40話 サイクロン恭平
今週の日曜に修学旅行を控えた中、俺と恭平、そして哲也は、大輔のクラスで飯を食うと言う初の試みが行われた。
前に恭平が提案したやつだ。恭平がどうしても鵡川の気を引かせたいらしい。
A組には一年の頃の知り合いも多いため、和やかなムードで食が進む。
一方、本日岡倉は来なかった。どうやらA組には彼女の友人たちがいるらしいので、そっちで飯を食うとか。
というわけで鵡川のいるグループ、岡倉のいるグループが見える位置である大輔の座席を囲むように座り箸を進める。
そして恭平は食事をしながら、チラチラと鵡川を見ては意味不明な発言をしている。
「偉人ってのは、自分と言う概念を生涯保ち続けた人間の事を言うんだぜ? 俺もそんな奴になりたい」
「馬鹿な奴はスゲェよな。だって他人とは違う事が出来るんだぜ? 俺もそんな奴になりたい」
「いいか、人生ってのは長い線路なんだよ。しっかりと線路を作らないと脱線しちまうからな。俺もそんな奴になりたい」
ちなみに全て恭平の発言だ。
A組に来てから、ウゼェぐらいに意味不明な言葉を名言風に語っている。
そして言い終わるたびに、「どうだ俺格好良いだろう?」と言いたそうな顔で鵡川のいる女子グループをチラチラ見ている。
こんな馬鹿、鵡川が見る訳無いだろうに。
っと思ったが、予想外にも鵡川がこっちをチラチラと見ている。
まさか恭平の思惑通り……だと……!
「ふふっ、鵡川は今頃俺を見直しているはずだ。そろそろ股を開くころだぜ?」
などと自画自賛する恭平。見直しているかは分からんが、少なくとも股を開くことはないだろう。
それでも思惑通り行っているんなら、まぁ良いか。
「さぁ英雄も名言を言うんだ!」
何故か俺を誘ってくる恭平。
「はぁ? 名言ってのは、すごい事やった人間が言うからこそ名言であって、それ以外は迷うと書いて迷言か、ただの戯言に過ぎないっての。まぁ心に響く言葉ってのは、誰でも言えるけどな」
などと言って、俺は弁当を頬張る。
遠回しに恭平の今やっている行動を否定する。そんな手段じゃ鵡川どころか他の女子も恭平に興味を持つことはないだろう。そもそもこいつは女子の現在の評価がマイナス四桁状態なんだから。
「格好良いな英雄! お前の名言頂いた!」
「恭平、俺の話を聞いてたか?」
うん、やっぱり駄目だこいつ。
「英雄と哲也、俺ときたし、次は恭平のクラスで弁当でも食べるか」
ふと大輔が提案してきた。
こいつが提案するなんて珍しい。
「別にかまわないが、C組って誰いたっけ?」
俺が聞いた。C組は恭平のクラス。
思い浮かべても知り合いは出てこない。
「俺がいる!!」
いや、それは知ってるから。
「まぁ色々いただろう。こういうのは気分を変える程度のものだしな」
なんかはぐらかしている大輔。なんだ? すごく怪しいぞ。
もしかして……大輔、C組に好きな子が……? いや、それはありえないか。
大輔を見る。
三度の飯より飯が好きと豪語するほどの無類の食うことが好き。
花より団子、いや花より食べ放題。そんな性格を地で行くこの男に果たして好きな子ができるだろうか。いや、ない。
故に別の理由だろう。本当に気分を変える程度なのかもしれない。
「そうか。まぁ俺は別にいいけど、恭平は問題ないな?」
「いや、俺は鵡川の見えるところで弁当が食べたい! むしろ鵡川を食べたい!」
うるせぇ騒ぐな。
大体お前、鵡川が同じクラスにいること分かってて、その声量で言ってるのか?
ほら、鵡川こっち見てるし、めっちゃ見てるし。
「英雄のほうこそ、どこで食べたいんだ!? どーせお前は女の股の上とか言うんだろ! 分かるぞその気持ち!」
だから騒ぐなって。ほら周り見てるから、めっちゃ見てるから。お前が騒ぐたびに俺の評価も右肩急降下するんだからな?
