73話
十二月に入り、対外試合禁止期間に突入した。
野球部の練習も大きく変わり、ボールを使った技術的な練習から、体力アップなどの肉体を鍛える練習へとシフトしていく。
冬の佐和ちゃんの練習は、1時間のアップから始まる。
準備運動、声出しランニングに始まり、塁間を歩きながらの様々なストレッチと、幅広い運動で体を温めていく。
佐和ちゃん曰く「冬は怪我をしやすい。アップは時間をかけすぎるぐらいにやるのが丁度いい」との事。
そして1時間のアップが終わると、地獄と評される「とっても楽しい佐和ブートキャンプ」なる物が始まる。
まず、6人1班のチームを2班作る。ちなみに哲也班と、俺、英雄班の2班だ。
片方は、200mトラックを30秒以内に走るインターバルである。
最初は30秒で走って、休憩が1分なのに、徐々に休憩時間が縮まっていき、最後は休憩がわずか10秒となる。それを6本。
当然、30秒以内に走りきれなければ、班全員がもう一周走ることとなる。連帯責任はチームプレイをする部活動の基本だな。
残りのもう片方はベーラン、ベースランニングだ。
ホームから走り始めた選手が、一塁ベースを蹴ると同時に、次の選手がスタートする。それでホームに生還した選手は、最後尾に並び、また同じ事を繰り返す。
全力で走らないと、佐和ちゃんとっておきの、スペシャル筋トレが待っている。これを一人10周。
両方の班が、両方のメニューを終えると、2分の休憩が与えられる。
2分の休憩後、今度は内野と外野に分かれる。
内野は高速ボール回し。三塁側からのボール回し連続100回、一塁側からのボール回し連続100回、変則ボール回し連続100回と、内野の俺としては処刑にも思える練習。
しかもだ。一人ミスすると、全員で、全力ダッシュのベーラン1周。ミスした本人は、全力で2周する。
連帯責任は大切だと佐和ちゃんは言う。まぁ俺ら内野手はマシな方かもしれない。外野はもっと厳しい。
外野はノッカー佐和ちゃんの下、アメリカンノック。
レフトからセンター、センターからライト、ライトからセンターと、外野を走り回る体力アップの練習だ。だが、佐和ちゃんの場合は違う。
捕球してから素早く、ボール回し中の内野の二塁、三塁の後ろ側に建てられたティーネットにボールをスローイングする。
地面にボールが落ちたら二塁、フライを取ったら三塁と決まっている。ただしライトの打球は、ボール回し中の選手の事を考慮して、全て二塁のネットへの送球と決まっている。
投げたボールが、ネットに当たればセーフだが、ミスると、連続して受けないといけない。
それが、内野のボール回しが終わるまで延々と続けられる。
とにかく冬に入ってから、走るメニューが増加した。
「とにかく冬のトレーニングは走るぞ。野球ってのは、足が速ければ、とにかく有利なスポーツだ。目標は100mの自己タイムの1秒速くさせる事だ。ピッチャーの奴らは覚悟しとけよ」
冬のトレーニング期間に入った日に、佐和ちゃんが言っていた言葉だ。
覚悟はしていたが、ここまでとは…。
ちなみに、さっきまで話していたメニュー。ピッチャーの場合は二倍となっている。ただしボール回しの回数は変わらない。
そして長々と地獄のメニューが終わり、空が暗くなる頃、ナイター照明が点き、少し面白いゲームが始まる。
通称「ベーラン追いかけ」なるもの。
簡単に言うと、最初に2人組を作り、二塁ベースとホームベースに分かれる。その状態でベーラン。相手の背中をタッチするまで、終わらないと言うエンドレスベーランだ。
トーナメント方式で、1位から順位を付け、順位によって、この後の練習が軽減する。もちろんビリは、練習量が増加する。
しかし、この練習が意外に楽しい。
みんなが応援する中で、全速力で相手の背中を追う。それがひたすら楽しい。脚力も重要だが、全力ダッシュを続けられる体力も必要とされる。キツイが楽しい。
そして、それが終わると、ラストのベーランが始まる。
ただし、さっきの順位によって練習量が変わる。1位は0本、2位は1本など、順番に決まっており、最下位は11本と言う地獄が待っている。
そうして、それを終えて、最後に声出しランニングで、200mトラックを10周する。
あとはダウンのストレッチ、柔軟体操などをして、グラウンドを整備し終了。
だいたい終わるのは午後8時前頃、そのあと部室で談笑したりするので、家に帰るのは、いつも10時過ぎ、哲也など鉄道通学組は11時過ぎだ。
結構厳しいのに、誰も辞める気がないらしい。途中入部組の奴らは「自分がどんどん上手くなるのが楽しい」との事。
まぁ確かにつらい中で充実感はあるからな。
なにより佐和ちゃんの指導は、的を射ており無駄がない。それに従えば確実に力をつけていく。
改めて思うが、佐和ちゃんは相当優秀な監督だ。
練習メニューの豊富さ、強豪校とのツテ、試合中の采配などはもちろん、選手それぞれの適正を確実に見極め、鍛えていく箇所、直していく部分の的確さ。効率のいい練習メニューの提案など、選手の指導力に関しては、そこいらの強豪校の監督に負けないと思う。
それなのに、今まで名将として騒がれていないのも珍しい。
まぁ自分を震撼させてくれるピッチャーがいないとやる気にならないとかほざいてるから、そりゃ名将として騒がれないのも当然か。
山田高校は着実に、けれど急速に力をつけている。
来年の春、夏には間違いなく世間を驚かせる力を持つだろう。
入部当初は夢物語だった甲子園出場、そして優勝がだいぶ現実味を帯びてきた。
この冬、過酷な筋力トレーニングを乗り越える。
当面の目標は、春の県大会優勝と地方大会優勝かな?
頑張っていこう。
こんな感じで冬の毎日を過ごしている。
厳しいながらも充実感のある毎日だ。




