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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
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71話

 十一月最後の土曜日は、練習が休みである。

 佐和ちゃんの用事があるらしく、土曜、日曜と2連休となった。

 結局、山口遠征の練習試合が今年最後の練習試合となった。

 来月十二月は練習試合ができなくなる。本格的なオフシーズン突入というわけだ。


 さて、そんな日の朝。俺はいつもより早く起床した。

 別段用事は無い。ただ珍しく早く起床したので、今日は久々に優雅に過ごそうと思ったからだ。

 なので、さっそくモーニングコーヒーと洒落込もう。


 部屋をあとにし、階段を下りて一階へと向かう。

 そしてリビングのドアを開く。室内からはテレビから流れるニュースを読み上げるアナウンサーの声。キッチンからは洗い物をする音も聞こえた。

 もう時刻は8時を過ぎているし、誰か起きているのは当然か。誰だろう?


 部屋に入ると、ソファーに座って、テレビを見ている女が一人。ここからだと後ろ姿しか見えない。

 本日、恵那は友達の家で勉強するらしいし、母はキッチンに居る。つまりそいつは、千春と言う事になる。


 「よぉ千春。おはよう」

 「あっ英雄! おはよう!」

 …Why?


 「ちょっと待て沙希。何故貴様がここに居る」

 そこには、まるで自宅のようにリラックスしている沙希が居た。

 マジで最初びくって小便チビりそうになったぞ。 


 「えっ? だって暇なんだもん」

 「暇だからって、俺の家に来るな。俺の家は喫茶店じゃ無いんだぞ」

 「別に良いじゃん。今日は恵那ちゃんに、渡したいものがあったから、渡しに来たし」

 「渡したいもの?」

 俺は一度キッチンに向かい、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、コップを持って、ソファー近くにある椅子に腰掛けながら、沙希に問い返す。


 「ほら、恵那ちゃん、山高入りたいって言ってたでしょう? だから、私が中学の時に作った数学の公式ノートを持ってきたの」

 「へぇ~。そりゃあご苦労なこったぁ」

 コップに牛乳を注ぎ、一気に牛乳を飲み干した。


 「それで恵那には渡したのか?」

 「うん」

 ってことは恵那は沙希からノートをもらった後に、友達の家に向かったのか。

 まだ時刻は8時過ぎ。朝から頑張るなあいつ。


 「ってか英雄は練習じゃないの?」

 「今日は佐和ちゃんの用事の為、わたくし英雄は、休暇でございますよ」

 質問してくる沙希に対して、俺は椅子に腰掛けたまま、テレビを見ながら返答をする。


 「話は戻すけどよ。もう用事は終わったんだろう? なら帰れば良いじゃねぇか」

 「おばさんが、ついでだからって、朝ごはん作ってくれたの。だから今、食べ終えた直後」

 母上め、俺に対しては、休日の朝飯ぐらい自分で作れとか言ってるくせに、沙希に対しては、この優しさ。

 マジで、勘弁して欲しいぜ。


 「それに…英雄の顔もみたかったし…」

 「ん? なんか言ったか?」

 なんか俯きながら、ぶつぶつと呟く沙希。

 上手く聞き取れなかった。聞き取れたのは、「英雄の顔も見たかったし」ぐらいだ。


 「なんでもないわよ!」

 「そうですか」

 相変わらず急に大声を出してくる。ヒステリックかお前は。

 面倒くさいので、適当に返事をして、椅子から立ち上がり再びキッチンへ。オーブンに食パンを入れる。

 母上が休日絶対に俺に朝飯を作らないので、俺が作るという訳だ。


 「そうだ! 久しぶりだし、英雄の部屋に入れさせてよ」

 「はぁ? 無茶言うな。全然掃除してねぇよ」

 それに見られちゃマズいものもたくさんあるからな。

 恭平から貰った雑誌とか、恭平から貰ったDVDとか、恭平から貰ったおもちゃとか。

 まぁ恭平が関わっていると言う事は、つまりあっち系統のものだ。


 「やめときなさい沙希ちゃん。英雄の部屋、色々と臭いから」

 などと母上が、爆弾発言をしながら、沙希に麦茶を渡す。

 臭くねぇし! 一応、週に一度は、ティッシュをまとめて捨ててるし、毎日部屋の換気してるからな?

 ってか沙希、そんな冷たい目で俺を見るな。マジで母上の言った事、6割は嘘だから。


 「まぁ…見せてよ英雄」

 なんで、さっきよりも乗り気じゃねぇんだよ。

 そうだよ、男の子の部屋はたいてい臭いんだよ。それぐらい分かってくれよ。



 朝飯を食い終えて、俺の部屋へと招待する。

 終始沙希の視線が冷たかったが、無視しておく。


 「あれ? 意外に綺麗じゃん」

 部屋に入った沙希の第一声がそれだった。

 まぁ週に一度は、部屋掃除をしているからな。ぱっと見綺麗だろうよ。だがその実、隠し場所には恭平から貰った色んなものが仕舞いこまれている。見つかったら沙希からの冷たい目は不可避だろう。


