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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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57話 井の中の怪物、大海を知る

 11月に入った。俺が野球部に入部した夏が過ぎ、苦汁をなめた秋も終わりが近く、冬がまもなく訪れようとしている。

 そんな季節の巡りを風情に感じる今日この頃、そんな本日土曜日は我が校が新チームになって初めての県外遠征となった。


 相手は今年の夏に広島県を制し、甲子園出場を果たしている広島東商業(ひろしまひがししょうぎょう)高校だ。

 夏の甲子園では初戦13得点の大勝。続く試合では延長14回を制して勝利し、ベスト16になっている。

 だが続く三回戦で今年の夏の甲子園覇者となった愛知県代表の愛翔学園(あいしょうがくえん)に3対2で敗れている。

 だが新チームになっても強さは変わらず、秋の大会では地方大会に出場しベスト8に輝いている。古くから広島県屈指の野球強豪校として語られる学校だ。


 何故、そんな有名なチームと戦えるのかと言うと、相手チームの監督が佐和ちゃんの中学時代のチームメイトだったらしい。

 佐和ちゃんの謳い文句は「全国にも通用する投手と打者が居ますんで、試合やりませんか?」だったらしい。この文句の中に登場する投手と打者は、つまるところ俺と大輔のことだ。



 現在試合は六回の表、広島東商の攻撃。

 俺は一度ランナーを確認する。ワンアウト二三塁。今度は得点ボードを見る。4対2で俺らが負けている。


 本気で俺は抑えようとしたが、やはり強い。平気で俺の自慢のストレートを打ちやがる。

 これじゃあ謳い文句のピッチャーになれていない。悔しい。めちゃくそ悔しい。

 一方、もう一人の謳い文句である大輔は、見事に二打席連続ホームラン放っている。化け物め。


 「英雄! ここが勝負どころだ! 頑張ろう!」

 哲也が叫ぶ。俺は左手を軽く挙げて応えた。

 打席へと入るバッターを見て、先ほどの打席結果を思い出す。俺の全力最強のストレートをはじいてセンターオーバーのツーベースヒットにしやがった。思い出しただけでふつふつと悔しさがこみあげてくる。


 哲也のサインは、インコース低めへのストレート。先ほど俺が打たれたコースだ。てっちゃんえげつねぇ、お前には人の心がないのか。

 けれど、面白い。

 俺は頷き、投球モーションへと移り、思いっきり腕を振って投げる。


 指先に残る感覚は最高。よし、完璧なリリースだ! これなら行ける!

 そう思った瞬間だった。


 キィィィィン!!!


 金属の小気味良い音が俺の鼓膜で反響する。血の気が引くのを感じる。バットの芯で捉えられた。

 打球の動きと合わせて首も体も動いていく。白球は勢いよく一二塁間を抜けてライトへと転がる。

 数度舌打ち。今の自己評価最高ランクのストレートも平気でヒットにするのかよ。


 まずは三塁ランナーが生還。4失点目。

 続く二塁ランナーも三塁ベースを蹴飛ばす。

 しかしライトは強肩の龍ヶ崎。


 走りながらグラブでボールを捕った龍ヶ崎は、右足で何歩かケンケンして勢いをつけ、ホームへとスローイングする。

 放たれた白球は低い軌道で、真っ直ぐにホームを守る哲也のミットへと向かい、そしてミットを突き刺すようにノーバウンドで収まった。

 矢のような完璧な返球。だが二塁ランナーは大柄、そのままホームへと突っ込んできた。

 哲也は負けじと体全身を盾にして、ランナーと激突する。


 ランナーとぶつかった衝撃で弾き飛ばされる哲也。

 ぐるんと後転しながらも、ボールを守るようにミットを腹部に押し当てている。そうして転がり終えたところで哲也はミットをはめた左手を高く天へと突きあげる。ミットの中には白球がしっかりと収まっている。

 判定は……。


 「アウトォォォォ!!」

 当然だ。これでセーフにされたら一発ぶん殴ってたところだ。

 球審の力強い声に思わず哲也はガッツポーズをした。俺もグラブを叩く。そうして振り返り、ライトにいる龍ヶ崎に向けて左手を突き上げた。

 グッジョブ龍ヶ崎!! 助かったぜ!


 これでツーアウト。だがバッターランナーは二塁へ進んでおり、依然ピンチは続く。

 点差も5対2と3点差になってしまった。

 まだまだ気を抜ける状況ではない。



 打者は四番の野辺勇太(のべゆうた)を迎える。

 高校通算33本塁打、現在広島県下で一番プロから注目されているスラッガーだ。

 前の打席では甘く入ったチェンジアップを打たれてホームランにされている。


 次から次へと格上のバッターが出てくるこったぁ。ここでホームランを打たれたら5点差か。

 あれ? でも、もう3点差も5点差も変わらないんじゃねーか? 

