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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
4章 春はまだ遠く
70/324

69話

 試合はすでに中盤戦へと突入している。現在、初回に3点を先制した我が校がリードを保っている。

 初回に、一番耕平君のライト前ヒット、二番恭平のセンター前ヒット、三番龍ヶ崎のライトオーバーのタイムリースリーベースヒットで2点先制。

 さらに大輔凡退後のワンアウト三塁で、俺のライトへの犠牲フライで1点追加しており、これがここまでの山田高校の得点だ。


 二回以降は、俺らより前に行われた練習試合で登板しているエースの松西の登板で、完璧に抑え込まれている。

 相手としては、緊急事態だろう。


 山田高校なんていう無名校から3点も取られるなど、強豪校にはあってはならない事だ。特に他県の代表する強豪校の前ではな。

 吉永も決して悪い投手ではなかった。彼だって油断はしていなかっただろうが、3点も取られたのだ。

 松西は今日、一度登板しているっぽいので、登板は控えていたのだが、緊急登板でもしっかりと抑え込んでいる。さすがプロから注目されているだけある。



 我が校に対して柳田学園の攻撃。

 守備と投手力に定評のある柳田学園だが、打撃に関しては、強いという噂は聞いたことがない。

 だが、ランナーを出塁すれば、手堅く送りバントなどをしてくるので、そこらの高校の打撃陣よりは、しっかりしているだろう。


 その柳田学園の打線は、未だに俺からヒットを打っていない。

 五回の柳田学園の攻撃を終えて、11奪三振の四死球1と言う、パーフェクトすぎる成績だ。

 正直打撃力は目も当てられない。これならいくらでも抑えられる自信がある。



 五回の裏、ツーアウトとなったが一塁にランナーを置き、ここで四番の大輔。

 だったが、相手エース松西の前になすすべなく空振り三振で終わった。


 今日の大輔は不調だ。

 一打席目は見送り三振。二打席目は空振り三振と、ボールにすら当てていない。

 だからと言って、大輔は悔しがる素振(そぶ)りを見せない。


 「大輔! 不調だな!」

 ベンチに戻ってきた大輔に冗談っぽく声をかける。


 「不調になったりするのは人として当たり前だ。こういう時は味方に任せるさ」

 特に気にしていないように大輔は言いながら、ヘルメットとバットを置いた。

 大輔の凄いところは、ホームランを打てるのに、ホームランを狙わないと言うところ。チームプレイに徹するというか、サインが出れば送りバントだって平気でするだろう。

 なんというか、打撃に欲がない。だからこそ、化け物じみた結果を残せるんだろうけども。



 六回の表、柳田学園の攻撃。

 この回、フォアボールでいきなりランナーを出塁させてしまう。

 ヒットこそないが、フォアボールはこれで二つ目。今日はボールの球威は十分だが、制球がイマイチだ。力で抑えるピッチングとなっている。


 続くバッターはバントの構え。

 簡単に送りバントさせてやるのも忍びない。厳しいコースを攻めて転がしづらくさせてやる。


 初球ファールからの二球目のボールを打ち上げた。

 それを哲也がキャッチしてバント失敗。


 ワンアウトから続くバッターも送りバントの構え。

 それにしても残り4イニングしかなく3点差だというのに送りバントでチャンスを広げようとするか。

 俺からヒットを繋いで得点に結びつける自信がないのだろうか。

 だとしたら、認められているということだし、素直に嬉しいな。


 初球、力のある速球をインコースへと投げる。

 それにバットを当てるも、勢いは殺せず俺の前へと勢いよく転がる。


 さぁ、問題のフィールディングだ。

 どうなるだろうか俺?


