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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
89/324

88話

 3月20日。相馬市民球場。

 かつて相馬城が建てられていた城跡に作られた公園、相馬市民公園の中心部に作られた球場だ。開場は1976年。

 両翼90m、中堅110mと小ぶりな球場で、現在は高校野球の公式戦に使われることはなく、市内の学校が練習試合などに使われる程度。

 相馬市内の中学校の地区大会で使われていると前に聞いたことがある。


 どこにでもありそうなぐらい、ありふれた球場。

 緑色を基調としたフェンスとスタンドや、センターにある得点掲示板はパネル式。照明設備は四基ある。


 そこで今日、第37回戦目の山相戦を迎える。


 37回と言う伝統的な一戦だけに、両校のOBが見に来ている。

 これまで20勝16敗と山田高校はリードしているが、去年一昨年と相馬高校に負けており、2連敗中。今年で連敗をストップさせたいところだ。


 ちなみにコールドゲームは無い。

 どんなに大差でも九回までやるルールとなっている。

 過去には20点差つけられた試合もあったらしい。



 さて俺たち山田高校は、久しぶりの試合にテンションが上がりまくっている。

 大体、今月10日から練習試合が解禁されたのに、今の今まで練習試合を組んでいない事に驚きだ。本気で勝つつもりなら、すでに数試合はおこなっていてもおかしくない。

 ようやく我が校にも球春到来という事だ。


 レフト側でキャッチボールをする

 先発ピッチャーは俺、佐倉英雄。

 相馬高校は現状俺たちよりも格下だが、伝統の一戦という事で、エースの俺を起用したそうだ。さすがに二番手とか出せないよな。


 それからスタメン。

 こちらは春の県大会で使う予定のオーダーにしたらしい。

 と言っても、変えたのは一番センター耕平君と今まで二番を打っていたショート恭平が入れ替わるだけだ。


 佐和ちゃんは「恭平を二番にしていた俺が馬鹿だった」とオーダーについて説明していた時、後悔していた。

 そりゃサイン守らねーわ、バントしないわで、二番向きのバッタータイプじゃないだろうあいつは。それなら耕平君のほうが二番バッター向きとも言える。

 確かに恭平は、耕平君に比べると足の速さは劣る。だが恭平の持ち味は積極的なバッティング。そう考えると切り込み隊長は耕平君よりも恭平のほうが向いているのかもしれない。


