68話
山高祭を終えて、最初の土曜日。
我が山田高校野球部は、貸切バスに乗りはるばる山口県に遠征していた。
どこから遠征費が出ているのか、俺達の部費だけじゃ、バスなんて借りれないだろうし、ホテルにも泊まれないだろう。
佐和ちゃん、一体どんなことしているんだ…!? と思ったら、校長が特別に野球部だけ予算を多めにしてくれたそうな。
校長いわく「これは出世払いだ。ちゃんと甲子園に出場して学校を盛り上げろよ」だそうだ。マジであの人、お祭り事好きだな。
とにかく校長の粋な計らいで、こうして遠征に出ているわけだ。
遠征は今日から1泊2日。
相手は、山口県の強豪の一角である柳田学園と、ここ数年目覚しい成長を遂げる山口県のホープである下関桜桃高校の2校と戦う。
柳田学園は、今年の春の中国大会優勝校であり、夏の山口県大会準優勝校でもある。秋は宇部水産に県の決勝で1対0で敗れ、地方大会では、初戦で島根の浜野に2対1で敗れている。
守備と投手力に定評があり、特に守備は、春の山口県予選の初戦から、現在までの公式戦での連続無失策が続いており、高い守備力は中国地方どころか全国でも指折りと評判だ。
投手は、右の須山、左の松西の二枚看板に加え、サイドハンドの吉永、アンダースローの秋本など、豊富な投手陣を誇っている。
続いて下関桜桃は、ここ数年で急に県大会上位に名前を残し始めた高校だ。
5年前までは、桜桃学園女子という女子高だったが、男女共学となり、名前も所在地の下関が付き、下関桜桃と言う名前になった。
チームスタイルは打撃をモットーにした打ち勝つ野球。
毎年、破壊力ある打撃力が目立ち、大味な試合展開はある意味有名だった。
しかし今年は、どうやら一味違うようで、守りの堅さも目立つ。
そんな下関桜桃は、今年の夏の大会では、チーム初となるベスト4に顔を出している。
毎回大味なバッティングぐらいしか持ち味のなかった学校だが、今年は守備力に加え、昨年からエースナンバーを背負う2年生の麻上が県下屈指の好投手と評判だ。
破壊力あるパワフルな打撃力に加え、堅い守りと好投手。来年の夏の大会では甲子園も狙えるだけの力を持っているだろう。
そんな二校と戦う訳だが、今日、山口に付くのが午後1時、その後、アップを始め、2時半から柳田学園と練習試合が行われる。
柳田学園は、俺達と戦う前に、福岡の強豪北九州短大付属高校と広島の強豪承徳高校と練習試合をしているそうだ。
その為か、ギャラリーが多い可能性が高いとの事。
勝てば山田高校の評判は一気に広がるのではないかと佐和ちゃんは言っていた。
そんな大事な一戦に、わたくし英雄が先発ピッチャーを務める事となった。
オーダーは特に変わっていない。
一番センター耕平君、二番ショート恭平、三番ライト龍ヶ崎、四番レフト大輔、五番ピッチャー俺、六番サード中村っち、七番ファースト亮輔、八番キャッチャー哲也、九番セカンド誉。
ここ最近のベストメンバーだ。
佐和ちゃんは、本気で名門校に勝つつもりだ。
「柳田学園を倒せば、各県の強豪校にも、その評判は伝わるはずだ。上手く行けば、練習試合のオファーが出来るかもしれないからな。英雄! 今日は死ぬ気で抑えろよ!」
なんて激励を佐和ちゃんに、バスの中でされた。
その激励、応えてやりますよ。
バスは、下関球場前に止まる。
俺達はついに山口の地に降りたった。
球場の向こうからは、試合をしていたと…と言う熱気が感じ取れる。
その熱気が、くすぶっていた俺の闘争心を煽る。
「…柳田学園か。面白そうだな…」
思わず呟いてしまうほどの楽しみだ。
まるで、遠足前日の夜に眠れないガキのように興奮している。まだかまだかと心が急かす。
早く試合がしたいな。
球場入りし、一通りアップを終えて、ベンチに集合する。
先程まで試合をしていたであろう北九州短大付属の選手と承徳の選手が、それぞれ一塁と三塁のスタンドに陣取っている。
山田高校の噂はどこまで伝わっているのだろうか? 少なくとも広島東商業と同じ地区に所属する承徳には伝わっているかもしれないな。
ベンチ前で円陣を組んで、佐和ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「さぁ格上との試合だ。この前の浅井農業とは格も実力も違う。まさに強豪校という名前にふさわしい学校だ。だが甲子園優勝を目指すならば、こういう学校を倒していかなければいけない」
佐和ちゃんが選手たちを一人一人見ながら、意志のこもった声をぶつけてくる。
その言葉に自然と選手たちから笑みがなくなっていく。
