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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
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84話

 日々野球に明け暮れていると、あっという間に一月は終わりを告げ、二月を迎えた。

 っと言っても、少しづつ暖かくなり始めたとしか言えないので、日々の生活もそこまで変化が無い。

 ただ変化があるとするなら…。


 「佐倉君、付き合ってください!!」

 なんつう事を昼休みに、女子の先輩に告白されたぐらいか。

 古山春美(こやまはるみ)。今年卒業の三年生。元テニス部。去年の山高祭ではミス山高のコンテストに出ていた三年生だ。

 恭平が前に、三年生で抱きたい女子生徒にあげていた人物だ。確かにスタイルは良い。ボンキュッボンという理想的な体型だ。


 さて女の子に告白されたわけだが、俺はまったく動じていない。

 今まで俺はモテないとか言っていたが、あれは嘘だ。

 実のところ中学時代は、何回も告白されている。去年だって卒業前の三年生に告白されていたりする。

 あぁそうだよ。俺はイケメンなんだよ。リア充なんだよ。

 でもね、女子と付き合うのは苦手なんですわ。


 これでも中学校二年生の時には彼女もいた。一瞬で別れたけどな。

 クラスの女子生徒に告白されて、何気なく付き合ったんだ。

 っと言っても、俺は毎日野球で忙しかったし、土日も練習あったし、練習が休みでも哲也とか、野球部の仲間と公園で野球をしてたから、その子と遊ぶ暇が無かったんですよ。

 んで、その子の方から、別れを切り出された。


 「私と野球、どっちが大事なの!」

 なんて言われたから「野球」と即答したら泣かれた。意味が分からん。

 いやだって、その子に告白された時に「俺はいま野球に集中したいから、あまり会えないし、話せないけど良い?」って聞いたら「うん」って頷いたんだぞ?

 だから付き合ったというのに…。


 女は良く分からん。

 だからといって須田みたいに男に走るつもりはない。



 「あの、ごめんなさい。俺、今本気で甲子園目指してるので。その、そういう事にうつつ抜かしてる暇ないんですよ」

 「………」

 と言うわけで返答。案の定、先輩は俯き目をうるうるさせ始めた。

 なに、この悪役(ヒール)になった気分。こっちも泣きたくなってきたんだけど…。


 「そ、そうだよね。だったら! 来年野球が終わった時に、もう一度告白するから、連絡先教えて!」

 そうきたか。おじさん一本取られちゃったよ。

 さすがにこれは断れない。断ったらさすがに悪者すぎるな。

 

 「面倒くさい女だなお前」

 なんて事は言えず、連絡先を交換する小心者の英ちゃんである。



 「ただいまぁ」

 古山先輩と別れたあと、教室に戻ってきた。

 たった数分だというのにめっちゃ疲れた。

 仲間の輪に戻り、椅子に座る。


 「おいおい英雄! なんで古山先輩に呼び出されてるんだよ!」

 帰ってくるなり、恭平がニヤニヤしながら言ってくる。


 「恭平の考えてるような事はされてないよ」

 「なんだと!? 女子に呼び出されておいて、告白されて無いだと!?」

 「叫ぶな恭平。俺が告白されるような人間に見えるか?」

 当然嘘なのだが、告白されたと言わない男のクールビューティーさを見せる俺。

 ここで「告白された」と言ったら、断ったかどうかまで聞かれるだろう。断ったとか言えば、古山先輩のプライドというか色々と傷つけてしまいそうだし、なにより噂されるかもしれない。

