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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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60話 龍ヶ崎の恋愛事情

 文化祭の準備が始まった。山田高校の文化祭、その名も「山高祭」

 なんとも安直なネーミングだが、毎年盛大におこなわれ、多くの一般客が来場することで有名。この文化祭を一生徒として参加したいがために山田高校を進学希望する中学生がいるくらいだ。

 山高祭が盛大におこなわれ始めたのは現校長が来てからだ。この校長、とにかく行事は盛大におこないたい性格らしく、おかげさまで山田高校の体育祭や文化祭は、まさにお祭り騒ぎの一大イベントとなっている。


 地域密着型の文化祭というのが毎年のコンセプト。

 そのため、山田駅東口側に展開される山田商店街の商店も多く出店している。

 またスポンサー的な一面もある。現に我がクラスがやるケーキ屋は、商店街にあるケーキ屋のケーキを用いる事で、安く文化祭で提供できるわけだ。

 その代わり、我がクラスにはそのケーキ屋のケーキを使用していると大々的に書く必要がある。つまりスポンサーだ。

 このおかげで、だいぶ学校側の経費の負担は軽くなっていると思われる。これを発案した現校長は有能と言わざるをえないのか。それともただ騒ぎたいだけのおじさんなのか、評価に困るところだ。



 さて、そんな文化祭の準備だが、我がクラスはそこそこ準備がはかどっている。

 ぶっちゃけやることがない。ケーキ屋なのに肝心のケーキは本物のケーキ屋が作ってくださるんだし、やることは内装の準備ぐらいだけ。

 それを女子が率先してやってるため、男子の働くところといえば装飾作業か買い出しなどの雑務ぐらい。もうね、暇すぎる。

 挙句の果てには沙希に「英雄と哲也、大村君は、部の方の作業に行って」と言われる始末。

 と言っても野球部の出し物も当日にネットなどを動かすだけなので、やる事が無いというオチ。


 全体練習開始まで時間が余裕ありまくりなので、やることが本当にない。

 仕方がないので、哲也と誉の3人でキャッチボールなんかをする。


 誰もいないグラウンドで3人で三角形を作りキャッチボールをする。

 哲也へとボールを投げ終えてから校舎へと視線を向ける。

 他の奴らは今頃自分のクラスで忙しく動き回っているのだろう。


 「ねぇ英雄」

 「うん? なんだ哲也?」

 あの雲は何故、俺を待っているのかなどと考えていると、キャッチボールをしていた哲也が俺の名前を呼んだ。


 「今月から神宮大会だよ」

 「あぁそうだったな。俺らの地方の代表ってどこだっけ?」

 「島根県の浜野(はまの)高校。知ってる?」

 あーあそこか。確か島根の強豪校だよな。俺と同い年にすげぇピッチャーがいるって噂だ。

 同じ地方の学校だし、来年の春の地方大会で相手するかもしれないな。


 「他にセンバツ出場が確定なのは?」

 「ん? あぁ2校までは確定しているから、順当通りなら準優勝した宇部水産(うべすいさん)は、ほぼ確実。理大付属はベスト4だから、審査結果次第だろうね。あと広島の承徳(じょうとく)がベスト4」

