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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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48話 二人の馬鹿

 10月も終盤に差し掛かり、まもなく二学期中間テストの為、テスト期間に突入する。

 部内でも特に頭の悪い俺と恭平は、一個でも赤点があれば「スーパーミラクルハイパー佐和スペシャル」という冗談みたいな名前のくせに、地獄のような佐和ちゃんとのマンツーマン練習を行う事になる。

 どれくらい地獄かと言うと、当時それを食らったOB達がみな口を揃えて「勉強頑張って絶対に回避しろ」と念を押すレベルでの地獄だ。主な証言をあげると……。


 まずは一昨年の黄金期のエースピッチャーだったKさんの証言。

 「いやね、地面を見ていたのに、何故か急にパァと明るくなったと思うと、目の前に綺麗な花畑と美しい川が見えたわけよ。川の向こうには死んだ爺ちゃんと婆ちゃんがいたんだ。今思えば、あれは三途の川だったのかもしれないな」


 続いて黄金期のひとつ前の先輩で、当時四番を任されていたSさんの証言。

 「あれか……。あの時は走馬灯が見えたな。いやマジでさ。本当に物心ついてからの記憶が色々と浮かんできたんだよ。そんで色々と今までの事を後悔したね。まぁあの練習のおかげで、いつでも人は死んでしまうと言うことを再認識できたかな」


 次は黄金期ひとつ後の先輩。去年卒業した先輩となるYさんの証言。

 「嫌なことを思い出させないでくれ。その言葉は一生聞きたくない。死ぬまで、その言葉はトラウマだろう。それぐらいヤバかったんだ。あれは練習じゃない、拷問以上、処刑以下に近い」


 さらに黄金期に四番を任されていたHさんの証言。

 「まさにスーパーで、ミラクルで、ハイパーで、スペシャルだったよ。今じゃ冗談で言えるけど、あの当時はその練習以来、しばらく佐和先生の顔を見るだけでも吐き気がこみ上げてくるぐらいトラウマだったな。いやぁ~……あの時は生死をさまよったなぁ」


 そして黄金期二つ前の先輩で当時サードを守っていたEさんの証言。

 「あの練習をもう一回やるのと、100度に熱した油がたっぷり入った鍋に手を突っ込むなら、俺は即、鍋に手を入れるだろうな。それぐらいやりたくない」


 最後に黄金期ひとつ前のセンターのレギュラーだったIさんの証言。

 「名前からして、どーせそこまでだろと思ったのは間違いだったよ。もうね、5回は死んだ。逆に生きて帰れた自分を褒めたい。あれ以来、どんなに辛くて苦しくても、乗り越えられる自信が出来たよ。たまに夜寝てる時にフラッシュバックして目を覚ますことはあるけどな」