 そして二番はセンター耕平君。

 一番から二番に代わったが、耕平君らしさをより引き出せる気がする。

 耕平君はどっかの馬鹿と違い、ちゃんとサインを守り、しっかりとバントだってできる。その上足も速く、出塁率も高い。

 恭平以上に安定感あるので、一番恭平が打ってなかった場合でも、出塁してくれる可能性が高い。


 三番ライト龍ヶ崎、四番レフト大輔、五番ピッチャー俺は相変わらずだ。

 やはりこのクリーンナップは変えられないだろう。

 龍ヶ崎はひと冬越して立派なバッターに成長した。前々から打撃力はチームトップクラスだったが、それにさらに磨きがかかり、中距離バッターとしての地位を確立している。

 正直、龍ヶ崎は俺よりもバッティングが良いと思う。大輔がいなかったら四番の座を取られているかもしれないな。


 大輔は相変わらず、前よりもバッティングの正確さが高まっている。

 もう、こいつに勝てる気はしない。おそらく全国でもトップクラス、いや歴代でも屈指のスラッガーになっていると言っても過言ではないだろう。

 春の大会、夏の大会と、間違いなく欠かせない存在になるだろう。


 そして俺も相変わらずだ。

 ピッチングとバッティングを併用している傍ら、龍ヶ崎に比べてバッティングが格段と成長した実感はない。

 それでも飛距離と打球の速さはだいぶ上がった気がする。なんにせよ俺は大輔の後を任されるわけだし、気持ちは楽にしていこう。


 六番はサード中村っち。

 クリーンナップが返せなかった後を務める。

 中村っちは典型的なパワーヒッターに成長した。佐和ちゃんから長距離砲としての素質を見出された。

 バッティングに確実性はないが、当たればデカイ一発を放ってくれる。クリーンナップにするには心もとないが、六番七番にいれば頼りになるタイプの選手とも言える。

 守備に関してはまだまだ雑さがあるが、強烈な打球が飛んでくるサードでも物怖じしないのは嬉しい。


 七番ファースト亮輔。

 ここから、一気に打撃の質が低下する。

 亮輔ははっきり言ってバッティングは下手だ。そりゃピッチングも併用しているし仕方がないことだろう。

 今年の新一年生で優れた選手が入部すれば、間違いなく控えに回るだろう。


 このあとは八番はキャッチャー哲也、九番セカンド誉。

 こいつらには何も言うまい。お前らはバッティング期待していないから、守備で頑張りなさい。

 強いて言うなら、哲也は時たま良い当たりを放つ。誉はヒットこそでないものの小ワザがめっちゃ上手い。

 哲也がまぐれ当たりで出塁し、誉のバントでチャンスを広げて、上位打線にチャンスを引き渡すなんて運用が可能かもしれんが、あまり期待しないでおこう。


 さて新オーダーを発表したわけだが、今日のオーダーがどう機能するかを今日の試合で確認するようだ。

 それだけに、この一戦は重要な試合ともいえる。


 「英雄! 今日は気合入れてこう!」

 キャッチボールを終えるなり、哲也が嬉しそうに話しかけてきた。

 哲也にとってみれば、去年負けている相手だから今年は勝ちたいだろう。


 この後、哲也とブルペンに入り、肩を温める。

 ボールを投げていて思うが、改めて球威や球速が増した事を実感する。

 まぁハードルトレーニングとか、インターバル走とか、とにかくとことん走らされたし、逆に球威が増してないと俺が泣くわ。

 とにかく投げてから、哲也のミットに収まる感覚が早く感じるし、哲也のミットの音も何か前よりも良い音を奏でてくれる。

 そのおかげか、今日の俺はめちゃくちゃ気分が良く、調子も絶好調だ。

 こりゃあ今日の試合、自己最速が出るかもしれんね。

 ちなみに現在の自己最速は広島東商業戦で出した145キロ。練習ではちょいちょい150キロを肉薄する球速を出している。



 両チームアップ、シートノックも終わり、遂に試合が開始される。


 「集合!」

 両校のOB達が見守る中で、球審が声を張り上げた。

 ベンチ前に整列した両校がグラウンドへと飛び出す。

 ちなみに今日の審判団は、夏の大会でも審判を務めている公式の審判団だ。


 「これより、第37回山相戦を始めます。両校…礼!」

 球審の声に両校の選手が脱帽し、声を張り上げて挨拶する。

 そして相馬高校はベンチに戻り、俺たち山田高校はグラウンドに飛び散った。


 OB達から声援を送られる中、37度目の山相戦が始まった。



 先攻は相馬高校。

 俺は軽く投球練習を終えて、息を大きく吸い、大きく吐いた。


 春の息吹を確かに感じる日の暖かさ。肌をなでる柔らかく暖かい風、その風に乗ってほんのり香る花の匂い。

 まだ県内の桜は開花予報はされていないが、相馬公園内の桜はだいぶ花開いていた。

 最高だ。最高に春だ。


 観客席からのOB達の応援。仲間達からの声援など、どんどんと俺のモチベーションが上がっていく。


 良いね! 野球はこうじゃないとな。

 このグラウンドに築かれた小山から見下ろす景色は、やはりいつ見ても最高だ。

 アドレナリンがドバドバあふれ出してくる。高揚感が体を包む。


 「プレイボール!」

 主審の声が耳に反響する。

 冬ごもりしていたピッチャーとしての闘争心に火が付いた。

 俺はゆっくりとプレートを踏みしめる。


 「しゃあ! おらぁ!」

 右打席に入った一番バッターが、バットを向けながら吠えた。

 気合が入っているな。良いね良いね! そうこうなくちゃ面白くない!


 「…さぁ、ゲーム開始だ」

 ぼそりと呟く。

 スイッチは入った。

 どんどんと意識は哲也に集中していく。視界は狭まり、哲也のミットとサインだけの世界になる。


 初球はインコースへのストレート。


 そのサインに頷く。


 息を吐き、春の陽気を吸い込む。

 体は自然とリラックスし、余分な力が抜けていく。

 投球動作に入った。


 俺は大きく振りかぶる。

 さぁ野球始めの第一球、ビシッと決めてやるぜ。


 哲也のミット目掛けて、白球を投じた。



 バシィィィィィィィン!!!



 乾いたミットの音が球場に木霊した。

 球場は一度静まり返り、次に感嘆の声が漏れた。

 俺は左腕を振り抜いた状態で、哲也のミットを見つめる。


 表情を変えるバッター。その絶望感にも似た表情に、俺は口元を緩ませるしかなかった。


 オーケー。良い気分だ。

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