43話 ワクワク修学旅行②
沖縄に来て最初の飯。
どうやらビュッフェ形式のようだ。またの名をバイキング形式というやつだ。
「どういうことだ」
何故沖縄に来たのに、沖縄の郷土料理が一つもない。
ハンバーグにスパゲティに、あれはチンジャオロースだろうか? 沖縄感がまったくない。
「せめてゴーヤチャンプルーぐらいはあるんじゃないのか……」
「まぁホテルの料理だし仕方ないんじゃない?」
俺の言葉に苦笑いを浮かべる哲也。
その哲也の発言に食いついたのは、いつの間にかそばにいた大輔。
「仕方ないじゃねぇ。ここはどこだ? 沖縄だろう? 沖縄なら郷土料理の一つでも出すべきだ! 俺らは何しに来た? 里帰りか? 違うだろう。沖縄を修学しきにきたんだ! なのになんだこれは! なめてんのかシェフは!」
めっちゃお怒りの様子の大輔。
まったくもって正論だ。調理場の負担が増えるとは思うが、修学旅行にきた生徒用に郷土料理のひとつやふたつは用意しておいても良いと思う。
「大輔の言う通りだ。ここはダメだな」
「あぁ、俺たちを馬鹿にしてやがる! それとも郷土料理は修学する必要はねぇと思ってんのか? だとしたらここのシェフは料理人失格だ! ふざけんじゃねぇ!」
大輔はめっちゃお怒りだがビュッフェから取ってる量は尋常じゃない。
ハンバーグが六段積みぐらいになってる。文句言いつつも食べるらしい。さすが食事を趣味にしているだけある。
「い、一応飲み物コーナーにはシークワーサージュースあるらしいよ」
俺と大輔の熱意に押され気味の哲也。
「哲也、お前はシークワーサージュースを食べ物だと思ってるのか?」
「いや、思わないけど……」
大輔の威圧に押されている哲也。
今の大輔はめっちゃブチギレているようだ。どんだけ郷土料理食べたかったんだお前。
「まぁ確かに飲み物で郷土料理感出しましたって言われてもなー」
「そうだろ英雄? 全て郷土料理にしろとは言わんから、一品二品は出しても良いんじゃないかって話だ。学生だからって甘く見てるのが気に入らん!」
とにかくお怒りの大輔。憤りながら勢いよく料理を大量に皿に盛っている。
こういう時はあまり深く関わらず、そっとしておこう。
さて味だが、普通に美味かった。
郷土料理こそなかったが、美味かったし俺は満足だ。
大輔はというと、結局終了時間まで食べ続け、再度取りに行った回数は2回。どっちも取り皿にこんもり料理を載せていたはずなのに、全部綺麗に食べていた。バケモンかあいつは。
食事も食い終わり、部屋でのんびりとする。
途中から大輔と恭平たちも来て、大富豪などのトランプゲームで盛り上がる。
消灯は22時。現在時刻は21時32分。
だが、やはり高校男児としては、夜はまだまだこれからだ。と言うか現状のテンションのまま眠りにつくとか難易度が高すぎる。
ただし大輔は例外だ。大輔はすでに寝ている。しかも馬鹿みたいにいびきを掻いている。
ってかここは俺らの部屋であって、大輔の部屋じゃない。なんで別の班の部屋で寝てやがるんだこいつは。しかもお前が寝てる場所、俺が寝床にしようと思ってた場所やんけ。お前が帰んないと寝れねぇじゃねぇか。
「おーい! そろそろ消灯だ! 恭平! 大輔! 早く部屋に戻れ!」
っとドアをノックする音と共に佐和ちゃんの声。
班長を任されている哲也が代表してドアの方へと向かい、オートロック式のドアを開いた。
そしてやってくる佐和ちゃん。
「よくこいつらがここにいるの気づきましたね」
「そりゃ、こいつらが来るとしたら、お前のいる部屋しかないだろう。って、大輔の奴寝てるし」
いびきを掻いて寝ている大輔に呆れる佐和ちゃん。
「まぁいいや。恭平、お前も戻れよ」
「嫌です! ヤングメンにとっての夜はこれからですよ監督! 俺たちの若いパッションをここでぶつけず、いつぶつけるんですか!!」
「消灯時間厳守だ。恭平、もう一度言うぞ。戻れ」
「嫌です! 俺と英雄は今から女子の部屋に忍び込もうとしてるんです! 監督は止めないでください!!」
なにを言ってるんだこいつは?
