61話 文化祭前日祭①
金曜日、明日土曜には練習試合を控えており今日も軽めの調整をこなす。
龍ヶ崎と岡倉はあれ以来、目立った進展はない。
やはり龍ヶ崎の奥手な所が問題だな。岡倉はグイッと近づくぐらいしないと気づかない性格だからな。
「はい! 達也君! お疲れ様!」
だけど、龍ヶ崎の「仲良くしよう」という発言のおかげか、前よりも岡倉のほうから龍ヶ崎に近づくようになった気がする。
ブルペンで投げ込みを終えた龍ヶ崎にタオルと飲み物を手渡す岡倉。
それに照れながら受け取る龍ヶ崎。うーん、まだまだ笑顔がぎこちない。そこはもうちょい笑顔を見せるべきだろう龍ヶ崎。
などと二人の様子を見て内心ダメだしをしながら、軽めの練習を終えた。
日もだいぶ西に沈み、空も薄暗くなってきた。
明日土曜日は学校自体休みだが、日曜日が文化祭という事で、明日も休日登校する生徒が多数になるだろう。
そして明日の練習試合の会場は、我が山田高校のグラウンドだ。
つまり、観客が多数いる中での試合となる。うん、気合が入るな。
部員たちと馬鹿話をしながら制服に着替え、正門へと歩いていく。
「あ! 佐倉!」
ここで声をかけられた。
藤川だ。そばには数人の女子生徒。その中に鵡川の姿もあった。
「よぉ」
「練習終わり?」
「正解。そっちは文化祭準備終わりか」
「当たり。練習お疲れ様」
「そっちこそ準備お疲れ様」
流れるようなテンポで藤川と話す。
「そういやA組ってメイド喫茶やるんだろ?」
「うん! 当日、佐倉も来てよ。私もメイド服着るから」
「そうか。じゃあ金落としに行かないとな」
最近気づいたのだが、藤川は俺に好意寄せてるのではないかと。
なにかと俺の気を引かせようとしている気がしないでもない。だけど「俺のこと好きなの?」なんて聞けない小心者だ。
いやだって、違ってたら恥ずかしいじゃん。それに「好き」と言われたら、それはそれで返答に困るし。
「でも文化祭中でも練習するなんて野球部凄いね」
「いや明日練習試合あるからな」
「マジで? どこで?」
「ここだ」
そういって地面を指差してみる。
「学校でやるの?」
「イエス。藤川、明日来るのか?」
「うん」
「じゃあ俺のマジの顔見れるからな。惚れんなよ」
冗談っぽく言ってみる。
「わーたのしみー」
なんでそこ棒読みなんだお前。
俺が藤川と談笑中、誉は頑張って鵡川に話しかけている。
いいぞ。そうやってどんどん鵡川と仲良くなっていけ誉号!
一方、鵡川と付き合いたいと言っていた恭平は、別の女子にターゲットを定め、自慢の下ネタトークをかましている。案の定ドン引きされているが、それに気づかないのが恭平クオリティ。さすが俺達の恭平だ。俺はそういうお前が好きだぞ。
「それじゃあ、またな」
「あ、せっかくだし一緒に帰ろよ」
部員たちと帰ろうとしたら藤川が引き止めにかかってきた。
別にかまわないのだが、さすがに他の女子生徒たちに、恭平の下ネタトークをこれ以上聞かせるのも忍びない。
「それはまた今度な。じゃあな」
軽く断って、俺たちは女子の前を後にした。
「英雄、お前がまさか藤川とすらも関わっていたとはな」
場を後にしたところで恭平が声をかけてきた。
「まぁな」
「山口に鵡川に岡倉にそして藤川か。英雄、お前いくらなんでも女好きすぎないか?」
お前には言われたくなかったよその言葉。
「勝手に近づいてくるんだよ」
「まさか、お前がそんな事言うとは思わなかった。正直勝手に女子が寄ってくる顔してないだろお前?」
恭平、いっぺんしばいたろか?