 「英雄! 無理せず一つ!」

 「オーケー!」

 哲也の声に返事するように声をあげて、まずは勢いを殺せていない打球を処理する。

 そして一度二塁を確認する。無理せずここは一塁。


 ファーストの亮輔へと視線を向ける。

 一瞬、かつてのミスがフラッシュバックしたが、体は強張ることなく、練習通りボールを投じていた。

 矢のような速球が、亮輔のファーストミットに収まり、鳴き声のようなミットの音が響いた。


 「英雄! ナイス!」

 哲也の掛け声。それに俺はニッと笑いながら手をあげた。

 フラッシュバックしたという事は、まだトラウマとして残っているんだろう。だが体が強張る事も、緊張することも、呼吸が乱れることもなかった。

 俺の野球に対する気持ちの変化のおかげだろうか? まぁ今は3点リードの上、チームメイトを信頼し、なにより練習試合だ。

 そこまで責任を背負うような状況でもない。

 なによりたった一度の成功で、トラウマ克服なんて言えない。


 「おぅ! この調子でどんどん行くぜ!」

 だが、あの日の悔しさを少しは晴らせた気がした。



 六回ツーアウトとなり、ラストバッターを空振り三振に打ち取って、俺はマウンドを駆け下りた。


 「すげぇな英雄! 六回奪三振12か。今日のお前は何か違うな」

 ベンチに戻ってきた俺に佐和ちゃんが嬉しそうに言ってきた。


 「だがボールが乱れがちだな。普段に比べて集中しきれてないな?」

 そこは図星だ。

 今日の俺は、どこか腑抜けと言うか、気が抜けている。

 集中しきれていないという言葉が的を射たものだ。

 

 それもこれも、普段に比べて抑えようという気概がないからだろう。

 相手は強豪校。いくら相手打線が貧弱と言っても、いつ爆発するか分からない。

 打たれても良いと思いながら投げているから、普段よりも集中しきれていないのかもな。


 「ピッチングでも活躍してるんだし、バッティングも決めてこい!」

 そう佐和ちゃんに送り出される。

 前の回は四番大輔で終わったので、この回は五番バッターの俺からの打順。

 なんとか出塁して点差を広げたいところだな。


 だが、あっという間に抑えられて、サードゴロで終わった。

 改めて全国レベルのピッチャーの凄さを目の当たりにした。松西のボールキレキレだわ。

 しかし、今日のピッチングなら、松西なんかに負けてないぜ!!


 残り三回もぴしゃっと抑えてゲームセットだ。



 「ありがとうございましたぁーー!!」

 それから数時間後、グラウンドには山田、柳田学園両校の選手の声が響いた。試合終了だ。

 ナイター照明が付いた明るい球場内のグラウンドでは、両校が相手の健闘をたたえ合い握手しあう。


 「ナイピー!」

 「そっちこそ」

 俺は松西と握手する。

 今日の試合、松西が先発していたら激しい投手戦となっていたな。本当リリーフで登板してくれて良かったぜ。


 日は傾き、西の空にも夕暮れが無くなり始める時刻。

 試合結果は3対0で我が校の勝利。

 俺はと言うと九回を投げて、被安打1の奪三振が16。四死球は4だ。


 「今度は甲子園で会おう」

 「あぁ! 次は負けねぇぞ」

 松西と甲子園での再戦を誓う。

 同じサウスポーとして、来年の夏に大会ナンバー1サウスポーをかけて投げ合いたいものだな。



 「今日は英雄様様の日だったな。明日も頼むぞ!」

 試合後、佐和ちゃんからの一言。

 明日は下関桜桃とダブルヘッダー。

 一戦目の先発は亮輔。二戦目が俺となっている。


 今日のピッチングは完璧ではなかった。確かに奪三振は16で被安打はわずか1。だがフォアボールが多すぎる。

 まだまだフォアボールは削減出来る。明日は丁寧に投げていこう。


 ちなみに、今日の大輔は4打数無安打で終わった。

 だが大輔は一切悔しそうな顔を浮かべることはなく、「腹減った」だの「晩飯はちらし寿司食いてぇ」だの相変わらず食事の事を考えていた。



 柳田学園との一戦後、ビジネスホテルに向かうバスの中で、俺は寝てしまい、そして夢を見ていた。


 夢の内容はこうだ。

 ベンチで泣いている岡倉。それを見て馬鹿にする坊主の男達。俺がそいつらの間に入り、「全員三振にしてやる!」と豪語。

 その試合で、俺は見事に全打者三振。子供のようにジタバタする坊主の男達の中で、何故か岡倉と抱き合う俺。そしてシーンは変わり、何故かベッドシーンに発展する…と言う夢を見たのさ。


