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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
53/324

52話 殺人BENTO

 鵡川に数学を教えてもらった翌日。

 俺は今、すこぶる機嫌が良い。なんて晴れやかなんだ。

 割り算とは何か? と言う小学校四年生頃からの悩みが取れただけでも満足だ。


 「俺……もう死にそう……」

 元気な俺に対して誉が今にも消えそうな声を出しながら、机に突っ伏している。

 どうやら、恭平に教えるのに苦労したのか、誉も哲也も皆さんお疲れモードのようだ。


 「英雄はなんでそんなに元気なの?」

 哲也が疲れた表情で俺に聞いてくる。


 「だって小四の頃からの割り算って何? って言う長年の悩みが、昨日解消されたんだぜ! それだけで、俺の気分はベリーハイだぜ!」

 そう俺が自信満々に言うと、哲也は大きな溜め息を吐いた。


 「なんで英雄が、この高校に入学出来たんだろう……」

 そう一言、哲也はぼそりと呟いた。それはお前のおかげだぞ哲也。今度は恭平を救う番だ。頑張れ哲也!


 「あーでも、中学の時の英雄も恭平みたいな感じだったか」

 それは心外だぞ哲也。恭平と一緒にするな。はっ倒すぞ。



 そんな満身創痍の一同から視線を外すと、ちょうど沙希が教室に入ってきたところだった。

 とりあえず、今日も鵡川に教えてもらう約束をした。彼女の教え方は凄く分かりやすいし、沙希は俺に勉強を教えるの嫌だろうから、これからは鵡川と勉強することにする。

 だが一応勉強を教えてくれた事に感謝しよう。10分も経たなかったがな。


 「よぉ沙希! おはよう!」

 「…………」

 俺が彼女の下へと向かい朝の挨拶をするが、沙希は黙って読書を始める。明らか無視してやがる。

 なんだよ! 昨日はお前から、分からないのはどこかを聞いたんだろう!?


 「おい、聞こえてんだろ?」

 「…………」

 なにも返事を返さない。喧嘩売ってんのか?

 まぁいい。これぐらいで気分を害するほど、俺は沙希に対して気が短くはない。恭平がしようものならば関節技を決めてでも声をあげさせてやるがな。


 「とりあえず、勉強は鵡川に教えてもらう事になったから、今日から教えてくれなくても良いぞ。わずかな間だったけど助かった。ありがとな!」

 俺は感謝しながら頭を下げる。


 「……そう」

 こっちの顔を見ずに沙希は素っ気無く対応する。

 どうしたのだろうか? いつもの沙希だったら「はぁ!? 鵡川さん!? 鵡川って、あの鵡川さん!? なんで英雄に教えるの? 英雄に関わろうとするなんて鵡川さんって本当は頭悪いの!?」とかめっちゃ大袈裟に驚き、ナチュラルに俺をけなすはずなのだがな。


 「んじゃ、そういう事だから」

 そう一言告げて、俺は沙希の机から離れる。

 まぁ別に良いか。沙希だって機嫌悪い日ぐらいあるし、ここでダル絡みする事でもないだろう。

 ここはそっとしてあげるのも男の役目というものだ。



 昼休み。

 俺は屋上で岡倉とベンチに並んで座っていた。

 普段一緒に食べている面々だが、大輔は彼女の三浦と二人っきりの食事で欠席。

 哲也、恭平は元気がなく「なにも食いたくない」などとほざき欠席。

 という事で、仕方なく岡倉と二人で食事する運びになった。

 そしたら岡倉が「二人で食べるなら屋上で食べない?」みたいな提案をしてきたので、気分転換もかねて、その案に乗り、こうして屋上のベンチに座っているわけだ。


 「英ちゃん。その、弁当作ってきたんだ……食べてくれる?」

 「わりぃ、もう購買でパン買っちまった」

 今日は弁当を持ってくるのを忘れたが、すでに購買でパンを買っている。

 岡倉の誘いを断り、購買で買ったカツサンドを頬張る。

 岡倉は燃え尽きたようにガクッとうなだれている。


 「英ちゃん酷い……」

 「酷くねぇよ。弁当作ったんなら、先に言えや」

 「だって……恥ずかしいじゃん」

 何故恥ずかしくなるのだ?

