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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
59/324

58話 井の中の怪物、大海に出る

 七回の裏、山田高校の攻撃。

 この回は四番の俺からの打順となる。

 今日は2打数2安打2本塁打2打点。うん自画自賛できるほどに過去最高の成績だ。

 だけど、まだだ。マウンドからあの投手を降ろすまで満足しない。


 「大輔」

 ふと打席へと向かおうとする俺を佐和先生が呼び止めた。


 「なんですか?」

 「もう一本打って、スタンドのスカウトさんを騒がせてこい」

 ニヤリと笑う佐和先生。

 その言葉を聞いても別段やる気はさほど変わらなかった。俺は自分のやりたい事をやるだけだ。


 「騒がせられるかどうかはわかりませんが、俺はただ、あの投手をマウンドから降ろしたい。それだけです。それでスカウトが騒ぐかは勝手ですよ」

 そう一言、俺は佐和先生に告げる。

 それを聞いて呆れ笑いを浮かべる佐和先生。


 「相変わらずだな」

 そして佐和先生の答え。

 俺は小さく頷き、打席へと向かった。


 投球練習を終えたバッテリー。

 相手投手富田は俺を睨みつけてくる。負けじと俺も睨み返しながら、右打席へと入った。


 「内野、外野バックゥ!!」

 足場を固めていると、キャッチャーがナイン達へと叫ぶ。

 長打警戒されてるか。そりゃ二打席連続でホームランを打っていれば当然か。


 現在5対2で山田高校が3点のビハインド。

 この点差なら、相手バッテリーは2本ホームランを打たれてる打者と絶対に対決したいだろう。

 富田の目を睨む。抑えようと意気込みを感じる目だ。あの目で睨まれている以上、手なんか抜けない。2打席のホームランでは満足できなくなる。

 本気で、全力で、挑むだけだ……!!



 バットのグリップをこれでもかと強く握り締めた。そして息を吐いて不要な力を解く。

 最近打席に入ってよくやる行動だ。これをやると自然と不要な力だけが抜けるような気がする。


 一度空気を吸った。悪くない。

 どこか張り詰めたピリピリとした空気感。やはり勝負というのは、こういう緊迫感がないと面白みにかける。

 マウンド上の富田も俺を殺すかのような目で見つめている。良い感じだ。だけど、まだ足りない。

 あの日見た英雄のほうが、もっと凄かった。打てるかどうか分からないような絶望感を覚えさせられたと同時に、絶対に打ってやると思いたくなるような闘争心あふれた目。あの勝負で感じた緊迫感を俺はずっと追い求めている。



 初球、アウトコースへのチェンジアップ。完璧に読みが外れた。

 俺は無理に打ちに行かず、そのままバットを止めた。ストライクゾーン低めの球。


 「ストライク!」

 球審の声が耳に入る。俺は一度息を吐いた。

 さて二球目、予想はインコースへのストレート。


 そして二球目、予想通りのインコースへのストレート。これは見逃すはずがない。

 しっかりと踏み込み、力いっぱい振り抜く。

 ボールを粉々に破壊する。そんなイメージで、思いっきり打ち抜いた。


 金属バットの快音が、ライト方向にある校舎に反響する。バックネット裏のスタンドからは驚きの声があがった。

 打球は勢いよく空へと上がっていったが、まもなくレフトへと大きく逸れていく。 そのままファールゾーンにあるネットに当たる。


 少し振り出すのが早かったか? 予想通りだっただけに、早く振ってしまった。

 あとは予想通りすぎて、無駄に力を入れていた気がする。

 バックネット裏のスタンドが、ざわめいているが、なに気にするほどじゃない。



 三球目、来たのはアウトコースへのストレート……。

 俺は打ちに行こうとした直前、嫌な予感が走った。

 思わず振り出すバットを止める。嫌な予感は的中し、ボールは切れよく真下へとストンと落ちた。


 フォークボール。

 バットを振り出さないよう、足腰と腕、体全体のすべての筋肉を総動員してバットを止めた。


 「ボール!」

 球審の声に混ざって、キャッチャーが悔しそうに舌打ちをしている。

 危なかった。あと少し気付くのに遅れてたら、直感を疑ってバットをそのまま振っていたら、空振り三振に終わっていた。


 これでカウントはワンボールツーストライクか。

 決め球のフォークをここで使ってきたから、今度はなんだ?

 ストレートか? チェンジアップか? それともまだ使っていない変化球か?


 ……いかんな。

 最近野球に熱中し始めたから、どうも相手の配球を考える癖が出来てしまった。素人風情の考えでは、本職のキャッチャーが思いつく配球など読めるはずがない。現に今だってフォークボールが来るなんてみじんも思っていなかった。

 なにも考えるな。今まで通り来た球を打てば良いだけだ。

 直感を信じる。今までだって、それで結果を残してきただろう?