大体ここはA組、俺のクラスとは違い、恭平の騒がしさに慣れていない連中なんだぞ? いや、だからといって俺のクラスで騒いでいいわけではないけども。
「いや、俺普通に自分のクラスで食べたいんだけど」
「嘘つけ英雄! 俺たちは共にエロとは何かを語らった仲だろう? だから分かるぞ。お前の本心をな!」
そういって爽やかな笑顔を浮かべる恭平。
こうやって俺は女子の評価が下げていくんだろうなぁ。
「恭平、お前の今の発言、鵡川が聴いてるだろうし、間違いなくマイナスになってるぞ」
「ふふ、それは俺だけじゃないぞ英雄」
こいつ、分かっててやってたのか。
一つ手軽にできる関節技を決めてやろうとしたが、さすがに自分のクラスじゃない場所でこれ以上騒ぐのは気が引けたので我慢しておく。
これ以上は大輔の評判まで悪くなってしまいそうだし。俺や恭平の評価が下がるのはまだしも、何もしてない大輔にまで飛び火がかかるのは申し訳が立たない。
「ふぅ……英雄といつものように熱いエロ談義をしすぎたせいで喉が渇いた。ちょっと飲み物買ってくる。あ! 英雄、お前が考えているようないかがわしい液体じゃないぞぉ! 英雄はいつもそういう下ネタ考えてるからなぁ! やっぱり英雄は俺と同類だな! さすが英雄だ!」
まるで俺の評価を下げようとしているかの如く、恭平が俺の名前を連呼していく。
こいつわざとか? わざと俺の評価を下げようとしているのか? マジで一本関節技決めたろか?
「恭平、あとで覚えとけよ」
「ん? 何がだい?」
うざったい笑顔を浮かべながら恭平が教室を出て行った。
とりあえず嵐は去った。俺は深くため息をついて背もたれに体を預けた。
「佐倉、うちのクラスに来るなんて珍しいね」
「ん? おぉ藤川か」
ふと声をかけられ、声のするほうに視線を向けると、後ろ手に組んでいる藤川百合が立っていた。まるで恭平が消えたのを見計らってきた感じだ。というかその通りか。
思えば彼女はA組だったな。
「佐倉はどうしてこんな所に?」
「見ての通り飯食いにきたんだよ。さっき教室から出ていった奴の希望でな」
「へぇ」
と藤川と軽く会話をする。
「ってか、本当嘉村ってやばいよね」
「再確認することじゃないだろう。あいつはマジでやばい。サイクロンだよ」
藤川の言葉に俺は何度もうなずく。
災害クラスの下ネタマシーン、サイクロン恭平。なんだか芸人にいそうな名前だ。まぁあいつの存在そのものがお笑い芸人みたいなもんだしな。案外お似合いかもしれん。
「嘉村が言ってたけど、佐倉もあんな事普段言ってるの?」
ここで藤川の疑問。顔が若干引きつった笑顔だ。
うわっ、恭平によって俺の評価が下がってる瞬間を垣間見た気がする。
「恭平は大げさに言ってるけど、まぁ否定はできないな」
「へ、へぇ……」
ぎこちなく返事を返された。
正直恭平ほどではないが俺も下ネタで騒いでいたりするから、きっぱりと否定できないのが悲しい。
「言っとくが、俺は恭平よりかは良識あると自負しているし、他クラスで騒ぐような真似はしないからな」
なんとか評価を回復しようと試みるが結果はイマイチだ。
でも藤川はドン引きしている様子はなく、この後も下らない話で盛り上がる事に成功する。
恭平によって落とされた評価をなんとか少しでも上げ直すことに成功したようだ。
「百合ちゃん。そろそろ移動しないと」
「あっ、次は移動教室かぁ」
ふと鵡川が藤川に声をかけた。
移動教室なのに、大輔の馬鹿は現在マイ枕で昼寝中。いびきすら掻いている。食べたら寝る。なんとも原始的な生き方をしているんだこいつは。
「じゃあね佐倉」
「おぅ」
という事で藤川に別れを告げる。
「あ! そうだ鵡川!」
「えっ! ……どうしたの?」
鵡川に話さないといけない事を思い出し、鵡川に声をかけた。
