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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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56話 天国と地獄

 恭平にボブを紹介する前に、まずは午後のテスト返却を終えてしまおう。


 まずは日本史。

 社会科全般は得意な方の俺、日本史はいつも29点とか、あと少しで赤点回避という感じだったので、勉強したし今回は大丈夫だろう。

 結果は41点。余裕の赤点回避だ。


 最後に英語。

 一番嫌いな科目。めっちゃ教えるのが上手い鵡川ですら通用しなかったぐらい嫌いな科目。なので哲也にすがりついた。彼の絶望した表情は今でも思い出される。

 さて結果だが……なんと、30点! きたぁぁぁぁぁ!! 赤点全回避! イエス!! ありがとう鵡川! ありがとう哲也!!


 「っしゃあ!!」

 結果を確認してガッツポーズなんかをしてしまう俺。

 英語の担当教師である市川(いちかわ)先生が訝しげに俺を見ているが気にしない。俺は今すぐにでも机の上で喜びの舞を踊りたいぐらいだ。

 これでスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルとかいう経験者満場一致の地獄の練習は回避できた。

 不意に目から涙がこぼれる。なるほど、これが今日を生き延びたという事に対する嬉し涙と言うものか。とっても暖かくて、優しい雫じゃないか。



 テスト返却も終わり、あとは帰りのホームルームだけ。

 哲也と沙希の二人と話をしながら、担任の熊殺しが来るのを待つ。


 「さすが英雄だね。勉強すれば、僕よりも頭良くなりそうだ」

 赤点全てを回避した俺に、哲也が自分の事のように喜んでいる。


 「無茶言うな! 一週間で死にかけてたのに、これ以上勉強するかよ!」

 やはり、もう勉強はしたくないな。

 哲也はニコニコしてる。やはりキャプテンとして、部員が監督に殺されるのを黙って見ているのは忍びなかったのだろうな。


 「でも英雄はやればできるタイプだし」

 「お、沙希分かってるな。あとで飴ちゃんやろう」

 沙希の言うとおり、俺はやれば出来る子だ。ただやらないだけなんだ。

 うん、これからもスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルの脅威は続くだろうし、コツコツと勉強はしていこう。せめてノートの写しぐらいは真面目にやろう。



 そして放課後、恭平にボブの事を話す為と、奴の結果を知るために、俺は恭平のクラスであるC組へと移動した。


 C組の恭平の机で、突っ伏している人物がいた。もちろん恭平だ。

 彼の机の周りには、本日返却されたテスト用紙が散らばっている。突っ伏している恭平は嗚咽してるようだ。なにしてるんだあいつは?


 「あ、佐倉君」

 「おぅ大輔の彼女。こいつに何があったんだ?」

 大輔の彼女の三浦さんが近寄って来る。大輔の彼女なので、ある程度は仲良くしている。

 机に突っ伏して嗚咽する恭平を指差し、彼女に質問した。


 「えっと……6時間目に数学のテスト用紙が返却された後、ずっとこんな状態」

 「ほぉ……」

 なんだか察してしまったが、堪えろ。まだ笑うな……。

 俺は恭平の周りに散らばるテスト用紙を拾って確認する。

 現代文31点、英語30点、生物33点、現代社会31点、日本史32点。なんだ、一応は赤点回避してるじゃないか。


 最後の一枚、つまり数学のテスト用紙を取る。

 用紙右上には嘉村恭平と乱雑な字が書かれており、その隣枠の点数記載欄には、とんでもなく綺麗な赤い円が書かれていた。つまり0点。


 ………。


 「……俺と同じくらい勉強して0点って、逆に凄いぞ……」

 素直に感心してしまった。20点台の赤点なら土下座するなり、犬のように靴を舐めるなりすれば、佐和ちゃんのことだし許してくれるかもしれないが、0点じゃどうしようも無いだろうな。

 さっきからずっと嗚咽を漏らしていた恭平が俺に気付いたようだ。


 「英雄! お前はどうだった?」

 ガバッと起き上がり、俺の両肩を掴んで聞いてくる恭平。

 目元が赤い。めっちゃ泣いた跡がある。可哀想に。


 「あいにく、頭の出来が違うおかげで全部赤点回避だ」

 そう答えて机の上に、集めた彼のテスト用紙を置いた。


 「嘘だろ……。なぁ英雄……俺たち、友達だよな……?」

 「もちろんだ。言うなれば親友と言っても過言ではないな」

 「なら、俺と……地獄に落ちてくれるよな?」

 真剣な表情を浮かべて恭平が俺に問うた。

 その言葉を聞いて俺はトレンド俳優みたいに、格好よく小さく鼻で笑う。


 「そんな事聞くとは愚問だな」

 俺は優しく両肩に乗せられた恭平の手をどかす。

 そして今度は逆に俺が恭平の左肩に右手を置いて、満面の笑みを浮かべる。

 その俺の挙動を見て、恭平の顔にも笑顔が見えた。

 一人でスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルなんていうアホみたいなネーミングの地獄を受けなくていい。恭平はそう確信しただろう。

 やはり俺と恭平は間違いなく親友だ。だからこそ、これは言わなくちゃいけない。


 「無理だ。一人で地獄に落ちろ!」

 その時の恭平の絶望した表情は、まるで全人類に裏切られた人のように悲惨なものだった。

 だって俺、スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルなんて、やりたくねぇもん。


 「英雄の馬鹿! 英雄なんて大っ嫌い!」

 「てめぇが言うなきめぇ。てか哲也達が俺以上に数学教えてただろうが! なんで0点なんだよ!」

 「……うぅ……うわあああん……!」

 あれ? なんかデジャブ感が?

