80話
十二月二十五日、クリスマス。
佐和ちゃんの粋な計らいで練習は無い。
クリスマスの夕暮れ、俺は恭平と、男二人で虚しくショッピングモールのシオンガーデン山田の中を歩いていた。
行きかう人々は、カップルばかり。シオンガーデン山田のメインストリートには巨大なクリスマスツリーも立てられ、モール内に流れる曲もクリスマスカラー一色。
想定はしていたが、まさかここまで虚しいとは…。
クリスマスのイルミネーションの灯りが、涙のせいで滲んで見える。
「英雄…ごめん…」
「いいや…俺こそごめん…」
誘った恭平は反省しているようだ。まぁその誘いに乗った俺も十分に悪いが。
男二人、目に涙を溜めながら歩く姿は、実に滑稽である。
まぁ実を言えば、今日は女子からの誘いはたくさんあった。
沙希、鵡川、岡倉、百合、美咲ちゃん、さらにはホモ須田と、とにかく誘いのバーゲンセールのごとく、かなり誘いがあったのだが…。
恭平1人にすれば、奴は拗ねるだろう。こいつが拗ねると、岡倉に負けないぐらいの面倒さなので、こうして俺が犠牲者になったわけだ。
「なぁ英雄?」
「あん?」
急に立ち止まる恭平。俺は数歩歩いたところで立ち止まり、恭平のほうへと振り向いた。
恭平の向こうに見えるのは、今月からクリスマス期間限定で立てられた大きなクリスマスツリー。
行き交うカップル達の中で俺と恭平は見つめ合う。
左手をポケットに突っ込み、右手の人差し指で恥ずかしそうに頬を掻く恭平は、照れくさそうに口を開いた。
「いっその事、俺達、付き合わないか?」
そうしてニコッと笑う恭平。
俺も照れくさくなって、一度地面に視線を向け、頭を軽くかいてから、満面の笑みで恭平を見る。
「クリスマスツリーの肥料になるのと、クリスマスツリーの装飾になるの、どっちが良い?」
「どっちも嫌だ」
「なら馬鹿げた事言うな」
「ごめん」
寒さで頭が馬鹿になったか? 前から馬鹿だが、ここまで来ると末期だな。
「帰るぞ」
「あぁ…」
惨めな男二人は、とっとと家に帰ってしまおう。
「あれ? 佐倉君?」
ふと声をかけられ、声が聞こえた方を見る。
鵡川が立っていた。それから良ちんもいて、もう一人、俺と同い年くらいの見知らぬ男が居た。
「おぉ鵡川と良ちんか」
「良ちんって言うな佐倉英雄!」
暇なので、鵡川たちの方へ向かう。もちろん恭平も一緒だ。
「佐倉英雄…へぇ、君が良平を全打席三振に取ったって言う…」
見知らぬ男は、どうやら俺の名前を知っているようだ。
短髪のイケメン。マジでイケメン。須田に負けず劣らずのイケメン。イケメン爆発しろ。
「あ? 誰だお前?」
イケメンには風当たりが強い俺。
ガンを飛ばしながら名前を訪ねた。
「あぁ! 自己紹介がまだだったな。僕は川端遊星って言うんだ! こう見えても東京出身なんだぜ!」
川端遊星…って言えば、夏の県の決勝で斎京学館の先発として投げていた奴じゃないか。
斎京学館のエース、甲子園でも好投を演じていた二年ですねにプロから注目をされる右腕。
ストレートの最速は甲子園初戦で記録した148キロ。それに加え切れのあるスライダー、緩急の効いた曲がりの大きいカーブ、手元でストン落ちるフォーク。
甲子園では群馬の前橋第一に負けるまでの2試合、両方とも10奪三振以上を記録したピッチャー。
「東京生まれ? って事は越境入学したのか?」
「まぁね、今は斎京学館で寮生活中。こう見えても、中学時代はシニアで全国優勝してるんだぜ」
シニアで全国優勝って…。
なるほど、エリート中のエリートって訳か。
「佐倉君、君とは一度投げ合ってみたいな」
「悪いが俺は、楽に甲子園に行きたいんだ。てめぇみたいな、凄いピッチャーとは投げ合いたくないね」
「僕が凄い? やめてくれよ。この程度で凄いピッチャーとは呼ばれたくないよ。僕はまだまだ成長する。僕は…天才だからね」
うわ…こいつ自分で天才って言いやがった。キモッ!
