74話
「英ちゃん聞いて! 私ね、松下先輩に告白されたんだ!」
冬のある日の何気ない昼休み。岡倉が自慢げに話す。
松下先輩って誰だ? …って、野球部唯一の三年生か。忘れてた。
「大胆だな松下先輩も。まぁ胸でかい子好きとか言ってたしなあの人」
「松下先輩って岡倉さんのこと好きだったんだ」
哲也が素直に驚き、恭平は別段驚いていない様子。
ちなみに今日は大輔がいない。ってか基本大輔は彼女さんと昼飯を食べているためいない。ここ最近は週に一回ぐらいは一緒に食べている程度に収まっている。
「おめでとう岡倉。んで披露宴はいつだ? 友人代表としてスピーチしてやる」
「付き合うわけ無いじゃん! しっかりと断ったもん!」
「ほぉ意外」
松下先輩は、別段、顔は悪くないと思う。どっちかって言うとイケメンの方だと思う。
そんな奴を断る岡倉。
「だって好きな人居るもん!」
そう嬉しそうに言いながら、岡倉がこっちをジーッと見てくる。
やめてくれ、そんな目で見るな。お前が誰を好きなのか分かってるから、こっちを見ないでくれ。
「そうか、好きな人がいたのか。じゃあ松下先輩断っても当然か」
ふと龍ヶ崎が出てくる。そういえば、あの馬鹿、依然岡倉と仲良く話せていない。前よりかは岡倉が話しかけることは増えたが、龍ヶ崎からは話しかけられない状態。
俺が話せって言ってるのに「恥ずかしくて出来ねぇ!」とか言いやがる。
喋らないと、何も始まらねぇよ。
「…むぅ~…英ちゃん鈍感過ぎ! でもそう言う所も好き!」
そう言いながら、俺の左腕に抱きつこうとする岡倉。
それを素早く回避して、弁当に入っているタコさんウインナーを口へと放り入れた。
「いくら、連日寒いからって、俺に抱きつくな。逆に暑苦しいわ!」
ったく、面倒くせぇ奴だ。
「何言ってやがる英雄。お前ら見てるこっちのほうが暑苦しいわ! このヤリチン野郎!」
嫌味ったらしい声で俺に言う恭平。
最近恭平が俺に冷たい。女が原因で友人と仲が悪くなるとか嫌なんだけど。
「そういえば英雄。もうすぐで沙希の誕生日だね」
哲也が話を変えるように言ってきた。
今日は12月10日。沙希の誕生日は12月13日。つまり三日後だ。
「そうだったな」
「英雄はなんかプレゼントする?」
「まぁ沙希には日頃世話になってるからな」
勉強教えてもらったり、ノートの写しをさせてもらったりしている。
別段性的な意味でお世話にはなっていない。
「お前…山口でシコってるのかよ。引くわ!」
「そういう意味で世話になってるわけじゃねぇ」
案の定反応してくる恭平に呆れる俺。
「僕は、沙希が欲しいって言ってた絵の具をプレゼントする予定。英雄は?」
「マジか。俺もそれを考えてたのに…」
さて、俺のアイディアが無くなってしまった。
沙希の趣味と言えば、絵を描くぐらいしか知らない。家事は趣味にならないだろう。
「英雄の性格を考えて、自分のマグナムにリボン巻いて「僕をあげる」で良いんじゃね?」
ちなみに、これを言っているのは、もちろん恭平。
食事中だというのに、場をわきまえない発言をするのは、この馬鹿ぐらいしかいない。
「英ちゃんは、そんな性格じゃないよ恭平君」
「岡倉、貴様に英雄の何が分かる? 俺は英雄と長い夜を2人で共にしたんだぞ!」
誤解を招く発言は止めろ恭平。
ちなみに俺は、去年の夏休みに恭平の家に泊まった。こいつの兄貴の特選エロDVD集を、朝まで見させられた。
ふと視線を感じた。
視線の方に顔を向ける。須田が指をくわえて俺を見ている。頬が赤い。すぐに視線を戻した。無言で顔を赤くして俺を見るな。怖い、怖いから。
「恭平、てめぇこそ俺の何が分かるんだ?」
