81話
十二月三十日。
今日は年末と言う事で、今日から一月二日まで練習が休みになった。
と言うわけで、今日三十日、俺は鵡川と遊ぶ事にした。
山高祭での借りもあるので、俺が全額負担と言う破格の条件で、映画を見に来ていた。
鵡川の方は、自分の分は自分で払うと言っていたが、やはり男として、借りは返さないといかんと思い、何とか説得して、鵡川に奢る事にした。
今日一日、俺は鵡川のお財布になるわけだ。それにしても先日は沙希の誕生日パーティーでお小遣い前借りし、今回もお小遣いを前借りした。これで半年先まで俺のお小遣いは無いわけだ。
クソ、せっかく鵡川と遊んでるのに涙で前が見えねぇ…。
さて、今回見る映画は、鵡川の希望である「史上最大の恋愛作戦」と言う恋愛映画だ。
一人の女子学生が、友人達と共に、野球部の男子学生を振り向かせると言う映画。
コメディ色の強い作戦をしながらも、徐々に男子学生に近づいていき、最後には無事ハッピーエンドで終わるという感じだ。
主人公の若槻唯役は、現在鰻登り中の岸田愛梨だ。ちなみに俺と同い年。
男子学生の役は、つい最近、活躍し始めた上山隆平だ。さすが若手俳優。彫りの深いイケメンだ。ってか野球部員役のくせに髪伸ばしてんじゃねぇ!
映画の内容は色々と破綻していた。
男子学生は一年生のくせに、150キロを投げる怪物投手。しかもイケメンなので、女子ファンがたくさん。
んで男子学生の力で、一年目から甲子園出場。いきなり152キロを甲子園で記録していた。頭おかしい。
だが一貫してコメディ色の強い恋愛映画だし、これもまたコメディとしては面白いのかもしれない。
感想だが、コメディ部分は面白かったよ。特に男子学生がね。鈍感で、野球を真面目にやらないくせに上手でね。
こんなの実在したら、俺は必ず嫉妬をしていたろうね。
コメディ部分は面白かったが、元来恋愛映画が苦手の俺。それ以外は苦行だった。
恋愛映画なんつうクソ甘い物を見て、頭が痛くなっていた。夢と共に去りぬでは頭痛くならなかったのになぁ。
それにしても鵡川は、何故この映画を選んだのだろうか?
やはり女の子って恋愛映画好きなのかな。
「佐倉君、この後どうする?」
映画館を出ると、鵡川が聞いてくる。
さすがに俺も、恋愛映画を見ただけでは満足しない。
どうするか。
「適当にカラオケとか行くか?」
「そうだね。今日は佐倉君の奢りだし」
そういって笑顔を浮かべる鵡川。
こいつ、俺の財布からとことん金をひねり出させるつもりか。まぁ文化祭で7000円以上の金を立て替えてもらったし、これぐらい甘んじて受け止めよう。
という事で、鵡川とカラオケ、ショッピング、ゲームセンターと回っていく。
さすがショッピングモール、シオンガーデン山田だ。
若者たちを満足させる店が多くあって、歩いているだけでも楽しい。しかも隣には絶世の美少女鵡川梓がいる。それだけでも十分楽しい。
だいぶ遊んで、モール内にあるレストランで休憩。
今日はだいぶ遊んだぞ。
「ねぇ佐倉君、この後も暇?」
鵡川が聞いてくる。
こいつ、どんだけ俺の金を使いたいんだ。
優しそうに見えて、実は小悪魔なのかこいつ? いや、小悪魔系鵡川も中々悪くないな…。
「暇だけど? まだ行きたい場所あるのか?」
しかし今日は鵡川のために金を使うを決めた。
散財上等。宝石店でも、高級料理屋でも、どんと来やがれ!
「えっと…佐倉君が良かったらでいいんだけど…」
そういって視線を逸らす鵡川。なんかもじもじしている。
やはり鵡川は小悪魔系ガールか。そうやって男を騙して財布扱いする。鵡川め、恐ろしいやつだ。
「私の家に来ない? なんて…」
「へ?」
提案した鵡川。こいつ、なにをおっしゃってるんだ?
なんで鵡川の家に行かないといけないんだ?
