37話 親友の惚れた女友達
一夜明けて、朝。
「よし!」
洗面台の鏡で自分を見つめて、一つ頷いた。
昨日のような弱い自分はもう見せない。いつも通り強気でお調子者で、ハイテンションな英雄君を貫く。
「お兄ちゃん、洗面台の前でなにやってるの?」
歯を磨きに来た千春が凄く訝しげに見てくる。
「千春、今日の俺、イカしてるだろう?」
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
キメ顔をする俺にいつものように冷たい目で見てくる千春。
そうだ。これぐらいがベストだ。よし、気合入れていこう。
いつものように学校へと登校する。
そうして教室にいつも通り入室する。
一度、クラスの連中は俺を見てくる。自然と喧騒は静まり返った。
「おはよう諸君! 昨日はお恥ずかしいところを見せて申し訳ない! 不肖佐倉英雄! これからはあんなお恥ずかしいところを見せないよう誠心誠意努力いたしますので、どうか清き一票をよろしくお願いしまーす!」
いつものようにハイテンションにいい加減な挨拶をする。
そんないつもの俺を見て、ため息をつく生徒、呆れる生徒、ホッとしている生徒たちが入り混じり、やがて喧騒が戻っていく。
「昨日は悪かったな。本当ごめん」
そうしてそのまま、昨日胸倉を掴んだ知り合いのもとへと向かい謝った。
こっちはいい加減なものではなく、しっかりと謝罪する。
深くしっかりと頭を下げる。そこには嘘偽りのない罪悪感があった。
「いいよ。英雄があそこまで荒れてたの初めてだしな」
「本当悪かったな」
「だから気にすんなって。ほら、ドンマイドンマイ!」
昨日俺の怒りが頂点に達した一言を放つ知り合い。
その言葉に俺は自然と頬を緩ませた。
「あぁ、ドンマイだな」
という事で無事仲直りできた。
「よぉ沙希」
続いて向かうは沙希。
なんだかんだ言って、昨日立ち直れたのは彼女のおかげだ。しっかりと礼はしておきたい。
「英雄。昨日はあの後大丈夫だった?」
沙希は心配そうな顔をして聞いてくる。
きっと彼女は俺と別れたあとから、ずっと俺のことを心配していたのだろう。その様子は見ていないが、中学からの付き合いである俺や哲也なら一発で分かることだ。
沙希はメスゴリラ級の凶暴さが目立つが、実際は心優しい女の子なのである。
「あぁ、無事立ち直った。昨日は心配してくれてありがとうな」
そう言って俺はイケメンスマイルを浮かべる。
朝、洗面台の鏡でスマイルチェックをしたので、間違いなくイケメンスマイルのはずだ。
「うっ……べ、別にあんたのことなんか心配はしてないわよ! 昨日のテンションのままじゃ、部員のモチベーションが下がるでしょ!」
顔を真っ赤にして、心配していないと否定する沙希。
これも沙希らしい行動だ。彼女は心配していたという事を悟られるのを嫌う。
なのでこの反応は予測できた。
「だよな。さすが沙希。哲也の事を良く知ってる」
さすが沙希だ。部員の事を好きなだけある。
あくまで俺の見解だ。沙希から直接聞いていないがな。
「……ま、まぁね……」
「哲也には優しくしてやれよ。俺と話すときみたいにツンツンしてると、哲也には好かれないぞ」
俺の忠告に沙希はポカーンとしている。
えっ? なんか俺言った?
「哲也に好かれる……って、あんた、私が哲也の事、好きだとか思ってんの?」
「えっ? そうなんじゃねぇの? ずっとそうだと思ってたよ」
まさかの急展開。え? だって去年、縁結び神社のお参り行ったとき、沙希、哲也がどうのこうの言ってたじゃん?