マジでドン引きだわ。自画自賛する男は嫌いだ。
「うわっ…英雄みたいだ」
恭平がなんか言っているが無視だ。
「天才ねぇ。自分で天才とか言っちゃうタイプなんだ。へぇー」
「これぐらい言わないと、ハンデにならないでしょ? 天才はこれぐらいのプレッシャーがないとね」
ニヤリと笑う川端。
なるほど、こいつ俺と似ているな。面白いし嫌いじゃないぞ、そういう自信満々なタイプ。
「同感だ。俺も天才だから、そう思うぜ。賛成だ」
口元を綻ばしながら、俺はそう言う。
川端の顔がパァッと明るくなり、笑顔になる。
「良いね良いね! スポーツ選手は常にその姿勢じゃないと! 君とは気が合いそうだよ!」
爽やかな笑顔を振りまく川端。
「俺はお前とは気が合いそうに無いな」
申し訳ないがお前みたいなイケメンと気が合いたくない。
イケメンは爆ぜろ。盛大に爆発しろこの野郎。
それにしても川端を見ていると、まるで俺を見ているみたいだ。
天才だと、ビッグマウス発言をし、馬鹿みたいに笑う。
そしてこのイケメン具合。まるで俺みたいじゃないか!
目の前には紛れも無く俺が居た。
「そんなぁ、俺は佐倉君と仲良くしたのになぁ。まぁ良いか! じゃあ梓! 行こう!」
川端は笑顔のまま、軽い調子で言うと、鵡川の手を握って、引っ張るように立ち去る。
わお、あいつ大胆だな。しかし鵡川、どこか困っている様子に見えた。
「おい遊星! まったく!!」
「なぁ良ちん」
「良ちん言うな佐倉英雄!」
「川端と鵡川って付き合ってんの?」
俺が何気なく聞いてみた。
聞いた瞬間、良ちんの顔が般若になった。
「そんなわけないだろうが! 誰があいつと姉ちゃんを付き合わせるか!」
怒鳴る良ちん。
めっちゃお怒りですやん。さすがシスコン。
「お前さ、川端の事嫌いだろう?」
「当たり前だ! 姉ちゃんに馴れなれし過ぎなんだよ! 確かに野球は上手いが、性格が気に入らん!」
やっぱり鵡川に馴れ馴れしいのが気に入らない様子の良ちん。さすがシスコン。
「あのさ良ちん」
「なんだ! まだなんかあるのか!?」
川端達を追いかけようとする良ちんを呼び止める。
「川端にさ、俺からの伝言」
「なんだ?」
「もうお前は甲子園の土は踏めねぇって言っとけ。俺が居る県に越境した事を後悔しろってな」
「お前…」
俺が伝言を言うと、良ちんの表情が変わった。
川端に甲子園の土を踏ませない。つまりそれは良ちんに甲子園の土を踏ませないという事になる。
「来年の夏、楽しみにしとけよ」
「…ふん! 来年の夏、絶対にぶっ飛ばすからな」
良ちんはどこか嬉しそうに口元を緩ませながら、そう言って、川端たちのもとへと走っていった。
「英雄」
「なんだ恭平?」
三人が目の前から立ち去ったあと、蚊帳の外だった恭平が俺に声をかけてきた。
「甲子園、行こうな」
恭平は自信満々に言ってニッと歯を見せて笑った。
まったく、普段からこういう事を口にしてれば、今頃彼女の一人や二人できるんだがなこいつは。
「おぅ、頑張ろうぜ」
俺も破顔一笑してみせた。
「よし! それじゃあ英雄の家いくか!」
「はぁ? なんで?」
「お前の家、千春ちゃんのパンティーとかブラジャーとかあるんだろう!? 捜索したいんだよ!」
…やっぱり、こいつに彼女はできねーわ。
一つ恭平に合気道の技である小手返しを軽めに決めて、懲らしめるのだった。
そんな感じで、俺の17度目のクリスマスは終わりを告げるのだった。