 もしかして女子って、友達に弁当をあげる事はかなりの恥になるのかな? いや岡倉は俺を好いてるみたいだし、好きな子のために作った弁当を渡すのに恥じらうのは仕方がないか。そっちのほうがポイントも高いし。

 隣でしょんぼりしている岡倉。そんな顔すんなよ、まるで俺が悪者みたいになるじゃん。


 「分かったよ。食べるよ。貸せ」

 「本当!? ありがとう!」

 カツサンドを口に放り入れる。

 隣では岡倉が笑顔でバンザーイと両手を挙げる。

 まったく、弁当食ってもらえるだけで喜ぶなんて、ガキかよ。

 正直、こちらとしてもカツサンド一つでは腹は満たせないと思っていたので、ちょうどいい。岡倉の手料理とやらを食べてみるか。


 岡倉から手渡されたのはピンク色の弁当箱。

 小さい。この程度では男の胃袋はみたせないぞ。見た目とか気にせず大き目のタッパーに入れてくるぐらいの気概を見せろ。


 「ふっふーん! 私の自信作です!」

 「マジか」

 誇らしげに自慢する岡倉を横目に弁当箱を開いた。


 「……黒い」

 弁当箱の中身を見て第一声。

 左側は白米がつめられており真っ白いが、右側のおかず全てが黒い。ピンクの弁当箱に白米と一緒に詰められているせいで、そこだけが深淵の如き漆黒と化していた。

 ウインナー、卵焼き、野菜炒め、どれも黒すぎて食欲が失せる。


 「お前、焦がしたな」

 「焦がしてないよぉ! これぐらいがちょうどいいんだって!」

 どう見てもちょうど良くねぇよ。


 「岡倉って料理経験豊富か?」

 「うーん、普段はやらないかな。でも今日はお母さんに教えてもらったから大丈夫!」

 なにが大丈夫なのだろうか?

 どうしよう。とりあえず一番黒くない卵焼きから食べてみよう。


 「それじゃあいただきます」

 「はい! どうぞ召し上がれ!」

 キラキラした目をする岡倉に見られながら、箸をとり、卵焼きを取る。

 そして一度フォルムを確認してから、口に放り入れる。


 瞬間、舌に存在する味覚が刺激を感じ取った。


 「っぐ……」

 情けのないうめき声がこぼれた。

 ま、まずい。なんだこれは……なんだこれは!!

 しょ、しょっぱい。しょっぱすぎる!! こいつ絶対砂糖と塩間違えやがった!


 「ど、どう? 美味しい?」

 不安げに聞いてくる岡倉。

 苦しむようにうめいている俺を見て、不味かったと判断できないのだろうか?

 卵焼きっぽい物質を一気に飲み干す。口内には塩の辛味だけが残った。


 「お、岡倉……お前、砂糖と塩間違えたな?」

 「間違えてないよ! 確かにちょっと入れる量は間違えちゃったけど……」

 分量すら間違えてたのかお前。どうりでクソしょっぱいわけだ。そもそも分量間違えた失敗作をそのまま弁当箱に入れるなよ。


 「食べてみるか?」

 「うーん、それは英ちゃんに作った弁当だから私はいい。英ちゃんに全部食べて欲しいから」

 そう言ってキラキラ目を輝かせる岡倉。

 やめろ、そんな目で俺を見るな。全部食べないといけなくなるだろうが!

 弁当箱を確認する。クソしょっぱい卵焼きはあと一切れ。さすがに連続して食ったら塩分過多で俺が死ぬので、ここはひとつ、黒焦げウインナーを食べてみよう。

 ウインナーは味付けと言うか本来の味があるし、味付けを加えたりは普通はしないだろうから、多分大丈夫だろう。


 口に入れて噛み締める。クソ苦い。そらこんなに焦げてたら当然ながら苦いわな。そして食感は「サクサク」という普通のウインナーでは考えられないものになっている。

 だが、先ほど食べた卵焼きよりかは、まだ食べ物している。十分食える味だ。

 よしよし、この苦味なら耐えられる。次は、このめっちゃ黒焦げの野菜炒めを食べてみよう。


 「それ私の自信作!」

 野菜炒めをつまんだ所で、岡倉が自慢げに言う。

 つまりこれは失敗作か。覚悟を決めて口に入れる。


 「うお……」

 嘘だろ……こっちは甘いぞ。

 もしかして岡倉、作るとき塩と砂糖の容器勘違いしてたんか? なんてドジっ子がやるど定番なミス犯してるんだこいつは。

 いや、そもそも岡倉が弁当を手作りしたと言った時点で警戒すべきだったんだ。


 「ど、どうかな?」

 「岡倉、お前は味見したか?」

 「え? してないよ?」

 だろうな。


 「岡倉、こういうのは味見しっかりしような?」

 「うーん、でもあんまり朝から食べると太っちゃうし……」

 そういって恥ずかしげに自分の腹をつまむ岡倉。

 たかが味見ぐらいで太らねぇよ。


 しかし、この弁当はダメだ。クソしょっぱい卵焼きに甘い野菜炒め、めっちゃ黒焦げで苦いウインナー。

 安牌は白米しかないか。


 「……待て」

 なんだこの臭い? 酸っぱい臭いがするぞ。

 白米を嗅いでみる。酸っぱい臭いはここからだ。これは……お酢か?