 「ふーん……てか承徳って、高野(たかの)が行ってる所じゃん」

 高野とは、俺の中学の頃の野球仲間である安田高野(やすだたかの)のことだ。

 サードでめっちゃ守備が上手い。部内、というか県でも1、2を争うぐらい守備が上手い奴だった。

 ホームランを打てるようなバッターでは無かったが、ヒットはそれなり打ってくれたので、三番として俺の前に立ち、良く出塁していた。

 野球部引退後、監督の紹介で承徳に入学していたはずだ。


 「うん、そうだよ! 高野は今、ベンチ入りしているはず!」

 「うおぉ! すげぇな! 名門校でベンチ入りかぁ」

 仲間が活躍していると俺も嬉しい。哲也みたいな事を言っているが本当に嬉しいんだ。

 まるで自分事のように喜んでいる自分が居る。


 「来年の春、夏で、高野と戦えると良いね」

 そうニコッと笑う哲也。普段ビッグマウス発言をしない奴が急にし始めると、それは負けフラグになるぞ。

 まぁ俺が居れば、そんなフラグもへし折ってしまうんですけどね。


 「とりあえずは次の練習試合を頑張ろうぜ。誉はいい加減ヒット打てよ」

 「え? 何? 聞こえない! あ、やっべ! 将来の夢を忘れちまった! ちょっと部室に行ってくる!」

 誉はわざとらしく言いながら、風のように部室へと走っていった。

 また逃げやがって、いい加減ヒット打てやあの野郎。



 この後、予定通り全体練習が始まった。

 と言っても2時間ほどの軽い練習だ。土曜日に練習試合があるので、それに向けた守備連携の確認など調整の練習がメインとなる。


 「しゃあおい! こら! おい! かかってこい! おらっ!」

 ショートの恭平は、スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルを受けて以来、前以上に野球に意欲的に取り組んでいる。

 理由は聞いていない。おそらく聞いたら恭平のトラウマが再発し発狂するだろうから聞かないでおく。

 下ネタは相変わらず言うが、野球の時だけは言わないようになっている。おそらくスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルでなんか言われたのだろうけど、やはり聞かないでおく。


 一方の俺はブルペンで投げ込み。と言ってもこちらも調整程度の軽めな投げ込みだ。

 ストレート、スライダー、カットボール、チェンジアップ。持ち球を満足いくまで投げ込んで、投げ込みを終える。

 俺が投げ込みを終えると、続いてブルペンに入るのは亮輔。


 「はい! 英ちゃんお疲れ様!」

 「おぅサンキュー」

 ベンチに戻ると岡倉が飲み物を手渡してきた。

 飲み物を飲み、ついで渡されたタオルを受け取る。


 「英ちゃん、調子良さそうだね!」

 「そうかな? 俺はいつも通りだけどな?」

 実際はめっちゃ調子がいい。

 広島東商業戦で自分のピッチングスタイルと言うか、気持ちの入れ方というのをなんとなく学習し、その上、145キロという自己最速記録すら出した。

 最近いい事尽くめ、なにかと気分が良く、それが自然と投げるボールにも現れている。


 「英ちゃんが嬉しそうだと、私も嬉しいよ!」

 そういって笑顔を浮かべる岡倉。

 彼女の笑顔を見るとこっちまで嬉しくなるけど、素直に喜べない。

 俺はグラウンドへと視線を向け、ライトのポジションでノックを受ける龍ヶ崎を捉えた。


 先日の龍ヶ崎の頼みを聞いてから、岡倉との接し方に悩みができた。

 今まで通り近すぎてもあれだし、だからといって急によそよそしくするのも変だ。

 でも、いつも通りなら岡倉は馬鹿にみたいにぐいぐい近づいて来るだろう。


 「……岡倉」

 「なに?」

 「お前って、面倒くさい女だな」

 「えー! なんでよー!」

 本音をこぼして岡倉がムッとした表情を浮かべている。

 そういうあざとい所が面倒くさいんだよ。


 「そういえば英ちゃんの所、文化祭なにやるの?」

 「ケーキ屋クマさんだ」

 我がクラスの出し物の名前だ。

 クマさんと言うのは担任の蔵田先生の二つ名である熊殺しからきている。

 熊殺しという殺伐とした二つ名から、よくぞここまで平和的でメルヘンチックな名前にしたなと思う。


 「へー!」

 「岡倉のところは何やるんだ?」

 「私のところはお祭りみたいな感じの奴!」

 ……どんな奴だ?