ちなみに恭平と女子の部屋に行こうなどという話は一切していない。
佐和ちゃんが俺をいぶかしげに見てきたので、無言で首を左右に振るう。
「本当お前らは……」
呆れたように佐和ちゃんはぼやくと深いため息を吐いた。
どうやら今の恭平の嘘を信じてしまったらしい。普段の行いが原因だろう。こればっかりは反省するしかない。
「英雄、恭平。お前らが盛ってるのは知っている。だがくれぐれも問題は起こすな。問題を起こせば、それ相応の指導をしないといけない。そして今、お前らは問題を起こそうとしている。俺の言いたいこと分かるな?」
佐和ちゃん分かるぞ。スゲェ分かる。
ここは絶対に佐和ちゃんに歯向かうべきではない。そんな誰もが理解できそうな事を恭平は理解せず口を開いた。
「分かりかねますね! いいですか佐和先生! 男が女の部屋に向かうのは、修学旅行の定番中の定番でしょう! いやむしろこれはアレですね。転倒芸能ですね! 佐和先生だってきっと経験があるはずだ! 特に佐和先生なんてそういうの好きそうな顔をしていますし、学生時代はさぞやお盛んだったと思います! 故に! 俺と英雄がやろうとしている事柄をしては駄目と言うのは、いくらなんでも酷すぎませんか!?」
恭平が早口で言葉をまくしたてて佐和ちゃんを説得しようとしている。いくらなんでも必死すぎだろう。どんだけ女子部屋に行きたいんだお前。
というかツッコミどころがたくさんありすぎる。転倒芸能じゃなくて伝統芸能だし、佐和ちゃんに対して失礼すぎるし、俺は恭平のやろうとしていることについていくつもりはない。
「俺と英雄は今夜男になると約束しあったんです! だから、佐和先生がいくら言おうと俺達は止まらない! 止められない! 絶対に!」
凄い覚悟のこもった声をあげて恭平が宣言する。言うタイミングが違えば格好良い発言になりそうなのだが、女子部屋に行く為の方便であることを考えると、非常に情けない発言すぎる。
というか、今日はやけに佐和ちゃんに歯向かうな。よほど修学旅行の夜を楽しみにしていたみたいだ。
一方、佐和ちゃんは恭平の言葉を適当に流しながら、ベッドでいびきを掻いていた大輔を軽々と担いだ。
おいおい、大輔って結構な巨体だぞ? それを軽々と担ぐとか、佐和ちゃん結構ホッソリとしているのに、どこにそんなパワーがあるのだ?
「恭平の言いたいことは分かった」
「つまり、英雄と一緒に女子の部屋でエッチな事をしていいんですね!?」
いや、今の佐和ちゃんの返答でそこに答えが行きつくのはおかしい。大体、俺はそんな気一切ないぞ恭平。
「その度胸は認めてやるし、その若さは評価してやろう。だから帰ったあとの練習もその元気に見合った量にしないとな。楽しみにしとけよ」
にっこり笑う佐和ちゃん。
その瞬間、恭平の表情が変わった。乾いた笑いをしているが、目が全然笑っていない。むしろ絶望的な表情になっていた。
恭平、ご愁傷様です。
「英雄も、恭平につられて行くなよ? お前も練習量増やすからな」
「ははは、そんなことするわけないでしょう」
何故か俺まで釘を刺された。
「んじゃ英雄。女子の部屋に行こうぜ!」
佐和ちゃんが大輔を担いで部屋から出て行った後、早速恭平が立ち上がった。
「お前、佐和ちゃんの今の言葉忘れたのか?」
「忘れるわけないだろう? だがあれはバレたらの話だろ? バレなきゃ問題ねーよ」
お前、どこからそんな自信が湧いてくるんだ。
「無茶言うなよ。女子の部屋の階層って教師が揃ってるんだろ?」
「らしいな。俺の友達情報だけど」
俺が誉に聞くと、誉は即答した。
当然、俺たち以外にも女子と仲良くしたい男連中はたくさんいる。
だが今のところ女子部屋まで到達した奴は一人もいない。そういう情報すら回ってこない。六階、七階が女子たちの部屋の階層になっているが、その階層には教師陣が揃い、男子どもがやってこないように監視しているそうだ。