 そうなると古山先輩が可哀想だ。なので、ここは言わないでおく。我ながら格好いいな俺。


 「まぁそりゃそうだな! 英雄みたいなブッサイクがコクられるわけないか! ガハハハハ!」

 大笑いする恭平。

 自分で告白されてないと言ったが、いざ笑われるとカチーンときてしまた。


 「笑うなアホ!」

 思わず恭平の足のすねを蹴飛ばす。

 奇声を発して痛がる恭平。俺はため息をついて、紙パックに入った牛乳を飲む。



 しかし先輩を断ったときに、野球の他にも理由が浮かんだ気がする。

 たった数分前なのに、思い出せない。

 無意識のうちに浮かんだ理由だったはずだ。

 よほどのどうでも良い事なのだろうけど、やはり気になる。


 だがやっぱり気にしない方が正解か。


 二月に入って、だいぶ春が近づいてきた。

 それでもまだ遠い。まだまだ時間はある。

 最後の最後まで自分を追い詰めて、極限まで鍛えて春を迎えたい。

 油断はしていられないし、余裕を持つべきでもない。



 「あ! 英雄だ!」

 移動教室からクラスに戻る途中で百合と会った。

 年明けしてから、まともに顔合わせてなかったから、すげぇ久しぶりに感じる。


 「おぅ久しいな」

 「そういえば、今年にあってから一度も話してなかったね」

 などと軽く彼女と雑談する。


 「そうだ。今度一緒に遊ばない?」

 ふと百合が提案してきた。

 そういえば彼女とは一度も遊んだことないな。一度くらい遊ぶべきかもなぁ。だけど…。


 「悪い。今、ちょうど野球の方で追い込みの時期なんだ。遊んでる余裕がない」

 「あーそっか…そうなんだ。ごめんね」

 今は野球が大事だ。

 俺が断ると、百合は残念そうな顔を浮かべた。

 申し訳ないが、今は本当野球が大事なんだ。女と遊んでる余裕なんかない。


 「野球、頑張ってね」

 「あぁありがとう」

 作り笑いを浮かべる百合に、俺は一つ微笑んだ。



 放課後、私、鵡川梓はA組で友人と雑談する。

 ふと目の前で座っている百合が机に上体を突っ伏した。


 「どうしたの百合?」

 友人の帆波が不思議そうにしている。


 「私さぁ…英雄と付き合える自信ないわ」

 そう呟く百合。

 思わず私は表情を変えそうになった。

 あんなに佐倉君が好きだった百合が、なんでこんな事を言ったのか、私には分からないし、驚きだ。


 「何言ってんのよ。下の名前で言い合ってるじゃん」

 帆波も驚いている様子。


 「だってさぁ、英雄って野球好きすぎて、まったく遊べないし…」

 そういって机から上体を起こす百合。

 表情は暗い。最近、佐倉君と百合が話しているところを見ていない気がする。


 「付き合っても、野球ばっかだろうし、なんか飽きて別れそう」

 百合の不安はそこか。

 確かに私も佐倉君が好きだが、その不安はあった。

 佐倉君は凄く野球に情熱を向けている。それは傍から見ても分かるぐらいだ。だから、交際しても野球を優先するのも目に見えている。それにどう付き合えばいいのか、全くわからない。


 「何不安がってるのよ百合。高校生活ももう一年しかないのよ? 卒業までに一人ぐらい彼氏作りなさいよ」

 事の重大さを理解していない帆波はニヤニヤと笑いながら百合を後押しする。

 だけど百合の表情は優れない。


 そっか。私たちも今年で最上級生になるんだ。佐倉君と同じ学校に通えるのもあと一年。

 きっと佐倉君は高校卒業したらプロに行くんだろう。行けなくても、都内のほうの野球で有名な大学とかに進学するだろう。

 私は県内の国立大学を志望している。そうなったら私と佐倉君は離れ離れになってしまう。

 このまま思いを留め続けて卒業しちゃうのだろうか。…それは嫌だな。

 きっと百合だって、告白しないまま卒業するのは嫌だと思う。


 「…夏以降かな」

 百合がポツリと呟いた。

 うん、やっぱり夏以降に告白するのがベストだと思う。

 佐倉君がちょうど野球部を引退する時期だ。その頃に告白すれば、今よりも成功率は上がるのではないかと私は思う。


 「夏って遅すぎでしょ! もっと早めに言うべきだって! 佐倉ならコクれば一発でしょ」

 そう帆波はアドバイスをするが、帆波は佐倉君の事をまったく分かっていない。

 今の佐倉君は野球を第一と考えてる。告白したところでフラれるのがオチだ。


 「だけど、今は英雄に迷惑かけられないし」

 百合の言うとおりだ。

 今は佐倉君に迷惑をかけられない。


 今の佐倉君は、本当に野球に情熱を注いでいる。

 だからこそ彼の邪魔だけはしたくない。

 本当に彼のことが好きなら、野球が終わってから告白すべきだろう。


 「あ! じゃあバレンタインにチョコ送るってのはどう? それぐらいはしようよ!」

 ここで帆波が提案した。

 確かにチョコぐらいは送るべきかもしれない。


 「うーん、英雄って甘いもの好きなのかな…」

 そういって悩む百合。


 ふと窓からグラウンドを見つめる。野球部の練習が始まっていた。

 ここからじゃどれが佐倉君かわからないけど、それでも彼に頑張れと胸の内でエールを送る私だった。

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