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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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41話 修学旅行前日

 修学旅行を明日に控えた休日。野球部の方も休みになっている。

 と言うことで俺は修学旅行に持っていく物を買いに山田駅前のデパートに来ていた。というか正確には持っていく物を買いに来た奴の荷物持ちだ。


 「悪いわね英雄。荷物持ちなんかやらして」

 「悪いと思ってるなら最初から誘うなよ」

 前を歩く沙希が社交辞令程度の謝罪に悪態をつく。

 そう俺は沙希の買い物の手伝いにきていた。

 朝早く電話が来たと思ったら荷物持ちの仕事を頼まれた。まぁお礼として昼飯を奢ってもらえるので良いんだけど。もし相手が恭平だったら、今頃俺の関節技が炸裂していた。

 ちなみに沙希様が奢って下さるとの事なので、俺は財布を持ってきていない。


 「ってか哲也はどうした哲也は。あいつなら喜んでお前の下僕になるぞ」

 「なにそれ? 哲也は友達と遊ぶ予定先に入れてたみたいだから、暇な英雄を呼んだんだけど」

 俺は別に暇ではなかった。いや世間一般的に言えば暇だったけども。

 ちなみに哲也が遊ぶ友達はおそらく恭平達だろう。

 昨日の練習終わりに恭平が遊びに誘っていた。俺は修学旅行前日から体力を使いたくないので断っている。大輔や哲也、誉なんかはその誘いに乗っていた。


 「暇ではなかったが、沙希のために仕方なく来てやった俺の気持ちを汲んで欲しいな」

 「うん、ありがとね英雄」

 スゲェ心のこもってねぇ声で言われた。


 「って事で、昼飯はたくさん栄養を補給させてもらうからな!」

 「あ! そのことなんだけど、英雄はたくさん食べるから、1000円までね」

 ……なにを言ってるんだお前は?

 沙希はお菓子の袋を見ながら、えげつない事を口にした。


 「はぁ? それだけで俺の腹を満たされてると思ってるのか? 俺の腹を満たしたければ、その3倍の金を持って来い!」

 「英雄、それ以上口答えしたら半分の額にするよ?」

 「ごめんなさい。いやぁ沙希様、さすがです! 1000円出すなんて、なんと気前が良い事か! こんなお友達を持ってこの不肖佐倉英雄! 感涙の極みであります! さすがです!」

 口答えできない情けない小心者の俺だった。お金には逆らえない資本主義の犬である。



 無事買い物も終え、二人で近くのレストランに入る。

 ここは料理が安いうえに味も美味いと、学生には優しいレストランだ。平日の放課後には市内の学生たちでにぎわうぐらい、学生に人気のレストランでもある。俺も大輔や恭平と遊ぶときに良く利用している。

 店内に入る。時刻は昼過ぎ、テーブルは埋まっているように見えたが、待つことなく席へと案内された。案外すんなりといけたな。

 こうしてテーブル席へと連れて行かれ、俺と沙希は向かい合う形で座った。


 「私はドリアだけで良いや。英雄は?」

 「シーフードピザとカルボナーラで良いかな?」

 ちなみに合計は税込でも998円。ギリギリ1000円に達していない。


 「あんた、こういう計算だけは早いのよね。まぁいいか。その二つね」

 そうして注文ボタンを押して店員を呼ぶ沙希。

 暇なので俺は店内を見回す。そして一つのテーブル席に目が止まった。


 恭平たちだ。マジかよ。

 奴の遊びを断って沙希と二人っきりで居るところを見つかったらなんて言うか。


 「女と二人で過ごすために、俺たち親友の誘いを断ったのか! このヤリチン野郎が!」

 うん、絶対に言うわ。間違いなく言う。むしろ言わなかったら、平手打ちしちゃうぐらいだわ。

 どうしよう。早めに食して……いや奴らが先に帰るまで、なんとか粘ってみるか。

 ってか、沙希と前映画に行った時も遭遇したし、どんだけエンカウント率高いんだあいつは。



 注文したメニューが届く。

 のんびりと普段は絶対しないぐらいの数の咀嚼を繰り返しながら、ちびちびと食べていく俺。

 食しながらチラチラと恭平たちの動向を気にする。

 恭平の馬鹿、なんでピザをナイフで切って食ってんだよ。


 しかし、この席は立地的に悪くない。

 恭平たちの席からトイレに行くにも、ドリンクバーに行くにも、会計に行くにも、遠回りの位置にある。あいつらが帰るまでここに居座っていれば見つかることは、おそらく無い。


