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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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65話 山高祭③「人間バッティングマシーン」

 グラウンドに到着した俺は制服からユニフォームへと着替えて早速マウンドに上がった。

 野球部の出し物「人間バッティングマシーン」の最大の目玉である俺は、やはりみんなから注目を浴びる。順番待ちをしていた生徒たちが騒然とし始めた。

 ルールは簡単、一回100円で一人5球まで打てる。後ろを守る選手はおらず、選手たちは投げる役目をまっとうする。まさしく人間バッティングマシーンだ。

 その中で俺と対峙する打席には、多くの人の列ができ始めた。

 そりゃそうか。俺のボールを外野まで運べば、ひと世代前とはいえテレビが当たるのだから、当然か。佐和ちゃんが出し物のポスターにでかでかとした文字で喧伝していたからな。同じ100円ならデカい景品をもらえる可能性がある俺のところに来るだろう。

 ちなみに佐和ちゃん、景品となるテレビの用意をしていない。

 俺が打たれることなんてないという自信の表れか、それとも用意してないから打たれるなよというプレッシャーのためか。どちらにせよ。俺が打たれなきゃ問題はないということだ。


 最初に打席に入ったのは三年生の男子生徒。長く伸ばした髪は校則違反気味の黒っぽい茶色に染めていて、制服も気崩していて見るからにチャラチャラしている。


 「おらぁ! 来いよ二年坊主!」

 バットの先を俺へと向けて威勢よく言い放ってきた。なめた口を聞いてくれるな。

 まぁいい。今日は祭り、カーニバルだ。これぐらいの無礼講も祭りを盛り上げるには必須というもの。俺は頬を緩めた。

 一球目、7割程度の力でストレートを投じる。瞬間、打席に入った生徒の表情が変わった。

 順番待ちしていた奴らの表情も変わる。


 二球目、次は打ちに来るが明らかタイミングがずれている。豪快な空振り。

 三球目、四球目も空振りに奪い、五球目も空振りで終了。


 「はい! お疲れ様でしたー! 次の人どうぞー」

 佐和ちゃんから終わったら言うよう頼まれていたことを生徒に言って、次と変わるよう促した。

 本番でもないから軽めのピッチングだったが、うん、今日は打たれる気がしないな。


 二人、三人と切り伏せていくうちに、俺と対戦したがっていた長蛇の列は気づけばまばらになっていた。

 どうやら打つ気を無くしてやめたらしい。

 まぁ俺以外のピッチャーは、みんな打ちやすいところに打ち頃のボールを投げているから、良い当たりを打てば駄菓子とはいえ景品ももらえる。そっちのほうが100円が無駄にならないだろう。


 そうしてあっという間に人がはけてきて、俺と対戦したがる奴がいなくなったので、一度ベンチに戻った。


 「ダメだなうちの学校」

 佐和ちゃん、俺が戻ってくるなりそう呟いた。

 うん、野球部に入っていない在校生で野球の素質ある奴、もういねぇだろうな。別にスポーツが強い学校でもないし。

 そうなると来年入学する新入生頼みか。今の野球部員ではいささか戦力不足は否めない。少しでも良い選手が入ってくれると良いんだがな。



 「よう英雄!」

 しばらくベンチで休んでいると、なんかやってきた。


 「おぉ、兄貴」

 そう、やってきたのは兄貴の博道、そして我が愛しの恵那。さらにはマミィとダディまでやって来た。

 佐倉一家総出とは、見ていて驚きだ。


 「元気にやってるか!」

 父上が笑顔を浮かべている。あ、悪い笑みだ。

 ……待て、何故ここにきた?


