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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
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70話

 翌日、朝7時にはホテルを後にして、下関球場へと向かう。

 今日は下関桜桃とのダブルヘッダー。おそらく十二月前最後の練習試合となるだろう。

 十二月に入れば、対外試合は禁止期間へと突入する。つまり練習試合ができなくなるわけだ。

 つまりこれが、今年最後の練習試合納めとなる可能性が高い。満足いく試合になるよう頑張ろう。


 9時には第一試合開始。第二試合が終わり次第、そのままバスに乗って我が山田市へと帰る。


 そういえば朝、恭平と大輔に、俺の顔を落書きされていた。

 朝の食事中に、佐和ちゃんと岡倉に笑われてしまった。恥ずかしい。水性ペンで書かれていたのが唯一の救いだ。

 だが恭平はしっかりとしめておいた。大輔は怖いので許しておいた。小心者の佐倉君である。



 バスで下関球場に移動中、佐和ちゃんが今日のオーダーとテーマを話す。


 「今日の試合のテーマは、下関桜桃の打線をどう抑えるかと、山口県内屈指の投手麻上の攻略だ。バッテリーは、打たれても最小失点で抑え、打撃は堅実な守備を破壊するくらい打ちまくれ!」

 「はい!」

 俺も真剣に聞きながら、自分自身へのノルマを課した。

 今回のノルマは、昨夜の哲也の言うとおり、フォアボールを削減するということ。中一日でまだ疲れが残っているし、今日は球数が増える三振狙いのピッチングよりも、打たせて取るピッチングで球数を減らす意識でいこう


