5話 悪友襲来
翌日、学校に登校するなり、哲也がキラキラと目を輝かせながらやってきた。
「おはよう英雄! 大会出てくれるんだよね!」
喜色満面の哲也がグイグイと近付いてくる。今まで哲也と関わってきてベスト10に入るほどの気持ち悪い顔だ。
まったく佐伯っちの野郎、昨日の今日だぞ。いくらなんでも口が軽すぎるぞ。
だが哲也とまた野球ができるのか。野球から離れた身とは言え、なんだかんだ楽しみではある。
記憶にある哲也の構えるミットの乾いた音が無意識のうちに浮かび上がる。助っ人として出るとなってから、どうも野球選手としての俺が長い冬眠期間から目を覚ましてしまったようだ。だがそれは決して表には出さない。表向きは野球から遠ざかった一般学生に過ぎないのだからな。
「あぁ。佐伯っちに頼んだ依頼を果たしてくれたらな」
「依頼? まぁ良いや! 久しぶりに英雄と野球が出来るから楽しみだよ!!」
ニコニコしながら俺の前の椅子に腰掛ける哲也。こいつはいつもそうだ。ガキの頃から俺と野球をやっている時はいつも笑顔だ。試合でもたまに笑顔になったりする。
ガキかよと思うこともあるが、なんだかんだ言って慣れ親しんだこいつの笑顔を見ると、こっちも嬉しくなったりするんだけどね。
「まぁとりあえず、またよろしくな」
照れくさくなって、頬を右手の人差し指で軽くかきながら、哲也に言う。
すぐに哲也の嬉しそうな声で「うん!」と返事が聞こえた。
昼休み。今日の昼飯は昨晩の余りであるカレーライスを詰めただけの弁当だ。
弁当箱いっぱいに詰められたご飯の上に、カレーがかけられただけという手抜きな一品。しかもカレーが弁当箱から漏れており、現在進行形で俺の鞄がカレー臭い。
そんな憂鬱な気分で昼休みが始まり、いつものように例の男どもがやってくる。
「やぁやぁやぁ! 英雄君と哲也君! 素敵な昼休み。どうお過ごしかな?」
鬱な気分を一発で吹き飛ばすほどのテンションの高い男の声。来たか友人A。
出入り口へと視線を向けると、大きく右手を振るう友人の嘉村恭平が近づいてきていた。
どんなTPOでも、その馬鹿なハイテンションを崩さない男。おそらく学年で一番騒がしい男だ。
そして変態。まごうことなき変態だ。まず確実に学校一番の変態だし、全国的に見てもかなり上位の変態だ。
こいつも野球部なのだが、野球を始めた理由が凄い。
二年の始めに俺と野球の話をしていて、俺が冗談半分に「野球部に入ったら夜のバットもフル稼働だぜ!」って言ったら本気にして入部。おそらく部活動を始める動機の中で、一番最低な入部動機だろう。
野球に関してはまだまだ下手くそみたいだが、元々身体能力がずば抜けて高い上に、手先というか色々と器用な奴だから野球も見よう見まねで出来ているようだが……。
「そして英雄! 遂に兄貴から借りたぜ! ナース物でも三傑に入ると言われている伝説の作品! 「美人看護婦今夜も寝かせない」を!!」
「あんま大声で叫ぶな」
教室のど真ん中で何言ってんだこいつ。相変わらず豪快すぎて笑ってしまう。
ちなみに今恭平が叫んだのは、いわゆるエッチなビデオのタイトルだ。
こいつの兄貴は弟の変態も理解しており、欲しいエッチなビデオを借りてきてくれるらしい。兄弟揃って筋金入りの変態だったりする。
しかもこいつら兄弟の絆は、エッチなビデオでつながってるとも恭平は言っていた。さすがに頭悪すぎんだろ。
さらに親父さんも変態。俺が恭平の家に行った際、親父さんがお勧めのビデオを俺に渡そうとしたほどだ。普通、息子の友達にそういうビデオをあげようとするか?