いや、否定はできない。確かに俺、言うほどイケメンじゃねぇしなぁ。
閉店し暗くなった店のショーウインドウを見る。反射された俺の顔は案の定イケメンというにはイケてない顔だった。
「英雄、俺とお前の仲なら、一人ぐらい女の子紹介してくれても良いんじゃないのか?」
「だから一人紹介したじゃん」
「あ! 乙女ちゃんか!?」
急に花が咲いたような満面の笑みを浮かべる恭平。彼のテンションが目に見えて急上昇している。
乙女ちゃんの本当の姿を知る俺は、そんな恭平の反応が滑稽に見えて笑いがこみ上げてきた。
「乙女ちゃん、どういう性格なんだ? エロいか? エロいの好きか? それとも、スケベか?」
まず一番知りたいのそこなのかお前は。
いや、恭平らしくて良いけどさ。
「エロいかは分からんが、恭平のそういう下ネタを臆せず言う所が好みらしい」
「なるほど、つまりエロいって事か! 巨乳女子高生でエロいとかたまらなすぎだろうぉぉぉぉぉ!!」
勝手に興奮し始める恭平。
ごめんな恭平。お前の思っている乙女ちゃんは、きっとこの世のどこにもいないだろう。
本当の乙女ちゃんは、上手投げとか突き倒しとか得意そうな女の子だからな。夜の四十八手よりも相撲の四十八手を大の得意としている女の子だからな。
「え? 乙女ちゃんってもしかして椎名乙女っすか?」
ここで西岡が話題に入ってきた。
そういや西岡はボブと同級生だったか。
「あぁそうだ! もしかして西岡、乙女ちゃんを知ってるのか?」
「えぇまぁ、男子の間では有名ですから」
戸惑った表情を浮かべぎこちなく笑う西岡。いやまぁ、あの体型なら男子の間で話題になってもおかしくない。だってそこらの男よりもガタイ良いし強そうだもん。
「マジか! やっぱり乙女ちゃんってエロい?」
そして俺にしてきたような質問を繰り返す恭平。お前、それしか興味ないのか。さすがすぎるぞ。
返答に困る西岡は俺を見てきた。これ見よがしに薄ら笑いを浮かべる俺。それを見て西岡は何か察したらしい。
「あーそうっすね、エロいっていうか、凄いっすね。とにかく凄いっす」
「マジで!? そんなに凄いのか!」
西岡の回答に興奮する恭平。
おおげさなまでに抽象的な表現しかしてないのに、何故疑わないんだこいつは。
「明日の練習試合で応援に駆けつけるかもな」
「そうだな! おっし! なおさら頑張らないと!」
気合を入れる恭平。
理由がどうであれ、恭平が頑張ってくれれば、チームとしてもプラスに働くと思う。
さて、明日の練習試合に勝って気分良く文化祭を迎えるか。
翌日、土曜日。
山田高校のグラウンドにて、隣市である浅井市にある浅井農業高校と練習試合が行われている。
予想通り、文化祭準備のため多くの生徒が来ているみたいだ。
おかげさまで作業を一時中断して、野球観戦に来ている生徒もいる。
祭り前ということもあってか生徒たちのテンションは高く、勝手に盛り上がっている。さながら前夜祭と言ったところか。いや、まだ昼間だから前昼祭? 前日祭?