 下関球場に到着し、グラウンドに入りアップを始める。

 何故か今日は、女子高生の観客が多く見られる。おそらく下関桜桃が原因だ。特にイケメンの麻上君目当てだろう。

 下関桜桃は共学になってまだ数年、男女比は女子のほうが多いらしい。共学初年度に比べればだいぶマシになったそうだが、それでも女子が男子より3割増ぐらいで多いそうな。


 下関桜桃の女子、中々可愛い子が多いな。

 あのちょっと髪を茶色に染めてる女の子可愛いなぁ。いや、その傍の黒髪を三つ編みにしている子も良いなぁ。


 「英雄。意識が散漫してるよ?」

 外野の芝生上で柔軟運動をしながら女子高生を見ていると、背中を押す哲也にそんな事を言われた。


 「いやぁ、なんで今日こんなに女子が多いんだろうな? 俺のファンかな?」

 「ファンかは知らないけど、あの制服は下関桜桃高校の制服だよ。野球部を応援に来たんじゃない?」

 やっぱり応援か。良いなぁ、我が校の女子生徒も応援に来ないかな。

 まぁ遠路遥々、山口県まで来て、応援する訳が無いか。


 「制服が可愛いなぁ、下関桜桃って」

 「僕はそう言うの分からないけど、恭平がやけにモチベーションが上がってるっぽいし、良い兆候じゃないかな?」

 恭平の場合は、モチベーションが上がりすぎて、調子に乗って三振ばっかするからな。悪い兆候な気がする。



 第一試合が始まった。先発は亮輔。

 おそらく、今日の下関桜桃戦で一番のテーマは、亮輔の成長だろう。


 ストレートも含め、7球種も投げれる亮輔だが、甘く入った球を痛打されてしまうのが、亮輔の投球パターンだ。7球種もあるがまったく使いきれていない。

 この七色の変化球がコースに決まり始めたら、亮輔の投球の幅が大きく広がりそうなものだが…。


 今日の試合も、やはり甘く入ったスライダーを痛打され、先制点を許してしまう。

 打撃陣は俺と大輔が抜けているが、四番龍ヶ崎と、五番中村っちで得点を挙げる。



 試合は4対4の同点のまま八回へと入る。

 ここで亮輔は、カーブをレフトスタンドまで運ばれた。

 カーブは、亮輔のたくさんある球種の中でも、一番決め球として活用している球だ。


 今までカーブ以外の球種を痛打されることは多々あったが、カーブだけは、今まで痛打されたことがなかった。

 それがスタンドまで運ばれた。これはもう交代だな。


 案の定ここでピッチャー交代。ライトの龍ヶ崎がピッチャーに入り、ライトに大輔が向かっていった。

 マウンドから降りて戻ってくる亮輔。その表情は優れない。

 自分の決め球をホームランにされちゃ、表情も暗くなるよな。


 「お疲れ亮輔。まぁ打たれて戻ってきて、さっそくこんな事を言うのは、アレなんだがな」

 亮輔がベンチに戻ってくるなり、佐和ちゃんが切り出す。


 「お前が覚えた無数の変化球は、打たれるために覚えたものなのか? もしそうなら、これからは投げるな」

 辛辣な言葉が亮輔にぶつけられた。


 「…監督、自分は抑えるために覚えてます…!」

 佐和ちゃんの言葉を聞いて、亮輔は普段見せないような怒った顔を浮かべて反論した。


 「だが結局の決め球はカーブなんだろう? そんなのおかしいじゃないか。抑えるためなら、決め球は全ての球種じゃないのか?」

 佐和ちゃんの言葉。なんとなく理解できる。

 軟投派投手は的を絞らせないために、変化球をたくさん持ち、それを上手く駆使して抑える。それなのに、これが決め球! としていたら、それを狙われるのがオチだ。


 「前々から思っていたが亮輔。お前はカーブに頼りすぎている。練習中の投げ込みでも、他の球種を疎かにし、カーブに関しては、とことん納得するまで投げてるだろう? だから他の球種が、ここぞと言う場面で使えないんだ」

 確かに中学の頃から、亮輔はカーブを武器にしていた。

 ってか、元々はストレートとカーブを配球にしたピッチングだった。いつからか色んな球種を覚えていった気がする。


 「球種がいくら多くても使えないんじゃ意味がない。むしろ哲也にリードの事で頭を悩まさせるだけだ。それなら使わないほうがいい。どうする? このまま軟投派ピッチャーを目指すか? それとも球種を絞っていくか?」

 佐和ちゃんの問い。

 それに亮輔は少し考えてから口を開く。


 「自分は軟投派ピッチャーを目指します」

 決意のこもった亮輔の一言。

 これは適当に言った言葉じゃないだろう。俺が察したのなら、佐和ちゃんも察したはずだ。


 「そうか。ならまずは、困ったらカーブと言う考えを直せ。他の球種もしっかりと磨いていけ。軟投派の武器は、ここぞという場面で投げれる球種を複数持ち合わせている所だ。今のままじゃ軟投派とも言えない半端なピッチャーでしかない」

 佐和ちゃんが亮輔を説教する。

 その上で、軟投派ピッチャーとはどうあるべきかを伝え、どうなるべきかを指し示す。


 「いいか亮輔! 英雄に勝ちたいなら、決め球はカーブと言う概念を捨てろ! 龍ヶ崎に負けたくないなら、他の球種も磨け! 以上だ!」

 「はい!」

 最後の佐和ちゃんの力強い声に、亮輔も声を張り上げて返事を返した。

 おいおい佐和ちゃん。龍ヶ崎に負けなくても、俺には勝てないぜ。

 ともかく、これで一皮剥けるかは、亮輔次第か。


 試合はその後、三番手龍ヶ崎が3失点し、8-6で敗北。

 途中出場の大輔は、ちゃっかりホームランを打っている。化け物め。



 下関桜桃との2試合目、今度の先発は俺。


 相手の先発は、山口県内屈指の好投手と評判のエース麻上君。

 野球部のくせに髪を伸ばし、そしてイケメン。うぜぇ! 女にモテる奴は爆発しろ!