 「英雄?」

 「うん?」

 ジロジロと恭平たちのいる席を定期的に見る俺を不審がったのか、疑問形で沙希が名前を呼んだ。

 そこをしっかりと応答する、この紳士さ。さすが俺、天才だけある。


 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない」

 「そっか。それより、この後どうするの?」

 「この後って、家に帰って昼寝するつもりだけど?」

 本来なら、今日はずっと家で寝ているつもりだった。

 佐和ちゃんだって、昨日の練習終了後に「明後日は修学旅行だ。修学旅行と言えば、高校生にとって一大イベントだ。俺も高校の時の修学旅行の思い出は今でも残ってる。それぐらい大事なイベントだ。そんな日にヘロヘロじゃかわいそうだからな。明日しっかりと休んで、修学旅行に備えろよ」と言っていたし。

 そもそも恭平たちみたいに遊ぶこと自体間違ってると思うんだよ、うん。


 「だったらさ、私の家に来てよ。お母さんもお父さんも仕事で居ないから、弟達の子守が大変なのよ」

 「げぇ、あいつらの子守かよ」

 沙希には二人の弟が居る。最近、妹が一人生まれた。

 中学三年生の時に沙希の家に遊びに行った際、小学校二年生(現在は小学校四年生)と小学校一年生(現在は小学校三年生)のガキどもが活発すぎて、俺ですら頭を抱えたほどだ。

 話によれば、現在長男に妹の子守を任せており、家に帰ると家事で忙しくなるので、活発なガキどもと妹の子守をして欲しいとの事。


 「そういや沙希の家って共働きだったんだっけ?」

 「うん、正確には去年からだけどね」

 そういって沙希は苦笑いを浮かべた。

 思い出した。沙希が美大に進学したいという事で、大学行かせるために母親もパートを始めたんだっけか。去年の冬、沙希の家の事情も知らず「美大に行けばいいじゃん」なんて軽々しくアドバイスした事を思い出す。

