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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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51話 ドキドキテスト勉強

 ついにテスト一週間前となりテスト期間が訪れた。これから一週間は放課後の部活動が禁止となる。佐和ちゃんも「しっかり勉強して赤点を取るなよ」と釘を刺していた。俺にとっては勝負の一週間となる。

 ちなみに恭平班の大輔は、彼女となった三浦さんの事もあるので、哲也と俺の話し合いの結果、離脱が決定している。あくまで大輔と三浦さんの事を思っての結果だ。恭平を陥れようとはちょっとだけしか思っていない。



 学校が終わり放課後、クラスに残って沙希とお勉強開始だ。


 「なんだか高校入試の時思い出すわ。あの時も放課後、教室でやってたもんね」

 「そういえばそうだったな。あの時は哲也もいて、二人とも毎日疲れた顔をしてたよな」

 「それ、あんたのせいだからね」

 沙希と机を挟んで対面し、そんなやりとりを交わしながら勉強の準備をする。

 授業で使っている教科書に、授業で使っているノートと筆箱を取り出す。


 「沙希、お前って理系得意だっけ?」

 「バカにしないで、英雄に教えるぐらいはできるけど」

 沙希は典型的な文系だ。

 高校入試の時も理系科目は哲也が教え、文系科目は沙希が教えていた。


 「とりあえず英雄の苦手な科目は何?」

 「強いて言うなら、国語と英語と数学と理科と社会科かな?」

 「全部じゃない……」

 「全部じゃないぞ沙希。体育と保体は得意だ!」

 呆れる沙希に俺は笑顔で自慢する。

 それを聞いて深くため息を吐く沙希。


 「どっちも中間テストの範囲じゃないでしょう。真面目にやってよ英雄」

 そうして不機嫌そうに俺を説教する沙希。

 そんな沙希に「えへへ」などと男が言うには到底おぞましい言葉を発しつつ恥じらう乙女のような動作をする。それを見て、余計に沙希はため息を深くした。


 「いいや。とりあえず、数学から始めましょ」

 「うっす! よろしくっす沙希先生!」

 ってことで数学から始める。


 「まず範囲の微分と積分を教えるね」

 「待て沙希。微分と積分ってなんだ?」

 「はい?」

 沙希の口から発せられた意味不明な単語に、俺は思わず質問する。

 そもそも数学は難しい。公式を覚えないといけないからだ。理系のてっちゃんは「ルールさえ分かればどんな問題も解けるから、作者の心情を答えろみたいな問題が出る国語よりも簡単」なんていうけれど、まだ日本語が使われている国語のほうが分かりやすい。数字ばかりは苦手だ。


 「だから、微分係数ってのは、平均変化率を……」

 「……平均変化率って何だ?」

 「それも分からないの? 平均変化率ってのは、つまりb-a分のf(b)-f(a)よ」

 「お前、いつから外人になったんだ」

 「……英雄。本気で赤点回避する気ある?」

 沙希がイラッとしているらしく表情にも表れている。

 真面目にやってるのだが、脳に何にも入ってこないのだ。

 まぁ長年勉強してないし仕方がない。授業中も寝てばかりだし。


 「あぁ、俺はガチで回避する気満々だ」

 「……だよね。じゃあ、どこが分からないのか、教えてくれれば、そこから教えていくけど」

 「サンクス。じゃあ、とりあえず割り算ってなんだ?」

 沙希が頭を抱えたのはその数秒後だった。



 もう英雄なんて知らない!


 そう言って怒った沙希が出て行ったのは、数分前。

 俺はポツンと一人席に座っている。だって、どこが分からないのかを教えたのに、なんで怒られなければいけない。


 しかし本気でどうしよう……。

 もう俺には沙希ぐらいしか頼める相手がいない。

 さすがに恭平という爆弾を背負っている哲也や誉のもとに行って教えを乞うのは、彼らを殺すと同意義になってしまうし……。

 だが、ここは見境なく行くべきか。スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルなどという地獄を回避するためには、誰かを犠牲にしなければいけないだろうし。


 「あれ? 佐倉君?」

 ふと教室の前の方の出入り口から鵡川がのぞいてきた。俺は片手を挙げながら「よぉ」と挨拶した。


 「どうしたの? 居残り?」

 どうやら、現在一人椅子に座っている俺に興味を持ったらしく、教室に入ってきて近付いてきた。


 「んな訳ないだろ。テスト勉強だよ」

 「テスト勉強? そうなんだ。佐倉君も勉強とかやるんだね。意外」

 「だろ? 俺だって佐和ちゃんから釘さされなきゃこんなことやってないよ。でも勉強がはかどってないんだ。もう猫の手も借りたいぐらいだ」

 背もたれに体を預けながら鵡川と駄弁る。

 こんなことしてる余裕はないのだが、一人椅子に座って出来もしない勉強をしていても意味がないしな。


 「そうなの? ……あのさ、もし良かったらでいいんだけど、分からないところ教えてあげよっか?」

 俺の状況を察したのか、鵡川が優しい口調で聞いてくる。さすがミスパーフェクト。誰にでも優しいな。

 そして俺からしたら、まさに救いの手だ。一筋の光明が差すとはこの事を言うんだろうな。


 「マジで! じゃあさ数学なんだけど、割り算って何?」

 「えっ? 割り算? ……じゃあ、そこから教えるね」

 激怒した沙希とは違い、鵡川は微笑みながら教えてくれるらしい。隣の席にカバンを置くと、椅子を引っ張り出して俺の隣に置いて、スッと腰掛けた。

 そして割り算について説明してもらった。


 ……やべぇ、良く分かるぞ! これが割り算だったのか!?