 どーせ、この後逆転してくれる見込みもないし。


 そう考えたら、なんだか気が楽なってきた。

 もう抑えるとか気にせず、自分の限界を知るつもりで投げるか。

 おそらく佐和ちゃんも、そのつもりで俺らを全国クラスの相手とぶつけたのだろう。自分達の限界を知ってほしい。そういう思惑があるのだろうな。


 「己の限界を知ることは、己を伸ばす要素となる」

 中学時代の監督の言葉を不意に思い出し、胸に刻むように呟いた。

 これが成長するための要素なら仕方ない。どんなヒットも甘んじて受け止めよう。全力で挑んで敗れたのならば、それは仕方がないことだ。



 初球はインコースへのストレート。哲也は今日の試合ずっと強気なリードをしている。このリードに答えきれていない俺。

 哲也のサインに頷き、一度、体から余分な力や緊張をとるように、深く長いため息を吐いて脱力する。


 よし、行ける。

 哲也のミットを睨みつける。視界はそのミットのみを捉え、他は全てぼやけていく。


 集中力を極限まで高め、体内のテンポに合わせて投球動作へと移る。

 右足を前へと突き出す。腰が回り、上体が回る。体をボールを投擲する機械に見立て、全身を使っていく。そうして全身使って生み出したエネルギーは左腕に溜まり、左手に握られたボールにそのすべてを注ぎ込むように腕を振るう。


 全身全霊で捻じ込む。自画自賛できる一球だった。

 この球を打たれるのなら、俺の実力はここまで。

 打てるもんなら打ってみやがれってんだ。


 プロ注目スラッガーの一振り。

 相手の思いがこもったボールをことごとく粉砕したバットから鳴り響いた音は、鈍く詰まった音だった。


 打球は、ファースト頭上にふわっと浮くフライ。

 ファースト亮輔は落下点に素早く入り、両手を広げ「オーライ」と声を上げた。そして落ちてくる白球を危なげなく捕球した。

 それを見て、俺はホッと安堵の息。


 俺と野辺の対決、俺と広島東商業の対戦。まだ試合途中ではあるが、少なくともこの打席では勝った。

 それ以外の結果を見ればボロボロの惨敗だが、自分でも納得した一球で抑えられたし、素直に勝ったと喜ぼう。


 これでスリーアウト。やっとチェンジだ。

 なんとか最少失点でピンチを切り抜けられた。



 「英雄! 野辺に投げた一球。今日一番のボールだったぞ」

 「センキューベリーマッチ! 意味は知らん!」

 ベンチに戻るなり、佐和ちゃんが珍しく手放しで褒めてきた。

 あの鬼厳しい佐和ちゃんに一体なにがあったというのだ。


 「ところで、お前は中学の時から相手を抑えるつもりで投げていたのか?」

 「はい?」

 タオルでまとわりつく汗を拭いていると、佐和ちゃんが俺に質問をしてきた。


 「んな訳ねぇでしょう。中学時代はこんなに打たれた事無いから、抑えるとか考えてませんよ。逆にピンチフェチだったんで、とっとと打ってピンチにしてくれとすら思ってましたよ」

 冗談っぽく口にはしているが、わりとそう思っている節はあった。

 ピンチでのピッチングが好きすぎて、わざとフォアボールにしていた事もあったし、それぐらい俺はピンチでのピッチングが好きなんだ。


 「だろうな。野辺に投げたあの一球以外は、全て酷いものだったぞ」

 「は?」

 佐和ちゃんは打席に入った耕平君のほうを見ながら、一言そう口にした。

 酷いって、フォームとかリリースとか色々、一応気にして投げてたんだぞ?


 「いや、別にボールは悪くなかった。しっかりとコントロールできていたし、投球フォームも問題はなかった。だがな、変に抑えようとしているせいで、お前らしさが見えなかったんだ」

 「俺らしさ?」

 なんだそれ? 英雄らしいって哲也とか沙希とかに言われるけど、自分ではよく分からない事柄だぞ。


 「今から楽しんで投げろ。相手は俺らよりも明らかな格上。なら試合を楽しまないとな」

 「はぁ」

 「野辺に投じたあの一球。あれが一番お前らしい。打たれても良いから、自分の全霊をもってして捻じ伏せる一球。それが、俺を震撼させたボールだったはずだ」

 そう一言、佐和ちゃんは指示を出した。

 楽しめって、もっと技術的な指示はないのか?

