降りて、そのまま解散となる。

 んで、家まで歩く。それまで他の奴らも居るけど、岡倉も居る。

 …って! なに意識してるんだ俺は! 岡倉がいるの当然だろうが!


 「なぁ英雄ぉ! もうすぐで新入生が入学するなぁ」

 ふと誉が聞いてくる。よしっ! 話で紛らわすぞ!!


 「そうだな」

 「可愛い子入学しないかな?」

 などと誉は言う。おいおい鵡川一筋じゃなかったのかよ。


 「お前、鵡川好きなんじゃなかったか?」

 「あれ? 言ってなかったっけ? 俺山高祭の後夜祭で鵡川に告ってふられたの」

 「はぁ? マジ?」

 「マジマジ大マジ! あれ? 言ってなかったっけ?」

 聞いてません。


 「って事で、俺今フリーだからよろしく!」

 「お、おぅ」

 男しかいないのに、そんな宣言されても困る。いや岡倉がいたか。

 岡倉へと視線を向ける。おぉ龍ヶ崎と会話している。うーん、やっぱり彼女の笑顔は嫌なことを忘れさせてくれるな…。

 って! いやだから、岡倉を意識するな俺!

 両方の頬を数度手で叩いた。


 「大丈夫か?」

 奇行が目立つ俺に誉が心配そうに聞いてくる。


 「あぁ大丈夫だ。それより今年は俺の妹が入学するぞ」

 恵那のことだ。

 先日おこなわれた入試を楽々クリアし、今年から山田高校一年生として進学することになる。


 「えっ? お前の妹って入学してるんじゃないの?」

 「いやぁ千春じゃなくて、恵那って名前の奴。兄として贔屓目に見てもすげぇ可愛いぞぉ」

 「マジかよ!!」

 何故か、ガッツポーズをして喜ぶ誉。

 恭平もしかり、何故俺の妹に興味を持つのか。

 少なくともこいつらとは妹を付き合わせたりしない。


 「まぁ部員はせめて18人は行きたいですね」

 ここで亮輔がそんな事を言っていた。


 「今部員は、13人で…岡倉を抜くと12人だから、6人入ってくれれば良いのか」

 「そうですね」

 などと亮輔と話しをする。


 鉄道通学組の選手たちと別れ、亮輔と誉とも別れを告げて、最後は岡倉と二人っきり。

 気まずい雰囲気が流れる。


 わけがなく、俺は普通に話しかけていた。


 「なぁ岡倉」

 「なに英ちゃん?」

 「なんて言うか、ずっとお前の思いに答えてやれなくて悪いな」

 一つ謝罪をした。

 さすがにずっと宙ぶらりんな関係を維持し続けている事に罪悪感を覚えているからだ。


 「ううん、気にしないで! 英ちゃんは今忙しいから、しょうがないよ」

 そういって岡倉は笑った。

 ふわふわしているが、結構良い奴なんだよなこいつ。

 期待に応えてやれないのが申し訳ない。


 「甲子園行こうね」

 「そうだな」

 穏やかな笑みを浮かべる岡倉に相槌を打つ。


 3月ももうすぐで終わりだな。

 道端に生える桜の木も5分咲きと言ったところか。

 入学式頃にちょうど満開を迎えそうだな。

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