 だが、このデジャブ知らない振りをしよう。


 正直、こんな悲惨な恭平にボブの話題をもちかけるのは忍びないが、千春と約束した手前、さっさと伝えておきたい。俺のことだし、後回しにしたら忘れちゃう可能性もあるしな。

 どうしよう、口元の笑みを消せない。俺今、めっちゃこの状況楽しんでるぞ。


 「そんなお前に朗報だ。俺の妹の友達がな、お前の事好きらしいぞ」

 「うえええん……何? 詳しく話を聞かせてもらおうか」

 泣いていた恭平が俺の言葉を理解した途端、一気にキリッとする。

 これでボブの写真を見せたら、本気で人間不信になってしまいそうだ。写真を持っていないのが悔やまれる。


 「写真はないんだが、とりあえず名前は椎名乙女って子だ」

 「……可愛いじゃないか。もう名前だけで美少女だって分かるぞ!」

 美少女じゃなくて微少女の方が近い。ぶっちゃけ言えば、ブ男が一番近いと思う。


 「スリーサイズは?」

 「聞けるわけねぇだろう」

 「だから見た目でだよ」

 俺は恭平みたいに、女の子の体を見ただけで、バストの大体の大きさが分かるような技術は無い。

 だがボブなら、一発で分かる。


 「デカい。とにかくデカかった」

 胸も含め、顔、腹、尻、太もも、二の腕、すべてにおいてデカかった。


 「なっなんだってぇ! 巨乳の女子高生で美少女……。もうAVの世界じゃないか!!!!」

 騒ぐな馬鹿。俺らを女子たちが軽蔑してるぞ。ほら、大輔の彼女も引いてるから。

 お前だけならまだしも、俺を巻き込むんじゃねぇ。


 「くそ! これだったら、もっと一年女子のデータ集めるべきだった……! 野球で忙しくてそれどころじゃなかった。くそぉ……! 三年ならまとめてるのにぃ!」

 めっちゃ悔しがっている恭平。

 てかお前、同学年の女子のみならず、一年と三年の女子のデータまで集めてたのか。俺じゃなきゃ軽蔑するレベルのド変態列伝だぞ。

 俺が言うのもあれだが、そういうのに情熱注ぐ暇あったら勉強しろよ。


 「今すぐ紹介しろ英雄! 俺達……親友だろ?」

 「あぁ。でも、まずはスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルから生きて帰らないとな。楽しみはあとでとっておくものだぜ」

 「確かにそうだな!! 乙女ちゃんに会うために、俺は地獄だろうと乗り越える!!!! またここに、還ってきてみせる!!!!」

 そう意気込む恭平。

 だが残念。地獄を乗り越えたとしても、次は乙女ちゃん(ボブ)と言う名の地獄が待っているんだな、これが。

 恭平ご愁傷様だ。



 「あ、佐倉君!」

 C組から戻ってきたところで、俺の席に座っている鵡川を発見した。

 なにしてるんだあの子?


 「よう、どうした?」

 「テストの結果聞きたくて、ごめんね勝手座っちゃって」

 なるほど、そういうことか。

 確かに彼女は今回の赤点回避の最大の貢献をしてくれた。結果だけは伝えよう。本当なら飯の一つはおごってやりたいぐらいだ。それぐらい感謝している。


 「無事赤点全て回避したよ。さらに51点という過去最高得点も記録した」

 「おー!」

 そういってパチパチと小さく拍手する鵡川。

 なにこの子、可愛すぎるんですけど。


 「これもひとえに鵡川のおかげだ。ありがとう」

 「いやいや、佐倉君が頑張ったからだよ。私は何もしてないし」

 謙遜をする鵡川。正直、鵡川がいなかったら、今頃恭平と並んで生きた屍になってたわ。


 「それで鵡川のほうはどうだった?」

 「うーん、いつも通りかな」

 「ほー」

 いつも通りということは全科目90点台か。俺からしたら化け物でしかない。


 「あ、俺そろそろ部活行かないとだから」

 「そっか、じゃあまたね」

 「おぅ、あと勉強教えてもらった借りはいつか返させてもらうから、改めてありがとな」

 最後にそうお礼をして、俺は鵡川と別れた。

 今度鵡川に購買のなんか買ってやらないとな。

 