 麻上君、不真面目な高校球児に見えるが、実力は本物だ。コーナーに決まる最速137キロのストレートに、右打者なら逃げるように見え、左打者には向かってくるように見える、大きく曲がるスライダーなど、攻略するのは困難だな。


 亮輔と龍ヶ崎から8点も取った相手打線のスタメンは、2試合目もまったく変わっていない。つまり下関桜桃のレギュラー陣。相手として不足はない。

 そうして試合が始まった。



 んで、試合は順調に消化されていき、現在八回。

 はい、我が校が6対0で勝利してます。


 いや、ね。確かに麻上君は凄いんですよ。俺なんか全打席空振り三振ですよ。

 でもね。大輔が馬鹿なんですよ。まるでプロ野球選手が、金属バット持って打席に入ってるようなもんなんですよ。


 初回に一番耕平君のフォアボール、二番恭平のデッドボール、三番龍ヶ崎のレフト前ヒットで満塁となった場面で四番大輔登場。

 いまいち調子の悪い麻上くんの初球。

 甘く入ったスライダーを、センターにある得点ボード直撃の満塁ホームランで先制。


 さらに三回にもスリーベースヒットを打ち、六回にはノーアウト一塁で、カウント1ボール2ストライクからの、外に逃げるスライダーをライトスタンドまで運び、今日二本目のホームランで2点追加。


 しかも現在八回の攻撃でも、大輔は三遊間を抜くセンター前ヒットで出塁している。

 んで、打席に居るのは俺。3打数ノーヒット3三振と、良い所が無い俺。

 麻上の左打者に向かってくるスライダーに完璧に抑え込まれている。情けない。



 まず初球、アウトコースへのストレートを打ち損じてファール。

 追い込まれたら、内に向かって来るスライダーが来る。あんなの打てやしない。

 狙うなら今、麻上の球種はストレート、スライダー、チェンジアップ。

 初球はストレートだし、来るのはチェンジアップか?



 二球目、インコースへのストレート。俺は打てず見送る。はい、球種読み間違えました。本当にありがとうございます!


 「ストライク!」

 球審が声を張り上げた。

 クソが、追い込まれちまった!


 「英雄! 普通に来た球を打て!」

 一塁ベースから大輔が声を出す。

 馬鹿野郎! てめぇみたいに、来た球を打てるわけねぇだろう!

 ってか、長嶋茂雄かおめぇは! もうちょっと具体的なアドバイスを送りやがれ!


 そして三球目、案の定スライダー。

 見事に空振り三振する俺。ははっ…4打数4三振とか、クソかよ俺…。


 「何故ピッチングは天才的なのに、バッティングは壊滅的なのか…」

 ベンチに戻ったら佐和ちゃんが独り言のように呟いている。

 壊滅的言われているが、これでも大輔が居なければ四番を張れる自信はある。ってか普通に中堅校の四番クラスのバッティング技術はあると自負しているぞ。


 ただ大輔と言う、打撃の天才が居る以上、五番に甘んじるしかない。

 奴を越えるという事は、ピリオドの向こうに行くことと同意義だ。話にならんし次元が違う。

 おそらく大輔は、プロに行っても活躍し続けるだろう。

 もしこいつが、リトルリーグの頃から野球をしていたら…。どれほど化け物になっていたのだろうか。

 まぁ今でも十分化け物だけど。



 バッティングは駄目な俺だが、ピッチングは昨日に続き冴え渡るほどに絶好調である。

 破壊力のあるパワフルな打線と評判の下関桜桃を、被安打5の13奪三振の好投。

 ストレート一本でも十分抑えられるが、ストレートと同じスピードから鋭く変化するスライダーと、ストレートとの緩急差が大きいチェンジアップで、追い込んでから面白いように空振りを奪える。

 そこらのチームなら余裕で抑えられるぐらいには実力をつけてきたな俺。


 試合は、このまま6対0でゲームセット。我が校の大勝。

 麻上がここまで打たれるとは、予想だにしなかった下関桜桃ナインは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 なによりも、こっちの選手はたったの12名。そんな奴らに負けたのだ。悔しさよりも、呆然とするだろう。まさに少数精鋭である。


 今回の遠征試合は、2勝1敗と言う結果で山口県を後にする。

 佐和ちゃんは組めれば、あともう一回遠征をしたいそうだが、果たして間に合うのだろうか?

 そして明日からは学校。あぁ鬱だ…。

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