77話
時刻は6時過ぎ。私、山口沙希は久しぶりにカラオケに来ていた。
そろそろ帰ろうかとも考えたが、まだまだこれからと言わんばかりに里香は元気だ。
「んじゃ沙希! ちゃんと言うのよー」
「もう里香…言わないって」
里香は歌を歌い終えると、私にニヤニヤしながら言ってくる。
やはり、英雄に告白するのは怖い。別に断られるのは怖くないのだ。その後、英雄と関係が断ち切れるのが怖いのだ。
「まったく沙希は奥手過ぎ! あの馬鹿元気な佐倉が、告白されたぐらいで、あんたと関係断ち切らないでしょう」
などと里香は言うが、やはり怖い。勇気が必要だ。
「まっ、頑張りなさいって!」
そうニコニコ笑う晴美。私も思わず微笑んだ。
やはり友達と遊ぶのは楽しい。
久しぶりに、私はこう何も考えずに笑顔を浮かべられたと思う。
どういう風の吹き回しかわからないけど、久しぶりに楽しい休日をおくらせてくれた英雄に感謝しないと。
「そう言えば、明日って沙希の誕生日じゃん」
「えっ…あぁそうだったね」
晴美が歌ってる時に里香がそんな事呟いていた。
ここ最近は忙しくて、忘れてしまっていた。誕生日を忘れるなんて、まるで英雄と同じだ。
……ん? 英雄?
英雄の急な風の吹き回し。もしかして英雄、私の誕生日だから、こんな事を?
「沙希は、晩飯一緒に食べる?」
「ごめん…お金無いんだ。だからカラオケ終わったら帰っていいかな?」
里香の質問に、咄嗟にあからさまな嘘を私は吐く。
「…はは~ん。そっかぁ~。じゃあ仕方ないねぇ~。佐倉と仲良くしなさいよ!」
やはり里香は気づいていたようだ。
思わず照れてしまう私に里香は「この青春しちゃってー」と肘でつつっかれた。
久しぶりに歌い疲れるまで歌ってカラオケ店を出る。
時刻は6時半。そろそろ帰らないと。
「じゃあね晴美、里香。今日は楽しかったよ」
「じゃあね沙希! 頑張りなさいよ!」
「ファイトだよ沙希! バイバイ」
そう晴美と里香にエールを貰い、私は急ぎ足で、自宅へと向かう。
英雄の馬鹿! 誕生日プレゼントなら、誕生日プレゼントって言いなさいよ。馬鹿みたいな嘘吐いて…。
家へと到着し、玄関のドアの鍵で開く。
駐車場にはお父さんの車がある。ってことはお父さんも帰ってきてるって事?
普段はこんな時間には帰ってこない。となると英雄がいったのか。本当、馬鹿英雄。嘘ついて、これで私が気づかず遅くまで遊んでたらどうするつもりだったのよ!
家に入り、急いでリビングへと入った。
パァン!
瞬間、一斉に鳴るクラッカーの音。
驚き目を見開く。視線の先には家族の笑顔と英雄の姿。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア沙希ぃー。ハッピバースデートゥーユー♪」
家族と英雄の歌声が混じり、私の耳に入ってくる。
突然の出来事で最初は理解できなかったが、まもなく、すべて理解して思わず涙腺が緩んだ。
本当に…英雄の…馬鹿…。
沙希が泣き出した! よっしゃあ! サプライズ大成功だ!