いや、でも今日は鵡川の言う通りにしていこうと思っている。ここは素直に頷いておこう。
「分かった。じゃあ行こう」
という事で鵡川の家へと向かう。
正直俺は乗り気じゃないが、下手な高級店を指名されるよりはマシだ。
それに、鵡川が家に帰ると言う手間が省けるわけだ。やったじゃないか。
鵡川の家は、山田市の西部に位置する、志山地区の閑静な住宅街にあるらしい。
志山地区と言えば、高級住宅街が立ち並ぶ、県内でも有数のお金持ちの街なはず。
なるほど、全てパーフェクトの上にお嬢様と来たか、こりゃあ神様の手違いか何かか?
よくよく考えたら、良ちんも金持ちの男か。ううむ、そうは見えん。
「ただいまー!」
「おかえりあず、さ…?」
リビングから顔を出した鵡川の母親が硬直した。
さすが鵡川の母親、普通に美人だ。若い頃はさぞモテただろうな。
「お邪魔します」
「あ! 佐倉君って言って、私の友達!」
「そ、そう…」
凄い驚かれている。
おそらく愛娘が初めて男の人を家に連れてきたのだろう。それとも俺の顔がイケメン過ぎて硬直してしまったか? ふふ、こんなこと考えて虚しくなった。
ごめんね、こんな男の子で。
まぁともかく、2階にある鵡川の部屋に入る。
凄く女性らしい部屋だ。窓には可愛らしい模様がついたレースのカーテンがつけられ、その窓のそばに置かれた机の上は綺麗にまとめられ、参考書などが並べられている。その机の隣には本棚があり、少女漫画が並ぶ。ベッドにはレースとフリルがあしらわれた可愛らしい布団が置かれ、部屋の中央には小さいテーブルが置かれていた。
なんかドラマとかに出てきそうな部屋の内装だ。しかもすげぇ甘い良い匂いがする。俺の部屋とは大違いだ。
それにしても男を満足させるような物は無い。
テレビゲームも無ければ、心滾る少年漫画などもおいていない。
俺は恋愛系のものはドラマでも映画でも漫画本でも苦手だ。よって少女漫画は苦手の部類に入るので論外だ。
「適当な場所に座ってて、今お菓子とかとってくるから」
そういって鵡川は部屋を出て行く。
おいおい、男の子を一人部屋に残して良いと思ってるのか? 恭平なら間違いなくベッドに飛び込んで匂いをかぎまくるだろう。もしくは隠してあるかもしれない、いかがわしい本を探すかも知れない。
ふふ、男は狼だぞ鵡川。男一人部屋に残した事を後悔するんだな。
ってことで、まずは手始めに、机のほうへと向かう。
机の上には参考書が並んでいる。その文字を見ただけで俺は気分が悪くなった。
頭を押さえていると、机上に置かれた写真立てが目に入る。収められた写真には、おそらく幼少期の鵡川と良ちんが映っている。鵡川可愛いな。この頃から可愛かったのか。
結局、物は漁らなかった。恭平ほど大胆な行動に出れない小心者の佐倉君なのである。
なので、鵡川が戻ってくるまで、床におとなしく座って待つ。
まもなく飲み物と菓子を持ってきた鵡川が現れた。
ってことで、鵡川とお話をする。
特に話題は無いのだが、何とか記憶を振り絞って、話題を提供する。
「そういえば鵡川、ふと思ったんだが」
しばらくして、だいぶ話題が尽きてきた頃、ふと前に疑問に思ったことを思い出した。
「なに?」
「お前ってさ、すげぇ頭いいじゃん? だからさ、山田高校に入学しなくても、もっと頭のいい学校入れたろ?」
鵡川は本当に頭がいい。
だから山田高校じゃなくても有数の進学校に通えたはずだ。
正直山田高校よりも、そこらの進学校に入学したほうが、大学進学は有利なはず。それに良ちんと仲がいいなら、同じ斎京学館に進学すればいい。
何故山田高校を選んだのか知りたかった。
「えっと、まぁ…色々あってね」
少し悩んだあと、困った表情を浮かべながら、はぐらかす鵡川。
あっ、これは聞いちゃいけない話題だったか。