 さて、無事テストを乗り越えた俺たち(恭平を除く)。

 テスト期間も終わり、まもなく11月を迎える。

 11月には山高祭という文化祭が待っている。我がクラスは誉の話だとケーキ屋を開くらしい。


 野球部の部としての出し物は、人間バッティングマシーンだ。

 その名のとおり、野球部員が投げた球を打つと言う物だ。

 ちなみにイベントで「エース佐倉英雄から一球でもフェアゾーンに飛ばしたら豪華賞品プレゼント」と言う物がある。

 確かテレビだ。マジで豪華賞品だ。まぁ俺が本気で投げれば、そこらへんの素人じゃまず打たれる事はないだろうしな。

 佐和ちゃん曰く「文化祭と言う休みでも練習になるし、お前から打てる打者が居たら部に勧誘する」と話していた。


 その文化祭で、誉がかなり楽しみにしている出し物がある。

 A組のメイド喫茶だ。そう、鵡川のメイド姿を早く見たいらしい。

 ちなみに大輔もメイド服を着るらしい。マジで想像するだけで笑ってしまいそうだ。



 そんな一大イベントを控える中で、俺は今日も黙々と練習をこなす。

 10月の中盤に入ってから、投球練習で何度か140キロを記録し始めた左腕。

 現在は左打者のインコースへの変化球が甘くなるのを修正中だ。


 龍ヶ崎も週に2、3回はブルペンに入り、投球練習をしている。

 一時期、ピッチングから離れていたが、あまりにも亮輔が登板するたびに失点するものだから、再び戻ってきた形だ。

 龍ヶ崎と並んでブルペンで投げながら、彼にアドバイスを送る。ぶっきらぼうな態度をされるが俺のアドバイスをしっかりと聞いている。

 彼もこのチャンスをものにしてピッチャーの座に返ろうとしているようだ。そういう彼の姿を見ているとこちらにもいい刺激になる。絶対に負けらんねぇと対抗心が燃えてくる。


 彼女が出来た大輔は、ここに来てさらに破壊力を増した。愛のパワーは偉大だな。

 哲也も哲也で、リードよりもキャッチングなどの技術を佐和ちゃんから教え込まれている。


 耕平君は、兄大輔に彼女が出来た事を快く思ってないっぽい。

 というか大輔の彼女と話したけど、話が合わないのが不満らしい。まだまだ彼も子供だな。

 その耕平君は、現在佐和ちゃん命令で、ひたすら流し打ちの練習とセーフティバントの練習をこなしている。


 誉は誉で走塁技術、守備技術などを重点的に叩き込まれている。

 佐和ちゃんはどうやら誉のバッティングを捨てたようだ。

 まぁ助っ人時代から何度も試合に出てるくせに、ヒット1本も打てないようじゃ、捨てるしかないよな。

 俺達には時間がない。もう来年の夏まで一年をきっている。時間がないから満遍なく鍛えてもイマイチな出来にしかならないだろう。だからこそ鍛えるべき箇所、諦めるべき箇所の取捨選択は重要になってくる。そのへんは選手の俺達が考える事ではなく、監督である佐和ちゃんが考えるべき事なんだろう。


 途中入部組も、それぞれの個性が出始めている。

 中村っちはパワー、鉄平と片井君は脚力、西岡はバッティング。

 それを佐和ちゃんが、今後どう育成するか、少しばかり期待している。


 最近は練習前のアップと、練習最後のノック以外は、各自の与えられた練習をひたすらこなしている。選手によって練習のスケジュールも変わっているのだ。


 名門や強豪と呼ばれてる奴らは、全てにおいて俺らの実力をしのぐ力を持っている。

 つまり、俺たち全員が平凡な力を持っていても、さらに高いレベルでの野球をする選手が集まる学校には勝てない。すなわち甲子園には行けない。

 我が校は、高校の途中から野球を始めたような奴らばかりだ。先ほども言ったように、今から全てを底上げしたところで、来年の夏までに名門校に勝てる力はつけられない。

 俺たちが勝つには、選手一人一人の適性と個性を見つけ、それを伸ばしていく。それこそが、俺たちに残された甲子園への道だと思っている。


 これは佐和ちゃんが言っていたことだ。

 要するには今更普通の練習をしてても、強い学校に追いつくのは難しいから、一芸に秀でた選手を作っていこうという事だ。


 そういう佐和ちゃんの考えもあり、練習は一人一人、別々の練習。

 各自にライバルは存在せず、己をライバルとして戦っている。



 12月に入れば、対外試合禁止期間に入る。

 来年3月までは練習試合すら組めなくなる。

 それまでに何試合か練習試合をすると佐和ちゃんは言っていた。


 対外試合禁止期間に入ると、本格的に己との戦いとなる。

 己と戦い、そして勝ち、一冬越した我が校はどれほど成長するのだろうか?

 甲子園を狙えるぐらい強くなるのだろうか?

 いや、それでは足りないか。


 俺の目指す場所は、全国制覇のみ。

 ならば、予想の斜め上行くぐらいのキツい練習にも耐えて、レベルアップしていかないとな。

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