思わず手を叩いてガッツポーズをする俺。
「沙希、誕生日おめでとう! まぁ明日だけどな」
ってことでみんなで沙希のもとへ。
沙希は両手で口元を抑え、顔を赤くしながら泣いている。ふっふっふっ。大成功だ。やはり俺は天才。まさか野球のみならず、サプライズの天才だっとはな。
「なんで、お父さんとお母さんも居るの?」
「いやぁ~英雄君から電話があってね、沙希の誕生日パーティーをやるから、早めに帰って来いと言われたんだ」
穏やかな口調で、親父さんが話す。
家族に連れられて、沙希は料理が載せられたテーブルの前へ来る。
「誕生日おめでとう沙希。俺からのささやかなプレゼント…っと言っても、美味いかどうかは知らんがな」
テーブルには、パエリアとカボチャスープだけと言う質素な物だが、俺の金だけじゃ、これが限界だ。
「ううん…ありがとう…英雄…」
そういってニコッと笑う沙希。泣き笑いと言う奴か。ううむ中々素敵である。
と言うわけで、皆でお食事。
「これ、本当に英雄君が作ったの? とっても美味しいわよ」
沙希の母親が嬉しそうに話す。
けっこう美味しいが、まだまだ沙希には勝てないな。
「英雄! 美味いじゃねぇか」
「ありがとなクソガキ、だが黙って食え」
年上を呼び捨てすんなっつうの。
なごやかなムードで食事が進む中で、沙希は黙々と一人食事していた。
「沙希? 美味いか? 不味いならすまん」
「英雄…ううん、とっても美味しい」
そう言う沙希の顔は笑っていない。
ううむ、沙希の大好物なのに笑わないとは。俺もまだまだ努力しなければいけないな。
全員が食事を終えて、ケーキの登場。一番高いケーキだっただけに、とても美味い。ガキどもも大喜びだ。
「時に英雄君、君は沙希の事が好きなのかね?」
「はい?」
沙希が席を外しているとき、親父さんが、真剣な表情で俺に聞いてくる。
「まぁ好きといえば、好きですけど、恋愛感情は特に」
「なんだとぉ! 俺の愛娘と結婚する気が無いとは、良い度胸じゃないか!」
「じゃあ好きです」
「なんだとぉ! どこの馬の骨か知れない奴に、俺の娘をやれるか!」
どっちやねん。相変わらずノリが面白いなこの人。
そんな感じで、親父さんと話す。
「しかし…今日は誕生日パーティーを開いてくれて、ありがとう。ここ最近、私も妻の佳奈美も仕事の事で、子供達の事を考えてやれなかったよ。今日は…本当にありがとう」
そう頭を下げる親父さん。やべぇ何か照れくさいな。
んでここで沙希が戻ってくる。沙希は俺に頭を下げている親父さんを不思議そうに見ている。
「気にしないでください。これは俺の誕生日プレゼントです。それが偶然、親父さんを呼ぶ形になっただけですから」
本音を口にする俺。やべぇな、今の俺最高に格好良いな。我ながら惚れてしまいそうだ。
「まったく、ガキのくせに粋な事をしてくれるよ英雄君は…。これからも沙希のことをよろしくな」
「ちょっと…お父さん…」
俺に頭を下げる親父さんに、沙希が戸惑っている。
「任せといてください!」
俺は1万円スマイルで、しっかりと親父さんと約束した。
「誰が貴様に任せられるか!」
突如、顔を上げて断る親父さん。意味わからんぞその行動。
しかも、沙希は顔を真っ赤にして照れてるし、本当意味が分からん家族だ。だが面白いので許そう。
時刻が9時を回る頃、俺は沙希の家を後にする。
沙希は、家の外まで見送りに来た。
「今日はありがとう英雄」
「あ?」
さぁ帰ろうってところで、沙希が感謝をしてきた。
「私のために…こんな誕生日パーティー開いてくれて…」
「まぁ、いつも世話になってるからなお前には」
そう一言、俺は彼女に言って、空を見上げた。
おぉ! 今日は夜空が綺麗だ! 雲がなくて、空気が澄んでいて、満面の星空が見えるぞ!
「英雄は…」
「うん?」
空を見ていると、後ろから沙希の声が、かすかだが聞こえた。
俺は振り向き、沙希を見る。俯いて表情は確認できない。
「英雄は…私の事…好き?」
顔をあげた沙希が聞いてくる。恥ずかしそうに顔を赤くし、潤んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。
好きかどうかか。普段の俺なら照れくさくて、はぐらかしていただろう。だが今日は沙希の誕生日、勢いに任せて言ってしまおう。
俺は、自称100万円スマイルを浮かべて、一言。
「当然だろ? じゃなきゃ、こんな事しねぇよ」
俺の回答を聞いて、沙希は凄く驚いた表情を浮かべたあと、嬉しそうに照れ笑いをした。
口にしたのは良いが、俺もかなり照れくさい。視線を逸らして頬を軽く指で掻いた。
「それじゃあ」
「うん、今日はありがとう」
こうして俺は逃げるように沙希の家を後にする。
やべぇ恥ずかしい。あれ以上、沙希と居たら、俺まで顔を真っ赤にしちまってたな。
だが今日一日、楽しかったな。
初めての専業主夫だったし、大変ではあったが、満足いく内容だった。またやりたいとは思わないけど。
そんな感じで、俺の長い一日は終わりを告げるのだった。