 「かき氷とか販売するのか?」

 「ううん! 輪投げがあったり、射的があったり……あと金魚すくいもあるよ!」

 なるほど、縁日にある感じの遊びが出来るわけか。

 確かにお祭りみたいな感じの奴だ。


 「英ちゃんも来てね?」

 「おぅ」

 それだけ言って、俺はグラブをとってグラウンドへと向かう。

 次はシートノックに参加だ。



 夕暮れ、練習が終了し、グラウンド整備がおこなわれる。

 普段なら校舎はもう静かなのに、今日は文化祭の準備のため多くの生徒が残っている。だが今日の文化祭準備もこれぐらいで切り上げだろう。


 「佐倉」

 トンボでグラウンドを整備していると、龍ヶ崎が話しかけてきた。


 「どうした?」

 「先日の事で話がしたい。今日帰りにどっかに寄らないか?」

 「先日の事って……」

 先日の事とは岡倉か。

 一応確認のために岡倉のほうを指差す。龍ヶ崎は指差すほうへと視線を向け岡倉に気づくと、大慌てで俺へと視線を戻し、照れながら頷いてきた。乙女かお前は。


 「その事なんだけど、大輔とか恭平にも話していいか? 正直俺一人じゃ出来る事限られてるから、何人かに協力仰ぎたいんだけど」

 「出来ればしないで欲しい。特に嘉村には言わないでくれ」

 龍ヶ崎が苦い表情を浮かべている。

 うん、その気持ちはわかるよ。恭平に話せば、クールな龍ヶ崎に対しても間違いなく自慢の下ネタトークを展開するだろう。

 だが、一人でどうこう出来る気がしない。確かに部内で岡倉と一番仲が良いのは俺だとは思うが、だからと言って龍ヶ崎と岡倉をくっつける方法が浮かばない。


 「わかった」

 だけど、ここは龍ヶ崎の気持ちを汲んで俺が折れよう。

 もし仮に俺が龍ヶ崎の立場だったらと考えたら、俺だって恭平に助けを求めたくないし頼りたくない。つまりそういう事だ。


 「悪い。ありがとう」

 「気にすんな。今度購買で唐揚げおごってくれよな」

 「わかった」

 そういってほのかに笑う龍ヶ崎。

 普段、こいつの笑顔を見ないから笑顔を見ると戸惑ってしまう俺がいた。



 グラウンド整備も終えて、部室へと向かい制服へと着替える。

 いつもなら仲間たちと無駄話をしながら着替える俺だが、今日はささっと着替えて帰り支度を済ませる。


 「よし! 龍ヶ崎行くぞ!」

 「あれ? 今日は龍ヶ崎と帰るのか」

 俺が椅子から立ち上がりすでに帰宅の準備ができている龍ヶ崎に声をかけると、まだ半裸の大輔が不思議そうな顔をうかべた。

 確かに龍ヶ崎と一緒に帰るなんて今まで無かったしな。驚かれるのも当然だ。


 「あぁ、今日はちょっと龍ヶ崎と用があってな」

 「まさか英雄お前!?」

 急に驚く恭平。


 「龍ヶ崎とデキてるのか!?」

 「それはない」

 なに言ってんだこいつ?



 部室をあとにして、龍ヶ崎と並んで校門へと向かう。


 「それで龍ヶ崎。どこ行くんだ?」

 「とりあえずどっかの店で」

 「どこの店にするんだよ」

 「それはお前に任せる」

 なんだこいつ? 思わず深い溜息を吐いた。


 「お前、そんなんじゃ岡倉と付き合えねぇぞ」

 呆れながら龍ヶ崎を見る。戸惑ったような顔を浮かべる龍ヶ崎。普段の無表情はない。

 こいつ、見た目は一匹狼な感じのイケメンなのに、実際関わってみると人見知りが激しいだけじゃないか。


 「悪い。こういうのは慣れてないんだ」

 「お前なぁ、そうやって他人の行きたいところばっか行ってると、岡倉と付き合ったら苦労するぞ」

 あいつのことだ。急に意味不明な場所に行ったりする。

 あいつには一緒に馬鹿やる彼氏よりも、ある程度手懐けられる彼氏のほうが絶対向いていると思う。


 「……悪い」

 「あとずっと無表情ってのもダメだ。岡倉はな。とんでもないぐらいに小学生低学年ぐらいの性格なんだ。だから嬉しい時は笑顔を浮かべて、楽しい時は大声で笑う。それぐらいの分かりやすさじゃないと、あのアホには感情が伝わらないぞ?」

 とりあえず龍ヶ崎をダメだししてみる。

 今のこいつでは岡倉と相性がすこぶる悪い。岡倉は子供っぽい性格だ。天真爛漫という言葉が一番しっくりくるような奴だ。

 だからこそ回りくどい言い回しとか、大人っぽい恋愛をしたい奴とはとことん相性が悪い。

 「月が綺麗ですね」なんていう告白よりも「アイラブユー」と言ったほうが絶対岡倉には伝わるはずだ。まぁ岡倉がアイラブユーの意味を理解しているのかと言われたら、素直に頷けないがな。