えっ!? もしかして好きな人が変わったのか!? って事は、大輔が一番有力か? いや女子に人気の優しい笑顔が特徴の誉の可能性も……。案外、一匹狼龍ヶ崎派の可能性もあるな。いやでも、中学の頃から一緒の後輩亮輔というパターンも捨てがたい。
恭平が好きとか言ったら、全身全霊でビンタでもして目を覚まさせてやろう。あいつはダメだ。
それとも俺? ……いや、それはないな。冷静に思い返しても沙希をからかったり馬鹿にしている自分しか出てこない。こんな男を好きになるとしたら、沙希はとんでもないマゾだ。
「そんな訳無いでしょう! 確かに哲也は好きだけど、友達として! 本当に好きなのは……!」
「本当に好きなのは?」
言いかけて止まる沙希に俺が首をかしげながら聞く。
どんどん顔を真っ赤にしていく沙希。心なしか小さく唸り声をあげている。
気付けばクラスが静まり返っている。どいつもこいつも、視線を向けなくても耳を傾けているのが丸分かりだ。盗み聞きとは……この変態どもめ。
「あ、えっ……と……」
もじもじし出す沙希。指をくるくるしたりしている。乙女かお前は。
「オーケーオーケー分かったから、イケメンの俺だからこそ分かっちゃったわ。ズバリ! 大輔だな! そりゃあ大輔と親友の俺には言いづらいわな」
ここでクラスに居た奴らが、芸人ばりにズコッーとこけた。
お前ら、面白すぎんだろう。俺も混ぜてくれよ。
沙希は俺の答えを聞いてポカーンとしている。ふふっ、イケメンの俺に好きな人を当てられて驚いて何も言えないか。
「だが任せろ! 大輔と親友の俺が、恋のキューピットになってやる! 昨日のお礼だと思ってくれ!」
「……か……でお」
「あん?」
沙希が俯き、ぷるぷるさせながら、なんかを呟いている。
聞き取れない。俺は思わず沙希の口元に耳を近づける。
「馬鹿英雄!!!!」
途端、俺の耳元で怒号をあげる沙希。急に叫ばれたので、耳の鼓膜が破れそうになった。
思わず唸り声を上げて、後ろに吹っ飛びそうな勢いで離れる。
「なんだよ沙希! 急に耳元で叫ぶなよ。俺はマイクじゃねーぞ!」
「うるさい! ねぇ、あんたいつも何を考えてるわけ? どうしたらそんな結論になるわけ? 馬鹿以前に、本当に人間なの? 頭おかしいでしょ?」
なんで大輔の名前を言っただけで、ここまで言われないといけないんだ……。
「人の気持ちも知らないで、毎日毎日、呑気に過ごして! 英雄なんて豆腐の角に当たって死んじゃえ!」
そう沙希は言うと、友達のグループへと歩いて向かう。
一同が騒然としている。
お前……豆腐の角じゃ人は死なないぞ。
女心は難しい。改めてそう思った。
昼休み。
「やっぱり英雄が悪いよ」
が始まって早々、朝の沙希との一件に、哲也がお怒りの様子。
ムスッした顔を浮かべながら食事の準備をしている。
「まぁ俺も悪かったと思うよ。さすがに人前で、自分の好きな人の名前を言われたら俺もブチギレるわな」
「……英雄。ボケてる訳じゃないよね?」
哲也が、明らかアホを見るような目で俺を見る。
その視線から逃げるように俺は窓の方へと視線を向けた。
「今日も良い天気だな」
「英雄、話そらさない」
ダメだ。今の哲也はスーパーお説教タイム中だ。
「英雄、沙希の反応見てわからないの?」
「あいにくとな。そういうのに疎い人生だったもので。むしろ哲也は知ってるのか?」
「……直接は聞いてないけどね」
「マジか。誰だよ? 知り合いなら上手くくっつけられるよう協力したい」
特に沙希にはさんざん世話になっている。
昨日の一件にしかり、その他にも色々なところであいつに迷惑をかけている。
できる事ならば協力してやりたい。幸い、秋の県大会が終わりしばらくの間、野球のほうはそこまで忙しくないし。
「……言わない」
少し悩んでから哲也が答えた。
「なんで?」
「間違えてたら沙希に迷惑だし、それに……本当に付き合いたい相手なら僕とかに相談してくるでしょ?」
「そりゃ一理ある」
哲也の言葉にうなずいた。
沙希が本当に付き合いたいと思っている相手がいるのならば、今頃男の友人である俺や哲也に相談しているだろう。
「じゃあしばらくは俺は俺の恋愛に打ち込むかな」
「え? 英雄、好きな人いるの?」
「ふふっまぁな。と言っても年上だし、相手はそういうエッチな仕事をしてる人だけどな」
俺が最後まで言ったところで、俺の言葉の意味を理解したようで、哲也が今まで見たことないほどの深いため息を吐いている。
がっくりとうなだれる姿は見ていて面白い。
「……はぁ、英雄。君が彼女出来ない理由が分かったよ」
「今更すぎんだろ。俺はもうちゃんと把握してるぜ」
「……じゃあ、どうして出来ないと思ってるの?」
呆れた様子の哲也が聞いてくる。
俺は無言で恭平を指さした。
「あ? なに? 今、英雄から借りたエロ本! を読むのに忙しいんだが?」
俺と哲也の視線に気づいた恭平は、エロ本から顔をあげてアホ面で首をかしげる。
ってかお前、いくら飯食い終わったからと言って、教室でエロ本を読むな。しかもここは俺のクラスであってお前のクラスじゃねぇ。
しかもなんで英雄から借りたエロ本部分を強調した。というか、そのエロ本はお前が持参した奴だろう。すぐバレる嘘を吐くんじゃねぇ。