いくら鵡川と仲良くなったと言っても、ある程度の距離は保たないとな。これは聞かないようにしよう。
「それより佐倉君はどうして山田高校を選んだの? 佐倉君、野球上手いんだし、野球強い学校とか行けたんじゃないの?」
「そうだな。確かに強豪校も考えはあったけど、友達に誘われて入学したって感じかな」
実際のところ中学三年生の頃は、強豪校に行くという考えはなかった。
県大会決勝での自分のミスがトラウマになっていたからだ。
哲也や沙希に誘われなかったら、今頃市内で一番入学が容易いと言われている山田東高校にでも進学していただろう。
「そうなんだ。…山田高校を選んで後悔はしてる?」
「いいやまったく。山田高校に入学したおかげで、大輔や恭平に知り合えたし、佐和ちゃんのおかげで技術高められてるし、それに鵡川とも会えたしな。毎日が楽しいよ」
後悔なんてものはない。
一度として、もし斎京学館に入学してたらとか、酒敷商業に入学してたら、なんて事は考えたことはない。
佐和ちゃんと知り合い野球の技術を高められたから、自分と向き合いトラウマを克服できたから、去年一年間野球を離れて友人と馬鹿やったから、大輔や恭平と知り合ったから、今の俺がここにいる。
そこらの強豪校に入学していたら、下手すればトラウマを克服できず、野球を辞めていたかもしれない。だから、山田高校を選んで後悔はない。
自分の思いを吐露したところで鵡川を見る。
なんか顔が赤い。
「どうした?」
「う、ううん…なんでもない」
なんか視線を逸らす鵡川。
風邪気味なのだろうか? ちょっと不安だ。
「それより鵡川のほうは、山田高校選んで後悔してないのか?」
「私? …私も後悔してない。新しい友達と会えたし、合唱部も楽しいし、それに…佐倉君とも…仲良くなれたから」
そういって顔を赤くしながら照れ笑いをする鵡川。
なんだその表情は!? 今凄く俺はグッと来ているぞ!?
思わず視線を逸らしてしまった。情けない。いやでも、あんな笑顔見せられたら、どんな男でも視線を逸らすって!! 鵡川可愛すぎんだろぉ!
ちょっと気まずい雰囲気が室内にただよう。
なんだこの空気、凄く、嫌なんだけど…。
スマートフォンで時刻を確認する。時刻は午後6時を過ぎていた。
一度窓へと視線を向ける。空はすでに真っ暗だ。
「鵡川、俺そろそろ帰るわ」
「えっ? あぁ…もうそんな時間か。あれだね、楽しい時間はすぐ過ぎちゃうってやつだね」
そういって寂しそうに笑う鵡川。
俺との会話がそんなに楽しかったのか? 他愛もない話題だったのだがな。
まぁ価値観は人それぞれだ。女の子はお喋り好きだというしな。
「じゃあ玄関まで送るよ」
と言うことで、鵡川の部屋を後にし玄関へ。
階段を降りると、ただよう料理の良い匂いがした。思わず腹の虫が唸る。黙れこのムシケラ。
「佐倉君、お腹すいたの?」
どうやら俺の腹の虫の音が聞こえたらしい。お恥ずかしい。
「まぁな。こんな時間だし、しょうがないさ」
「あ、じゃあさ、その…もし良かったら、私の家で晩ご飯食べる?」
鵡川が意を決したように聞いてくる。
一度鵡川の家での晩飯を考える。また腹の中のムシケラが唸る。黙れクソムシ。
「やめとくよ」
さすがにこれ以上鵡川に迷惑はかけられまい。
「そっか。じゃあ、またね佐倉君。今日はありがとう」
「おぅ! じゃあ良いお年を」
「うん。佐倉君も良いお年を」
寂しそうな表情を浮かべている鵡川の顔を、最後に一度見て玄関を出た。
玄関を出ると、寒風が俺の体に突き刺さる。思わず肩をすくめた。
それに腹の虫もグーグー鳴く。黙れクソムシ野郎。
ここから俺の自宅までは歩いて1時間以上かかりそうだな。
ちなみにバスで帰るという選択肢はない。今日はさすがに散財しすぎた。どんなに遠くても歩いて帰るぞ。




