63話 山高祭①「恭平と乙女ちゃん」
練習試合の翌日、二日間続く山高祭は無事開演した。
初日となる日曜日は一般客も入場し、明日月曜日は生徒だけの山高祭となっている。
山高祭は地域密着型の文化祭なので、山田市内で店を出している人達も申し込めば出店することができる。その為校門から昇降口へと続く道のりの間には生徒が出している模擬店の露店と混ざるように商店街の料理屋なんかも出店していたりするし、一クラス使ってフリーマーケットをやっているところもあれば、普段客が入っているのを見たことが無い商店街のこじんまりとした服屋がここぞとばかりに売れ残った服を安く売っていたりする。
そんな感じで生徒だけではどうにも寂しくなってしまう文化祭を地域住民も揃って盛り上げている感じだ。とはいえ、明日月曜の生徒のみの山高祭では一般の出店はなく、本当に生徒のみでの学園祭になるがな。
山田高校は県内でも指折りの文化祭を開催すると一部の間で有名だ。
まず華やか。校長自体がこういうイベントを好んでいるせいか、学校行事は基本大々的にやっている。
そのおかげか知らずか、可愛い他校の女子生徒も来るし、市内の大学にかよう可愛い女子大生も来るし、学校説明会もあるので可愛い女子中学生も来るわけだ。男として素直に嬉しいぞこれは。ナンパの伝道師を自称する恭平からしたら入れ食い状態なのだろう。まぁ恭平に引っ掛かる女子は一人もいないだろうがな。
恭平は開演前から「俺はナンパで一日を潰すぜ」なんて大仰な事を口にしていたが、俺はクラスの出し物「ケーキ屋クマさん」のウエイターと野球部の出し物「人間バッティングマシーン」のマシーン役として今日一日中働かされてることとなっている。
女子の言い分としては「準備で女子が頑張ったから、当日は男子だけでやれ」との事。
ちなみにクラスの出店の企画決めの際、男子が準備で女子が当日のウエイトレスの予定だったのだが、女子が「内装をやりたい」だの「華やかにしたい」だの「男子の作る飾りは地味」だのわがままを言ったので、仕方なくその権利を譲ったらこれである。
理不尽にもほどがあるぞ。大体、女子が当日のウエイトレスやるって事で企画が進んだせいでウエイター用の服装がなく、男がウエイトレス姿になっている。
赤やピンクを基調にしたフリフリのスカートのウエイトレスの服を男が着ているわけだ。地獄絵図も良いところだ。この世にまた一つ魔境が生誕してしまったな。
はっきり言って俺や誉は似合わない。だが哲也は意外と似合う。体格こそあれだが顔つきは中性的で毛も薄いからだろうか。
そんな地獄のせいか、客足はイマイチ伸びない。ターゲット層としていた女性の客足は最悪だ。そりゃ下手くそな女装ばかりしてる店員しかいない模擬店とか怖くて入りたくないわな。
「まったく、やってらんねぇな……」
ぼやくな誉。こいつの機嫌が悪いのは、間違いなくメイド姿の鵡川が見れないからだろう。こいつも今日一日クラスと部活のほうで一日中働かされるのが確定となっている。
それに加え俺達をからかいに来た他クラスの男友達が、これみよがしに鵡川の話をしていたのもあって、今の誉は無愛想な顔をして机に頬杖をついている。
俺も例外ではない。始まる前はケーキを食べに来る女子高生や女子大生を見て楽しむかと思っていたが、いざふたを開けてみたら女性客が少ない。なんだか敬遠されている気がする。
「……クソが」
胸の内でぼやくつもりが、思わず口から出てしまった。
これでは誉と同じ穴のムジナである。けれど視界どこを見渡しても、女装事故を起こしているウエイトレス姿のクラスメイトの野郎しかいないと、さすがに口にも出してしまうものだ。
誰だよ山高祭は県内屈指の華やかな文化祭って言った奴は。ここのどこに華やかがあるんだよクソが。
そうして正午を回ろうとする頃、やっと客足が入るようになってきた。