ようするに嘉村家の男どもは全国的に見ても世界的に見ても屈指の変態一族ってことだ。最低すぎる。だが嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。
「だが俺は部活の練習があるから、残念だが一緒に見れない!」
お前、並んで見る気だったのか。
さすがに恭平とか言うむさくるしい野郎と、テレビの前で並んで座りながら、エッチなシーンなんか見たくないぞ。
「だから俺は昨日見た! 良かった! 英雄も一日だけ貸す! たっぷりとその欲情を満たし、吐き散らせ!!」
凄く聞こえが悪い。恭平はこういうところで豪快すぎるから困る。マジで俺が女子から敬遠されてる理由の8割ぐらいはこいつのせいだと思う。
まぁどんな相手にも物怖じせず下ネタから話を始めるような豪快な性格が、こいつの良い所なんだけども……。
俺と変態の会話の真っ只中で、哲也は顔を赤くしながらボソボソと弁当を食べている。
「なんだ哲也ぁ! お前も見たいんかぁ!」
「なわけないだろう。なんでそう好き好んで他人のエッチするところを見ないといけないんだよぉ」
「出ました。哲也のムッツリ!」
弁当を食いながら哲也をまくし立てる俺と恭平の馬鹿二人。
ちなみに哲也はとってもスケベなのだが、恥ずかしいと思っているのか普段は表に出さない。いわゆるムッツリスケベだ。
確かに俺や恭平みたいに、オープンな変態になれとは言わないが、ある程度はカミングアウトしておかないと、あとで女子に引かれるぞ。
「まぁ安心しろ哲也。お前の性癖は熟知してる」
「いや恭平、僕とそういう話したことないでしょ……」
「馬鹿いえ。お前の野球スタイルを見れば何が好き変わるさ。任せろ、俺は性癖鑑定士一級だからな」
なんだその資格。初めて聞いたぞ。
ってか恭平、なんでお前「決まった」みたいな顔してんだよ。全然決まってねぇよ。
「お取り込み中すみません。佐倉君ちょっと良いかな?」
ここで話しかけてくるのは、我が校一の美男子と定評のある須田柊。言ってしまえば男版鵡川みたいな奴だ。
鵡川と同じくらいの学力と、学年男子トップクラスの運動神経を備え、その上性格が良く、教師からのお墨付きと来た。まさにミスターパーフェクト。
もちろんこいつに恋している女子は少なくない。現に千春もこいつに恋している。だが須田は女からの告白は全て断っている。こいつの断っている理由を俺は知っているのだが、なんというか知りたくはなかった。
「何だ須田?」
「ちょっとノートを運ぶの手伝ってくれない?」
さすがは美男子、ニコッと笑うと女の子みたいだ。
こいつの本性を知っていると、一緒に行きたくはないな。だがしかし恭平から例のブツを借りれたし手伝ってやるか。
「分かったよ」
「ありがとう。それじゃあ行こう」
「お、英雄! 須田とデートか! お熱いねぇ!」
なんて冗談を飛ばす恭平。微笑を浮かべる須田。おいやめろ、こいつの場合それ冗談にならねぇから。
なんてことを思いつつも、学校一の美男子と並んで職員室にクラス全員分のノートを運ぶ。
教室から離れ、廊下にいる生徒もまばらになってきた。
だいぶ人が少なくなってきたし、そろそろ須田の本性が現れるか?
「ねぇ英雄君。昨日の「音楽の祭典」見た?」
ほら口調が変わった。
こいつは普段は温厚で性格バッチリの素晴らしい好青年なのだが、一つ欠点がある。いや欠点と言う言い方は間違いか。しいていうなら変わった性癖と言うべきか。
それは異性が愛せない事。つまり同性愛者。ホモとかゲイとか言われている人たちの事だ。そして何故か俺がターゲットにされている。
去年の冬の終わり、校舎裏でこいつに告白されたのは今思い出しても衝撃だ。マジで予想外過ぎて10秒以上硬直したぐらいだ。
結局のところ、彼の熱い告白は断ったのだが、今でも事あるごとに俺と二人きりになろうとする。異性愛者の俺からしたら素直に怖い。
「いや見てないけど?」
「カッコいい男性歌手が出て僕驚いたよ! あんな素敵な人知らなかったなんて凄く後悔したよぉ」
「そりゃ良かったな須田」
適当に相槌を返すと、隣に並んで歩いていた須田の表情がムスッとした。
なんだ? この前みたいに「僕の話を真面目に聞いてよ……」なんて言うのか?