 今の言葉は明らか冗談っぽいが、全て先輩たちの口から語られた実話だ。ノンフィクシュンである。

 話を最初に聞いた時は話を盛りすぎだと思っていたのだが、経験者全員がこうも口をそろえて「やばい」と言っている以上、もうやばいものとしか見ることができない。

 つまり、スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルは、死ぬ可能性があると言うことだ。

 もう、ね。俺と恭平は、本気で焦ってますよ。


 「ど、どどどうする英雄!?」

 昼休み、恭平がめっちゃ焦りながら教科書を読んでいる。

 だが普段は使っていないせいか、それともただ馬鹿なだけなのか、教科書が逆さまだ。

 ボケでやっているのかと思ったが、恭平の様子を見る限りボケでやってるわけではないらしい。


 「一夜漬けでも付け焼き刃でも勉強するしかないだろう?」

 「だけど俺、入試以来勉強なんかしてねぇぞ!」

 「俺もだ。もう死ぬしかないのかなぁ……」

 「英雄、お前が地獄に落ちると言うなら、俺も落ちるぜ。それが親友ってやつさ!」

 「恭平……」

 もうすでに俺と恭平からは諦めムード。

 その様子を哲也と大輔と岡倉が見ている。


 「諦める前に勉強しようよ……」

 そういって頭を抱え深いため息を吐く哲也。

 まるで俺の高校入試の試験勉強の時のようだ。あの時も哲也は毎日毎日頭を抱えていたな。


 「哲也の言うとおりだぞ。大体、普通に授業受けてれば赤点なんか取らねぇだろう」

 頭を抱える哲也の横でバクバクと弁当を食いながら正論をいう大輔。

 お前、授業中マイ枕を机に出して寝てるだろうが、しかも図々しくいびきも掻きやがって。

 大体、なんで授業中寝てるのにお前頭いいんだよ。


 大輔は俺や恭平と同じく授業を真面目に受けていないが、俺らと違って頭がいい。

 要領の良さか、それとも睡眠学習でもしているのか、マジで大輔はよくわからん奴だ。


 「哲也ぁ、大輔ぇ、俺を助けてくれぇ」

 ここで恭平が哲也と大輔に泣きついた。

 哲也は学年上位10位にははいる秀才。大輔も平均よりも上に行くだけの頭の良さがある。すがるのも当然だろう。


 「大輔、どうする?」

 「とりあえず英雄より恭平のほうがやばそうだから、恭平のほうを教えよう。誉もいればなんとかなるだろう」

 誉もそういえば頭良かったな。ってかあいつ、去年学年二位じゃなかったか?

 マジであいつも良くわからん奴だ。運動神経抜群で頭も良いとかチーターかよ。


 「てか待て、お前ら三人で恭平教えるのか?」

 「さすがに恭平を一人で教えるのは辛いかな」

 「だな。それに三人いれば教えられない科目はないだろうしな」

 待て待て、一人ぐらい俺に寄越せよ。


 「お前ら……ありがとう! 持つべきももは友ってやつだな!」

 若干言葉が間違ってるぞ恭平。

 え? ちょっと待って? マジで誰も俺についてくれないの?


 「恭平、さっき一緒に地獄に落ちようって約束したよな?」

 「悪い英雄。地獄に落ちるのは、お前だけだ」

 にっこり笑う恭平。

 こいつ……。


 「じゃあ英ちゃんは私が勉強教えてあげる!」

 ここで岡倉が精一杯右手を上げながら宣言する。


 「ごめん、岡倉はいいや」

 「えぇ! なんでよー!」

 だってこいつと勉強したら絶対学力落ちるもん。

 テスト前には幼稚園児並みの知能になってそうで怖いし。


 「大体、お前前回の定期テストどうだったんだよ」

 「ふふん! こう見えても赤点は一つもありませんでした!」

 「……学年何位ぐらいだった?」

 「前回は下から10位以内から外れました!」

 そういってしたり顔を浮かべる岡倉。

 お前、大して俺と学力変わらねぇじゃねぇか。


 「悪い、今回はパスさせてくれ」

 「えー! なんでよー!」

 なんでよじゃない。絶対岡倉と勉強したらダメだ。

 今回ばかりは一つも赤点を落とせない。岡倉と遊んでいる余裕はない。


 「岡倉、英雄はお前と二人きりだとおっぱいばかり目がいって集中できないんだよ。分かってやれ」

 「え? そうなの? そっかー、じゃあ仕方ないね!」

 恭平、お前なに誤解まねく発言してんだよ。なんだよその「俺は分かってるからな」と言いたげな顔は。やめろ、俺に親指を上げた手を向けるな。その親指捻り曲げるぞ。

 そして岡倉も納得するな。これじゃあ俺が岡倉の胸に興味を持つ変態みたいになるだろうが。いや、確かに二人きりで並んで座っていたら気にしちゃうかもしれないけれども。

 まぁいい。今はいちいち訂正しているのも忍びない。変に話が逸れて哲也とか大輔に頼めなくなるのも面倒だ。


 「哲也、お前だけは俺を救ってくれるよな?」

 結局頼るのは哲也だった。

 高校入試の際、沙希と一緒に俺と言う問題児に勉強を教え、無事山田高校合格へと導いた実績がある。

 文系の科目は苦手だが、こと理系の科目に関しては、教師になってもおかしくないぐらいの指導力を持っている。


 「ごめん英雄。さすがに恭平と英雄をまとめて教えるのは無理があるかな」

 苦い表情を浮かべて答える哲也。

 その答えを聞いて、俺は椅子の背もたれに体を預けて天を仰いだ。


 これは……死にましたね、はい。

 いや、でも逆に考えろ! スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルを味わったOB方の証言を聞いている限り、上手く生還すれば、きっと不屈の精神力が身につくと思う。俺は精神的な弱さがあるし、これはチャンスなのではないだろうか!?

 うん、ポジティブだ! ポジティブに行こう!