「絶対見つかるじゃん」
「男なら引き下がれないだろう! 英雄だって見たいはずだ! 女子のパジャマ姿を!!」
何故か余計に躍起になっている恭平。
いや見たいか見たくないかと言われたら、そりゃ確かに見たいけども。見つかったら練習量増えるんだぞ。絶対に嫌だそれは。
大体、このホテルのドアはオートロック式だ。鍵を持ってなきゃ外からはドアを開けられない。そして女子が恭平のために内側からドアを開けるとは思えない。
よって、たとえ女子が集まる階層に到達しても、恭平は絶対にパジャマ姿を見れないはずだ。
「パジャマ姿は確かに見たいが、今日はやめとこうぜ。佐和ちゃんに目をつけられてんだぞ。ってかそろそろお前はお前の班の部屋に帰れ」
「臆病風に吹かれるとは情けないな英雄! まぁいい。お前は俺が女とイチャイチャしているところを妄想して悶々としてればいい! さらばだ!」
なんか意気揚々と出て行く恭平。
もういい。勝手に行ってこい。そして佐和ちゃんに見つかって練習を増やされろ。
「待て恭平! 俺も行くぜ!」
そして誉、お前も勝手にしろ。
もう俺たちは知らん。さっさとベッドに入って寝てしまおう。
俺達はそのまま知らないふりをして眠りについた。
……数十分後、ドアを叩く音で俺は目を覚ます。
哲也がドアを開けたらしい。誉の声が聞こえる。
ベッドから上体だけを起こし、戻ってきた誉を確認する。
「どうだった?」
「俺も恭平もダメだった。練習量が増えてしまった……」
無念そうに答える誉。だと思ったよ。
呆れた。さっさと寝よう。
こうして修学旅行一日目が終わりを告げるのであった。
と言うわけで二日目。
本日は海で泳ぎ、そして美ら海水族館に行く。
朝食の時間、寝ぼけ眼で会場へと向かう。
「英ちゃんおはよー!」
っと岡倉の声が聞こえて、そちらへと視線を向ける。
……何故パジャマ姿?
「お前、服着替えろよ」
「えー、でも大丈夫だと思うけどなー」
そういって自分の服装を確認する。
いや、だって女の子達だけなら良いけどさ、男もいるんだぞ? 男にパジャマ姿見られるんだぞ? いや待て、もしかしてこいつ、今パジャマの下なにもつけてないのでは?
「……岡倉、恭平みたいな失礼な質問をして悪いんだが、パジャマの下なにかつけてるか?」
「え? ううん、下着つけて寝れないよー」
そういってほんわかと笑う岡倉。
嘘だろ。質問しなきゃよかった。めっちゃ気になる。主に胸元。
よくよく見ると、普段よりも胸の形がしっかり見える気がしないでも無い。この布切れ一枚の向こうには豊満な胸があるという事か……。うん、これは男には刺激が強すぎる。
「男の俺が言うのもあれだが、服着替えてきたほうが良いと思うんだ」
「えー! 面倒くさいよー!」
そこは面倒くさがるな岡倉。
その格好で朝食会場に行くのはまずい。絶対に獣と化した男たちの欲望まみれた視線のターゲットになる。下手すりゃ暴走する馬鹿も現れかねん、主に恭平とか恭平とか恭平とか恭平が。
岡倉はいつまでも純真無垢で居てほしい。故に穢れきった男どもの肉欲まみれた視線のターゲットにはさせない。
「でもさ、俺はパジャマ姿の岡倉よりも普通の服を着ている岡倉の方が好きかな」
面倒くさがる岡倉に爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら頼んでみる。
「そうなの? うーん、英ちゃんが言うならちょっと着替えてくる」
「良い子だ。あとで飴ちゃんをやろう」
うん、今度から岡倉に何か頼むときはこういう言い方にしていこう。変に指示すると彼女の負けず嫌いが発動して厄介になるし。
会場へと向かう生徒たちとは逆方向に向かっていく岡倉。その様子を見て、俺はホッと安堵の息を漏らしつつ、なんだか勿体無いことをしたなぁと思ってしまった。




