39話 新戦力
哲也が沙希のもとへと旅立ってから十数分後、哲也帰宅。
「おっ! 戻ってきたか哲也! どうだった? Cまで行ったか!?」
戻ってくるなり下の話を始める恭平。たかが十数分じゃ終わらないだろう。というかいきなりCは飛びすぎだろう。お前は恋のABCをなんだと思ってんだ。
哲也がいない間に大輔も戻ってきており、現在購買で売れ残っていたという弁当をバクバク食べている。
「英雄、明日はいつものように沙希と接してあげてね」
哲也は恭平を無視してそれだけ言うと自分の席に戻っていってしまった。
俺と恭平は顔を見合わせる。
「これは……振られたな」
恭平の結論。一理ある。
あるいは沙希にネガティブ病でもうつされたかだな。
とにかく哲也の言う通り、明日になったらいつものように沙希と会話をしていこう。
そうして放課後、練習。
今日の俺は徹底してバント処理の練習をする。なのだが、試合の時のようなミスは起きないし、動悸が早くなることも、体が強張ることもなく、普通に処理できている。というか普通の選手よりも鮮やかなお手並みと言わざるをえない。
精神的に急成長したからだろうか。それとも練習だから発揮されないのだろうか?
「うーん、練習だとミスらないなお前」
休憩中、佐和ちゃんが言ってきた。
確かに入部してから練習であんな事にはなっていなかった。やはり試合じゃないとでない病だろうか?
「練習でもミスれば対処策も浮かぶんですけどね」
「まぁこればかりは技術的な問題じゃないからな。技術は十分あるし、技術にメンタルが追いついていない感じかな」
「そうですね」
ミスしてはいけない。その強迫観念が俺をあそこまで苦しめた。これは俺が考えた答えだし、おそらく佐和ちゃんもこの答えだろう。
だからこそ練習では表れない。試合中、もっと言えば公式戦や大事な試合で顕著に表れるだろう。
「まぁそこまで深く考えないようにすりゃいいんじゃねー」
ここで俺と佐和ちゃんの話に入ってきたのは誉。
「お前はもうちょいバッティングのことで深く考えような? 正式に入部したことだし」
「おっと! 恭平と今からキャッチボールするんだった! じゃあなエース!」
そういって逃げる誉。あの野郎。
「とにかく、反復練習しかないな。どんなに頭が言うこと聞かなくなっても、体がしっかりと動作を覚えていればミスはしない」
「ですね」
佐和ちゃんの回答。やっぱり今はこれしかないか。
地味だが反復練習をこなして、フィールディングを体に叩き込むしかないか。
「それにしても一気に部員増えましたね」
「そうだな。これも県大会出場のおかげだろう」
俺が引きこもっていた二日間で野球部は一気に人数を増やしていた。
なんと5人も一気に入部してきた。そして今日から正式に練習に参加する事となっている。
まず入部したのは、今しがたヒットを打てない事をはぐらかしてどっかにいった大村誉。
野球部の助っ人で秋の大会出場して、鵡川に話しかけられ応援されたことで「野球部で活躍すれば、鵡川に気にかけてもらえる!」と言う、恭平に並ぶくらいのくだらない理由で野球部に入部。
秋の大会では、全試合でレギュラー出場していたくせに、一度もヒットを打っていない。同じく助っ人だった須田ですら打っていたというのに。
運動神経は学年トップクラスなのだが、やはり野球素人なので下手。練習すれば上手くなるはず。
次に同い年で元柔道部主将の中村修一。
こちらも秋の大会で助っ人で来ていた。その際に野球部の練習に参加し、楽しかったらしい。まぁ佐和ちゃんは助っ人には優しいからね。
元々体力をつけるために柔道部に入っていたので、厳しい練習をすると噂の野球部の方に移動してきたというのも理由の一つらしい。君の知っている厳しさは通用しないと思いますよ。あえて言わないけど。
一番の持ち味はパワー。唯一見れるところがこれしかない。しかもそれも大輔に比べると大きく劣るが。
だが、これから練習していけばきっとどんどん色んな長所が見えてくるんだろうなぁ。
続いて、またも同い年で元陸上部部員だった青木鉄平。
一年の頃から岡倉の事を気にかけており、一時は入部も考えていたそうだが、普段は試合できるほど人数がいないこともあり敬遠していたそうだ。
だが野球部が県大会に出場した事をきっかけに、入部を決意した。
陸上部では中距離走の選手だったので、足はなかなか速いが、やはり技術面は素人だ。
スピードというより持久力ってタイプの選手だから、足の速さは耕平君はおろか恭平や哲也にも劣っている。