「俺の女子からの評価低いの、間違いなく恭平の傍にいるのが原因だ。よって彼女が出来ない原因はこいつだ」
「はぁ!? 何言ってんだよ英雄! むしろ俺だって、お前の傍にいるせいで変態だのスケベだの変なレッテル貼られてるんだからな! 分かってんのか英雄ぉ!」
恭平がレッテルという言葉を知っている事に驚きだ。
「あぁ!? 喧嘩売ってんのかてめぇ」
「おめぇのほうこそやんのか? 元丘城一中の暴れるナイフと呼ばれた俺に勝てるとでも思ってんのか? あ?」
恭平とガンを飛ばし合う。
思えば恭平の一年生のころの自己紹介でも、こんな事言ってたな。本当に丘城一中の暴れるナイフと呼ばれていたのかは知らん。
「二人共落ち着けって。どっちもどっちだろう?」
そんな俺らの間に入る哲也。
別に恭平と喧嘩するつもりはない。それは恭平も分かっていることだろう。
「それで英雄、君が彼女できない理由だけど」
強引に話題を戻す哲也。
「恭平云々関係なく下ネタを発するからだと思う。というか、英雄はさ、知らないうちに周囲の人達から好意を抱かれてると思うんだ。だけど英雄はそれに気づいていない。もっとその気持ちを汲んであげなきゃダメだと思う」
彼女居ない歴=年齢の哲也に説教された。
「いや、英雄はそんなモテてないだろう」
「恭平、お前もだぞ」
恭平の一言に俺は笑顔で付け足す。
そうして二人でにやりと笑い合い「イエーイ」と言いながらハイタッチ。意味わからんノリだが、このノリは好きだ。
「英雄、真面目に聞いてる?」
「聞いてるよ。ようは周囲の人の気持ちを汲み取ってあげればいいんだろう? ってことで岡倉」
「ん? どうしたの英ちゃん?」
「付き合ってくれ」
「ぶっ!」「えぇ!」
恭平と哲也が、同時に驚いた。
えっ? だって周囲の人じゃん。
「英ちゃん……うん良いよ!!」
「冗談だバーカ」
言っておいてあれだが岡倉は駄目だ。
どうせならエロくて優しくて金持ちの女性が良い。ってか大学生ぐらいが良い。岡倉は胸が大きいがエロさもないし、人を疲れさせるモンスターだし、大して金持ちでもない。なにより同級生だ。
俺のストライクゾーンに掠りすらしていない。良い奴だとは思うけどな。
「英ちゃん、酷い」
そう言ってしゅんとなる岡倉。
少し酷い事をした気がして少し反省する。なお、反省は生かさない模様。
「やっぱり、俺はお前しか居ないよ恭平。付き合おう」
今度は恭平に向き合い、ジッと見つめて話す。
「ば、馬鹿野郎!! いくらモテないからって、男に走るわけねぇだろう!」
「ったりめぇだ! 俺だって、てめぇと付き合うわけねぇだろう!」
そう恭平に言って、二人して「うげぇー」と嘔吐する真似をする。
まったく打ち合わせしていなのに、なんと息が合っていることか。そして再び「イエーイ」と、ハイタッチした。
この一年間、恭平と遊んできて分かったのだが、案外恭平とシンパシー半端ないぐらい通じてる気がする。
「ふざけてる場合じゃないんだよ英雄! 沙希の事、可哀想だと思わないの!?」
そんな俺らに、哲也が少し怒った口調で話す。
可哀想って、むしろ鼓膜を破られそうだった俺の方が可哀想だろうに。
「だったら哲也。お前が慰めれば良いだろう? お前、沙希の事、好きなんだろう?」
「えっ!?」
そう言って驚き、頬を赤くする哲也。
まぁ哲也の沙希に対する応対を見てれば、分かる。
「そ、そんな事、今はどうでも良いだろう!」
「良かねぇよ。お前は俺の親友だ。なら親友の恋愛を手伝うのは当然だろう?」
動揺している哲也に、俺は親友として彼の背中を押すように発言する。
「安心しろ。俺は親友の惚れた女は取らん。だから存分に攻めてけ!」
さらに哲也に追い打ちをかける。
「いいか哲也。山口沙希はな、勝気で男勝りな性格だが、そのボーイッシュな感じな所が男子から人気がある。もたもたしてたら、横からかすめ取られちまうぞ!」
俺に続くように恭平の後押し。さすが毎年女子のレベルとかデータを集計しているだけあるわ。
しかし沙希って意外にモテてんのな。まぁ、分からんでもないか。
「哲也君。ファイト!」
そうして最後にトドメとばかりに岡倉も哲也の背中を押す。
「え、でも……」
「しゃきっとしろ哲也。ここでお前が普段見せない男らしいところ見せれば、沙希はころっと落ちるはずだ」
「そうそう! これを成功すれば、今夜は山口と性交だ!」
上手いことを言ってるつもりなのか、恭平はキメ顔をしている。ちょっと上手かったのが悔しい。
「ぼ、僕は別にそういうのをしたいんじゃなくて!」
「とにかく行け哲也!」
「哲也君! 頑張って!」
まだウジウジ悩む哲也に最後のひと押し。
哲也は、この後押しに押されて「……う、うん! 分かった!」とぎこちない返事をして、立ち上がり教室を後にする。
きっと沙希を探しに行ったのだろう。教室には沙希は見当たらないし。
「ちきしょー哲也の野郎、青春しやがって!」
などと言って、弁当に入ったご飯を口の中に掻き込む恭平。
まぁ哲也には頑張って欲しいなぁ。沙希と哲也……うん、理想のカップルだ。是非実現してもらいたい。