 ぶつくさ文句を言いたかったが、空振り三振で戻ってきた耕平君の頭を軽くはたいて、どこが悪かったかを佐和ちゃんは説明し始めたし、ここは堪えておこう。



 しかし、佐和ちゃんの言うことは案外当たってるのかもしれない。

 今日の俺は、いつもの試合とは違う思いでマウンドに登った。

 全国クラスの相手を抑えたい。そういう気持ちで登っていた。だからだろうか、普段なら楽しめていたピンチの場面を楽しめていなかった気がする。というか楽しむ事自体を「甘い考え」と否定していた節すらある。

 佐和ちゃんの言う通り、楽しむ事よりも抑える事を意識していた。

 だがそんな俺よりも、ピンチをこよなく愛し楽しむ今までの俺の方が、全国に通用するのかもしれないな。

 もしかすると、それを思い知らせるために佐和ちゃんは、この試合を組んだのだろうか?


 ……そういえば大輔は、どういうつもりでこの試合に臨んだのだろうか?

 隣で応援している大輔に声をかけた。


 「なぁ大輔」

 「うん? どうした英雄?」

 声援を送るのをやめて、俺へと顔を向ける大輔。


 「いや、お前は今日どういう思いで試合に出てたのかと思ってさ」

 「なんだそれ?」

 俺の質問に質問し返す大輔。


 「だからほら、試合前に佐和ちゃん言ってたじゃん。相手チームと試合を組めたのは、全国クラスのピッチャーとバッターがいるって相手に話したからだって」

 「あぁあれか。確か俺とお前って話だったな」

 「だからさ、あれ言われて、お前どんな気持ちになった?」

 ちなみに俺は、相手監督が俺を全国クラスと認めてくれるようなピッチングをする。そういう意気込みを抱いた。

 対する大輔は、俺の問いに不思議そうに首を傾げた。


 「別に、どうも思わなかったけど」

 「は?」

 そして出てきた大輔の答えに俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 えっ? なに言ってんだ大輔?


 「お前、佐和ちゃんに期待されてるんだぞ。それに相手チームが認めるようなプレーをしたいとか思わないのか?」

 「別に思わないけど?」

 なんだと。


 「だって、そんな事考えるなんて無駄だろう? 俺らがどんなに頑張ったって、俺らを全国クラスかどうかを評価するのは相手チームの人たちなんだからさ」

 な、なんて奴だ大輔。

 お前はプレッシャーとか感じないのか?


 「そんな事より、今日朝飯早かったから腹減ってきたな」

 俺が躍起になっていた出来事を「そんな事」という一言で片づけやがった。

 マジかよ。こいつ、マジでやべぇな。なるほど、俺が活躍できなくて大輔が活躍している理由が、なんとなくわかった気がした。



 六回の俺らの攻撃は、一番耕平君の空振り三振、続く二番恭平も空振り三振。三番龍ヶ崎がセカンドゴロでこの回も無得点で終わった。


 相手マウンドには、地方大会初戦で八回までパーフェクトピッチングをしていたエース富田大紀(とみただいき)がいる。

 右のサイドハンドから放たれるMAX138キロのストレートを主体に、追い込んでから落差のあるフォークで空振り三振を奪うピッチャーだ。


 そんなピッチャーを俺達が攻めあぐねている中、大輔だけはただ一人、どこ吹く風とばかりに2本のホームランを打っている。

 1本目はアウトコース低めのストレートをレフトまで運び、2本目はツーツーの平行カウントからのフォークをセンターまで運んだ。

 おそらく富田も大輔に対する敵意は相当だろう。次の回は大輔と三度目の対決だし、前二打席以上に厳しく攻めて来るだろうな。



 さて七回の守り。

 前の回は四番の野辺で終わっているので、五番から始まる。

 今日の試合ですでに分かったことがある。俺はまだまだ未熟だ。怪物とは程遠いピッチャーに過ぎない。井の中の蛙大海を知らず、ここに極まれり。

 だからこそ打たれまくって、実力を思い知らされて、自分の欠点を見つけていくしか成長方法はない。天才という自負を失う事を恐れ、打たれる事から逃げていては、自分の良さも悪さも分からないままだ。


 初球はアウトコース低めへのストレート。

 俺は頷き、振りかぶる。

 そして力一杯、アウトコースへとストレートを投じた。


 ……あれ? なんだこの指のかかり具合……?


 ふと指からボールが離れる瞬間、指先のかかり具合の違和感に感じながらも強く腕を振った……はず。


 それから1秒も経たずに、乾いたミット音が鳴り響いた。

 一度息を吐いて、哲也から返球を待ち望む。


 さっきの指のかかり具合、今までに無い具合に指にかかったな。つまり、それだけボールにこめる力の量が増えたということ。それはすなわち球速が上がることにも繋がる。

 バックネット裏に設置されたスタンドに座る、野辺や富田を見に来たスカウト達が騒いでる。

 もしかして140キロ越したか? まぁ良い、とにかく今は投げる事に集中しよう。



 この後、俺は一本のヒットを打たれるも、後続はしっかりと断ち切り、何とか無失点で切り抜けた。

 そして七回の裏、この回四番の大輔から始まる。

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