 「英ちゃん! 私は小学生じゃないよ!」

 とここで待ちかねていたかの如く岡倉が現れた。

 どうやらもう着替えて帰るらしい。愛車の自転車を駐輪場のほうから押してきている。


 「そうだったな。お前は小学生じゃなかったな」

 「分かればいんだよ! ふっふーん!」

 そういって誇らしげに少し体をのけ反らせる岡倉。あぁその動作を見て確信した。

 お前は、幼稚園児だったな。すまん。


 「あれ? 今日は達也君とだけ?」

 ここで岡倉が龍ヶ崎に気づいたようだ。

 不思議そうに俺を見ている。


 「あぁ、龍ヶ崎から大事な相談をされてな」

 「大事な相談?」

 首をかしげる岡倉。


 「あぁ、大事な相談ってのはな、龍ヶ崎がお前と友達になりたいそうだ」

 「お、おい! 佐倉!!」

 岡倉に早速伝えてみる。

 それにめっちゃ動揺する龍ヶ崎。後ろから俺の右肩を両手で掴み小刻みにゆらしてきた。


 「友達? 達也君が?」

 「うん」

 「お、おい! 俺は別に、そういうつもりじゃない」

 龍ヶ崎がいつものような感じで呟いた。そうやってすぐツンデレをするの、マジで直せ。岡倉にはそういうの流行らないぞ?


 「英ちゃん、私をからかってる?」

 「何故(なにゆえ)?」

 「だって今、達也君そういうつもりないって言ってる」

 むすっとしている岡倉。

 俺はジロッと後ろに立つ龍ヶ崎へと視線を向ける。後ろにいた龍ヶ崎は目元に手を当てて天を仰いでいる。「やっちまったー!」とか内心ぼやきながら自分の発言に後悔しているだろう。


 「そうか。龍ヶ崎に岡倉と仲良くなりたいから協力してくれって言われたんだが……そうか、龍ヶ崎の冗談だったのか」

 あえてそんなことを言って、わざとらしい溜息をついてみる。さらに肩をすくめながら両手をあげて「やれやれ」なんて発言も加えてわざとらしさを演出し、龍ヶ崎を煽ってみる。

 ほら、龍ヶ崎。ここでなんか言わないと一生岡倉と仲良くなれねーぞ。


 龍ヶ崎は一度キョロキョロ視線を慌ただしく動かしたあと、深くため息をつき、意を決したように一歩前へと踏み出し口を開いた。


 「……冗談でいったんじゃない。岡倉、えっと、俺は……」

 口ごもる龍ヶ崎。顔はイケメンなのに女々しいやつだなお前。

 そこはストレートに「僕と付き合ってください!」ぐらい言わないと岡倉には響かないぞ! どうした!? お前の岡倉への愛はその程度か!? 岡倉の殺人弁当を食べた時の度胸を見せろ! お前の愛はその程度じゃないだろう! 気合入れろ!


 「……岡倉もマネージャーとはいえ同じ部の仲間だから。その、これから仲良く出来たら、いいなって思ったんだ」

 うわ、しり込みしやがった。逃げやがったなこいつ。

 大体、岡倉に「友達になってください!」って言ったところで、岡倉はドン引きしねーよ。子供みたいな笑顔を浮かべて「いいよ!」って間違いなく言うからな?

 なんて言ったって、学年の全女子から敬遠されているあの恭平とも平気で話すような女だぞ? 龍ヶ崎が友達になってくれっと言ったぐらいで、岡倉がドン引きするわけがないのである。


 「あーそうだったんだ! 確かに達也君とはあんま話したことなかったもんね! うん! これから仲良くしてこうね!」

 そして岡倉の太陽のような明るい笑顔が龍ヶ崎に向けられた。

 その瞬間、龍ヶ崎の顔が真っ赤になった。わお、こいつおもしれぇ。


 「お、おぅ……よろしくな」

 「それじゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ!」

 ここでいきなりのお誘い。

 龍ヶ崎は驚き俺を見てきた。突然のお誘いに戸惑い、不安そうな顔を浮かべている。俺は満面の笑みを浮かべ、手をグッジョブマークにして龍ヶ崎に向けた。涙目になっている。こいつおもしれぇ。


