66話
文化祭二日目。
昨日の一般客も入った文化祭は大盛況だった。
我がクラスの出し物であるケーキ屋クマさんも、途中で売り切れになってしまい、男子どもが出荷してくれたケーキ屋に買出しに行かされた程だ。
そして本日は、生徒のみの山高祭。
昨日のような混雑は無いが、生徒だけと言う安心感の中で開催されるわけだ。
俺は誉と二人で回ることにする。哲也は二日続きで仕事をしている。真面目か。
そういえば昨日、夜に電話が来たと思ったら、恭平からだった。電話の向こうで、恭平がしくしくと泣きながら、色々と失ったと語っていた。だが、貞操は守ったとかほざいていた。
その恭平は、朝から灰のように白くなっていたので、ほうっておく。
「なぁ英雄。A組の出店に行かないか?」
誉が聞いてくる。十中八九、鵡川のメイド姿を見たいためだろう。
「やだ。面倒くさい」
「なんでだよ? メイド版鵡川が見れるんだぞ? 行こうぜ!」
そう満面の笑みを浮かべる誉。良い笑顔だ。
正直者は救われると言うが、こいつは正直者過ぎて救われない気がする。
「俺はやだよ。面倒くせぇ」
「昼飯おごってやるよ!」
「よしっ行こう! 今すぐ行こう!」
昼飯に釣られてしまう弱い俺だった。
と言う事で、男二人で、A組のメイド喫茶へ。
そしてA組の出し物が行われている1年生教室へとやってきた。
メイド喫茶エーミン。おそらくA組のAをかけてこの名前にしたのだろうが、どう見ても不吉だ。
「行こうぜ!」
「お、おぅ」
なんか二度と目が覚めなくなりそうな気がする。
俺の気のせいか…。
「お帰りなさいませご主人様♪」
教室に入るなり、A組の女子に挨拶される。
ぐほぉ! メイド服は斬新で、衝撃がデカいぞ!
しかしこの女子生徒、ノリノリである。
「お帰りましたご主人様です!」
にやけながら挨拶を返す誉。
こやつもノリノリである。
ってことで、女子生徒に案内されて席についた。
そして渡されるメニュー。
「さて英雄…何にするか?」
「凄いな…こいつは…」
目の前に広がるメニュー表。そこは、ぼったくりの楽園でした。
最低価格が、ストレートティーの1050円だった。ありえねぇ。消費者庁も助走をつけて殴りにくるレベルだぞこれは。
「文化祭でこんな事をやって良いのか?」
誉がぶつぶつ言っている。さすがに文化祭で1050円ってのは、酷いにも程があるぞ。
「これは許せねぇ! ぼったくりだ! 訴えてやる!」
馬鹿騒ぐな誉!
「なにかお困りでしょうか? ご主人様?」
ふと、男らしい野太い声に、俺達はその声の主を見る。
そこには、純白のエプロンを身にまとい、カチューシャを頭に乗せた、褐色肌の大男が居た。つまり大輔だ。
思わず、誉と俺が同時に噴出し笑ってしまう。いやだってありえねぇだろ。いくらなんでも大輔似合わなさすぎだろう。
「当店で騒ぐのは、他のお客様の迷惑となります。静かにお願いしますわご主人様」
もう仁義なき戦いを連日やってるヤクザかのように、ドスの効いた低い声で言う大輔。
なのに格好はメイド姿…そんなシュールな姿に、俺達は笑いと恐怖の感情に埋め尽くされた。
「そ、それじゃあメイド様、ご注文してもよろしいか?」
「オーケー英雄。じゃあ頼むぜ」
そういって注文用紙を取り出す大輔。
「…じゃ、じゃあ…僕はストレートティーにしようかなぁ~…」
あまりの大輔の威圧感に、誉は敗れ、一番安いストレートティーを頼む。
そう言えば、誉に昼飯をおごってもらえるんだったな。ならば…メニュー表を瞬時に見て、一番高そうなのを選ぶ。
「んじゃ俺は、ハイパーデラックスゴージャスケーキフルーツ和えってのを注文するわ」
ハイパーデラックスゴージャスケーキフルーツ和え。お一つ6120円。
もうどう考えてもぼったくりだ。A組今に訴えられるぞ。
「んん~? 英雄君。ふざけた事言ってると、本気でぶっ飛ばすよ?」
満面の笑みで、俺を睨む誉。目は笑ってない。殺意が感じ取れる。
さすがに怖い…
「じゃあ以上で」
わけがない。誉ごときでビビってたらエースなどやってられん。
「英雄!! いくら昼飯おごるからって、そりゃねぇだろうが!! ぶっ飛ばすぞ!」
俺の態度にブチ切れ、机をたたく誉。俺はのんきに、窓から見える景色を見ながら「良い天気だな~」と、しみじみしながら呟く。
「おい誉、お前がぶっ飛ばされるかもしれんぞ?」
ここでドスの効いたメイド服の大輔が、誉に優しく問いかける。
やべぇ…こえぇ…。さすがの俺もちびるね。いやマジで。
誉は大人しくチョコンと座る。目から涙がこぼれている。
いつか借りを返さなければな。とりあえずはありがとう誉。
「悪い、俺トイレ行ってくるわ」
そう一言、誉が言い残して早5分。遅い。
ってか、まだ注文した品が来ない。遅いと文句を言えば、大輔にぶっ飛ばされそうなので、ここは我慢する。
「遅くなって申し訳ございません…ご、ごしゅじんさま?」
やっと来た。暇つぶしにスマートフォンでニュースを見ていた俺は、ゆっくりと画面から顔を上げて、声のほうへと視線を向けた。
…その瞬間、俺の理性とか、女性に対する価値観とか、そんな色んなモンが爆発した。
いや冗談じゃないし大袈裟じゃない。
目の前に立っている鵡川梓の姿に、俺はただ唖然とした表情でしか見れなかった。
単純に可愛いと言えば良いのだろうか?
