82話
十二月三十一日と言えば、世界的に有名な大晦日だ。
あと数時間後には、今年2010年は死に絶え、新たに2011年を迎えるわけだ。
そんな記念すべき日に、俺は紅白歌合戦を見ながら、年越し蕎麦をすすっていた。別にやることがないわけじゃない。最後の日ぐらいゆっくりしたいだけだ。
ちなみに明日、元旦から俺は大忙しだ。野球部全員で初詣に行く。行く場所は、ここら辺では一番有名な寺院。延命山喜恩寺、通称伊原大師と言う所に向かう。
それにしても大晦日だというのに、我が家はしけている。
兄の博道は今月二十六日から、来月三日まで剣道部の合宿で京都のほうに行っている。
妹A千春は、友人の美咲ちゃんの家でお泊り。なんか俺も誘われたが、さすがに断った。
妹Bの恵那も、友達の結子ちゃんの家でお泊りするそうだ。
なので、家には俺と親父と母上しかいない。
「もう一年が終わっちまったかぁ。あっという間だったな」
久しぶりにビールを飲んでいる親父と話しながら、ズルズルと年越し蕎麦をすする俺。
「英雄はどうだった? 良い一年だったか?」
「当然。最高の一年だったよ」
上半期は恭平や大輔が野球部のほうに行ってしまい、どことなく寂しさを感じ、微妙ではあったが、野球復帰してからは、怒涛の追い上げだった。結果として文句のない一年だった。
野球も満足したし、友人関係でも問題はなく、女性関係は完璧としか言い様がない。
「そうか。来年はもっと良い年にしないとな」
「当然だ」
来年は俺も高校三年生になる。
待っているのは最後の夏の大会じゃない。最後の高校生活も待っている。進路だって決めないといけない。それに女性関係も色々と解消していかなければ。
紅白歌合戦も終わり、もうまもなく年越しだ。
そんな中でスマートフォンが鳴った。電話のようだ。
相手は…恭平だ。
おいおい、年越し直前に何電話してるんだあいつ。
通話にしてから、耳にスマートフォンを当てた
「もしもし?」
≪もしもし英雄! 急なんだけどさ、どうやったら俺って、彼女出来ると思う?≫
…はぁ?
「電話で、そんな相談すんな」
しかも年越し直前の今にだ。
いくら相談するにしても、もうちょい時間を考えろこのアホ。
≪わりぃわりぃ、暇なんだわ。なんなら今から遊ばね?≫
「時間を見ろ。もう12時前だぞ」
今から出て補導されたら、野球部に迷惑かかるだろうが!
「それに年越し前だ。切るぞ?」
≪待て待て! 今、千春ちゃんはいるのか?≫
「いない。友達の家に行ってる」
≪なに!? もしかして男か!?≫
何故そっちのほうに連想するんだこいつは。
「違う。女友達だ」
≪そうか。良かった…。千春ちゃんが別の男の上に跨ってるなんて想像したら…うおぉぉぉ! 興奮してきたぁぁぁぁ!≫
駄目だこいつ。通話を切る。
大体、こいつは昨日、スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルを受けたばかりだろう。
なんでこんなに元気なんだ? 二度目だから余裕で乗り越えたのかこいつ。だとしたらすごいぞ。
そんなことを考えてると、また恭平から電話がかかってきた。
「なんだ?」
≪なんで電話切るんだよぉ!≫
「妹で興奮してるからだボケナス。それより、もう年越し直前だ。一回電話切るぞ」
さすがに恭平と話しながら年越しはしたくない。
≪じゃあ、せめて俺がどうやったら彼女が出来るか考えろ!≫
何故か急に怒り出す恭平。意味がわからん。面倒くさいにも程があるぞ。
俺は一度大きく溜め息を吐いた。
「吊り橋効果って知ってるか?」
≪はぁ? 知らねぇ!≫
しょうがない…説明するか…。
「カナダの心理学者さんの学説なんだがな、簡単に言うと、男女2人が、恐怖を感じるような不安な場所に居て、それによって生まれるドキドキを、相手の魅力だと勘違いする効果だよ」
≪なんだそのチートな効果≫
「っと言っても恋愛感情になるわけじゃないし、恐怖や不安で出来たドキドキを相手の魅力と勘違いするだけ。そこから彼女に出来るかは、お前次第ってわけ…ってか、そもそも日常生活で、そんな恐怖や不安になる事は少ないからな…」
正直、女性側からしたら恭平と言う存在自体が、恐怖や不安の種な気がする。
とりあえず雑学は終了。さて恭平はどうするのか。
≪英雄、やっぱりお前は最高の親友だ。ありがとう! センキューベリーマッチ!≫
ここで通話が切れた。
マジでなんだったんだあいつは。
まぁいいや。
ふと時刻を見ると0時1分。
テレビでは年越しで盛り上がる芸人たちが映っている。
…恭平の電話で年を越してしまったようだ。
何とも言えない気分が胸に広がる。
さようなら2010年、ようこそ2011年。
夜が明けて一月一日。
2011年の記念すべき最初の日、俺は予定通り野球部一同で伊原大師に初詣に来ていた。
伊原大師は、やはり予想通りの混み具合。
みんな散らばらないようにしなければ…。
ふと、誰かに手を握られた。手を握っている人物を見る。岡倉だ。
「俺の手を握るな岡倉」
「だって英ちゃんと離れたくないもん!」
そうニコニコしながら言う岡倉。
俺は一度溜め息を吐いてから、歩き出す。
龍ヶ崎から鋭い視線が来ているが、気にしない。悪いのは岡倉である。さらに言えば、岡倉に積極的に声をかけられない龍ヶ崎にも非があるからな。
さて、たくさんの人にもみくちゃにされながらも、賽銭の前へと到着した。
とりあえず五円玉を投げ込む。御縁がありますようにってな。べ、別にケチってるわけじゃないんだからね!!
