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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
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79話

 12月23日。

 昨日22日には、終業式で冬休みで迎えた今日。佐和ちゃんの急用で練習が休みになった。

 そんな朝、俺は目覚めが悪かった。


 と言うのも、昨夜見た夢の内容が最悪だったのだ。

 ハードな性癖趣味を暴露し覚醒した哲也に追われる俺。必死に逃げて、T字路の右に曲がるとホモ須田が登場。あわてて左のほうへと向かうと、恭平登場。

 思わず恭平にすがると、恭平が急に服を脱いだ。


 「英雄! 俺はお前が好きだ! 付き合ってくれ!」

 そう叫んで抱きついてくる恭平。それからは、さすがに話したくない。

 そんなクソみたいな夢を見たおかげで、いつもより不機嫌になってリビングへと入る。


 リビングには、テレビの音、台所で流れる水、外から聞こえる廃品回収の車のアナウンスなど、やけに騒がしく感じた。おかげで余計に不機嫌になった。


 「っち! ここは喧騒の宝石箱かよ」

 なんて悪態つきながら、ふとソファーを見る。

 岡倉がいた。奴はテレビを見ながら、大声を出して笑う。そして俺に気づき「おはよう英ちゃん!」と、当たり前のように挨拶をしてきた。

 その姿が、無性にしゃくに障った。


 「ってんめぇ! なに、エクストリーム不法侵入してんだよ、ゴラァ!」

 岡倉の頭をげんこつでグリグリする。

 痛い痛い! と叫ぶも、今の不機嫌の俺を止める理由にはならなかった。


 「痛い痛い! 英ちゃん! これ以上グリグリしたら責任とって嫁さんにしてもらうよ!」

 そんな事を叫ぶ岡倉。反射神経が、グリグリする動きを止めていた。

 グリグリされなくなったのに、なぜか落ち込む岡倉がいた。マゾなんですかね。


 「ってか、なんで俺の家にいるんだよ! 龍ヶ崎の家行け! 龍ヶ崎の事だから、今頃一人でロボットのプラモデルとかやってるだろし」

 なんて事を言いながら、台所にある冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに注ぎ一気に飲み干す。

 ちなみに龍ヶ崎にそんな趣味はないだろうな。

 母上が、やけにニヤニヤと笑いながら、俺を見ている。そしてこそりと、俺の耳元でささやく。


 「あんた、沙希ちゃん以外にも、手をかけるなんてねぇ。あんまり唾つけると、後で大変よ?」

 唾つけてねぇし、手もかけてねぇよ。そもそも沙希に、手をつけようとしたら、手が無くなってるはずだ。唾なんかつけたら、朝日が拝めなくなっちまうよ。


 「そんなんじゃねぇよ。野球部のエース様とマネージャー。それだけの関係だ」

 面倒くさかったので、適当に母上に言って、リビングへと戻る。

 後ろから「昔の青春ドラマの定番ねぇ~」とか言っているが無視だ。


 「達也君は、一人のほうが絵になってるからいいよ。私は英ちゃんと居たいし」

 可哀想に龍ヶ崎。遠まわしに一緒にいたくないって言われてるぞ。

 やっぱりあいつは、少しぐらい積極的にならないと岡倉とは無理だな。うん。


 「わーい、そんなこと言ってもらえて嬉しいわー。感動して涙がちょちょぎれそうだわー」

 「むー! もっと感情こめて言ってよー!」

 俺の名演技にケチをつける岡倉。

 何故文句が出てくるか。これは棒読みと言う、逆に演技が上手い人には高度な技なんだぞ?


 「感情こめてって、別にお前から一緒にいたいって言われても嬉しくねぇし」

 「そんなこと言って英ちゃんは、照れ屋なんだからぁ~」

 そういってニコニコする岡倉。…こいつ。

 無意識のうちに、ゲンコツぐりぐりを開始していた。


 「痛い痛い痛い! ごめん英ちゃん! 嘘だって!」

 涙目になりながら謝る岡倉。

 まぁ許してやるか。この程度で怒る俺も大人げないな。反省。


 「それで、なんで俺の家にいるんだ?」

 「あ! はい、これ!」

 そういって岡倉が手渡したのは、山田高校野球部の帽子だ。

 よく見ると俺のだ。


 「英ちゃん、昨日ベンチに帽子忘れてったでしょ! マネージャーの私が気づかなかったら、盗まれてったよー!」

 彼女は自慢げに言うと、「ふっふーん」と鼻を鳴らして胸を張った。

 なるほど、そのために来てくれたのか。うん、岡倉はやっぱり良い子だな。


 「そうだったか。悪かったな。ありがとう」

 「いえいえ! 今度デートで許してあげる!」

 …やっぱり、岡倉は悪い子だ。


 「そうだ英ちゃん! せっかくだし英ちゃんの部屋を見せてよ!」

 「はぁ?」

 朝の食事を摂っていると、岡倉が笑顔で言ってきた。

 この前も沙希に見せたし、なんなの? 俺の部屋、国宝指定でもされてんの?