 「岡倉、もしかしてこれは酢飯か?」

 「すめし? なにそれ?」

 お前、酢飯って言葉も知らずに、俺に弁当作ってきたのか!?


 「お酢と混ぜたご飯のことだよ」

 「なるほど! うん! 朝ご飯の上にお酢かけたよ!」

 「……混ぜたか?」

 「え? なんで?」

 なんでじゃねぇよ。

 つまり、この白米は酢飯じゃなくて、お酢かけご飯ということか。

 マジかよ。食いたくねぇ。


 「何故お酢を白米にかけたんだ?」

 「え? だってお酢をかけるとご飯が腐りにくくなるんでしょ? 前にテレビで言ってたんだ!」

 いや、確かにそうだけど、それは夏とかクソ暑い時期の話であって、今は10月だ。気温は夏に比べるとかなり涼しい。直射日光の当たる所で放置とかしない限りは傷むことはないだろう。

 そもそも、お酢をかけただけのご飯に抗菌作用があるのかは疑問だがな。


 「どうしたの英ちゃん? 箸止まってるけど……」

 「い、いやぁなんでもないよ。う、うん。じゃあ今度はご飯食べてみようかな」

 安牌が真っ黒焦げのクソ苦い炭化しかけたウインナーしかないという地獄。

 まさか、こんな地獄を昼休みに味わう事になるとは思わなかった。


 ごはんを箸ですくう。

 凄い、ご飯から数十cm離れているのに、めっちゃ酸っぱい臭いがする。岡倉、どんだけお酢をかけたんだ。


 「南無三……」

 小声で呟いて口に放り入れる。

 案の定、口の中にお酢の臭いが広がる。しかもベチャベチャしている。どう見ても少量のお酢では不可能なぐらいベチャベチャしている。お酢かけご飯どころかお酢漬けご飯だった。ありえん、ご飯の漬け物でも作る気かこいつは。

 あまりの酸っぱさに吐きそうになるが、そこは堪えて飲み込んだ。

 飲み込んでなおも酸っぱさの余韻が脳を刺激する。やべぇ、これはマジで今日俺死ぬかもしれん。


 「どう?」

 「岡倉お前、分量計ってるか?」

 「ぶんりょう? なにそれ?」

 もう駄目だこいつ。

 マジで料理の知識まったくないのに作ってきたのかよ。

 ふわふわした性格にも程があるだろう。どうすんだよこれ。正直昼休み終了時間までに食い終わらないぞ。

 どうしよう。どうやって処理しよう。……恭平か哲也も巻き込むか?