 心臓がいつもより早いテンポを刻みながら鼓動する。俺はこの状況に興奮している。

 英雄の入部テストであいつと戦って以来の興奮だ。

 これが野球馬鹿達が試合中に感じている興奮だとしたら、俺はすでに野球馬鹿なのかもしれない。まったく、入部当初はこんな興奮を味わえるとは思ってもいなかった。


 ただ運動がしたい。そんな軽い気持ちで入部した野球部だが、俺の人生を大きく狂わせてくれた。

 それもこれも、あいつのおかげだ。

 ネクストバッターサークルにいる英雄へと視線を向けた。運動がしたいという俺に、英雄が野球をすすめてくれたから、俺は野球を始めた。英雄のピッチングを見て、俺は野球を真面目にやろうと思った。

 本気で甲子園ってやつを目指せるんじゃないかって、英雄の投げるボールを見て思ったんだ。

 そして、英雄みたいにすげぇ奴がたくさんいるんだと思ったら、いてもたってもいられなくなった。

 英雄とまた戦って今度は打ちたい。あの日手を出せなかったボールを打ち抜きたい。だから、俺はバットを振り続けている。



 相手ピッチャーが投じる四球目。

 その瞬間、俺の体がぞわりと震えた。

 英雄との勝負の時に感じた興奮を上回る高揚感。


 やはり全国には、もっと楽しめる投手がいる。

 英雄以上にすげぇ投手がたくさんいる。俺を心を奮い立たせ、興奮させ、震撼させてくれる投手が……!

 甲子園に行きてぇ!


