47話 敗北後の初登板
修学旅行が終わり、最初の週末を迎えた。
俺達は丘城東工業高校を我が校のグラウンドに招いて練習試合をしている。
丘城東工業は県内三強と呼ばれる斎京学館、丸野港南、酒敷商業が台頭する前は、強豪の一角として一時代築いていた学校だ。現在では中堅校まで成り下がってはいるが、毎年ベスト8などにほぼ必ず顔を出している。今年の夏もベスト8だったしな。
ダブルヘッダーの第一試合。先発は亮輔。
一番ライト鉄平、二番セカンド片井君、三番ショート西岡、四番サード中村っちと、四番まではこの前入部した誉を抜く四名が起用されている。
俺は五番ファーストで出場した。ちなみに3打数3安打の活躍だった。
ってか、この前入部した5人、全員無安打で終わりやがった。
いや確かに、誉を除いた4人は入部して初めての試合だけどさ、みんな素人だし仕方ないけどさ、せめて誰か1人ぐらいは打って欲しかったなって思った。ってか誉、いい加減てめぇはヒットを打て。
八番キャッチャー哲也と九番センター耕平君は、どちらも3打数無安打。六番ピッチャー亮輔は1安打放ち1打点。
投げては亮輔が五回3失点。
六回からは龍ヶ崎がマウンドに上がり、こちらは4失点。
試合は7対1で完敗。
打てなさすぎだろ。打線から龍ヶ崎、大輔、恭平が抜けただけで、どんだけ弱体化するんだようちのチームは。
そりゃ、あいつらがいないと打線に凄みがなくなるけどさ、いくらなんでも弱体化しすぎだろ。
でもまぁ一番から四番が今日野球を始めて初の試合だし、しょうがないといえばしょうがないか。
守備のほうは目立ったミスはほぼなかったし、むしろ初めての試合にしてはよく動けてたかな?
「やはり大輔と龍ヶ崎、恭平と、そしてお前が頭一つ抜きんでているな」
第二試合開始前、佐和ちゃんが小声で話し始めた。
「そうですね」
「大輔とお前は言わずもがな才能の塊だ。天才という部類だろう。龍ヶ崎と恭平はそれに追従するだけの素質がある。いうなれば秀才だ」
佐和ちゃんの言いたいことはわかる。
確かに今の野球部員を見た時、まず最初にこのチームの主力として浮かぶのは俺と大輔だ。言ってしまえば投打の要。俺達が抜ければこのチームは一気に勝てないチームと様変わりするだろう。
次いで龍ヶ崎と恭平。どちらも攻守の軸だ。チーム一の経験者である龍ヶ崎と、器用で運動神経の良い恭平。彼らが抜けると、勝ちからは確かに遠ざかる。
「だがその他が凡才の集まりだ。甲子園出場はおろか、県大会準々決勝にすら行けるか怪しい」
そしてこの佐和ちゃんの言いたいこともわかる。
秋の県大会に出場こそしたが、山田高校は所詮素人集団だ。恭平、龍ヶ崎が抜けてしまえばまず勝つのは難しくなるし、俺と大輔が抜ければ県内中堅校にすら歯が立たないだろう。
「それでもお前と大輔がいてくれたらあるいは」
「分かってますよ。任せてください」
「あぁ、俺にできることはいかに凡才達をお前ら二人のレベルに近づけるかだ」
佐和ちゃんは存外俺のことを期待してくれているようだ。
秋の県大会のみっともないピッチングを見てもなお、そう期待してくれるのはありがたい。
ならば、俺はそれに応えるのみだ。
そして第二試合。先発は俺、佐倉英雄。
秋の県大会の敗北以来の登板ではあったが、あの時の情けないピッチングはしなかった。
むしろ前よりも気持ち楽に投げれていた。
「へいへい英雄! 打たせろ打たせろ!」
「英雄ぉ! 俺にスーパープレーの機会よこせ! 校舎から見てる女子どもの股を開かせてやるぜ!」
後ろを守る誉や恭平の声を聞いて頬を緩ませる。
秋の大会の頃に抱いていた孤軍奮闘しないといけないという感情はない。むしろ打たれてもいいとすら思える。
先ほどの佐和ちゃんの言葉を思い出す。
山田高校は大輔と俺、龍ヶ崎と恭平の四人がメインだという話。
だけど四人では絶対に甲子園優勝は叶わないし、栄光には手は届かない。そう秋の大会で教えられた。
だから少しづつみんなで強くなっていく。来年の夏に甲子園優勝ができるだけのチームにしていく。
そのために俺が引っ張っていく。
試合は終始俺達が圧倒した。
初回に耕平君のセンター前ヒット、恭平のライト前ヒット、龍ヶ崎の先制となるレフト前ヒットと三連打で1点先制。
その後、四番大輔のスリーランホームランで3点。
大輔の一発後も打線の勢いは衰えず、続く五番俺の右中間を破るツーベースヒットで再びチャンスを作り、六番中村っちが入部初ヒットとなるホームランを放った。初ヒットがホームランとか、パワーが持ち味の中村っちらしい結果だ。
このツーランホームランで2点をあげて、初回から6点も上げる猛攻を見せた。
五回には俺のタイムリースリーベースヒットと、亮輔のヒットで2点を取り、さらに点差を広げた。
一方で俺は打たせて取るピッチングに心がけた。
それでも散発4安打の完封にしてしまうあたり、俺は天才なのかもしれない。
そして九回、先頭バッターを迎える。
初球、投球モーションに入ったところで相手バッターがバントの構えをしてきた。セーフティバント……!