 うん、ここは断るべきではないな。沙希には色々と世話になってるし、ここらで恩を売っておかないとな。


 「そうか。なら手伝ってやる」

 「ありがとう」

 沙希は小さく微笑んだ。


 「あいつら、まだ元気か?」

 「えぇ。元気すぎて、頭が痛くなるほどね」

 そういって今度は大きなため息を吐きながら頭を抱える沙希。

 あっ、こりゃあとんでもない程に元気なようだな。



 こんな会話をしつつ料理を食べ終えた。


 「英雄も食い終わったし、そろそろ行く?」

 沙希に声をかけられる。一度恭平たちを確認した。

 食い終わってるのに、まだ居座ってるな。大輔も居るし、何か注文してるのかもしれない。


 会計や出入り口へと視線を向ける。

 傍にはドリンクバーがある。奴らのテーブルには、ドリンクバーの飲み物が入ったコップがある。もしかすると会計中にドリンクバーに来るかもしれない。

 それに会計の場所は、奴らのテーブルから丸見えだ。会計に手間取れば気づかれるかもしれない。

 今日の俺はツイていない。鉢合わせしそうな予感だ。


 「沙希、今日の乙女座の運勢は何位だった?」

 「はぁ? どうしたの急に?」

 「これで一位だったら、星座占いなんてのはクソッタレってことさ」

 ちょっと洋画の吹き替えみたいなイカした演技口調で言いながら、スマホで運勢を確認する。

 乙女座は最下位だった。マジかよ。星座占いやべぇなおい。

 ここはもう少し時間をかけよう。


 「英雄どうしたの? 早く行こう?」

 「俺、チョコレートパフェ食いたい」

 今にも出発しそうな沙希を制するため、即座に出た言葉がこれだった。


 「はぁ? まだ食うつもり? もう1000円オーバーするんだけど?」

 「知ってる。だから沙希。一緒に食おうぜ」

 「はぁ!?」

 何故か、俺の提案を聞いて一気に顔を真っ赤にさせる沙希。

 分かってる。恥ずかしいよな。だけどさ、俺としてはなんかこのまま帰ろうとしたら嫌な予感がするんだよなぁ。なんかヤバイ気がするんだ。

 沙希には迷惑かけてしまうが、ここはチョコレートパフェを食って、なんとか粘ろう。


 「ま、まぁ、私は別に良いけど……」

 「よし来た。んじゃ注文しようぜ」

 なんとか沙希の承諾もあり、注文できた。

 そうして恭平達を見る。依然、奴らはゲラゲラと喋っている。


 「お待たせしましたー」

 とここで、恭平達の席にウエイターがやってきた。


 ……待て、なんだあの量。

 ウエイターが大輔たちのテーブルにもっていた料理の数に目を疑った。

 パスタ2種類にピザ2枚、ドリアやサラダもある。


 「大輔! お前そんなにくうのかよ!?」

 恭平の驚く声が聞こえた。

 マジか。あれ全部大輔が食うのか。

 ってか大輔、お前もさっき食事してただろ。まだ食うのか? どんだけ食うんだよマジで。

 なんか別の席にいるのに、めっちゃ気になってしまった。



 「お待たせしましたーチョコレートパフェになります!」

 しばらくして、可愛いウエイトレスがチョコレートパフェを持ってきた。

 思ったよりデカいぞこれ。


 「おぉ……」

 思わず感嘆の声をあげてしまった。


 「とりあえず食べよう」

 「う、うん……」

 って事で二人で、両端から食べていく。

 なるほど、クソ甘い。甘すぎて、甘すぎる症候群になりそうだ。それぐらい甘い。ってか、甘い物があまり好きじゃない俺が、そもそも甘い物を注文したのは、アホとしか言いようが無い。なにやってんだ俺は。


 「美味しいね……」

 「そうだな」

 顔を赤くしながら食べる沙希。すまんな、こんな羞恥プレイさせてしまって。


 っと、突如恭平が立ち上がり、店内を歩き出した。行き先からしてトイレだろう。

 バレないように身をかがめた瞬間、恭平がなにを思ったのか、トイレから遠回りの道を選んだ。つまり俺たちのテーブルを横切るルート。

 あの馬鹿! なんで遠回りの道選んでんだよ! やばい……! やばいやばい! 来る! 次は俺らの席! ……南無三!!


 「ん? あれ? えっ!? ひ、英雄ぉ!?」

 恭平と目があった。

 驚いて立ち止まる恭平。苦い笑いを浮かべる俺。


 「よ、よぉ恭平じゃねぇか。き、奇遇だなぁ……」

 「どういうことだよこれ……チョコパフェを二人で食ってる……? 相手は……山口……だと……? ま、まさか! まままままさかお前ら!」

 ご愁傷様です。

 テーブルの真ん中には、残り少しで無くなる二人で食べたチョコレートパフェ。

 どう見てもカップルです。本当にありがとうございました。


 「女と二人で過ごすために、俺たち親友の誘いを断ったのかぁ! このヤリチン野郎ぉ!」

 想像通りの発言です。本当にありがとうございました。

 恭平が騒いでいるせいで、大輔と中村っちと鉄平、哲也、誉とゾロゾロとこの場に来てしまった。

 そうして二人でチョコレートパフェを食べている現場を目撃されてしまった。


 「英雄、お前」

 「マジかよ……」

 「チョコパフェも美味そうだな」

 言葉を失う一同の中で大輔だけが平常運転だった。

 良かった。大輔まで言葉を失ってたら、かなり異常事態だった。とりあえずは一安心だ。

 一方、哲也は呆れた顔をしている。おそらく俺の愚行を察してくれたのだろう。


 「英雄、お前……!」

 「まて恭平! 違う! これは違うから!」

 「なにが違うって言うんだよ英雄!」

 めっちゃ恭平が怒ってる。

 友情より女を選んだ事に怒っているのか、それとも自分より先に女と遊んでいる事に怒っているのか。……おそらく後者な気がする。


 「落ち着け恭平。まずは話し合おう。大事なのはコミュニケーションだ恭平。分かるな?」

 「分かんねぇよ! だいたいてめぇ、もう乳繰り合ったのか!?」

 待て恭平。一番最初に気になるのはそこなのか?

 もっと追求すべきポイントがあるだろう?


 「英雄……早く私の家に行こっ……」

 ここで沙希がトドメの一撃。気が動転していたのか、とんでもない爆弾を投下しやがった。

 もう俺は頭を抱えるしか無い。


 「い、家だとぉ……。ま、まさかこれから山口とエッチなコミュニケーションするつもりなのか!? くそぅ! 羨ましいじゃねぇか! うおぉぉぉぉぉ!!」

 案の定恭平が勝手に興奮し自爆している。

 この最悪な現状のまま、俺と沙希に手を引かれながら、レストランを後にした。

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