おかげで我が校の選手たちよりも、浅井農業の選手たちの方が緊張しているように見えた。
第一試合は亮輔が先発マウンドに立っている。俺は控えに回り、次の試合に向けてのんびりと準備をする。
準備をしながら一試合目の様子を見ているが、先発の亮輔が案の定打たれている。
初回にフォアボールでランナーを溜めてしまい、四番に投げた甘いスライダーを左中間に運ばれ走者一掃のタイムリーツーベースを打たれるなど、六回を4失点。
七回から上がった龍ヶ崎もいきなりの二者連続フォアボールの後、右中間を破られて2失点。
完璧に亮輔は観客の声援に緊張していた。龍ヶ崎のほうは間違いなくベンチで岡倉が誰よりも声を出して応援していたからだろう。
これまで応援団なんてものもなく、公式戦ですら応援の生徒が一人としてこなかった山田高校だ。ギャラリーがいるだけでここまで緊張してしまうものなのか。
しかし打線の方は好調だ。
初回に一番耕平君、二番鉄平の二者連続ツーベースヒットで1点。さらに一死二塁で大輔のツーベースヒットで1点。
続く五番中村っちが左中間を破るツーベースヒットで3点目。その後、二死三塁から片井君のセンター前ヒットで1点。
終いには哲也の人生初のホームランで2点を獲得するなど、初回から6点を奪う猛攻を見せる。
我が校の投手陣が浮足立っているように、相手チームの投手陣も多くの観衆に見られ浮足立っているようだ。
さらに二回には、二死三塁で大輔のツーベースヒットで7点目。
三回には一死三塁からの哲也のスクイズで8点目。
五回、大輔のスリーベースヒットの後の、中村っちの犠牲フライで9点目。
八回には、途中出場の龍ヶ崎のホームランで乱れた相手ピッチャーに片井君、哲也が攻め立てこの回2点をあげた。
などなどダイジェストでお送りしたが、12安打11打点の猛打で相手チームを粉砕し、11対6で勝利した。
両チームの打ち合いとなった一試合目は、祭り前の余興としては最高の見世物になった事だろう。野球を知らない人からすれば、好投手同士の投げ合いによる息を飲む接戦よりも、金属バットの快音の応酬のような乱打戦のほうが盛り上がるというものだ。
さて、そんな試合になったわけだが、恭平はてんで打てなかった。
愛しの乙女ちゃんに見られているかもとテンションを上げていたが、そのテンションは空回りし、馬鹿みたいにボール球を振って全然打ててない。プラスに働かなくて悲しい。
一方、大輔は彼女の三浦が声援一つ送っただけで、普段以上に集中できたようで、4打数3安打でツーベースヒット2本、スリーベースヒット1本の4打点と大暴れだ。愛のパワーは偉大だと痛感させられた。
広島東商業との一戦後、大輔をチェックするスカウトが居る。今日の練習試合も来ている。
まぁこんな化け物、見逃せないよな。
試合後、佐和ちゃんは渋い表情。
恭平を除いて全選手バットは良く振れていたと思うが、その分ピッチングはピリッとした内容だったからな。
「亮輔と龍ヶ崎。今日は勝てたが、6失点なんかしてたら春も夏も勝ちあがれないぞ。英雄が全試合登板出来れば良いが、どんなに英雄が疲れを感じないような人外馬鹿でも、夏の試合では体力が長続きしないだろう。
だからこそ、お前らにはもっと頑張って欲しい。確かに英雄は大きな壁に感じるだろうが、二番手、三番手に甘んじるならば、俺は違う奴を投手にする。
いいな! 英雄から1番を奪う気持ちで投げろ!!」
「はい!!」
佐和ちゃんの叱咤激励に、亮輔と龍ヶ崎が同時に返事を返した。
龍ヶ崎が亮輔から二番手を奪う可能性はあったとしても、二人が俺からエースナンバーを奪う事は絶対に不可能だろう。
ってか、佐和ちゃん。さっき何気に酷い事言ったよね? 俺、人外馬鹿じゃないからな?
「さて、二試合目はエースの英雄君に任せた。二番手と三番手に貫禄のエースのピッチングとやらを見せてやれよ」
「あぁ。まぁ見てろ佐和ちゃん。俺の天才的なピッチングをな」
一言、俺は自信満々に答えた。
第二試合が始まる。




