83話
3学期が始まった。
まだまだ寒い日が続くが、ようやく春が見えてきた。
「あ! 英雄あけおめ!」
クラスに入ると沙希が気づき声をかけてきた。
それに手をあげて答える。
「あけおめ」
「今年もよろしく!」
「そうだな」
沙希に軽く挨拶を交わして、椅子に座る。
この後も友人に新年の挨拶をされた。もう新年迎えて一週間ぐらい経ってるのにね。
放課後、部の練習へと入る。
野球部は少しづつだが実戦練習が始まった。
まずはアップ。やはり1時間かけて入念に行う。
その後、前にも話したダッシュのメニューをこなした後、打者はティーゲージを使ったトスバッティング。投手はブルペンに入って肩を作る。
投手と言っても、入るのは俺と亮輔のみ。佐和ちゃんがキャッチャーミットをつけて、ボールを受けてくれる。
最初はゆっくりと山なりの球を投げていく。そこで体の動きを1つ1つ確認し、徐々に動きを速くしていき、最後は普通のペースで投げていく。
しかし佐和ちゃん、現役を退いて何年もたってるのに、キャッチングが上手い。昔は良い選手だったのではないだろうか?
そして俺たちピッチャーの肩が温まったところで、シートバッティングと言うのを行う。
簡単に言えば、俺がマウンドで、打者と勝負していく。1人が打席、1人がネクストバッターサークル、残りの8人は、各ポジションに付く。んで1人の打者が終わるたびに、1人が守備から抜ける。それを全員が打ち終わるまでやる。
俺が全員と対戦した後、今度は亮輔がマウンドに上がり対戦する。
キャッチャーは、基本的に哲也だが、哲也が怪我した場合の為に、控えキャッチャーとして、誉が抜擢されている。
誉はまったく打てない割に、どんどんと守備が上達しているからな。
あまりの成長ぶりに、佐和ちゃんも目を丸くするほどだ。
んで、シートバッティングだが、大輔はやはり抑えられない。
そもそも、どんな球でも平然と打ち返している時点で、奴は化け物だと思う。
こいつを敵に回さなくて良かったと、改めて思ってしまう。
日が暮れ始める頃、他の選手がベーラン追っかけなどをやっている間、俺はハードルを使った股関節のトレーニングを行う。
これはプロ入りしたピッチャーの話だが、そのピッチャーも高校時代にハードルを使ったトレーニングで、ピッチングのステップ幅を広くさせ、よりフォームを安定させたそうな。
トレーナーは佐伯っち。佐伯っちは元陸上選手らしい。最近知った。佐伯っちは陸上の練習メニューに詳しく、こういうのに精通しているそうだ。
んで佐和ちゃんは、他の選手の相手をしている。
「おらぁ英雄ぉ~手を抜くな。しっかりと股関節の動きを確認しろぉ」
気の抜けた声で佐伯っちが、俺の指導をする。もうちょいシャキシャキ喋れよ。
反抗したい気持ちはあるが、俺は指導を受けている身。仕方なく言う事を聞く。
「なぁ佐伯っち?」
「うん? どうした英雄」
「合唱部の練習見に行かないのか?」
俺はトレーニングをしながら、佐伯っちに質問する。
一応合唱部の顧問も務める佐伯っち。しかしここの所は、毎日のように野球部の練習に参加している。
「元々、顧問の手当欲しさに合唱部の顧問やってたからな。あっちは副顧問の蔵田先生も毎日来ているから、問題ないよ」
本音ダダ漏れだぞ佐伯っち。そこはもうちょい先生らしい理由に切り替えとけよ。
「へぇ~熊殺しが合唱部の顧問って、似合わねぇなぁ」
などと呟きながら、しっかりと股関節を動かしながら、ハードルを越えていく。
夕焼けに染まるグラウンドの端でハードルを越える俺。
やべぇ! 青春しすぎだろう!
こうして、今日も練習を終えていく。
「なぁ英雄。俺達の県って、春はどうなってるんだ?」
練習を終えた部室内で、恭平が聞いてくる。
おいおい常にエロい事しか考えてない恭平が、野球の話題を出すなんて…。どういう風の吹き回しだ? 明日は嵐にでもなるのか?