 なにこの人。めっちゃ教えるの上手いんですけど。

 てか、俺はこんな簡単なことがわからなかったのか。岡倉を馬鹿にできないな。


 「すげぇな鵡川! 良く分かるぞ!」

 「えっ? あぁ、ありがとう」

 そうニコッと笑う笑顔に、俺は思わずドキッとした。

 なんていうか、鵡川の笑顔は神々しい。


 なるほど、男どもが彼女に憧れる理由が分かった。なんていうか、なにもかも素晴らしいわけだよ。

 目、鼻、口、耳……全てのパーツが完璧なんだ。ミスパーフェクト鵡川はまさにミスパーフェクトということだ。

 こんな全てが完璧な人と、俺は死ぬまでに、もう一度出会えるのだろうか?


 「じゃあさ、微分と積分って何だ?」

 さっき沙希が言っていた言葉を思い出して質問する。

 てことで鵡川は嬉しそうな顔をして俺に教える。なんだ教えるのが好きなのか。先生に向いてそうですね。


 ノートに書かれていく文字やアルファベット。それを丁寧に説明していく鵡川。

 俺は何気なく隣でシャープペンを持って教える鵡川の横顔を見た。


 ……俺は思わず後悔していた。

 すぐ真横に沙希以外の女子の顔があるなんて、生まれて初めてだ。

 それが堪らなく心拍数を上げる。

 そして沙希とは少し違う、女子特有の甘いシャンプーのほのかな香りが鼻孔をくすぐる。


 ヤバい、勉強を真面目にやらないと! だが頭に入ってこない。いや集中しろ佐倉英雄。女子にどぎまぎしているようでは、エースになれないぞ。

 思春期の男の子のような、悶々とした気分の中で鵡川に下校時刻まで教えてもらう俺だった。



 英雄の頭の悪さに、私は文句を言って教室を出てしまったが、それから十数分後、冷静になった頭で深く後悔した。

 私から分からないところを聞いたのに、怒って出て行くなんて馬鹿みたいだ。いや正真正銘の馬鹿だ。

 せっかく久しぶりに英雄の隣で勉強を教えてあげられるチャンスだったのに、なにをやっているんだ私は……。


 自分の犯したミスを悔やみながら、美術室から出て英雄がいる2年B組へと足を運ぶ。

 私は現在テンションががた落ちしている。

 だって英雄の事が好きなのに、二人で密着度が高い勉強を教えるという行為から、自ら逃げたのだ。

 前々から英雄の前では素直になれない自分に、ただただ嫌悪感も抱いてしまう。


 「大体、割り算知らないのに、なんで高校入学できたのよ」

 ぶつくさ文句をこぼしてしまう。

 そういえば入試試験の勉強の時は、哲也が数学と理科と英語の三科目を教えていたっけ。

 哲也はおそらく割り算とかそういう言葉を使わずに教えたのだろう。哲也は私よりも頭がいいし、英雄とは物心つく前からの付き合いだし、どう説明すれば英雄に良く伝わるかなんて分かってるんだろうなぁ。

 今度、哲也に勉強の教え方を聞いてみよう。


 英雄……帰ってなければ良いけど……。



 「じゃあさ、微分と積分って何だ?」

 教室から聞こえる英雄の声。残っていた事に嬉しさで胸が破裂しそうだった。

 一刻も早く英雄の前に立って、癇癪を起したことを謝って、また勉強を教えたい。そうはやる気持ちを押さえて教室の戸を開けようとして、戸の向こうから女性の声が聞こえた。

 戸を開けようとする手が止まり、思わず息をひそめて教室の戸の窓から、室内を伺う。


 そこには英雄とその隣に座る鵡川さんが座っていた。

 思わず体の力が抜けてその場にへ垂れ込みそうになる。しかし何とか直前で耐えて、情けなくへ垂れ込まないように堪えた。


 なんで? なんで英雄と鵡川さんが一緒に居るの?


 私はもう一度、教室のガラス戸から二人を盗み見る。

 どうやら、ただ勉強を教えているだけのようだ。


 ……なんだ。安心した。


 そう思ったのも、つかの間だった。

 英雄が鵡川さんの顔を見て、頬を赤くしているのだ。


 英雄が女子の顔を見て顔を赤くするなんて、知り合って以来、初めての出来事だ。

 それは驚きと同時に、英雄にもついに好きな人が出来たという可能性が浮上したことにもつながる。


 「嘘でしょ……?」

 あの英雄に好きな人が出来る? そんなありえない。

 中学の頃から、英雄は一部の女子から人気があった。明るく元気でスポーツ万能で、男子のリーダーみたいな英雄に憧れと好意を抱いていたのだ。

 その子達はそれぞれ英雄にアピールするも、英雄は彼女達の気持ちに気付かなかった。

 そんな、女子の気持ちを知ろうとしない英雄に好きな人が……。


 気楽に感じていた。楽観視していた。

 英雄なら、好きな人なんて出来ないだろうし、私とも長い縁だし、気長に彼の心変わりを待っていた。

 それがいけなかったのだろうか?


 なにも考えられない。

 いや、今はなにも考えたくない。


 私は、逃げるようにその場を後にした。

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