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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
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89話

 「おぅおぅ、とんでもないな」

 山田高校ベンチとなる三塁側ベンチで試合を見ていた俺は、他人事のように呟いた。

 今日の試合、監督の俺が采配しなくても余裕で勝てると思っていたが、まさかここまで大差となるとはな。

 ここまで選手が勝手にやってくれると、監督としての立場がないな。


 「英ちゃんすごいですね佐和先生!」

 隣でスコアを書いている岡倉が笑顔で声をかけてきた。

 まったくだ、凄いなあいつは。



 今日の試合、毎年恒例の山相戦だというのに、今年はスタンドがどこか元気がない。去年の山相戦は、もうちょい盛り上がっていた気がする。

 まぁそれも仕方がないことだ。

 俺はセンターにあるスコアボードへと視線を向けた。


 試合は七回までで、9対0と山田高校が大幅リードしている展開となっている。

 現在八回の表、相馬高校の攻撃だが、すでに相手の戦意は喪失している。

 相馬高校はおそらく点差が開く事は覚悟していただろう。選手監督のみならず、応援に来ているOBだって覚悟していたはずだ。

 俺たち山田高校は、春の県大会でシード校になっているし、仕方ないと思っていたのだろう。


 だがしかし、ここまで抑えられるとは思わなかっただろう。

 スコアボードを凝視する。

 先攻相馬高校の名前の横には「0」と言う数字が並ぶ。一回から七回まで綺麗に0が並んでいる。

 そして合計得点、ヒット数、エラー数のところにも「0」の数字が並び続けている。

 相馬高校は未だに、マウンド上の天才様から、1本もヒットを打っていないのだ。


 「おらぁ!! 根木(ねぎ)! キャプテンなんだから出塁せーや!!」

 相馬高校のOBの誰かが叫んだ。

 だが、そんな叫び声も、相馬高校ナイン達には届かない。


 いや、届いた所でどうなるわけでもないだろう。

 マウンド上に居る天才…佐倉英雄が、その言葉を実現させず、面白いように抑えてくれるだろう。


 打席に立っている相馬高校キャプテンの根木は、一球も当てることができず空振り三振に終わる。

 この回も早速一つ目の赤いランプが灯り、ワンアウトが記録された。

 思わず相馬高校のOBからため息が漏れている。すでに相手スタンドはお葬式ムードだ。


 相馬高校が出塁したのは一度のみ。それもフォアボールと言う結果。

 打席に向かう四番バッター森崎(もりざき)の足取りも重い。


 「森崎ー! なんでもいいから当ててくれ!」

 さっきとは違い、懇願にも似た声援が、相馬高校の応援席から届いた。

 だが、当てることはできないだろう。今日の英雄は神がかっている。

 奴はもう天才という言葉だけで言い表せる力じゃなくなっている。言ってしまえば…。


 「怪物…かな?」

 まだ認めたくないが、今日のピッチングだけ見ていれば、十分そう言えるだけの力はあるだろう。

 すでに超高校級のピッチャーとしての実力は身につけている。

 怪物と評価されてもおかしくないだろう。



 それにしても、リードしているはずの山田高校の応援席も静かだな。驚いて何も言えないといった感じか。

 まぁ去年まで弱小校を地に行く学校だったからな。たった半年ちょっとでここまでの力を蓄えた事に唖然とされてもおかしくない。


 俺はグラウンドを見渡した。去年の夏から、俺の厳しい練習についてきた選手たちを見ていく。

 今日の試合、特に際立っていたのが、案の定エースの英雄と、バッティングでは大輔の二名。

 こいつらはもう、県内レベルの選手じゃない。全国でも有数の選手になっている。

 元々、二人共高い才能を持っていたのは確かだ。

 野球の天才英雄と、パワーが人離れした大輔。どちらも育てればあっという間に全国クラスになると思っていたが、よもやここまで成長するとは思いもしなかった。

 この二人は、俺が監督になってから見てきた選手の中で一番二番を争う素質を秘めた選手だ。


 その二人が特に目立っているせいか、ほかの選手は隠れがちだ。

 だが十分にいい味を出している。



 今日の試合から一番に抜擢した恭平もそうだ。

 ずっと一番バッター構想はあったが、確実性の無さと積極すぎる野球スタイルに、一番にしたら暴走しそうな気がして二番にしていたが、やはり一番バッターのほうが向いているなあいつは。


 どんな球であろうと、初球からヒットを狙う姿は、まさしく切り込み隊長の名にふさわしく、さらにチームを盛り上げる起爆剤にはぴったりだ。

 今年の夏は、山田高校自慢のリードオフマンとして高校野球にその名を響かせてくれるだろう。


 守備においても、だいぶミスが目立たくなってきた。入部当初は、なんでもソツなくプレーする器用なやつだったが、アホみたいにボールをこぼしていた。

 だが、この一年間で守備技術も高まった。その上脚力と積極性を発揮した幅広い守備範囲は、かなりチームを助けてもらっている。少し大雑把に見えるが、安心して見られる。



 二番になった耕平もまたいい味を出している。

 今まで脚力の高さと出塁率の良さから一番に起用していたが、二番に回しても十分その力を発揮している。

 その上、暴れ馬のように暴れる恭平(バカ)に対し、俺の指示に忠実にこなしてくれる為、バントや右打ち、なんでもこなせる選手と変貌し、一気に攻撃の幅が広がった。


 入部当初は足の速さだけが持ち味だったが、兄大輔と同じく飲み込み早く、気づけば部内トップクラスのバッターに成長していた。

 その彼の代名詞である脚力は、この冬でさらに磨きがかかり、攻守で彼の足が際立つ。

 あいつがセンターにいるだけで、だいぶ外野の守備は安定するだろう。



 三番の龍ヶ崎も大きく成長した。

 前々からバッティングの良さは認めていたが、、さらに精度が上がり、冬のトレーニングでパワーもついた。

 四番の大輔さえいなければ、こいつを四番にしていただろう。それぐらいバッティングが良くなっている。


 反面、ピッチングは駄目だ。

 なんとかピッチャー復帰させてやりたいが、あいつにピッチャーの才能はない。

 肩は強いが、コントロールが悪い上に、球速がいうほど出ない。

 あいつ自身も薄々ピッチャーの才能がないことに気づいているだろう。ここでピッチャーを諦めてバッティング専念をするか、それとも一縷の望みを託してピッチャーも併用するか。