当初予定していたほどには客は来ていないが、とりあえず客0人になるような失態は無くなったので、それだけでよしとしよう。
それに他校の女子高生や市内の大学に通う女子大生らしきお姉さま方もいらっしゃっている。馬鹿にされたりからかわれたりしているが、それはそれで喜ばしい事だ。
「英雄!!」
そんなことを考えていると恭平が大声をあげながら入ってきた。
思わずため息を吐く。やっと客が来るようになったのに、お前が騒ぎ始めたらまた敬遠されるだろうが。
今はまだ見た目がキモい程度で済んでいるが、お前の猥談がクラス中に響いたら身も心もキモい認定されるだろうが。
「……なんだ?」
「お前の知り合いが来てるぞ!」
「マジ? 誰?」
「女の子! てめぇ、どんな知り合いだ! あれか? 体の隅々知り尽くしてる仲なのかよ!? 答えろ英雄! エロに身も心も捧げあった俺とお前の仲だろう!?」
案の定俺の不安は的中した。教室内にいる客の視線が俺と恭平に集まる。これみよがしに葎を掴む恭平。やめろ、ふざけるな。今すぐその口をつぐめ。俺もお前も変態認定されるだろうが。
ほれ見ろ。お前に向けられる侮蔑の視線と、俺に向けられる軽蔑の視線が痛すぎるぞ。
「分かった、分かったから黙れ。もうすぐで俺は解放されるから、その後に会うよ」
「なに言ってんだよ英雄! 今じゃないと駄目なんだよ! やろうと決めたときには、もうすでに遅れてるんだよ!! おらっ! 行くぞ!!」
消極的な俺に対し、半ば強引に恭平は俺を連れていこうとする。
仕方がないので誉をはじめ他の店員たちに許可をもらい、制服に着替えてから恭平についていく事にする。その最中も「急げ、駆けろ、立ち止まるな」などと恭平に催促されていた。
そうして恭平の言っていた知り合いと出会う。中学時代の同級生である石江さんと、安東さんだった。どちらも山田市内にある山田東高校に通っているはずだ。
山田東高校には俺の中学時代の野球部仲間が結構行っている。まぁ入試合格の倍率は山田高校に遥かに劣るし、偏差値も低いから入学しやすい学校だ。
ちなみに二人とは大して仲が良いわけではなかったが、俺を覚えていてくれたので、少し嬉しかった。
どうやら沙希を探していたらしく、俺に会えばすぐに場所が分かるだろうという事だった。それなら俺じゃなくて哲也でも良いだろうが。
ともあれ彼女たちが探す沙希の場所を伝えて、軽く会話をして別れた。
終始、隣で恭平が不気味な笑みを浮かべていたのは、ここだけの秘密だ。
「なぁ恭平」
「どうした英雄!」
女の子に会えたからなのか、満面の笑みでスキップのような歩き方をする恭平に声をかける。挙動がやはり不気味だ。
「この前話した、ボブ……じゃなくて乙女ちゃんと会いたくないか?」
「会いたい!!」
「よしきた。んじゃ、今から行こうぜ」
「オッシャ! この日を待ってたぜ!」
即答し喜びをあらわにする恭平。ボブの姿を知る俺にはその姿すらも滑稽に見えてしまう。
と言う事で、妹千春のいる教室へ向かう。
果たして恭平はどんな表情を見せるのか。見物だ。
千春のクラスの模擬店「ラーメン横丁」は調理室でおこなわれている。そこまで歩き室内に入ると、結構な客が入っていた。
ラーメン横丁の名の通りラーメン屋をやっている。そろそろ昼時だし混みだしそうだ。
「よっ!」
「あっ!」
暇そうにしていた千春と乙女ちゃんのもとへ。黒いシャツに黒い前掛けエプロン、さらに黒いバンダナという装いはイメージするラーメン屋の店員っぽい。
二度目の乙女ちゃんだがやはり凄かった。心なしか前よりか一回り大きく成長している気がする。というかラーメン屋の店員の格好がはまり過ぎている。君、ラーメン屋の店長か何か?
「ほら、連れてきたぞ」
そういって恭平を差し出した。
さぁ恭平。乙女ちゃんの姿に畏怖し震え上がるがいい!