「っ!」
トラウマがフラッシュバックする。
体が強ばってきた。それでも腕はしっかりと振って投じる。
意識が散漫する中でボールを放ち、体が緊張し始める中で急いでマウンドを駆け下りる。相手バッターは上手く転がしてきた。
どうする。これでまた失投したら、だけど……。
「英雄! 任せて!」
ここで哲也が声を張り上げた。思わずハッとなって追いかけるのをやめて、そこで立ち止まった。
マスクを投げ捨て前へと飛び出した哲也が打球を掴み、そこから一塁へと投じた。
矢のような送球は、ファースト亮輔のミットに収まった。
「アウト!」
判定結果はアウト。
これでワンアウト。俺はきょとんとした顔で哲也を見る。
「英雄! チームプレイでいこう!」
笑顔を浮かべながら、人差し指を立てた右手を見せる哲也。
その笑顔を見て、俺も口元を緩ませた。
「あぁ! ワンアウト!」
まったくさっきまで忠実に守っていた事だったのに、セーフティバントされただけで頭の中からすっ飛んでしまった。
そうだ。チームプレイだ。できないことは哲也や他の奴らにも任せよう。
そう思い自分に言い聞かせると気が一気に楽になる。強張りや緊張がほどけていく。散漫した集中が戻ってくる。
さぁ残り二つ、アウトを取っていこうか。
結局、俺は崩れることなく残り二つのアウトも抑えてゲームセット。
8対0で俺たち山田高校は勝利を果たした。
試合後、ベンチ前で円陣を組む。
今の試合の総評だろう。
「まず第二試合目ナイスゲームだ。特に哲也、ラストのバント処理はよくやった。英雄もよく哲也に任せた。あぁいう感じで補っていこう」
「はい!」「はい」
哲也と俺が共に返事をする。
佐和ちゃんの言う通りだ。トラウマが解消されるまでは補っていくしかない。
「打撃でも甘い球を見逃さず良く振れていた。大輔と修一のホームランもしっかりと芯で捉えられていた。力に頼るのではなく、あぁいうバッティングを心がけていこう」
こちらも大輔と中村っちが返事を返す。
一試合目は苦言が多かったが、二試合目は比較的褒められた。
「まだまだお前らは甘いところが目立ちはするが、それでも一般人に比べて成長の伸びが良い。まぁ俺の指導力のおかげではあるんだけどな。これなら来年の夏までに甲子園で戦えるだけの選手に育つかもな。うんうん」
などと、佐和ちゃんが感心しつつ自画自賛している。うわ、自画自賛してる姿ってすごいあれだな。醜いな。俺もこんな感じで見られているのか。少し天才発言は思うだけに留めて減らしていこう。
「とりあえず英雄は、この後、左打者のインコースへのストレートのコースが甘いの、調整するぞ」
相変わらず佐和ちゃんの目は鋭い。
俺が気にしている部分を的確に言い当ててくる。
ここまで選手の才能を見抜き、欠点をすぐに見つけ、鍛え上げる箇所を見定め、必要な練習メニューを組み、育て上げられる監督は早々いないだろう。
佐和ちゃんは本当優れた監督だ。自画自賛しているのがちょっとウザイが、ここは素直に認めるべきところだ。
だって素人をあっという間に戦力にかえちまうんだ。佐和ちゃん恐るべしだ。
「それから亮輔。お前は変化球に切れが前よりも増してる反面、制球が甘くなっている。だから甘く入った変化球を痛打されるんだ。切れよりも、制球を意識して投げろ。変化球の切れなんざ、制球力が身についていけば、次第に増してくものだ」
「はい! じゃあ自分も英雄先輩と、ブルペンに入ります!」
亮輔はしっかりと返事をして、佐和ちゃんに自分の意見を話す。
「そうなると相手が居ないな。よし、とりあえず耕平が代理キャッチャーをやれ」
「分かりました」
ここで、俊足耕平君をキャッチャーに任命する。
「恭平と誉は、逆シングルになるキャッチからのスローイングが遅い。学校に帰ったら、俺がみっちりとやってやる」
「えぇ~……」「そんな馬鹿な……」
誉と恭平が、同時に嫌そうな顔を浮かべる。
まぁ佐和ちゃんと、みっちり指導なんて、ご愁傷様としか言いようがない。
「龍ヶ崎と大輔は、フライの捕り方が少々危なっかしい。特にバックに走ってからの捕り方だな。こっちは佐伯先生に頼んで、外野ノックをやって行くぞ」
「はい!」「うっす!」
龍ヶ崎と大輔が、同時に返事をする。
ちゃっかり、フライが打てる佐伯っち。なんだかんだ言って野球部の部長先生をやっているだけある。
「いいか! いくら勝とうが負けようが、これは練習試合に過ぎない。どんなに勝っても本番となる公式戦で負けたら意味がない。大事なのは練習試合で欠点を見つけ修正していくこと。上に行けば行くほどに、ミスが少ない方が勝利する。ミスをしないように、しっかりと欠点を直していく練習をするぞ!」
「はい!!」
佐和ちゃんの演説後、一同が力強く返事を返す。
そうだ。もう来年の夏に向けて動き出してるんだ。
これからやっていく練習は全て、夏に繋がるものだ。手を抜くわけには行かない。
もう二度とあんな屈辱を味わわない為に、怪物になるために、甲子園に行くために、頑張っていこう。