 「やったな龍ヶ崎! 二人で仲良く話してけよ! それじゃあ俺はもう帰るから! じゃあな!」

 「え? 英ちゃんも一緒に帰ろうよ!」

 そうして自宅へと帰ろうとしたところで岡倉に引き留められた。

 まさかの展開。うそーん。


 「俺も、佐倉と一緒に帰りたい。その……一人じゃ不安だ」

 さらに龍ヶ崎からも悲痛な声で頼まれた。

 おいおい、せっかく二人きりになれるチャンスを棒に振るのか貴様は。


 「わかったよ。三人仲良く帰りましょうか」

 まぁいい。今日は友達になったくらいで許してやるか。正直、今の龍ヶ崎を岡倉と二人きりにさせたら緊張しすぎて失神しかねない。

 そんな龍ヶ崎の情けない姿を俺は見たくないので、龍ヶ崎と岡倉と三人で帰宅することとなった。



 岡倉は自転車通学、龍ヶ崎は隣町の浅井市(あさいし)というところから鉄道通学、俺は近所なので徒歩通学。という事で、まずは山田駅まで歩いて向かう。


 「そういや龍ヶ崎、お前にずっと聞きたかったんだけど」

 「なんだ?」

 「お前ってさ、中学の時どこに所属してたんだ?」

 ずっと聞きたかった疑問。

 中学時代は軟式野球だったのだろうか、それとも硬球を使ったクラブチームだったのだろうか?

 技術力はあるから、おそらく後者だとは思うが。


 「浅井ボーイズだ。知ってるか?」

 「あー名前だけは聞いたことあるわ」

 ボーイズリーグのチームか。なるほどどうりで龍ヶ崎の名前を聞いたことがないわけだ。

 ちなみに山田市内には山田リトルシニアという硬球のクラブチームがある。

 俺は小学校までは山田リトルに所属していたが、中学では部活動の軟式野球を選択している。中学でそのまま山田シニアに行かなかったのは、色々と考えた末ではあるが、まぁそこらへんはどうでもいいか。


 「浅井ボーイズではエースだったのか?」

 「一応エースだった。けど、弱いチームだったけどな」

 「なるほど」

 龍ヶ崎は中学の頃はエースだったのか。

 だが高校では俺という天才がいたせいで、二番手三番手、それどころか外野のレギュラーにすらなっている。


 「達也君はピッチャーに戻りたいとか思わないの?」

 岡倉の純粋な質問。

 確かにずっと外野というポジションも嫌だろう。

 俺だってエースナンバーつけられなかったら、普通にすねるし、龍ヶ崎もそれぐらいあるだろう。


 「……思ってるよ。だけど……」

 言葉に詰まる龍ヶ崎。


 「……お前に勝てる気がしない」

 そして俺を見て龍ヶ崎は答えた。

 こいつ、ただのプライド高い奴だと思ってたけど、こうやって仲良くしてみると色々な姿が垣間見れる。

 ただの人見知りだったり、ナイーブな性格だったり、好きな子に思ったことを言えないところとか、色々と見えてくる。

 なんていうか、こういう龍ヶ崎を知りたくはなかったな。

 だけど、これが本来の龍ヶ崎の姿なのだろう。結構近づきにくいオーラを醸し出していたが、いざ知り合ってみると、案外面白い奴なのかもしれんな。


 「そうか。なら尚更頑張って甲子園連れてかないとな」

 「おぉ! さすが英ちゃん! 私も応援するよ!」

 俺のビッグマウス発言に、小さく手を叩いて拍手する岡倉。

 こういう岡倉の仕草に龍ヶ崎はグッとくるんだろうな。


 「なんでお前に甲子園連れてってもらわないといけないんだよ」

 呆れる龍ヶ崎。

 お前、そこは逆に「俺が甲子園に連れてってやるよ」って続けろよ! 絶対に岡倉拍手してたからな!


 「うんうん! 達也君も応援するよ! 甲子園に連れてってね!」

 岡倉、今度は龍ヶ崎にダル絡みしてくる。


 「お、おう……」

 顔を逸らし照れ顔を浮かべる龍ヶ崎。

 お前、そこは「入部した時からお前を甲子園に連れてく気だったよ!」とか「生まれた時からお前を甲子園に連れていく気だったよ!」ぐらい言えよ! 絶対に岡倉はガキのようにはしゃいだからな!


 そんな感じで龍ヶ崎の意外な一面を見た帰り道だった。

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