急に声をかけられて、明らか動揺している鵡川。いや、それとも恭平の発言のせいで俺にドン引きしている可能性も否めない。
なんだろう。泣けてきた。
「この前の試合、応援に来てたらしいな。負けて悪かった」
この前とは理大付属戦だ。
話によると鵡川は応援に来ていたらしい。後日誉から聞いた話なのだがな。
「あっううん、気にしなくていいよ。次が良平の試合だったから、ついでみたいなもんだったし」
「そうだったか」
そういえば俺たちの次の試合が斎京学館だったか。
「私が言うのもあれだけど、夏期待してるね。頑張ってね佐倉君」
そういって微笑む鵡川。
さすがは学校一と謳われる美少女様だ。笑顔はさすがと言わざるを得ない。
こんな可愛い子に応援されるとは、俺もつくづく罪な男だ。
「おぅ、来年の夏こそは甲子園に連れてってやるよ」
ってことで俺はイケメン発言とイケメンスマイルで応える。
鵡川はそれを聞いて嬉しそうに笑ってから「またね」と一言だけ言って教室から出て行った。
俺が鵡川と話していると言う時に限って、恭平は飲み物を買いに昇降口の自動販売機に行っていた。
話せるチャンスだったのに、残念だな恭平。
「英雄って鵡川さんと仲良いの?」
「仲良いわけではないが、なんか会ったら話す程度の関係だ。知り合いってところかな?」
俺と鵡川の会話を聞いていた哲也が質問をしてくる。
「ほら、夏前まで誉が合唱部にいたべ? それであいつの付き添いで合唱部に入り浸ってるうちに知り合ったんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でも、鵡川さんにさっき謝ったじゃん。それぐらいの仲って事でしょ?」
お前は面倒くさい彼女か。
なんだその重箱をつつきは、別にいいじゃんかそれぐらい。
「……ちなみに英雄は鵡川さんの事好きなの?」
「なに言ってんだよ。俺が年上属性なの知ってるだろ?」
「それ高校に上がってからじゃん。中学の時はそんな事一言も言ってなかったし」
哲也の言う通り、俺の年上好きは高校に上がってからだ。
そもそも中学の頃に同級生の女子ともわずかばかりの交際経験があるぐらいだし、中学の頃はそういう性癖みたいなのはなかった。
それぐらい女への興味がなかったとも言える。それこそ女子と付き合ったのだって、周りが女の話題で盛り上がるようになって、野球一筋の生き方をしている俺が疎外感を覚え始めた頃に、ちょうど相手から告白されたから交際に至った、という感じだったし、俺が女子に興味を持ち始めたのはそれ以降の話だ。
「それで鵡川さんの事好きなの?」
「お前さぁ、とりあえず女の子と話してるイコール好きに結びつくとか恋愛脳すぎるぞ哲也」
「でもさ気になるじゃん。っで、どうなの?」
今日の哲也はなんだか積極的に聞いてくる。面倒くさい乙女かお前は。
何故そこまで俺が鵡川を好きかどうか知りたいんだ。なんだ? 知り合いの女子に聞いてくれとでも言われたのか?
「別に好きじゃねぇよ。いや好きじゃないと言うのは語弊か。普通に鵡川は可愛いと思うし、好きではあるけど、恋愛感情はない」
「そっか」
そうして黙る哲也。今度はなんだ?
まったく哲也の行動が読めない。だがそれも仕方がない事だ。俺と哲也は物心つく前からの幼馴染ではあるが結局は他人だ。全ての行動を理解するなんて不可能なのである。そもそも相手の行動を読めるなんて考え方自体が非常に自分勝手で傲慢だ。
なので、こういう哲也の変な行動は無視するに尽きる。
この後、予鈴のチャイムが鳴ったところで大輔をたたき起こし、移動教室だと伝え、戻ってきた恭平と哲也とA組を後にした。
俺のクラス以外で昼飯を取るという初めての試みだったが、中々普段とは違う感じを味わえたので良かった。これはシリーズ化していきたいな。
次は龍ヶ崎の机で一緒に食べるというのも良いな。あいつ多分クラスではぼっちだろうし。




