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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
3章 青春の過ごし方
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38話 親友に恋した女友達

 僕は英雄や恭平、岡倉さんに背中を押される形で教室から出て、沙希が居るであろう場所へと向かっている。

 数分前、彼らに言われた言葉。別段、あの言葉がやる気をうながしたのではない。英雄がやらないのならば、僕がやるしかないと思ったからだ。

 すでに沙希の居場所の見当はついている。

 一度、自動販売機のほうへと向かい、沙希が好きだと言っていたジュースを購入してから、彼女が学校で一番好きだという屋上へと足を運んだ。

 沙希は毎日昼ごはんを食べたあとに一人で屋上に行ってる。別に普段から一人というわけではない。沙希はむしろ友達が多い方だ。自虐になってしまうが僕よりも友達が多いだろう。

 それでも昼はいつも一人になっている。屋上からの景色が好きだからとか、ぼんやり景色を眺めて絵のインスピレーションを感じたいとか、前にそんなことを言っていたっけ。


 階段を一歩、一歩と上りながら、英雄のことを考えた。

 英雄はいくらなんでも鈍感すぎる、あれじゃただの馬鹿だ。

 何故あそこまで沙希が言っていたのに、気付いてないのだろうか? 僕が沙希を好きだと気づいたのならば、沙希が自分のことを好きだって事ぐらい気づいてもおかしくないはずだ。


 いや、もしかすると英雄は気付いているのかもしれない。

 だけど英雄は、野球に集中したいからって理由で、沙希の想いに気付いていない振りをしているのかもしれない。

 じゃなきゃ、あそこまで鈍いはずがない。もともと英雄は勘が鋭く、頭が切れる部類だ。

 そんな彼が、2年以上の仲になる沙希の気持ちを気づかないわけがない。


 でも……やっぱり本当に気づいてないのかも……。英雄って少し抜けてる面もあるし、案外気づいてなかったりして。

 ううん……幼稚園の頃からずっと近くに居るのに、英雄の底が知れない。


 この前だってそうだ。僕は英雄の弱さに気づくことができなかった。

 物心つく前からの付き合いだし、英雄のことは兄弟のように分かっているものだと思っていたけど、僕はまだまだ彼のことを理解していないのかもしれないな。


 そんな事を考えていると、屋上へと続くドアが見えた。



 ドアを開き屋上へと出る。

 生徒のために開放されている屋上。取り囲むように高い金網が張り巡らされ、その金網上部はネズミ返しのような構造と有刺鉄線。

 まるで監獄のような厳重警戒だが、一歩踏み外せば数十mの高さから落下してしまう危険性を考慮しての対処だろう。

 幸い屋上には監獄をイメージさせるような冷たい雰囲気はなく、むしろ生徒たちがにぎやかに談笑に温かい空気感さえある。


 太陽の日差しに思わず目を細めた。綺麗な秋晴れだ。遠くのうろこ雲を見て自然と心が落ち着く。

 屋上の端に設けられた複数のベンチは全て埋まっていた。カップルや数人グループが食事を楽しんでいた。

 その中で一つ、やけに塗装が剥がれてボロボロになったベンチに彼女は座っていた。

 金網方向に向けられたベンチに座っているから彼女の顔は確認できなかったが、それでも後ろ姿で一発で分かった。どうやらフェンスの向こうに見える瀬戸内海の海を眺めているようだ。


 「沙希」

 「うん……あぁ哲也か」

 彼女の下へと向かい、僕はさっき買った飲み物を手渡した。

 沙希は「ありがと」と短い感謝をして飲み物を受け取る。僕は何気なく沙希の隣に座った。


 「朝、英雄と口論してから沙希元気無いからさ。どうしたの?」

 沙希が英雄の事を好きと言うのは、僕の推測でしかない。彼女の口から聞いたわけじゃないから、勝手な憶測で話はしたくない。

 心の奥底では「もしかしたら沙希は僕のことを」なんて期待を秘めているのも否定できない。


 「……哲也は、私が英雄の事好きだったって気付いている?」

 ふと沙希が僕に聞いてくる。

 僕は「うん、なんとなくだったけど」とだけ返答した。少し落胆した。


 やっぱり沙希は英雄が好きなんだ。

 自分の推測が当たった喜びよりも、胸の奥底に秘めていたもしかしたらという淡い期待が打ち砕かれたショックのほうが大きかった。

 沙希を直視できなくなってしまった。本当に情けない。自分の小心者具合に泣けてくる。


 「……中三の4月頃だったけ。あの美術室で私が哲也と英雄を題材にして絵を描いたの」

 「あぁ、確かあの後、英雄と沙希は二人でご飯行ったんだっけ。その時からなの?」

 「ううん、好きになったのはもっと後かな」

 そういって彼女はポツリポツリと話していく。


 「県大会で負けた後さ、英雄の落ち込んでる姿を見たの。その時にさ、なんていうのかな? ギャップっていうの? 今まで見ていた英雄とは違う英雄を見て、英雄の深さを知ったっていうか。なんていえばいいかわからないけど、とにかく好きになっちゃったんだ」