 …………。


 ははっ……ポジティブになれやしない。

 俺は、まだ死にたくない……。

 思わず、涙がポロリと零れそうになった。


 「英雄、沙希に頼めば?」

 ここで哲也からの提案。

 お前、その手があったか。


 「妙案だ。さすが哲也、良い提案をしてくれる」

 「いやむしろ、最初に沙希が候補にあがるでしょ。高校入試も手伝ってもらったんだし」

 うん、でも沙希に頼むという発想はなかった。


 「ダメだ哲也。英雄は山口とはエッチな勉強しかしないだろう」

 うるせぇ恭平黙れ。

 大体、そんなことを一度としてしたことあるか。首を180度回転させるぞこの野郎。


 「よし、ちょっと沙希に頼んでこよう。あと恭平、あとで覚えとけよ」

 とにかく善は急げだ。恭平は後回しにしておこう。

 立ち上がり教室を一望する。いないから屋上か。



 屋上へと到着する。

 案の定、沙希が特等席だと言っていたボロボロのベンチに彼女は座っていた。


 「沙希!」

 「あれ英雄? どうしたのここまで来て」

 「お前に一生の頼みがあるんだが」

 真面目な顔を浮かべながら、俺は沙希の隣に座った。


 「またそれ? あんた、どんだけに私に一生の頼みをすれば良いのよ」

 「いや、今回は一生の一生だ。それぐらい重要な頼みだ」

 呆れる沙希に俺は真剣に答える。けれど彼女は冗談半分で聞いている様子。


 「沙希。俺に、勉強を教えてくれ」

 「はぁ?」

 なんか凄い顔されてる。


 「英雄、頭をどこかでぶつけた? いい病院紹介してあげようか?」

 そしてすごい心配された。

 いやまぁ、沙希と知り合ってから、俺が沙希に向かって「勉強教えてくれ」と言った事が無いし、驚かれるのも当然か。

 むしろ「勉強なんてしなくても、生きていけるんだよ!」と言って勉強から避けていたほどだし。


 「沙希。こんな事言うと冗談だと思うかもしれないが、俺、このままだと佐和ちゃんに殺されちゃうんだ。だから、俺の輝ける未来の為に、死ぬ気で教えてくれ!!」

 「英雄なに言ってるの? いくらなんでも大袈裟すぎでしょ。あの優しい佐和先生が、あんたを殺すわけ無いでしょ?」

 そう言って苦笑する沙希。

 お前は佐和ちゃんの表面しか見てないからそんなことが言えるんだ。

 奴の本性は妖怪か魔物の類だ。まず人じゃない。これはガチだ。


 「ま、まぁ、そこまで言うんだったら、べ、別に教えても良いけど」

 「お! さすが沙希! 持つべきものは沙希だな! ありがとう! 愛してるぜ!」

 感極まって沙希に抱きついてしまった。

 いや、だって生存できる可能性が見えたんだぜ? ここで抱きつかないほうがおかしい。

 今の俺には沙希が神様にしか見えない。


 「……はっ!」

 そして我に返って、抱きついた事を後悔する。

 一度沙希から離れ彼女の両肩に手を置いた。


 「ありがとう沙希! お前は神様仏様沙希様だ! いや、神様を統べる全知全能の統一神SAKIだな!」

 再度感謝をする。

 彼女の顔は今にも火が出そうなくらいに真っ赤だ。ごめん、さすがに親友とはいえ抱きつくのはあかんかったな。反省している、許せ。


 「べ、別に……気にしないで」

 顔を赤くしながら、ちょっとクールぶる沙希。

 だがめっちゃ動揺しているのが見え見えだ。やはり抱きついたのはまずかったな。

 そして彼女は、キャップも開けずにペットボトルの飲み口を口に当ててる。ドジっ子かお前は? 慌ててキャップを開けて飲み物を飲んでいる。がむせた。ドジっ子アピールかなにかかこれは?


 「で、でも、もうすぐで絵のコンクールがあるから、あまり教える時間無いけど」

 「別に構わん! とりあえず、勉強しないと死んじゃうしな!」

 沙希が勉強を教えられない日は、恭平班と合同で教えてもらえば良い。

 哲也たちの負担? そんなのは知らん。


 とにかく赤点回避を目指して、頑張らなければな。

 とりあえずテスト一週間前から放課後沙希と勉強するという事で決まった。

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