「俺は…お前の事を知らない。だから…教えてほしい…お前の妹ちゃんのスリーサイズを…」
恭平はしみじみと語りながら、こちらを見つめる。
捨て犬のような目をした恭平のすねに、思いっきり蹴りを入れる。
すごく痛そうな声をあげて、すねを押さえる恭平。
「なんで、てめぇに千春のスリーサイズを教えないといけないんだよ」
どうやら恭平は、千春に恋しちゃったらしい。最近は「俺のマイブームは千春」などと言っているし、千春のことが好きになったのはまず間違いないだろう。
この変態が性的感情のない恋をするとは思わなかった。エロイ女を好きになるのが恭平だと思っていたから意外だ。
だが兄としては、恭平なんかに、可愛い妹の千春を渡す訳にはいかん。須田よりかは幾分マシだがな。
正直、千春と須田が交際したら、俺に近づくための策略なんじゃないかと思うもん。
ちなみに本人の千春も、恭平の事を違う意味で気にかけている。
とにかく「あいつ死ね」だの「初めて抱きしめられた相手が、あんなのなんて…汚れた」など、女性に相応しくない発言をしまくりである。
「世の中は不公平だ! なんで英雄は、野球が上手くて、モテて、可愛い妹が居るんだ! 許せない! 妹ぐらい寄越せ!」
などと喚く恭平を無視して、俺は沙希の誕生日プレゼントを考える。
…欲しい物を聞いてみるか。
「はぁ? 欲しい物?」
放課後、俺はとりあえず沙希に聞く。
「絵の具…かな…」
「それ以外をお願いしたい」
絵の具は、哲也がプレゼントするので無理である。
「ってか、急に何? 欲しい物なんか聞いて?」
「たまには恩返ししたいと思いましてね」
「恩返しって英雄が? 冗談やめてよね」
そう言って腹を抱えて笑う沙希。そこまで俺の恩返しは面白いのだろうか?
そういえば恩返しと言えば鵡川だ!
文化祭で、金を立て替えた恩返しをしなければ!
今度購買で唐揚げ買ってやるか。いや、鵡川はレディだし脂っこいものよりサラダとかさっぱりしてるやつのほうがいいのかな? 今度鵡川に聞いてみよう。
「冗談でいったわけじゃない。俺は本気と書いてマジだ!」
「あはは、そっかそっか。そうねぇ~…一日だけでも、自由になりたいかな…」
「はぁ?」
「ほら、私の家って両親が共働きで、いつも家に居ないじゃん。だから、家じゃいつも家事を全部こなしてるからね。最近は麗子の世話もしないといけないし」
…忘れていた。
沙希の家は、両親ともども仕事をしているため、基本的に家事は沙希が務めている。
「まぁ…一日自由なんて無理かなぁ…」
そう言って寂しそうに笑う沙希。
その笑い顔は、女子高生には相応しくない笑みだった。
普通、女子高生って、もっとさ笑顔が輝いてるんじゃないのか?
今が一番楽しい! って笑顔で言えるもんじゃないのか?
毎日家事をやるなんて、そんなの専業主婦の仕事だ。女子高生がやる事じゃない。
沙希は笑顔が一番可愛いと、中学校三年生からの付き合いの俺が断言する。
だからこそ、こんな寂しい笑顔なんて見たくない。
やっぱり沙希にも、女子高生らしい笑顔を浮かべて、年相応にキラキラするべきだ。
…オーケー! 誕生日プレゼントは決まったぜ!
「日曜日…」
「ん?」
「日曜日、友人と一日遊ぶ約束をしとけ! これはお願いじゃない。天才からの命令だ!」
「はぁ?」
いぶかしげに見る沙希。
俺はその一言を言い終わると、沙希からの返答を待たずに、教室を後にする。
沙希への誕生日プレゼントは、日曜日だ。
さて、いろいろと準備しないとな。母上にも話を聞いてみないといかんしな。
よしよし、日曜日が楽しみだ。気合入れていくぜ。