なんて思いつつ、俺は汚れた体を濡れたタオルで拭きながら答える。
「春は、秋と同じく東部、北部、西部で予選リーグを行う。ただ秋と違うのは、春ではシード校があるという点だ」
「シード校?」
恭平がきょとんとした顔で聞き返してくる。
俺は汚れたタオルを地面に投げ捨て、制服のズボンを履く。
「あぁ、秋の県大会ベスト8に選ばれてる高校は、地区予選を行わずして、県大会出場が決まってるんだ。つまり俺達はシード校で、地区予選は無い。しかもだ、県大会も二回戦からの出場になる。それで一回でも勝てば、夏のシード校の座を獲得出来るわけよ」
「マジかよ! やったじゃん!」
嬉しそう喜ぶ恭平。確かにシード校になってるから、楽と言えば楽だが…。
「だが相手は地区大会で勝ち上がり、県大会でも1勝していて勢いがある。油断は出来ないだろう」
とりあえずの部の目標は夏のシード権獲得だが、俺はあくまで県大会優勝、そして地方大会優勝しか狙っていない。
別に地方大会で優勝したところで、甲子園に出れるわけではない。だが、今の俺には実績がほしい。それに部員たちも勝利の余韻が欲しいところだろう。自分たちでも全国を目指せるという自信を持って欲しいと、俺は地味に思っていたりする。
だが理大付属、斎京学館、酒敷商業。県内だけでも強敵はたくさん居るからな。厳しい戦いが予想されるだろう。
「県大会って、いつからだっけ?」
部室を出るなり、哲也が聞いてくる。
恭平もしかり、哲也もしかり、いっぺん自分でググレよ。お前ら携帯電話とかスマートフォンとか持ってるだろうが。
「4月23、24、29、30。5月1日の5日間だよ。1位のみが、地方大会進出。地方大会は6月からだ」
「へぇ~さすが英雄だね。そういうのは覚えてるんだ」
なんだ、その馬鹿にした言い方? 哲也であろうと容赦しないぞ?
「あたりめぇだろう。逆に覚えてない方がおかしいぞ」
俺がそういうと、哲也は「そうかぁ」と呟いている。
「でも、僕らの今年最初の対外試合は、相馬高校とだよ」
相馬高校ってのは、俺らの居る山田市のお隣にある相馬市にある高校だ。
哲也も相馬市に引っ越している。相馬市は現在、再開発が行われており、市長は「4、5年後には、県庁が所在している丘城市に続いて、県内二つ目の政令指定都市になる!」と宣言していたはずだ。
「なんで相馬高校と?」
おそらく山相戦のことだろう。
知っているがあえて言わない。ここで間違えたら恥ずかしいしな。
「あれ? 英雄知らないの? 山相戦のこと?」
ほらやっぱり山相戦だ。だけどまだ説明しません。
哲也が嬉しそうな顔を浮かべた。野球の雑学で俺からアドバンテージを持った事が嬉しいらしい。
「山相戦? なんだぁそりゃあ?」
そう俺はすっとぼけてみると、哲也は溜め息を吐きながらも、嬉しそうな顔を浮かべる。
「英雄、これぐらい当たり前だよ? 逆に覚えてない方がおかしいじゃないかな? やれやれ、教えてあげるか」
さっき俺が哲也に言いたことを言い返された。凄いしたり顔だ。
まぁ哲也は人にものを教えるのが好きなタイプの人種だ。いわゆる教師向きな性格。
そんな性格なのに、恭平に勉強を教えて死にかけている辺り、恭平の凄さを感じるわけだが。
「山田高校は創立39年目、相馬高校も創立39年目なんだ。それでだ、山田高校の初代校長が、野球部の顧問だったらしくて、同じ年に出来た相馬高校を敵視してたみたいでね、相馬高校に挑戦状を送りつけたのが始まりらしい。
それからは毎年3月の第三日曜日に相馬市民球場で、山相戦が行われるんだ」
「…へぇ~」
長々と哲也に説明してもらったが、全部知ってました。ごめんね。
うん、俺の持っている知識とまったく同じだ。間違いではなかった。良かった良かった。
哲也の説明に補足をすると、山相戦は、現在までで36回行われている。つまり山田高校創立3年目に1回目がおこなわれた事になる。
開始したのは1974年から、今年で37回目になる。
1回目の勝者は山田高校。5対0で勝利だったはず。
現在までの山田高校の戦績は、20勝16敗で勝ち越している。
前回は3対6で敗退、前々回は2対7で敗退。さらにその前は、山田高校黄金時代とぶつかり13対0で山田高校が勝利している。
だが現在2連敗中、やはり甲子園を狙うからには圧勝したいものだ。
現在の相馬高校のレベルは、県内でも1回は勝つぐらいのチームだ。
油断しなければ勝てると思う。
もう年が明け、2ヶ月後には春を迎える。
きっとあっという間なんだろうな。
だからこそ、一日一日を大切にしていこう。
遠く感じた春は、もうすぐ。