「もしかして……この子が乙女ちゃんか?」
「あぁ、そうだ。お前がずっと淫乱巨乳女子校生だと思っていた相手だ」
恭平は乙女ちゃんと千春のほうを見ながら硬直している。
うーん、やはり目の前にパッと出したほうがインパクトはあったか……。
残念なリアクションだったがさっさと恭平に真実を話してやろう。乙女ちゃんとは、乙女とは名ばかりの怪獣だったのだ。
「可愛いじゃないか!」
「はぁ!?」
思わず恭平の顔を見る。別に寝ぼけてる訳じゃないな。
むしろキモい笑顔を浮かべていて嬉しそうじゃないか。おい、恭平、頭大丈夫なのか? 頭のネジが9本ぐらい外れてそうだ。
ボブの方も顔を赤くしてるし。初めてだよ、恥ずかしそうにもじもじしている女の子を見て可愛いと思わなかったの。
てか恭平のやつ、本当に大丈夫なのか? ボブ初対面なんだぞ? 俺なんか最初見たとき男だと思ったんだぞ? もしかしてお前そっちのけがあったのか? 俺狙われてたのか? いやだ。それは怖すぎる。
「前に英雄がなにもかもがデカいって聞いて、胸があるかと思ったが、言うほど無いな。だが常人以上なのは確か。これならCは行ってるな。下手すりゃDか?」
口元に手を当て真剣に分析する恭平。さすがおっぱい鑑定士初段だと自称しているだけある。
だがお前、いくらなんでもそれは最低にキモ過ぎるぞ。とりあえず女の前で胸のサイズの分析をするな。
「しかし可愛い。俺の知る限りでは1、2を争う美貌だ。間違いない」
そういって、うんうんとうなずく恭平。
確かに乙女ちゃんは1、2を争う顔はしていると思う。おもに、お相撲さんにいそうな顔のランキングとかで。
しかし恭平どうしたのだろうか? なんかヤバい薬にでも手を出したのだろうか?
「初めまして、あなただけの嘉村恭平です! このたびは会えて、誠に興奮してます!」
などと馬鹿みたいな自己紹介をしながら、恭平は千春の両手を握って挨拶した。
そっちかよ! どちらにしても、頭のネジが9本外れてるじゃないか。
「というかお前! 俺の乙女に何気安く話しかけてんだよ! 同じクラスだからって調子乗んなよクソ野郎! 乙女は俺のものだ!」
さらには隣にいる本当の乙女ちゃんに喧嘩腰で暴言を吐いている恭平。
あ、もしかしてこいつ、本物の乙女ちゃんを男子だと勘違いしてるのか? 確かに男っぽいし俺も初見どころか今でも男にしか見えないが、それはいくらなんでも失礼すぎるだろう恭平。
「え、えっと……」
急な出来事に千春も困惑気味。乙女ちゃんも困惑している様子。
なのに恭平はがっつきまくる。
「乙女の名に相応しい美貌! あなたこそ、私の真のフィアンセ! 俺のような男に恋していただき、誠にありがたく思います! ……恥ずかしいですが、あなたの気持ちに応えて……愛の抱擁を!!」
一人言葉をまくしたてる恭平。
ん? ちょっと待て……抱擁? そう俺が気付いた時には、恭平が千春を抱きしめていた。
千春の馬鹿は目を丸くさせて硬直してるし、隣で恭平の凶行を見るボブは呆然としてるし、恭平は千春に頬擦りしている。
カッチーン!
兄としてかなりイラッとしたぞぉ!
「おい! ゴミ村恭平! なに、俺の妹に抱きついてるんだよ!」
恭平の頭を掴み力いっぱい引っ張って、千春から引き剥がす。
そしてそのまま尻餅をつかせた。千春は抱き着かれた時から表情一つ変えず硬直したまま。乙女ちゃんは唖然としていた。
「えっ? 妹!?」
「あぁ! こいつは俺の妹の佐倉千春だ!! ボブ! じゃなくて! 乙女ちゃんはこっちだよ!!」
そう俺は固まっている千春の隣に立つ、呆然としている巨体を指差した。
恭平は目をパチくりしながら、俺とボブを交互に見ていく。
「お、おい英雄! こいつのどこが乙女なんだ! 乙女と言うよりトドだろうが!」
乙女ちゃんを指さしながら、ギャーギャーと罵詈雑言を喚き散らす恭平。
やっぱり予測通りだ。恭平は見事に乙女ちゃんを罵倒する発言ばかりする。
「ってか、どうせ紹介するならお前の妹紹介しろよ! この子のほうが断然俺のタイプだ! 千春ちゃんって言ったっけ!? 可愛すぎんだろ! ドストライクだ! ドストライク過ぎてキャッチャーのミット突き抜けてキャッチャーと審判を貫いてバックネット直撃だわ! お前どんだけ可愛い妹持ってんだよ!! 俺に分けろ! ってかお兄さん俺に妹さんください!!」
うぜぇ! お前にだけは絶対に千春はやらん!
大体俺のことをお兄さん呼ばわりするな。ここが人前だろうと、関節技の大技決めるぞてめぇ!
恭平がギャーギャー騒ぐ中、トド呼ばわりされた乙女ちゃんを見る。なんか頬を赤くしている。しかももじもじし始めた。どういう事だ? 下手投げするのか?
「あーん、嘉村先輩にののしられるなんて……快っ感!」
…………えっ?