 朝じゃないのに、マイベビーが起きている。

 まさか岡倉とズッコンバッコンする夢だけで、我が息子が反応するとは…俺、どんだけ性欲溜まってるんだ。

 流れる車窓風景を見ながら、俺は夢のことを思い出していた。いや、岡倉とあんなことやこんなことしたシーンじゃない。その前の坊主の男達と対決したシーンだ。過去に似たような事があった。


 中学二年生の時の事だ。学総体も終わり、一年生と二年生だけの新チームで行われた最初の練習試合。

 そのチームの選手達は、同じ部員の女の子に対し「女子は体力がないから野球するな」とか「雑務してろ」とか、とにかく馬鹿にしてたわけよ

 それを見て、俺思わずその女の子かばっちゃったのよね。別に女の子を助けたかったわけじゃない。あの時は単純に性別で野球していい、しちゃ駄目って決めつけているそいつらを許せなかったんだ。


 「お前らみたいに、性別で野球出来る出来ないって言ってる奴に、俺からヒットを打てるわけがねぇ」

 試合前にそんなことを言ったはずだ。

 その試合、確か14奪三振の被安打0に抑えていたはずだ。まさにヒットを打たせなかった。


 試合後、その女の子に感謝された気がするが、あまり覚えていない。

 馬鹿にされてもめげずに頑張れとか、女の子でも頑張ればプロ野球選手になれるんだぜとか、そんな応援をした気がする。

 名前も聞いたはずなのだが、まったく思い出せない。もちろん顔もだ。



 「ねぇねぇ英ちゃん英ちゃん!」

 「なんだ?」

 俺の前の座席に座る岡倉が話しかけてきた。

 夢の一件もあり、出来れば相手したくない。こらやめろマイサン、反応するな。さすがにパパ怒るぞ?


 「今日も英ちゃん凄かったね!」

 「凄いかぁ? 俺気付いたら試合が終わってたんだけど」

 「凄いよ凄い!」

 そう岡倉は俺を褒めちぎる。


 「ガキかてめぇは…まったく」

 まぁ褒められて悪い気はしない。

 そんな感じで岡倉と会話をする。


 しかし岡倉、何故ここまで俺に話しかける。

 俺に気があるのか? っと言っても、こいつに何もした覚えは無いぞ。


 ただ酢豚にパイナップルを入れるか入れないかを論争して知り合い、その後定期的に話しはしたが、彼女が俺に好意を寄せるような事はしていない。

 今だって部活の仲間と言う関係ぐらいだ。俺のことを好きになる理由は皆目見当もつかない。


 こいつ、本気で俺の事を好きなんだろうか? いや告白未遂何度もされているし、さすがにこれで気づかないほど、俺は鈍感じゃない。

 だけど、好きになった理由はまったく分からない。

 一目惚れなのか? まぁふわふわした岡倉ならありえそうな気がしないでもないが…。

 まぁいい。あんまり深く考えないようにしよう。



 宿泊するホテルへと到着し、部屋割りがされる。

 2人1部屋、ただし岡倉は1人で1部屋を使う。

 佐和ちゃんや佐伯っちですら、2人で1部屋なのに。


 俺は哲也と同じ部屋。

 っという事で、寝る前に哲也と今日の試合の反省会。案の定怒られた。


 まず4つのフォアボールについてだ。

 4つのフォアボールのうち、2つは追い込んでから許したフォアボール。それについて、こってりとお説教されました。

 集中しきれていなかったのは自覚していたが、いざ他人から指摘されると悔しいものがある。

 明日はしっかりと集中して投げなければな。



 1時間ほど説教を食らい、くたくたになった俺は、逃げるようにスマートフォンを開いた。

 メール受信が11件。…多すぎる。

 そのうち3件は、登録しているサイトなどからのメール。残りは友人から。うち7件は、中学のときからの友人や、知り合い。残りの1件は沙希から来ていた。


 まぁ沙希からのメールの文面は、今日の練習試合について。

 遠征試合をすると言っていたから、気にしていたのだろうか?

 ちなみに哲也にも届いていた。俺の文面より素っ気無かったがな。ドンマイ哲也、頑張っていこうぜ。


 風呂上りに、哲也と軽い柔軟体操とストレッチをして、まだ9時と言う早い時間には布団に潜る。

 遊びに来た恭平と大輔は無視して、俺は寝た。

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