 破壊するように、来た球をぶち抜いた。

 バットは爆音を響かせた。 バットを握る両手に残る感触は、最高。

 打球は弾け飛ぶと同時に、どこまでも青い秋の空を穿つように、ぐんぐんと空へと上っていく。

 そうして外野手は打球を見て追うのを止めた。

 誰も追おうとしない打球は、まもなくセンターのネットを越した。


 ベンチからの歓声、スタンドからの拍手、相手チームの落胆。

 そのどれもが俺の昂った興奮をさらに掻き立てる。


 絶対に甲子園に行ってやる。英雄達と共に。

 そして、これ以上の興奮を味わってやる。一生興奮しなくても良いってぐらいに興奮してやる。

 ホームベースを俺は踏みながら、そう誓う。


 「ナイスバッチ、相変わらずやべぇな!」

 「あぁ!」

 打席近くで迎え入れてくれた英雄と軽くハイタッチをする。

 そしていつか、もう一度こいつと戦いたい。今度は絶対に打ってやるぞ英雄。



 大輔の三打席連続ホームランの後、結局得点は1点も入らなかった。

 試合は3対5で、我が校の敗北となった。

 俺からしたら完全な力負けだ。けれど学ぶことは多かった。それを加味するならば良い練習試合だったと言えるだろう。

 大輔は九回にもツーベースヒットを放っており、全国クラスのピッチャーから4打数4安打3本塁打3打点と、まさに化け物っぷりを発揮した。

 俺達山田高校が井の中の蛙だったとしたら、今日は蛙が大海を知るきっかけになった。まぁ約一匹は蛙なんてものじゃなくて、得体のしれない怪物なんだろうけど。


 「英雄、3対5なら上出来だろう。知ってるか? 秋の大会の相手さんの一試合平均得点」

 試合終了後、俺が落ち込んでるように見えたのだろう。佐和ちゃんが励ましに来た。


 「平均7点か8点ぐらい取ってるんだよ。負けた試合も7点取ってたしな。その打線を5点で抑えたんだから、まだ上出来な方だろ」

 そう佐和ちゃんは俺を慰める。まぁ別に落ち込んでないけどさ。

 確かに悔しいが、収獲があるなら満足だ。

 それにもっと頑張ろうって思えた。気持ちを改められたと言う意味でも、いい練習試合だったと思ってるよ。


 今の俺じゃまだまだ全国には通用しないって事を思い知った。

 そうだなぁ、全体的にレベルアップはもちろん必要だが、もう一つ変化球を覚えたいな。決め球に使えるぐらいの凄い奴。

 そうすりゃ、今まで以上に投球の幅が広がるだろうし。

 今度、哲也と話し合ってみるか。


 「すいませんが、山田高校のピッチャー君ですよね?」

 ふと眼鏡をかけて髪を七三分けにしたスーツ姿の男性に声をかけられた。

 確か今日の試合中、バックネット裏のスタンドにいた人だ。


 「はい? そうですけど」

 「八回の五番山下君に投げた初球、スピードガンが145キロを出してました。それで名前をお伺いしたいんですけど」

 145キロ? まさか自己最速の141キロを4キロも上回るとは……。

 試合中はアドレナリンが出るから、練習よりも球速は出るが、4キロも上回ったのは初めてだな。


 「名前ですか? 佐倉英雄です」

 「佐倉英雄君ですね。あ、申し遅れました! 私は広島シャークスの球団専属スカウトの青山と申します」

 そういって仰々しく名刺を取り出し俺に差し出す青山さん。

 プロ野球のスカウトに目をつけられるとは、マジで今日の練習試合収穫ありすぎだろう。

 しかし大輔ならまだしも、5失点した俺がスカウトに注目されるなんてな。

 ちなみに大輔の野郎は、現在数人のスカウトに囲まれている。羨ましいなんて微塵程度にしか思ってないんだからね。


 「まだ将来性を加味した上で、チェックした程度ですけど、もし来年活躍して、プロ入団も視野に入った時は、ぜひシャークスに!」

 「考えておきます」

 俺は青山さんに一礼して、その場を後にした。

 彼の前では平静を装っていたが、内心は大興奮している。彼がいなくなったところでガッツポーズなんかしてみる。

 やべぇ! 興奮してきた! マジか! もうスカウトにチェックされちゃったか俺! いやぁ、さすが俺、天才と自負しているだけあるわ本当!



 「さて今日の試合で、全国の壁と自分の限界を知っただろう。まぁ全国の壁なんて気にせず、ポカスカ打ってた馬鹿が一人居たけどな」

 グラウンド整備まで終えてベンチ前で円陣を組み、試合の総評を語る佐和ちゃん。

 そこで一同が揃いも揃って大輔を見る。

 大輔は眠そうに眼をこすっていた。相変わらず締まりない野郎だ。


 「今日のヒットは……大輔(バカ)を除いて、英雄の1本のみ。まだまだ打撃力は全国には通用しないな。一冬かけて、お前らの力を2倍にも3倍にもしてやる。覚悟しとけよ」

 佐和ちゃんの覚悟しとけよ発言は、冗談なんかじゃなく、本当に覚悟しないとマズい。

 やべぇ、冬が恐ろしい。


 「守備の方は目立ったミスはなかったが、一歩目の踏み出しが早ければ捕れてた打球が何個かあった。強い学校との試合になると、そういうわずかな差が敗北に繋がる。ミスしなかった程度で満足してはいけない。こっちも冬にみっちりと鍛え上げるつもりだから、覚悟しとくように」

 覚悟しとけの重ね掛け。これは死すらも覚悟して挑まないとまずい。

 冬が、冬が怖い。来年の春、下手すると何人か桜の木の下に埋まっているかもしれない。


 「んじゃ、明日は休みだが、恭平は定期考査が赤点だったから、恭平だけ明日10時にグラウンドに来い。楽しいマンツーマン練習やるからな」

 スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルですね。分かります。


 「あーあー何も聞こえないー!」

 恭平が耳を押さえながら、そんな事を叫んでいた。

 まぁ現実逃避したいのは良く分かるぞ。


 こうして試合後の反省会も終わり、東商業高校の最寄り駅から鉄道を使って山田市に帰宅となる。



 「三村、待ってくれ!」

 広島東商業を後にする直前、大輔は富田に呼び止められた。

 その状況を俺は岡倉と見る。


 「なんだ?」

 「今日は完敗だった! 次会うのは、甲子園でだ! 今度こそ抑えてやるからな!」

 「あぁ、今度はもっと強くなってるからな!」

 「当然だ! 俺だって強くなってやる!」

 そうして、大輔と富田は力強く握手した。

 やべぇ、大輔の野郎、めっちゃ青春してるじゃん!


 「……大輔君格好良いねぇ」

 「まったくだなぁ」

 さすが彼女持ちだ。彼女がいるいないであんなに格好良さが変わるのだろうか? いや、格好いいから彼女ができたんだろうけどな。


 「でも、英ちゃんも格好良かったよ!」

 そう言って抱きついてくる岡倉。


 「うおっ! やめろ岡倉!」

 なんで抱きついてくる必要がある。てかお、おっぱいが……せ、背中に……。

 いくら岡倉でも、ムラムラしちゃいますから勘弁してください。俺だって男の子なんですからね。そしてここまで考えて、なんとも格好良くない男なんだ俺はと思う。こんなんだから彼女一人できないのだろう。


 「おい佐倉! 岡倉! 早く来い!」

 岡倉大好き龍ヶ崎が、殺気のある視線を俺にぶつけながら怒鳴る。何故抱きつかれた俺が怒鳴られるのか、これが冤罪というやつか。


 「離れろ岡倉」

 「やだ!」

 17歳になる女子高生がだだこねても可愛くないぞ? いや、可愛いかもしれない。

 だがここで口論になって部員たちを待たせるのも忍びない。

 仕方なく岡倉をおんぶした状態で、大輔とみんなのもとへと向かう。


 「なぁ英雄」

 「なんだ?」

 「野球、くそ楽しいな」

 そうって大輔が嬉しそうに笑った。

 その笑顔に思わず口元をほころばしてしまう。


 「ったりめぇだろう。気付くのおせぇぞ」

 大輔が嬉しそうに野球を語るなんてな。常に食事の事だけ考えていた一年生の頃には、考えられないな。

 っちきしょー! カッケーじゃねぇか大輔め!


 なんて事を考えていた、11月最初の土曜日だった。

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