メイド姿に、頬を少し赤くし、恥ずかしそうにしている鵡川。
想像できん奴は、自分の好きな人とか、アイドルとか、女優とかが、そんな状態だったらどうだ? たまらんだろう!?
それぐらい、可愛いって事だ。
さすがの俺でも、一本取られました。こりゃぁ、最低でも1000円は払わないとマズいですね。
「さ、佐倉君!?」
「よぉ」
心は動揺し、心臓はバクバクと本来なら有り得ん程の速さで動いているが、表面上は冷静を装う。
いわゆるポーカーフェイスだ。
鵡川は俺に気づいたようで、頬をさらに赤くさせている。そりゃ知り合いに見られたくないよなその格好。でも余計に頬を赤くさせないでくれ、こっちまで動揺する。めっちゃ可愛いから! もうめちゃくちゃ可愛いから!!
「あっ…え、えっと…どうぞ、ご、ごしゅじんさま?」
ご主人様と言うニュアンスが間違っている。だがそこが良い!
余計に心臓が速く鼓動をする。これはヤバいですわ。心臓発作起こして死ぬかもしれん。
「おぅサンキュー。ってか鵡川」
「えっと…なに? じゃなくて…な、なんでしょうか? ご、ごしゅじんさま?」
言い直すな。かわいすぎるから。
「スゲェ似合ってるぞ。通常の五倍くらい可愛くなったぞ」
とりあえず、今思ってることを言う。
これで何とかなる訳無いが、まぁ言っときたかったのである。
「あ、え、えっと…あ、ありがとう…」
そう素直に感謝をして、鵡川はそそくさと、その場から立ち去った。
俺は今日、生まれて初めてこの次元で萌えと言う存在に出会った。
ハイパーデラックスゴージャスケーキフルーツ和えは、想像以上においしかったです。
ただハイパーでデラックスでゴージャスかと言えば微妙だった。よくてデラックスケーキフルーツ和えが良いところだな。
ぼったくりめ。だが鵡川が可愛かったので許そう。
しかし誉が戻ってこない。なので、奴のストレートティーまで飲んでしまった。
ふとスマートフォンがメールを受信したようだ。俺はメールを開いた。
「貴様の態度に腹が立った俺は、現在1年の出し物のラーメン屋に居る。貴様で会計しろ」
誉からのメール文面だ。
おいおい、合計で7850円だぞ。俺の財布には6325円しかない。
…足りない。
とりあえず、だ。
会計で大輔を呼んで、前借しよう。
と言うわけで会計へ。
偶然にも鵡川が会計に、再び収まりつつあった心臓が働きだす。
「…合計は7850円です」
「悪い、金が足りん。大輔を呼んでくれないか?」
「えっ?」
とりあえず、鵡川に事の発端を話す。
メイド姿でも、しっかりと聞いてくれる鵡川。な
「そっか…じゃあ、私が立て替えておくよ」
「はっ? いや、いいよ。大輔を呼んでくれ」
「三村君なら今さっき、今日の仕事時間が終わったから、三浦さんとどっか行っちゃったよ」
マジですか。
「…じゃあ、立て替えてくれ」
「うん!」
何故か嬉しそうな鵡川。
あれですか? 面倒見が良い性格なんですか? いや確かに鵡川、面倒見良さそうだよな。俺に勉強教えてくれたし、人の役たつと嬉しくなるタイプなんだろう。
「悪いな。この借りはいつか返すよ」
「いいよ。私が好きでやってる事だし」
と鵡川は嬉しそうに言っているが、俺の方が引き下がれない。
さすがに鵡川におごらせるのは、問題だと思うので、いつか借りを返すつもりだ。
「んじゃ、お仕事頑張れよ」
「うん! え、えっと…行ってらっしゃいませ、ご、ごしゅじんさま?」
最後まで、ニュアンスが間違ってる。けど、まぁ良いか。
こうして俺はA組を後にした。