 「あまりキョロキョロ見るな。マジで恥ずかしいから」

 と言っても俺の部屋にあるのは、敷布団と、それを入れる押入れと、パソコンが置かれた机と、全身が見える姿見鏡ぐらいしかない。

 部屋を広くする事で、自室でもシャドーピッチングなどの練習が出来るようにしているからな。


 「あれ? あれって…」

 そう言って沙希が指さしたのは机に置かれた一枚の紙。


 「ん? あぁそれか」

 それは中学三年生の誕生日に、沙希から貰ったプレゼントだ。

 俺の似顔絵らしく、貰ったときには、あまりの上手さに驚いたほどだ。


 「まだ持ってたんだ」

 「まぁな。沙希からの貰いものだし」

 そう言うと、沙希が驚いたような顔でこちらを見てきた。


 「わ、私からの貰いものだから?」

 「いや、さすがに人からの貰い物捨てられんだろう。それに、あれ以来お前からのプレゼントは、みんな形に残らなかったしな」

 高校一年生の時に貰ったのは、10円のお菓子で、高校二年生の時は映画のチケットだった。だから、こうやって形に残せたのは、この似顔絵だけだったわけだ。

 まぁ他の奴らから貰ったプレゼントも、ちゃんと保管してるけどな。


 「そっか。英雄ってそういうところ律儀だよね」

 微笑む沙希。自分が書いた絵を嬉しそうに見つめている。


 「私、こんな絵描いてたんだ。下手くそだなぁ…」

 「いや十分上手いだろう」

 「下手くそだよ。今ならもっと上手く描けると思う。いやでも…」

 そういって口ごもる沙希。

 ここで沈黙が訪れた。

 沙希は何も喋らねぇし、なんか頬を赤くしてるし、なにこの雰囲気。マジ勘弁。



 「英雄はさ、私のことどれくらい分かってるかな?」

 長い沈黙の後、沙希が質問をしてきた。

 こっちには顔を向けていない。壁の方を見ながら沙希が聞いてくる。


 「はぁ? なにが?」

 「私のこと。私の好きなものとか、嫌いなものとか、将来の夢とか、好きな人とか…。英雄はさ、私のこと、どれくらい知ってる?」

 再び沙希の質問。

 こいつ、急になんだよ。急にしんみりっていうかシリアス展開になってもついて行けねぇよ。


 「そんな急に聞かれて対応できねぇよ。俺はお前じゃないから、お前の全てなんか分からないし、分かりたいとも思わない」

 「…なんで?」

 なんだその返答は、岡倉かお前は。


 「別に家族でもなんでもないんだし、全て知る必要ないだろう。大体、全て知ったらそいつの底が見えて深みを感じられなくなるだろう」

 ミステリアスな所があるほど、人は深みを増す気がする。

 その人の全てを知ってしまったら、その人の限界や底ってのを感じてしまい、良さと言うか飽きてしまうというか、とにかく長続きできないだろう。

 そりゃ、少しづつ知り合っていくってのは大事だと思うけどさ。


 「…私さ、英雄が何考えてるか分からない時あるんだよね」

 ポツリと沙希が呟いた。

 その言葉を聞いて、俺はため息をついていた。


 「なんだよ。そんな事言いたいためにしんみりモードになってたのか。呆れた」

 「…なにそれ? くだらないみたいな言い方ね」

 やっと沙希が俺の方を見てきた。

 表情はムッとしてる。


 「いや、普通にくだらないだろう」

 沙希を呆れた目で見る。

 こいつ、何馬鹿なことを言ってるんだ。


 「何考えてるか分からないなんて他人なんだから当たり前だろう。俺だって沙希が何考えてるかなんて分からねぇよ。だけど、それは分かる事じゃないだろう」

 「そうだけど、私は…英雄のこと…もっと知りたい…」

 そうつぶやいて俺を潤んだ目で見てくる沙希。

 おいおいおい、なんだよその乙女な目は。勘弁してくれよ。哲也の好きな女と付き合うとか無理だからな俺。


 「俺のこと知りたいなら哲也にでも聞いてくれ。自分語りは好きじゃない」

 「…だけど私は、英雄の口から英雄のことを聞きたい。英雄が何を考えてるのか、好きなことは何か、嫌いなことは何か、将来の夢とか…好きな人の話とか…」

 マジでこういう状態に入った沙希は面倒くさい。

 俺は沙希とこういう話がしたいわけじゃない。


 「悪いが、自分語りはしないと決めてる。底を知られると困るからな」

 「…なにそれ」

 「男はな、いつだってミステリアスな感じの男に憧れるもんなんだよ。って事で分かってくれ沙希。もし俺のこと知りたいなら哲也に聞いてくれ。あいつは俺のあらゆる事を網羅しているはずだ」

 マジであいつは俺のことを良く知っている。

 面倒くさがりな所も、一つに熱中すると周りが見えなくなることも、部屋の間取りも、これまで好きになった女の子の名前すらもな。

 それぐらい長い付き合いだってことだ。


 「…英雄の口からは言わないんだね」

 「言わない。沙希には浅い男だと思われたくないんだよ」

 いつものように軽い調子で見栄を張ってみる。

 沙希は少し残念そうな顔を浮かべたあと、作り笑いを浮かべた。


 「そっか。じゃあ仕方ないか」

 「そういう事だ。男の子はいつだって見栄を張りたいのさ」

 こうしていつものように冗談でしんみりとした空気を吹き飛ばした。


 「それじゃあ、私はそろそろ帰るね」

 「そうか」

 話は以上のようだ。


 「野球頑張ってね」

 「おぅ、お前も美術、頑張れよ」

 沙希は最後まで作り笑いを浮かべていた。

 しかし、俺のことを知りたいとか言い始めるとは、困ったものだ。マジで女心は秋の空だな。さて、どうしたものか…。

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