乙女ちゃんの発言に俺と恭平が同時に言葉を失った。
恭平をちらりと見る。乙女ちゃんの方に顔だけ向けて硬直していたが、確かに奴の体は震えていた。
「嘉村先輩はぁ、私の事ぉ、嫌いですかぁ?」
「嫌いだ! 悪いが俺はブス専じゃない! それ以上近寄るな! 千春ちゃんの連絡先寄越せ!」
おい馬鹿やめろ。
お前が乙女ちゃんを罵倒すれば罵倒するほど、乙女ちゃんの表情が恍惚な物になっていくぞ。
「こんな嘉村先輩も良いですけどぉ、私色に染めてぇ、私の事以外好きって言えない体にしてあげようかしらぁ」
もじもじしながら強烈な一言を発する乙女ちゃん。ひ、ひえぇぇぇぇぇ……。
恭平の呼吸が乱れ荒い息遣いが聞こえる。恭平へと視線を移す。しりもちをついたままだ。おそらく腰が抜けているのだろう。
「か、勘弁してくれ! 俺はブス専じゃないから! お前の愛には応えられないから! 勘弁してください!」
「良いんです先輩。今は応えられなくてもぉ、今から私しか見れない体にしてあげますからね!」
そういって横綱スマイルを浮かべる乙女ちゃん。怖いよ、怖すぎる。
何が怖いって、乙女ちゃんの発言が物理的な意味でしか聞こえないからだ。普通の女の子なら性的な意味で聞こえてもいいはずはずなのに。
てか恭平がマジで敬語使ってるの初めて見た。乙女ちゃん、強すぎる。
恭平、お前のことは不憫に感じるが、愛しの妹に抱きついた罰だ。
しっかりと償えよ。
「んじゃ、俺はもう行くぜ! ボブと仲良くな恭平!」
一言彼に言い残して、放心状態の千春を連れて行く。
「お、おい待て英雄! 助けて助けてくれぇ!」
「あーん恭平先輩ぃ、そんなに怖がらないでくださいよぉ! ちょっと今からぁ、体育倉庫に行きましょうぉ!」
後ろから乙女ちゃんの声と恭平の断末魔が聞こえるが気にしない。
これはきっと千春に抱きついた恭平に与えられた神様からの試験なんだ。そう思おう。
「……は!」
三年生のクラスがやっているという休憩室で休んでいると、千春がやっと意識を取り戻した。
そうして先ほどの出来事を思い出し、みるみるうちに顔を赤くする。
恥ずかしさや、恭平への怒りだろう。
「……最悪」
吐き捨てるようにボソリと呟く千春。
そうしてがっくりとうなだれている。その様子を俺はからかうように頬を緩ませる。
「お兄ちゃん、なにあの人? 最悪なんだけど!!」
「ふふ、気づいたか」
「気づいたか、じゃないわよ!! なにあの人! 急に抱きついてくるし、人の胸のサイズ言い当てるし! しかも頬ずりしてきたし! キモイ! キモイ!! キモイ!!!」
めっちゃ拒絶反応を起こしている千春。
うんうん、お兄ちゃんは嬉しいよ。これで恭平の奇行を受け入れてたら平手打ち一つかましてたところだわ。
「大体お兄ちゃんも最低! なんで最初に乙女ちゃんの容姿を伝えなかったの!? だからこんなことになったんでしょ!!」
「いや待て。彼女の容姿を伝えてたら恭平は来なかったぞ」
「なんでよ!! 乙女ちゃん可愛いじゃん! なんで分からないの!?」
いや、分からねぇよ。
さすがにボブの可愛さは分からない。お前の美的センスおかしすぎるだろうが。
「最低! お兄ちゃん最低! 最悪!」
何故俺がここまで罵倒されないといけないんだ?
大体、千春に抱きついたのは恭平だろう? 何故俺に怒鳴る? 意味がわからん。
「分かった分かった、悪かったって千春。でもおかげで今頃恭平は、乙女ちゃんと仲良くやってる。次会うときは乙女ちゃんしか見えない体にされてるだろうから、お前に抱きつくなんて粗相はしないだろう」
「うー……わかった。でもお兄ちゃん、あいつに一発平手打ちしてね」
「あい分かった。愛する妹の為なら平手打ちどころか、膝十字固めだろうとフェイスロックだろうと決めてやるぜ!」
そういって胸を叩く俺を見て、やっと千春は頬を緩ませた。
安心しろ千春。俺も千春に抱きついた恭平には一発なんかかましてやりたいと思ってたんだ。
こうして、俺は千春のもとを後にした。
さて恭平、今頃乙女ちゃんに物理的な寝技をかけられてるのかな。楽しみだ。