「英雄君には、柊って……呼んで欲しいな」
うるんだ瞳で須田が俺に語り掛ける。一瞬にして全身の毛が総毛立つ。やべぇ! こいつは危険だ!
ここ最近、須田はオカマ気味になり始めている。おそらく俺が異性愛者だから、少しでも女の子っぽくなろうとしているのだろう。あくまで予測だが。
もしそうだとしても、さすがに男は無理だ。どんなに女の子っぽい男の子だとしても、俺は女の子とイチャイチャしたい。
こいつと二人っきりになるのは金輪際やめろ。そう俺の本能が訴えている。
「悪い須田! 俺は今から友人のジェームズと校内鬼ごっこをするからもう手伝えそうに無いや! そこらへんのイカした男の子を誘ってくれ。じゃあな!」
そう早口に喋った俺は、ノートが入ったかごを床に置いて、全速力で走り去る。
後ろから「英雄君待って! 僕が悪かったよ! だから僕を置いていかないで!」などと言う声が聞こえたが、聞かなかったことにしよう。
学習、今度からどんなに気分が良くても須田と二人っきりにならないようにしよう。
教室に戻るともう一人の友人が来ていた。きたな友人B。って……あいつ俺の弁当食ってやがる。
人の弁当を平気でバクバク食うこいつは三村大輔。細かい事を気にしないおおらかで豪快な性格から俺とは仲が良い。いわゆる似た者同士というやつだ。
ちなみにこいつも恭平と同じく一年の終わり頃から野球部に入部している。こちらは恭平のような最低な入部動機ではない。草野球で初めて野球をやって興味をもち、軽い運動がてらに入部している。最低ではないが、入部動機は不純といえば不純か。趣味は自称食事。
恭平のように度を越した変態というわけではなく、至って常識人ではあるが、どこかズレているというか、たまによくわからないアクションを起こす変人だ。
大輔の最大の長所はパワー。とにかくパワーが桁外れだ。一年の体力測定で握力計をぶっ壊すほどのパワーを持ってる。マジでこいつの肉体構造は一度解析されるべきだと思ってる。
本気でやれば木製のバットならまず二つに折れるだろう。それぐらいの破壊力を持っている。正直、金属バットでも平気で折りそう。そんな気にさせてしまうぐらいパワーが異次元だ。
「よぉ英雄! おかえり!」
無断で食っている弁当の持ち主に、笑顔であいさつしてくる大輔。
「ただいま、とりあえず大輔。人の飯を勝手に食うな」
「えぇ? 食べ残したんじゃないの!?」
「ったりめぇだろう! 空腹で俺を殺す気か」
などと冗談っぽく言いながら近くの空いている席に座る。まぁあながち冗談ではない。まだ数口しか食っていなかっただけに放課後までもたないだろう。その上、放課後は野球部の練習に助っ人として参加する。
「お前さ、食べ残しじゃないと分かったなら、食べるのやめないか?」
「いや、美味いからつい」
などと言いながらバクバクとカレーライスを腹に収める大輔。
そうしてあっという間に平らげてしまった。 こいつが食事を趣味にしているのが頷ける。
購買でなんか買うか? 財布の中身を確認する。
29円。
…貧乏学生は辛い。
「あー! 誰か優しくて可愛い女の子が俺に弁当を作ってきてくれたらなぁー!!」
あえてクラスに響きそうな声で言ってみる。もしかすると、そこらへんの女子が「佐倉君なら毎日作ってあげる! てへっ!」とか言ってくるかもしれないし。
しかし、現実は非情だ。俺の予想を反して周りからの返答はない。女子のドン引きしたような視線が向けられる。
「おいおい英雄! そこは弁当じゃなくて可愛い女の子のほうを食べるだろ!」
周りに無視された俺をフォローしているつもりなのか恭平が声をあげる。こいつの言う食べるとは性的な意味でだ。
とりあえずフォローになってないし、余計に俺の評価を落としてる気がする。心なしか先ほどよりも女子からの視線が冷たくなっている気がする。
小さくため息をついて、外へと視線を向けた。
まぁこんな事してるから女子から避けられるんだよなぁ。冷静に考えて俺に弁当を作ってくれる奴なんていないな。
さて、残りの二時間どうしよう。俺にとって魔の二時間が始まる。