 「千春のほうは行ったの?」

 「あぁ! 千春のウエイトレス姿可愛かったぞ。めっちゃ怒ってたがな」

 反抗期の娘のウエイトレス姿を見て喜ぶ父、どう見ても親馬鹿だ。


 「今日は学校説明会も兼ねてるって事で来たんだが、盛り上がってるなぁ!」

 「だろ? イベントが大掛かりなのがうちの学校の良い所だ」

 などとファミリーと会話していると、そばで聞いていた佐和ちゃんが察したようで立ち上がった。


 「初めまして。野球部監督の佐和慶太といいます。佐倉君のご家族ですよね?」

 普段生徒に見せるようなだらしない姿はなく、スラっと背筋を伸ばし、声色も穏やかに変えて挨拶をする佐和ちゃん。うわ、すごい。佐和ちゃんが先生やってる。

 ってか佐倉君なんて言うな。めっちゃムズ痒いぞ。


 「はい! 英雄の母の佐倉由美です」

 「英雄の父の和樹です」

 「佐倉和樹……て、もしかしてあの……」

 「はい、大阪の阪南学園で四番を打ってました」

 さすがマイダディ。一時はプロ入りも噂されていたスラッガーだけあるな。


 「なるほど、どうりで佐倉君の身体能力が高いわけだ。お父様譲りのようですね」

 そういって佐和ちゃんが俺を見てきた。


 「ははは! 俺だけじゃないですよ。妻の方も若い頃は陸上をやってましてね。オリンピック出場選手の最終選考に選ばれたほどなんですよ。俺なんかよりも全然凄いですよ」

 「なに言ってるの、あなたの方が凄いわよ」

 そういってノロケだすダディとマミィ。恥ずかしいからやめてくれ。

 一方佐和ちゃんはその話を聞いて呆れたように笑った。


 「なるほど、そういう事か」

 ぼそりと呟く佐和ちゃん。

 俺の高い身体能力と優れたスポーツセンス、その由来がどこだったのかを理解した佐和ちゃんはどこか納得したようにうなずいた。

 元オリンピック陸上日本代表候補生と、当時現役ナンバー1スラッガーと噂された高校球児の間に生まれた天才ということに気づいてしまったようだな。


 「うちの英雄はどうですか? 問題起こしてます?」

 「あー怒るほどの問題は起こしてないですよ」

 なんだその、怒らない程度には問題起こしてるみたいな言い方は、否定はしないけども。

 親父上もなんで問題起こしている前提で話始めるんだ。


 「それで、今英雄と対決できるんですか?」

 パパが聞いてきた。

 やっぱり来たか。どうりでお父上の服装が動きやすそうな格好しているわけだ。


 「……え、えぇ」

 佐和ちゃんの表情が曇った。

 相手は中年とは言え、高校時代は甲子園を騒がした怪物スラッガー。その話は今でも高校野球ファンの間で語り継がれている。いわば伝説の男だ。最悪打たれる不安があるだろう。


 「よし! それじゃあ博道、どっちが先に行く?」

 しかも兄貴もやるのかよ!?

 ちなみに兄貴は小学校まで野球をやっていた。と言っても俺と違い軟式少年野球団のほうだが。

 軟式少年野球団では四番を任されていたはずだ。結局守備の間が間延びして好きじゃないという理由で野球を辞め、中学校では剣道部に入ってしまったがな。


 「俺が先に行く。親父はしっかりとアップこなしとけよ。なんて言ったって、外野に飛ばせばテレビプレゼントだからな!」

 やはりそれが狙いか貴様ら。

 息子の心情としては、ただ応援に来ただけであって欲しかったよ。


 「佐和ちゃん、最悪テレビ買い出しに行く準備しとけよ」

 「英雄、お前が打たれなきゃ問題ない。打たれたらお前の自腹だからな」

 この悪魔め。佐和ちゃんは不敵に笑っている。


 「あなた、博道、頑張りなさいよ!」

 母がパパとにぃにに声援を送っている。

 あれ? 愛しの息子である俺への応援は?


 「私は英兄を応援するよ!」

 と思ったら恵那が応援してきた。


 「おぉ、さすが恵那だ。愛してるぜマイシスター!」

 さすが我が妹。

 千春に彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。マジで恵那は良き妹だ。


 「英雄、手を抜けよ」

 「お前が手を抜けばテレビが最大10台手に入る。分かってるな?」

 待て、テレビ10台もいらないだろう。

 てか、その10台、俺の自腹になる可能性があるんだけど!?