 「やだよ」

 「えー! 見せてよぉ!」

 俺の腕を掴んで、駄々をこねるような動きをする岡倉。

 それを「あらあらまぁまぁ」と言いながら微笑ましそうに見ている母上に、怒りを覚えながら、俺は自分で作ったトーストの最後を、口の中に放り込んだ。


 「ガキじゃねぇんだから諦めろ。今度、おもちゃ買ってあげるから」

 「私は子供じゃないもん! 英ちゃんの部屋みたい!」

 そう言いながらも、子供ようにダダこねる岡倉。

 まったく説得力が無かった。


 「それに俺の部屋は、足の踏み場がないぐらい散らかってるから入れないよ」

 「じゃあ私が掃除する!」

 岡倉に掃除させたら余計に散らかりそうな気がする。


 「駄目だ帰れ。今度、山田駅近くのデパートの屋上の遊園地に連れてってやるから」

 何度も駄々をこねる岡倉に、俺は適当に返答をする。

 それでも引き下がらない岡倉。あまりの頑固さに、俺は大きく溜め息を吐いた。


 「しゃーねぇな。部屋見せてやるよ」

 「本当! やったー!」

 結局俺が諦めて、腰を浮かす。許可をもらった岡倉は嬉しそうに万歳した。

 そうしてニコニコと笑顔を浮かべながら俺の後についてきた。



 「ねぇ英ちゃん」

 「うん?」

 自室へと向かう階段で、後ろから岡倉が俺の名前を呼んでくる。


 「英ちゃんはさ。彼女とかいらないの?」

 岡倉の質問。

 まぁそりゃ、岡倉のアプローチ何度も断ってるし、そういう疑問浮上してもおかしくないよね。


 「彼女は欲しいさ。ただ、年上で絶世美女ですべて完璧なんだけど、少し抜けてて、ちょっとツンデレっぽい感じな人しか募集してないだけさ」

 ここで息を吐くように嘘をついた。

 本当は彼女なんていらない。居ても、絶対に迷惑がかかるからだ。


 絶対と言う言葉を使ってしまうほど、付き合ったら迷惑がかかると自覚している。

 それは俺の性格からして、周知の事実だと思っている。

 常に野球のことを考えてる俺に、彼女は絶対に自分のことが好きじゃないのかもと不安に思うだろう。

 逆に、野球のことを考えてる俺の世話をしようと、下手にマッサージするなんて言っても、絶対に俺は断る。マッサージの仕方も知らない奴に、俺の筋肉は触らせたくないからな。

 野球ばかりの日々だから、デートなんてのもしないと思う。

 そんな俺が、彼女を作ると言うことは、彼女にかなり迷惑がかかるわけだ。

 なので彼女は作らない。少なくとも高校野球を引退するまではな。そのあとは知らん。



 「じゃあ英ちゃん! 私なんてどう! 英ちゃんの御眼鏡にかなってると思うんだけど!」

 ………はぁ?


 「ちょっと何言ってるか分からないです」

 何故俺の嘘の理想像から、その結論に達したのか理解不能だ。

 だって、だってだよ? まず岡倉は笑顔は可愛いとしても絶世美女じゃないじゃん。ってか、美女言うより美少女やん。

 それに全て完璧じゃないじゃん。岡倉欠点だらけじゃん。

 抜けてるって部分だって、ちょっとどころの問題じゃないでしょう。

 ツンデレっていうより、デレデレですし。なにより年上じゃねぇ。


 よって…


 「岡倉、一度御眼鏡にかなうって意味を辞書で調べてきなさい。今回は誤用ですよ」

 「むー! 私は完璧だもん! 絶世美女だもん!」

 自分で完璧だの、絶世美女だの言うやつ初めて見たわ。


 「ついでに完璧と、絶世、美女の三つの単語の意味も調べとけ。お前が間違った使い方してるのがわかるからな」

 満面の笑みで言う俺を見て、岡倉はさらに頬をふくらました。

 その子供っぽい動作を見て、まずこいつはお姉さんタイプになれないと判断した。



 部屋では、岡倉が中学の卒業アルバムを見たいとダダこねたので、見せてやる。


 「あははは! 英ちゃんの笑顔面白い!」

 そういって笑う岡倉。

 やめろ、その笑顔はカメラマンから作れと言われて、無理やり作った笑顔なんだ。

 それにしても、久しぶりに卒業アルバムを開いた。数年前だというのに結構若くみえるな俺。


 沙希、哲也も初々しい。それに中学時代の野球仲間の顔も確認した。

 承徳高校に進学した安田高野。丘城南(おかぎみなみ)高校に進学した三島純平(みしまじゅんぺい)。山田東高校に進学した村川享(むらやまとおる)大崎侑平(おおさきゆうへい)清水浩哉(しみずひろや)山田商業(やまだしょうぎょう)高校に進学した水田哲郎(みずたてつろう)広尾康文(ひろおやすふみ)龍獄(りゅうごく)高校に進学した加瀬久遠(かせくおん)浅井(あさい)高校に進学した黒田順介(くろだじゅんすけ)

 どいつもこいつも、高校入学してからまったく会っていない久しぶりに会いたいものだ。


 この後、少し岡倉と俺の部屋で馬鹿話した後、家の前まで送って終了。

 寝起きは不機嫌だったが、岡倉と別れるころには、ほっこりとした気分に変わっていた。

 おそらく、これが岡倉の良いところなのだろうな。


 なんて思いつつも、自宅へと戻りシャドーピッチングにいそしむ俺だった。

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