 どこか嬉しそうに話す沙希。

 恋をした瞬間を思い出しているのだろうか? 沙希が英雄に時折見せる乙女の顔だった。


 あぁ、いつも沙希は英雄の話をすると幸せそうだ。

 沙希の事が好きな僕としては、沙希の笑顔を見れて嬉しい半分、英雄の話題であるという事に対する嫉妬心などが入り混じった複雑な気持ちになる。


 「そっか」

 結局、こんな相槌しか打てなかった。

 英雄ならばなんて答えただろうか? 「そんなに好きなら告白しろよ」とでも言うのだろうか? 少なくとも今の僕のような相槌は打たないだろう。


 「私、英雄の事好きなのに、英雄の前じゃ素直になれなくて……。そのせいで英雄も気付いていないのかもしれないけど……」

 沙希が英雄対して素直になれないのは、見ていて分かる。

 その後、沙希が浮かべる悔しそうな表情だって僕は忘れられない。


 「確かに英雄は馬鹿で呑気でお調子者だから、絶対に気付いていないかもね。今日もそうだったし」

 英雄を語る沙希に、つい僕は英雄の悪口を言っていた。

 ごめん英雄。ここにはいない親友に謝る。やっぱり僕は、君に嫉妬してるよ。


 野球も、恋愛も、友人関係も、僕は英雄に嫉妬している。

 認めちゃいけない感情だと思っている。今だってこの嫉妬心を否定したい。だけど否定しきれないんだ。

 彼の野球の才能を見せつけられて何度挫折を味わった事か。何度僕の好きな人が彼に恋焦がれた事か。何度彼の交友関係の広さをコミュニケーション能力を妬んだ事か。

 君は僕のことを親友と言ってくれたけど、今の僕は、本心から君を親友と口にする自信がない。


 「確かに哲也の言うとおり。英雄は馬鹿だと思う。でも呑気じゃない。英雄は自分のせいで、周りの空気を悪くしたくないって思ってるから、空元気で過ごしてるのよ。いつも皆の事を考えてる。だから呑気な訳無いと思う」

 分かってる。英雄はそうなんだよ。

 何も考えてないように見えて、僕よりも深く物事を考えてるような奴なんだ。

 だけど、それを威張ろうとせず、見せつけるような事はせず、あまつさえ隠し通している。

 だから英雄と深く関わっていない人たちが見れば、英雄はただの呑気でいい加減なお調子者にしか見えない。

 だからこそ、英雄と深く関わっている友人は、英雄に厚い信頼を置いているのだろう。


 いつも思ってきたことだが、僕よりも英雄の方がキャプテンに向いている。

 馬鹿でお調子者だけど、皆を引っ張れる人望がある。能力がある。

 だけど英雄はやりたがらない。僕の憶測になるが、きっと英雄がキャプテンをやりたくないのは「人の上に立って命令したくない」とか、そういう理由なんだろうと思う。



 「あぁもぅ……! なんであんな事言っちゃったんだろう……」

 そう言って、顔を両手で覆いながら落ち込む沙希。

 そんな彼女の姿を見て、僕は唇をかみしめた。


 英雄は最低だ。史上最低最悪のとんでもない極悪野郎でクソ野郎だ。

 女の子を泣かせるなんて。僕の好きな人を、悲しませるなんて……。

 そして僕も最低だ。ここで何一つ気の利いた言葉が浮かんでこない。



 「大丈夫、英雄は今日のことなんか水に流して、明日にはきっといつものように話しかけてくるよ」

 結局、ありきたりな事しか言えなかった。

 やっぱり沙希は英雄の傍にいるのが一番しっくりくる。僕の傍にいるより、ずっとしっくりくる。僕じゃ沙希を支えられない。英雄のように沙希を笑わせてあげられない。


 「一応、僕からも英雄に話しとくよ」

 「うん、ありがとう哲也」

 泣き笑いのような笑顔を浮かべながら、僕に感謝をする沙希。

 そんな彼女を見て、いたたまれなくなった僕は「それじゃあ」と一言告げて、屋上を後にした。



 やっぱり沙希は英雄の事が好きなんだ。

 あの一途な想いは、きっと変わらないだろう。

 悔しいが完敗だ。やっぱり僕じゃ英雄には勝てない。


 だから僕は、僕なりに、英雄と沙希をカップルにする作戦を考えよう。

 それが、自分の好きな沙希に対する愛情だと思おう。

 親友に惚れた沙希を、精いっぱい支援しよう。

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