 「悪いが、今日だけは親子の縁なんて関係なく抑えさせてもらうぜ」

 兄貴や親父と対決する機会なんて滅多にないし、ここは真面目に抑えさせてもらおう。

 俺は一歩、一歩とマウンドへとあがった。



 「よっし! 来いよ英雄!」

 最初打席に入るは博道兄者。

 中学から剣道を続け、現在大学でも剣道をしている。この前の大学の全国大会ですでに優勝をしているマジモンの化け物だ。

 その運動神経、ポテンシャルの高さはおそらく俺を凌ぐ。昔からどんなスポーツをやらせてもいつも誰よりも上手くこなしてたからなこの人。マジで油断できねぇ。


 「手が滑って顔面行っても文句言うなよ!」

 「はっはっはっ! そのときはバッティングセンターからプロレスのリングに早変わりだな!」

 ちなみに俺に関節技を教えたのはこいつだ。定期的に観戦に行くほどの大の格闘技マニアでもある。

 ガキの頃、死ぬほど関節技を決められた。今でも根に持ってるからな。


 とにかく、バッティングピッチャースタートだ。

 まぁ打たれないバッティングピッチャーなんですけどね。


 投げるのは5球のみ。ルールとして変化球は投げられない。

 ストレートのみで抑えるわけだ。

 七割程度の力などと言ってられない。全力でねじ伏せる。


 一球目、本気モードでストレートを投じた。


 「うおっ!?」

 案の定、兄貴は豪快な空振り後尻餅をついた。

 それを笑う佐倉ファミリー。

 よしよし、所詮は小学校までしか野球をやっていない兄貴だ。どんなに運動神経が良くても、野球を本職にしている俺のボールには当てられないか。


 二球目、三球目と空振りを奪い、四球目。

 全力ピッチングでボールを投げ放つ。

 今度も全力ストレート。それを兄貴は打ち抜いた。


 金属バットの音がグラウンドに響く。


 「っな!?」

 思わず変な声が出た。

 芯で打ち抜かれた打球はファールゾーンへと飛んでいく。特大のファール弾はまもなく学校敷地内を囲う巨大な防球ネットへと直撃した。


 「よっしゃああ! きたぞ一台目!」

 「いやファールゾーンは無しだ!」

 これはルールでフェアゾーンの外野じゃないと駄目と決まっている。


 「んだよ! しけてんなぁおい! 前に飛んだら一台で良いだろうが!」

 わがまま言うなクソ兄貴。大体、なんで久しぶりに野球やったのに、俺の全力ストレート打てるんだよ。おかしいだろう。

 マジで「外野に飛ばせたら景品プレゼント」で良かった。これが「前に飛ばせたら景品プレゼント」になってたら大変だった。


 だがあと一球。

 ぱぱっと終わらせやる。


 五球目、今度も当ててきたが、打球は高々と俺の頭上に上がるピッチャーフライ。

 それをキャッチして終了だ。


 「だーくっそ!」

 悔しがる兄貴。

 良かった。打たれなくて良かった。

 ……だが次は。


 「よっし! 博道どけ!」

 マイダディだ


 「よーし! パパ、久しぶり本気出しちゃうぞー!」

 そういって長袖をまくるパパ。一時期、甲子園を騒がしていた伝説のスラッガーだ。


 「英雄! 人間バッティングマシーンらしく、打ち頃を頼む!」

 「無理だ! 悪いがこのマシーンは、全力投球設定のみだ! 覚悟しろ!」

 「そうか。なら、尚更楽しめそうだ!」

 嬉しそうに笑う父上。

 そしてバットを構えた。


 「……わお」

 ぞわりと背筋に寒気が走った。

 この感覚……大輔以来だ。

 不敵に笑ってバットを構える父。マジか、親父ってこんな凄かったのか。


 息を吐き、グラブを口元に寄せ、表情を隠す。

 どうしよう。今、めっちゃ頬が緩んでるんだが?

