75話
12月12日の日曜日。時刻は7時56分。
明日は沙希の誕生日である今日。俺は沙希の家の前に居た。
チャイムを鳴らす。
まもなくドアの向こうから沙希の声が聞こえた。
「どちらさまですか?」
「宅急便でーす!」
威勢よく返事をする。さて、沙希はどうする?
「あっはい! ちょっと待ってください!」
などと言う声が漏れる扉の向こうから、ドタドタと足音が耳に入る。
そして扉の鍵が開く音と共に沙希が顔を出した。
「って、英雄じゃん…」
「グッモーニング!」
「はぁ、印鑑探した私が馬鹿だったわ」
ため息をつく沙希。手に持っている印鑑を見て、なんか悪い事をした気分になる。
「友人と遊ぶ約束したか?」
「一応したけど、今日は家事で忙しいし、断るけどね」
「そうか。良し! たっぷり遊んで来い!」
「はぁ?」
これが、長い一日の始まりだった。
沙希の家に上がり、お茶を1杯頂く。
クソガキどもは、まだ寝ているようだ。
「なんでさっき、たっぷり遊んで来いって言ったのよ?」
「俺が一日専業主夫体験をするんだよ」
「…英雄って、家事出来たっけ?」
「………ま、まぁ何とかなるだろう!」
正直自信は無い。
ある程度、鵡川や百合、美咲ちゃん、妹千春、恵那、そして母上に聞いていたが、家庭科は毎度のように、通信簿の赤点ギリギリラインだ。
洗濯に関しては、中学の家庭科の先生に「何故、洗濯機を使ったのに、余計に汚れているのか」とあきれられた程だ。
「英雄一人じゃ心配なんだけど」
「任せろって! お前はお友達と楽しんで来い」
そう0円スマイルをする俺。沙希は疑っている表情から、思わず口元を綻ばした。
「そう。どういう風の吹き回しか知らないけど、英雄の優しさに感謝するね。じゃあ遊びに行って来る」
ニコッと笑う沙希。やっぱりこいつは笑顔が一番だ。
きっと女友達となら、もっと素敵な笑顔を見せてくれるだろう。
こうして、俺は一日専業主夫として、孤軍奮闘するわけである。
沙希が出かけたのは9時。それから数十分後、ガキどもが一斉に起きてきた。
「あっ英雄だ!」
「本当だ! 英雄だ! 姉ちゃんは?」
年下の癖に呼び捨てするなクソガキども。
ちなみに小学四年生の弟が健太。小学三年生の弟が大智だ。大智は妹麗子を可愛がっているらしく、子守を良くしていたりするそうだ。生意気だがな。
「てめぇらの姉貴は、友達と遊びに行ったよ」
「マジかよ! 朝飯どうすんだよ?」
「俺が作ってやる。覚悟しとけ」
台所でフライパンで飯を炒めながら、ガキどもに言う。
「はぁ? 英雄って飯作れんの!?」
大智は妹を見に行ったので、クソ生意気な健太と相手する。
すげぇウゼェ! 恭平だったら今頃2、3発鉄拳が飛んでいるが、そこは年上。イライラしながらも飯を炒めて作る。
「覚悟しとけの意味を知らねぇのか? 吐くんじゃねぇぞ」
「はぁマズいのかよ! コンビニで弁当買ってこいよ!」
年上をパシろうとするなし。
「もうすぐ完成だ。覚悟しとけ」
「うぇ~最悪」
そう一言健太は言って、諦めたようにテレビを見に行く。
もうまもなくチャーハンが完成する。
「美味しくないな! 全然美味くない! 姉ちゃんの料理のほうが数億倍美味い!」
ぐちぐち文句を言う健太だが、バクバクと俺の作ったチャーハンを食べる。
確かに健太の言うとおり、俺の料理より沙希の料理のほうが数億倍美味いだろう。
沙希に勝てるはずがないのだ。奴の料理の腕は、俺の知る限りでは一番だと豪語できる。
「まぁ食うもんないから、仕方なく食べてるけどね」
などと大智は言ってるが、すでにおかわりは二度目だ。このツンデレめ。
俺の自信作「英ちゃんチャーハン」は好評のようだ。
俺はと言うと、母上から聞いて作った粉ミルクを、赤ん坊の麗子にあげる。
やり方は聞いていたが、初めて作っただけに、緊張してしまった。それにこうやって飲ませてやるのも緊張する。
だが、麗子の様子を見る限り、失敗じゃないようだ。
「おいクソガキども、今日は暇か?」
「俺は暇だよ」「まぁ俺も」
健太と大智が共に声を出す。
こいつらの良い所は、必ず返事を返すところだ。無視しないだけマシということか。クソガキなのは変わらないけどな。
「んじゃ、買い物に付き合え」
「えぇ~嫌だよ!!」
即嫌がる二人。クソガキめ。関節技決めたろうかおらぁん!?
だが、そこは年上、イライラしながらも我慢する。
「てめぇらの姉ちゃんの為だっての。なら来るだろう?」
俺が聞くと、健太と大智は顔を合わせて、首をかしげた。
クソガキどもが飯を食い終えたら、妹の麗子の世話を大智に任せ、俺は皿洗いをする。
皿洗いは、家でよくやっている。使った皿は自分で洗えが母の言葉だ。こればかりは家事の中で一番得意と言っても過言ではない。
「おい英雄! 麗子のおむつ!」
皿洗いの途中だと言うのに、大智が俺を呼ぶ。
おむつなんて、どこにあるか知らねぇよ!
「英雄。ほら!」
ここで健太が紙おむつを持ってくる。
グッジョブ健太! クソガキだがよくできる子だな!
と言うわけで、初のおむつの取替え。
どうやら麗子は糞をしたらしい。凄まじい臭いに耐えながら、おむつを取り替える。
やり方は母上から聞いている。上手く出来たか分からないが、なんとかなっただろう。
こんな事を毎日のようにこなしていたのか沙希。
マジで凄いぞ、尊敬に値する。
皿洗いを終え、洗濯機で洗っていた洗濯物を干す。
健太のクソ野郎は、リビングのテレビでゲームをしている。少しは手伝え、このクソガキが。
洗濯物のコツも、母上から聞いた。しわが残らないよう、しっかりと干す。
まぁこんなに家事の事を母上に聞くと、やはり質問されたよ。どうした? ってね。
正直に話すと母上は「じゃあ、私も行くわよ」と言っていたが、これは俺から沙希への誕生日プレゼント。丁重に断った。
俺一人でやるからこその誕生日プレゼントだ。
洗濯物を干すのも終了し、掃除へ…とその前に昼飯作りだ。
冷蔵庫を見る限りで、作れるのはチンジャオロースと判断し作る。
健太と大智からの判定は、イマイチだった。まだまだ精進が足りないな。
そして掃除機を使って部屋掃除。
けっこうスピーディーにやっているつもりだったが、中々どうして難しい。気づいたら、すでに時刻は午後3時を過ぎていた。
干していた洗濯物と、布団を中に入れ、ある程度の事は終わった。
んで、またも麗子が泣き始めたので、おむつを取り替える。
今度は小便のほうのようだ。今度はさっきよりも上手くできたと思う。さすが俺、天才だ。なんの天才かは分からんが。
そんなこんなで時刻を見ると4時を過ぎていた。
時間の流れの早さに戸惑いつつも、いい加減買い物に行かないと間に合わない。
健太と大智、麗子を連れて、近所のスーパーへと向かった。
沙希の野郎、今頃楽しんでいるかな。
楽しんでなかったら、ぶっ飛ばしてやる!