でもまぁその分体力はある。運動部で体力の基礎は出来上がっているだろうし、ここから技術を身に着けていけばいい。
続いて、一つ年下の西岡琢己君。
我が妹千春に愛の告白をした命知らずの元テニス部員。
振られたくせに俺の事を「お兄さん」と呼んでくる。正直うざい。恭平ほどではないがうざい。岡倉ほどではないがだるい。
野球の技術はそこそこある。どうやら小学校高学年まで軟式少年野球団に所属していたらしく、基本的な技術は覚えている模様。
あとテニスの練習で、走り回っていたり、ラケットを振っていたせいか、肩に負担のかからないフォームが固まっていたり、練習を乗り越える体力は持っていたりと、意外と使える人材だ。まだまだ粗さは残るが十分期待できる戦力だ。
最後に片井健佑君。
足がとにかく速い。耕平君に僅差で敗れるくらいで、とにかく足が速い……ってか正確には塁間がくそ速い。
反応が良いのか、スタートダッシュが速いのか分からないが、とにかく速い。
まぁ素人なので、全体的にはまだまだだが、期待できる逸材ともいえる。
入部理由は、西岡君に誘われて一緒に入部したそうな。元茶道部の幽霊部員だったらしい。運動神経良さそうなのに運動部じゃないのは俺や誉に通ずるものがあるな。
以上5名が新たに入部した面々だ。
これで13名となり、無事助っ人無しでも試合ができるようになりました。嬉しい限りですわホンマ。
このまま来年の春の大会まで練習を怠らない。
バント処理の練習後は、ブルペンで投げ込み。
俺は佐和ちゃん監視下で、一球一球丁寧に投げ込む。
今日から「指導は一時間だけ」という制限をなくし、できる限り佐和ちゃんの指導に従うようにした。
と言っても、今日は大幅なフォーム変更などはされず、本当に細かい部分の修正がされていく。
俺が思っていた以上に佐和ちゃんは名将のようだ。俺の気付かなかった修正点まで見極めて、アドバイスを送ってくる。まさか、ここまで指導がうまいとは思わんかった。
現在の最高球速は139キロ。
秋の県大会一回戦途中で出した記録だ。後1キロで140に到達するわけだ。
「良いか英雄。筋肉だけでは体格の問題上、伸びる球速にも限界が生じる。それに筋肉に頼って力任せに投げているだけでは、制球力は身につかない。一番大事なのは制球力。だから指先、腰の回転、足の踏み込み、腕の振り、様々な事を意識して投げてみろ」
などと説明する佐和ちゃん。
俺は一度頷いて、一個一個、動作を確認して投げる。
「そう言えば佐和ちゃん。県大会はどうなったんだ?」
「県大会? 県大会は決勝で斎京学館が理大付属に負けた。優勝は理大付属だ」
「マジか。優勝までしちゃったのか」
なら負けたのも少しは気が晴れるというものだ。
県王者に負けたなら仕方がないさ。うん。
「ちなみに三位は城東だ」
「マジか。やるな城東」
三位までは地方大会に出場できる。
なんにしても出場を決めた三校には頑張ってもらいたいものだ。
「それにしても酒商(酒敷商業)が、地方大会に出れなかったのは意外だな」
「まぁな。まさか理大付属があそこまで強いとは思わなかったからな」
そう、理大付属は俺らを破った後、夏の大会準優勝の酒敷商業と激突した。
そこでまさかの8対0の七回コールドで勝利し、勢いに乗って、そのまま優勝と言う訳だ。
一冬越して、今年の理大付属はどれくらい強くなるか。
今から楽しみでしょうがない。早くリベンジできる機会が欲しいものだ。
「ってか、誉と恭平のアレ止めさせた方が良いんじゃないですか?」
「ん?」
「ほら、あのプロ野球の守備の名手がやりそうなプレー」
俺はブルペンから、グラウンドへと指を差す。
守備の名手がやりそうなプレーとは、誉が二塁ベース付近で逆シングルでキャッチ、そこから走ってきた恭平にグラブトスし、それを恭平が受け取って、ファーストへ送球すると言うもの。
正直、実戦ではめったに使わないようなプレーだ。
あいつら、絶対遊びでやってるだろう。
「別に良いんじゃないか。あれが出来れば守備範囲は広がるだろう」
「でも実戦じゃ中々使えないですよ」
「だが使える機会が来るかもしれないだろう? その時になって絶対に助けられるぞ」
不敵に笑う佐和ちゃん。この人がそう言うと、本当にそういう場面が来そうで怖い。
この人はマジでどこまで見えているのだろうか?
本当底が見えないな。この人は。
話題を打ち切り、投げ込みに集中する。
とにかく一冬越して、俺達も恐ろしいチームになってやる!
そのために頑張って練習だ!