 「それで英ちゃん、どう? 美味しい?」

 「あ、あぁ、美味しい」

 最後声のトーンを下げて美味しいと言ったのに、めっちゃ嬉しそうにしている岡倉。


 「そこでなんだけど、恭平や哲也にも食わせていいか?」

 「え? 出来れば英ちゃん一人で食べて欲しいんだけど」

 無理です。このまま食べ続けたら絶対に味覚が壊れます。


 「いやあれだよ。哲也や恭平とも毎日一緒に昼飯食ってるわけだしさ。少しくらいは良いだろ?」

 「うーん、確かにそうだね。じゃあ大輔君にも食べてもらわないとね」

 「あー大輔はほら、彼女できちゃったし、さすがに彼女さんの前で別の女が作った弁当は食べさせられないでしょう」

 「そっかー確かに」

 さすがに大輔には、この弁当は食わせられない。

 食にうるさい大輔のことだし、絶対にブチ切れそうだ。そんな姿を付き合い始めたばかりの三浦に見せて失望されては困る。



 ってことで、岡倉と共に2年B組へ。

 そこには机に突っ伏している哲也と恭平。


 「どうしたの英雄?」

 「恭平、哲也! 腹減ってるか!?」

 「いや、さっきも言ったけど、大してお腹すいてないんだ」

 そういって疲れた顔を浮かべる哲也。


 「なに言ってんだよお前ら。この後午後の授業があって、その後は放課後で勉強会が待ってるんだぞ! 少しでもなんか食わないと体力もたないぞ」

 「だけど今日は、疲れてて」

 「哲也と同じく」

 めっちゃ気だるげに答える哲也と恭平。


 「そんなお前らに朗報だ。岡倉が手作り弁当を作った。これを食べて欲しい」

 そういって二人の前に岡倉の弁当を見せた。


 「なに? 女子の手作り弁当だと!? ってか英雄! お前岡倉に手作り弁当作ってもらったのか!」

 急に元気になる恭平。さすが女に飢えた獣だ。


 「それはどうでもいい話だ。それよりこれを食べて欲しい。日頃一緒に昼飯を食ってる俺たちへのお礼だそうだ」

 「なるほど……って、え?」

 恭平が静かになった。

 哲也も凄い困惑した表情で見ている。

 黒いおかずと白米から漂う酸っぱい臭いで、二人はこの弁当の異常性に気づいたようだ。


 「こ、これって……岡倉さんの手作り?」

 「うん! 昨日お母さんに作り方教えてもらって、今日朝早く起きて作ったの! すごいでしょ!」

 自慢げに語る岡倉。

 あぁすごいよ岡倉。この弁当、本当にすごいよ。

 子供のようなキラキラした顔を浮かべる岡倉を見て、恭平と哲也は顔を見合わせた。


 「そ、そう……」

 「食べてみて! 英ちゃんは美味しいって言ってたから!」

 その言葉を聞いて俺を見る二人。

 俺のうすら笑いを見て、二人は察したようだ。


 「そ、それじゃあ僕はこのウインナーいただこうかな……」

 「じゃあ俺は、手作り弁当ど定番の卵焼きで……」

 そういって二人はそれぞれ黒い物体をつまみ、そして口に放り入れた。

 瞬間、苦い表情を浮かべる哲也と、うめき声をあげて口元を抑える恭平。


 「どうかな?」

 「う、うん、美味しいよ」

 哲也苦笑い。恭平は背もたれに体をあずけたまま、虚ろな目で天井を見ている。

 さすが岡倉だ。あの恭平を黙らせるとはな。

 だがしかし、哲也は行けるとしても、恭平はもうダメそうだ。これでお酢漬けご飯を食ったら間違いなく死ぬだろう。

 でも、残りを俺と哲也で処理できるはずがない。後二人ほど戦力が欲しいが……。


 「うっすー! なにやってんのお前ら……って、この弁当、もしかして岡倉の!?」 

 ここで現れたのは鉄平。

 まさに救世主だ。岡倉好きの鉄平ならたとえマズい弁当でも、全て涙を流しながら「美味い美味い」と褒めちぎりながら食ってくれるはずだ。


 「うん!」

 「すげぇ! 岡倉料理できるんだな!」

 「そうだよ! 私だって料理できるんだから!」

 料理? 何を言っているんだこいつは?


 「鉄平もなんか食ってみるか?」

 「いいのか!?」

 「いいよな岡倉? 褒めてくれたんだし」

 「うん! いいよ!」

 ということで犠牲者を増やしていく。


 「じゃあなにがいいかな。卵焼きはねぇの?」

 「残念、すでに俺と恭平で処理を済ませてる」

 「マジかよー! じゃあ、この野菜炒めっぽいのもらうわ」

 そういって野菜炒めを指でつまむ鉄平。

 結構な量をいったぞ。大丈夫か。


 口に含んだ瞬間、鉄平の目を開いた。そして「ブフッ!」と空気を吹き出し、口元を手で隠してひざまずいた。

 そしてゴホゴホと咳き込んでいる。


 「大丈夫鉄平君!?」

 「大丈夫だ岡倉。鉄平は今、涙を流すほど喜んでるんだ。そうだろ鉄平?」

 鉄平と同じくひざまずき、彼の肩に手をおいて俺は悪い笑みを浮かべた。


 「お前なら、残りの弁当食えるな? 安心しろ。白米は甘い味付けじゃないぞ」

 咳き込む鉄平に囁く。

 だが鉄平はめっちゃ首を左右に振っている。涙目になっているせいか、余計に拒絶している感が出ている。お前の岡倉への愛はそんなもんか!