目を瞑り、手を合わせて願い事をする。さて、なにを願うか。
良い案が思い浮かばないので、「豪勢な食事が出来ますように」と願った。
神頼みなんて、自分に自信が無い奴のする事だと俺は思う。こうやって神頼みする事で、自信を持ち最初の一歩を踏み出す。あくまで神頼みは最初の一歩を踏み出させる後押しにすぎないと思う。
だから、決して全国優勝したいって言う願い事は言わないし、絵馬にも書かない。
特に願望のない俺は、まだ願い事をしている連中を一瞥する。
あ、大輔だけがポカンとしてる。あいつも願い事を言い終えているようだ。
「彼女欲しい彼女欲しい彼女欲しい…」
隣で手を合わせて目を瞑りながら、ぶつぶつと恭平が、同じ言葉を連呼している。
なんつう生々しい願い事だ。こいつらしい。新年も相変わらずのようで安心したぜ。今年もよろしくな変態。
一同が、手を合わせるのをやめた所で、混雑する賽銭箱の前から脱出した。
その後、家から持ってきた破魔矢と家内安全のお守りを寺院に納め、今年分の破魔矢と家内安全のお守りを買う。
俺は健康守りを買う。母上からのおつかいなので仕方ない。
俺はお守りを買わない。科学的根拠なんて無いし、これも神頼みじゃん。
隣で恋愛成就のお守りを5個も買っている恭平を見ながらそう思う。
ちなみに数多いからって、恋愛成就の力が増すわけではないからな?
おや? 龍ヶ崎が、恥ずかしそうに恋愛成就のお守りを買っている。クールでリアリストっぽい性格のくせに、意外にお守りとか信じる奴なんだな。
龍ヶ崎の後ろに居た岡倉も、恋愛成就守りを買っている。あいつはどうでも良いや。
「大輔は何にも買わないのか?」
一団から少し離れた位置でボケーっと見ていた大輔に声をかける。
「あぁ、別にお守りなんて無くても、俺は平気だしな」
大輔も俺と同じ、神頼みをしないタイプなのだろう。
「それより帰りの屋台でなんか食いたい。腹減った」
そう言って腹をさする大輔。相変わらずだな。安心した。
今年もよろしく頼むぜ怪物殿。
「そういや彼女さんと来なかったんだな」
ふと疑問を口にした。
彼女思いの大輔なら、野球部よりも彼女と来る気がしたからだ。
「まぁな。野球部と行くって言ったら許可してくれたよ。本当、ありがたい」
そういって微笑む大輔。
容易に大輔と三浦の現状の関係が想像できた。野球で忙しい大輔に献身的につきそう三浦。
本当、お似合いのカップルだなこいつら。
「初詣行けない代わりに、昨日は里奈の家で泊まったからな。これでおあいこだ」
…やっぱり、大輔は一度爆発すべきだと思う。
なんで彼女の家に泊まってるんだよこいつ…! くそ、嫉妬の炎で熱くなってきた…!!
一同がお守りを買い終え、今度はおみくじへと向かう。
おみくじに関しては、俺が最悪だった。
引いた結果が凶。もうなんでもかんでもダメすぎて、ある意味面白かった。
「英ちゃん! 見てみて、私ね大吉なんだぁ!」
「ほぉおめでとう」
嬉しそうに話す岡倉を見ながら、俺は大きなあくびをした。
「それでね! 恋愛に関してはね、今想っている人が生涯の伴侶になるんだって!」
「ほぉおめでとう」
眠い…。やはり朝5時起きは、さすがに早すぎた。クソ眠い…。
「えへへ!」
照れ笑いのような物を浮かべる岡倉。
おみくじぐらいで喜ぶなよ。相変わらず子供だな。
絵馬には「飯だ! 食事だ! 夜の大晩餐会! プリンもあるよ!」と書いてかけておく。特に意味はない。これで豪勢な飯が食えれば良いなって。
哲也は単純に「山高野球部、全国制覇!」と書いていた。あいつらしい願い事だ。
恭平は「生涯彼女募集中」と書いていた。生涯って、一生彼女出来ないって事だぞ恭平。
大輔は「彼女と末永く仲良くしたい」とノロケやがる。まぁ良い。それでこそ大輔だ。一回爆ぜろ。
龍ヶ崎も書いていた。「野球が上手くなりたい」とだけ書いている。だが俺は知っている。もう一つ絵馬を買って「好きな人に思いが伝わりますように」と書いたことを。優しい英雄君は、誰にも言わないであげようと思いました。
岡倉は「英ちゃんとこれからも仲良くしたい」と書いている。実名晒すなアホ。
鉄平、中村っち、誉、亮輔、耕平君、西岡、片井とそれぞれが思いを書いていく。
そうして絵馬を掛けて、願掛けした。
帰りに無料で甘酒を配られていたので、それを貰い飲む。
熱く、体が一気に温まった。新年最初の日である今日も寒い。余計、体の熱が上昇するのを感じた。
さて、今年は勝負の一年だ。
野球も恋愛も、どっちもスマートに解消していかないとな。