「志は高く持て! 今日の試合胸を借りるつもりで挑むな! むしろ胸を貸してやるぐらいの意気込みで挑め!」
「はい!」
選手たちは声を張り上げて返事をする。
いいぞ佐和ちゃん、やっぱり名門校との試合はこうやって気合を引き締めないと…あれ? なんか不満げな顔をしている。
「…おい恭平。なんでお前まで真面目な顔をしてんだ」
「はい?」
「お前のことだから、胸って発言で興奮して話の腰を折ってくれると思ったんだがなぁ」
何を言ってるんだこの人は…。
「ちょっと緊張しすぎだぞ。これじゃあ東商戦と同じ結果になるぞ。気持ちを楽にしてけ」
あ、そういうことね。
確かに恭平が騒いでくれれば、自然と部員たちの緊張も解けるだろう。
その上で恭平が興奮しそうな発言をしたわけですか。
「佐和先生。見くびらないでくださいよ。俺が胸程度の言葉で発情するわけないでしょう。ガキじゃあるまいし」
呆れたように鼻で笑う恭平。
お前、警察って単語から婦警にエッチな聴取されたいとかいってたくせになに言ってんだ。
溜息をついた佐和ちゃんは、続いて俺を見た。
「英雄、奴らを抑える自信は?」
佐和ちゃんが俺へと聞いてくる。
「はい? そうですね。相手は名門校なので、打たれるだろうし、失点はすると思います。でもチームプレーで勝ちたいです」
「ほぉ…。お前が強気発言をしないとはな」
「東商の試合で、散々全国の壁って奴を教えられましたから」
そう一言、俺は答えた。
こうして、俺たちはベンチ前で整列する。
「集合!」
球審の声で、ホームプレートを挟んで、両チームが整列する。
そして一礼して、相手に挨拶をし、俺達はグラウンドへと散らばった。
一塁側のスタンドに北九州短大付属の選手一団、三塁側のスタンドに承徳の選手一団。そしてバックネット裏席には、高校野球ファンらしきオジサマがたと、ところどころビデオカメラで撮影している方も見られている。
まぁさっきまで強豪校同士の試合をしてたんだし、カメラで撮るのも分かりますけどね。
「最高すぎかよ」
こんな状況、余計に興奮しちゃいますよ。
投球練習をしながら、今日の球の調子を見る。
最高に良い状況だ! まぁ最悪なんてのは、俺の辞書には存在しないけどね。
「いっかーい! 楽しんでこー!!」
哲也の声が球場に木霊すると同時に各ポジションの選手たちが返答する。
俺はと言うと、ロージンに一度触れ、触れた指に息を吹いた。
「打てよ柿崎!!」
「バッチ打ってこうぜ!」
「初球から狙ってけよー!」
相手ベンチから応援が聞こえる。
だが、その声もまもなくシャットダウンされる。
ただ見つめるのは哲也のサインとミットのみ。
初球はインコースへのストレート。
ゆっくりと頷き、自身の最高の一球を投げるために、俺は自分の体を動かす。
投げるまでの間の動作に何一つとして問題はなく、異常は感じられない。間違いない絶好調だ。
そして、哲也のミット目掛けて第一投を投じた。
乾いたミットの音が一瞬にして響く。
バッターは目を見開き、俺を見ている。
その表情を確認して俺は緩みそうな口元を堪えた。
そこからは良く覚えていない。
気付いたら哲也が、ガッツポーズをしてから俺に返球して、ベンチに戻っていって…。
相手ベンチから選手たちが飛び出してて、打たれた記憶が無いままベンチへと降りた。なんか岡倉みたいにふわふわしている。
「なぁ~にが、打たれるし、失点はすると思いますだ! 三者三振じゃねぇか!」
三者三振? 俺が?
「英雄、今日はストレートが走ってるよ。こんなに速く感じたのは初めてだったもん」
哲也が嬉しそうに話す。俺…そんな球投げたっけ? 全然体が満足してねぇ。
「俺が後ろから見てても、今日の英雄の気迫は、凄まじかったぜ!」
恭平がニヤニヤしながら話す。俺が? 別に無心で投げていただけだ。
「英ちゃん格好良かったよ!」
岡倉が嬉しそうな声を上げながら話す。
まだ満足して無いのに、なんで褒められないといけないんだ?
あーなんだこれは? 全然体が満足してないし、投げた気持ち良さがない。
試合前あんなに興奮していたのに、今は凄い冷めてしまっている。そのせいか周りとの温度差を感じて余計に冷めてしまう。
「さぁバッティングだ! 相手の先発は三番手の吉永だ! 積極的に打ってけよ!」
「はい!!」
一同の声。少なくとも強豪校相手でも怯んでいない。
「ふぅ…」
俺は一度息を吐いた。
緊張もしてないせいか、気が抜けすぎていないか心配だ。
調子自体は悪くないんだし、別にかまわないのだが、うーん、こうも打たれる抑えるって言う勝負をしている感じがないと闘争心もなくなっていきそうだ。
こんな感じで、我が校と柳田学園との試合が始まった。