 クソ、まだ最大の脅威であるお酢漬けご飯が残っているというのに……! 嫌だ、俺はこんなものこれ以上食いたくない。


 まだだ。まだいるはずだ……。

 岡倉の弁当を喜んで食べる奴……。


 「いるじゃん」

 ここでひとり思い浮かんだ。


 「岡倉! E組行くぞ!」

 「え!?」

 ということで、岡倉の弁当をもって今度は2年E組へと向かった。



 「なんのようだ佐倉?」

 で、龍ヶ崎のところにやってきた。

 ちょうど弁当を食べている最中だ。都合がいいぞこれは。


 「お前、その弁当で足りるか?」

 「そんなのお前には関係ねぇだろ」

 「そう照れるなって、美味しいお弁当をやるよ」

 そういって龍ヶ崎の前に岡倉の弁当を置いた。


 「なんだこれ」

 すでにおかずがないので、残っているのはお酢漬けご飯と黒い物質の残滓のみ。

 そしてそこから発する強烈なお酢の臭いに龍ヶ崎の顔が歪んだ。


 「岡倉の手作り弁当だ。今部員全員に食べてもらってるところなんだ」

 「……英ちゃんに作ったのに」

 呟く岡倉の声。めっちゃしょんぼりしているが、ここはなりふり構っていられない。さすがに俺一人ではこの弁当は食いきれない。


 「なんで俺の所に来るんだよ」

 「お前だって野球部員だろう。それに」

 龍ヶ崎の耳元に口を近づけた。


 「お前が岡倉好きなの知ってるぞ」

 「はぁ!?」

 俺が小声で耳打ちすると顔を真っ赤にする龍ヶ崎。

 ふふ、お前が練習中に岡倉のほうを度々見ているのは知っているさ。


 「べ、別に好きじゃねぇよ!」

 「まぁそれは置いといて、一部員として食べてくれよ、な?」

 そうして机に置いてある岡倉の弁当を龍ヶ崎のほうへと近づける。 

 酸っぱい臭いに嫌そうな顔を浮かべる龍ヶ崎。


 「達也君、無理して食べなくて良いんだよ? それ、英ちゃんが全部食べるから」

 全部食べるつもりはさらさらないが、岡倉のその追い打ち、ナイスだ。

 そんなしょんぼり顔されたら、どんな男だって断れない。

 そして岡倉に惚れている龍ヶ崎が、他の男の名前を出されたこの状況で、断るなんてまず出来ないことだ。


 岡倉の追い打ちを聞いて、少し悩む龍ヶ崎。そして……。


 「いや、一口ぐらいなら食べるよ」

 龍ヶ崎が珍しく笑った。明らか作り笑いだけど。よし犠牲者追加だ。

 作り笑いを浮かべたまま、龍ヶ崎は自分の箸でお酢漬けご飯をすくう。この時点で白米の異様さに気づいただろう。

 覚悟を決めるように、一度目をつぶって深呼吸をしてから、龍ヶ崎は口に入れた。


 普段クールで無表情な龍ヶ崎が、めっちゃ目を見開いている。

 そして「んふぅ……」という情けないうめき声。うわ、すげぇおもしれぇ。

 だがジタバタと苦しむ真似はせず、そのまま飲み込んだ。


 「どうかな?」

 「あぁ、まぁ……マズくはないな」

 嘘つけ。絶対お前岡倉の弁当だからマズくないって言っただろう。


 「そっか! 良かった!」

 龍ヶ崎の回答を聞いて、笑顔を咲かせる岡倉。

 その笑顔を見て照れる龍ヶ崎。そうして机に置いてある飲み物を一口飲んで口の中を洗浄している。


 「もう一口いいか?」

 マジかよ。お前中々やるな。

 いやこれを断る理由はない。できることなら全部食べて欲しいぐらいだ。


 「いいよな岡倉?」

 「う、うん、でも……」

 「普段龍ヶ崎と仲良くする機会ないんだし、こういう時に仲良くしないとな。それに俺もちゃんと食べるから」

 そういって箸を取る。

 さすがに俺のために作ってくれた弁当だ。一口だけ食べただけで終わってしまうのも岡倉が可哀想だ。


 「分かった! ありがとう!」

 彼女の笑顔を拝んだことだし、さぁ戦闘開始だ。


 こうして俺と龍ヶ崎共にうめき声をあげながら、残ったお酢漬けご飯を処理していく。

 岡倉は俺と龍ヶ崎の様子をニコニコと見ながら、おそらく彼女の母が作ったであろう普通の弁当を食べている。なんだこれは? 新しい見世物か何かにされてるのか?

 そんなことを思いつつ、気を紛らわすために龍ヶ崎とかと雑談をしつつ、昼休みは過ぎていくのだった。

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