 なんだよこれ、楽しすぎんだろ親父。


 「一球目……」

 ぼそりとつぶやき、ピッチングフォームに入る。

 幼い頃、何度も親父と対戦したが、一度も抑えられなかった。

 だからここは、なんとしても抑えたい。


 何一つミスのない完璧なピッチングフォームから、完璧な一球を投げ放つ。

 左腕を振るい、白球を解き放った。


 自身の誇る最高の一球。

 それを親父は豪快に空振りして尻餅をついた。


 「おい親父! 何やってんだ! 甲子園をならした元高校球児の名が泣くぞー!」

 空振りした親父に兄貴がそんな野次を飛ばしている。


 「あーくっそ。久しぶり過ぎて感覚が掴めんなー」

 などと軽い調子で言って笑っているが、油断できないのが我が父だ。

 小さい頃だって一球目は豪快に空振りして見せて、俺を油断させたものだ。だが、その手にはもう引っかからないからな。


 二球目、今度もストレートを投げ放つ。


 瞬間、背筋が凍りつき、金属バットの轟音が木霊した。


 大輔なんて比にならないぐらいの凶暴なひと振りから打ち抜かれた打球は、強烈な一撃となり、ライト方向へと切れていく。

 まもなくファールゾーンの地面へと落ちた。


 「詰まらされたかー。英雄! 昔より球速くなったな!」

 詰まってあんな打球を打つのかよ……。我が親父ながら、ありえないバッティングしてくれるな。

 なるほど、さすが今でも語り継がれる伝説の高校球児なだけあるな。

 ちょっと、こういうパパをもって息子も誇らしく思えるぜ。


 「さぁ三球目だ! さっさと来い! ビビってんのかー!」

 そういってケラケラ笑う親父。ちょっとぐらいは緊張感を持て。いや、俺が言う言葉ではないんだが。

 まったく、本当父親らしくない父親だ。だが、この父親に憧れて今の俺がいるんだがな。


 三球目に入る。

 なんとしても打たれたくない。

 その思いでボールを放った。


 意地の一球。それを親父は完璧に打ち砕いた。

 ジャストミートされた白球は、面白いようにセンター方向にぶっ飛んでいった。

 嘘だろ。この人現役遠のいてからもう何十年経ってると思ってんだよ。マジで全盛期はどんだけやばかったんだ。


 「よっしゃああああ! テレビゲットぉぉぉぉ!」

 そう子供のようにはしゃぐ親父。大喜びする家族の元へと駆けよってハイタッチなんかしている。

 まったく、自慢の親父すぎるぜこの野郎。


 この後、四球目、五球目は手を抜いてくれたようで、豪快な空振りをしてくれた。

 だが、一台は景品として確実となってしまった。



 「英雄、お前の親父さん、とんでもないな」

 「まったくだ」

 ベンチに戻ってきた俺に佐和ちゃんが呆れた顔で言ってきた。

 その言葉に俺も頷いた。


 「いや、英雄も十分良いピッチャーだぞ。変化球織り交ぜられたら、あそこまで飛距離のある打球は打てなかったな」

 親父がそう励ましてくる。いや、それでも普通に打つ気なのかこの人。

 まったく呆れるぜ。


 「それで景品はどこでしょうか? 監督さん?」

 「ははは、まさか英雄が打たれると思わなかったんで用意してません。まぁ英雄のご家族ですから、後日お届けにあがりますよ」

 「よしきた! これで文化祭に来たかいがあるなぁ!」

 そういって大喜びする佐倉ファミリー。

 本当、この家に生まれて良かったわ。最高すぎんだろう。


 「それじゃあ俺たちはこれで。佐和監督、うちの息子をよろしくお願いします」

 「えぇ、英雄は私がしっかりと怪物に育てあげますから」

 「ははは、来年の夏楽しみにしてますよ」

 そう佐和ちゃんと親父が一度握手して、佐倉ファミリーはグラウンドを後にする。


 「佐和ちゃん、さっきの打たれたら自腹って話は?」

 「あー、今のお前じゃ、結局佐倉家の自腹になっちまうし、出世払いという事でどうだ?」

 「出世払いか」

 「あぁ、高校卒業してプロ入りして活躍してから、たんまりと俺を養ってくれ」

 馬鹿みたいな事をいって笑う佐和ちゃん。

 そうだな。プロ入りしてしっかりと佐和ちゃんに恩返ししないとな。


 「了解。それぐらい任せとけ」

 自信満々に俺は笑顔で頷くのだった

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