 そこはあいつ自身が決めることだろう。



 途中入部組では中村の成長が著しい。

 入部当初は体がでかく、パワーがあるだけだったが、今では十分レギュラーを任せられる選手となった。

 バッティングは大味なものの、当たれば長打になることは必至のパワーを持っている。

 六番にあいつがいるだけでも、オーダーがだいぶ安定感を増している。


 また守備の成長も著しい。

 強烈な打球が行きやすいサードで、あいつがいるのは大きい。

 中村は度胸が特に凄い。勢いのある打球でもビビらず、しっかりと腰を下ろし、自身の体を壁のようにして打球を後ろに逸らさない。

 守備範囲は狭いが、その分確実な守備をしてくれる。守備範囲の広い恭平との相性もいい。



 途中入部組であげるなら、大村の奴も成長したな。

 打撃こそクソだが、守備に関しては俺もびっくりするぐらいに力をつけた。

 おそらくチームで一番守備が上手いのではないかと思うほど、守備は洗練されている。

 大輔や英雄の陰に隠れがちだが、大村も野球の才能があると思う。元々運動神経が良い奴だったし、野球のみならずスポーツの才能を持っていたとも言うべきか。


 また打撃でもヒットは出ないが、小技は得意だ。

 バント、右打ち、カット等、小技をさも簡単にこなしてくる。

 また選球眼も良い。ヒットこそ出ないが相手ピッチャーには厄介な選手となるだろう。



 最後に忘れてはいけないのは扇の要である哲也だ。

 あいつは野球の才能がない。英雄と幼馴染だそうだし、昔からさぞ英雄の才能を見せつけられていただろう。

 それでも腐ることなく、自身の実力を把握して努力を続けたあいつは、立派なキャプテン、そして正女房をやっている。

 英雄は哲也とバッテリーを組んでいるからこそ、その真価を発揮できている。哲也も同様だ。英雄とバッテリーを組むことで、あいつの真価を発揮している。

 まさにお似合いのカップルだ。どっちかが女だったら最高のパートナーになっていただろう。


 哲也は打撃こそ苦手だが、守備に関しては俺の全てを叩き込んだつもりだ。

 特にスローイング技術とキャッチング技術は目を見張るものがある。

 県下でも屈指のキャッチャーとして成長していると言っても過言ではないだろう。



 今言った選手だけじゃない。

 青木、亮輔、西岡、片井。こいつらも十分戦力として力をつけている。

 青木は走塁技術、片井は脚力。スタメンを任せられるほどのバッティング、守備は期待できないが、代走として十分期待できる。

 西岡はまだまだ成長段階ではあるが、バッティングは良い。代打としての起用も視野に入れられるレベルだ。

 亮輔は二番手ピッチャーとして期待している。

 前はカーブを頼ってばかりだったが、この冬でほかの変化球にも磨きがかかったと思う。

 あとは今年の一年生に優れた選手が入れば、そいつをファーストのスタメンにして、ピッチャーに専念させたい。もし優れた一年生が入ってこなければ、西岡をファーストに回すという手もある。



 改めて12人のプレイヤーを見て、自分の監督としての手腕に惚れ惚れしてしまう。

 これは試合後、OB達から称賛を浴びるかもしれないな。



 四番森崎、五番広田も続けて空振り三振に打ち取る英雄。

 三者連続三振、落胆の声だけが相馬高校の応援席に響くのだった。


 思わず口元を綻ばしニヤリと笑った。


 「英雄の野郎、やっと怪物らしくなってきたじゃねぇか」

 そう呟きながら、マウンドを笑顔で降りる英雄を見つめた。


 だいぶ見えてきたな甲子園。

 高校野球の監督を目指し、高校教諭になって早10年。

 ずっと憧れていた夢の舞台が、現実を帯びてきた。

 やっと、今まで俺がやってきたことが結びつく。


 まずは夏の大会のシード権獲得。

 だが、あくまで狙うは地方大会優勝のみだ。

 あの冬の厳しい練習を乗り越えた選手たちには、勝利という名のご褒美をプレゼントしてやりたい。

 自分たちはここまで力をつけたのだと実感し、自信をつけてもらいたい。

 そして自信を持ち、実力を信じて夏の大会に挑んでもらいたい。


 三年前の黄金時代、あの時は結局連れていけなかった甲子園。

 こいつらには絶対に甲子園連れて行ってやらないとな。



 試合は、山田高校が毎回得点となる14得点で、相馬高校を圧倒した。

 14対0の大差で山田高校が勝利した。


 英雄は、九回を投げて、奪三振18の四死球1、被安打は0で、ノーヒットノーランという完璧な成績を収めた。

 怪物も春の陽気に目を覚ましたようだ。


 俺はベンチから、打席付近で整列する選手たちの背中を見つめながら、確かな実感を得るのだった。

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