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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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36話 天才、七転八起する

 ふと俺は目を覚ました。

 屋上のベンチで寝転がって何時間経過しただろうか? ぼんやりとした意識は遠くから聞こえる金属バットの快音で覚醒していく。

 もう放課後か。そして今、部活の時間。


 体を起こし、屋上端の金網のほうへと歩いていく。

 グラウンドでは野球部とサッカー部が練習をしている。1時間か2時間か寝ていたようだ。

 まだまだ体は寝足りないようだが、先程よりも頭ははっきりとしている。


 「……謝らないとな」

 今まで学校を休み、野球部の練習に参加しなかったこと。理大付属の試合で勝手に自滅したこと。朝の暴走。

 とにかく謝らないと。俺は考えるより先に屋上への出入り口へと走る。


 階段を一段飛ばしで下っていく。

 校内にはまだ多くの帰宅部や幽霊部員が残り、喧騒を作っている。

 その中を俺は走って降りる。


 今すぐ、あそこへ。あのグラウンドへいかないと。もう一度、もう一度起き上がる為に。



 一階まで駆け下り、急いで上履きから革靴へと履き替えて、グラウンドへと走る。

 昇降口からグラウンドまで一直線。俺は全速力で向かう。


 「ファイトー!」

 グラウンドではいつものように岡倉の間延びした声援が部員たちに送られる。

 選手たちのほうは声を張り上げて、佐和ちゃんの厳しい練習についていく。いつもと変わらない練習風景。


 「みんな頑張れー……ってあれ? 英ちゃん!?」

 最初に俺の存在に気付いたのは岡倉だった。

 岡倉の声で気付いて、一同が俺へと視線を移した。

 そういえば入部テストの日も、最初に気づいたのは岡倉だったか。


 「来たか馬鹿野郎! お前ら! 一度練習中断! ベンチ前集まれ!」

 俺に気づいた佐和ちゃんが嬉々とした声を張り上げて、部員たちを呼び寄せる。

 その中で、俺は一歩一歩と佐和ちゃんのもとへと近寄っていく。


 「どうだった英雄? ずっとお外の景色を見てた感想は?」

 「佐和先生の言ってたとおり、悟りの境地とやらに到達しましたよ」

 「……どうしたお前? そんなかしこまって」

 珍しく佐和ちゃんに先生とつけたら、凄い不安そうな顔を浮かべる佐和ちゃん。

 ここはかしこまらないといけない場面だろうに。


 「佐和先生、俺は……天才ですかね?」

 部員たちがベンチ前へと集まってくる中で、俺は佐和ちゃんに質問をした。

 こんな質問生まれて初めてした。


 他人の評価なんて気にしない。

 俺が俺を認められれば良い。そうすれば自ずと結果を残せる。

 気づけば、そんな考え方に凝り固まっていた気がする。

 才能に恵まれ、野球の天才なんて子供の頃の他人の評価を真に受けていたくせに、随分と思い上がりが甚だしかった。

 だから一度立ち止まって聞いてみる。俺は天才なのか、天才ではないのか。一番俺の才能をよく見てくれている、この人に。


 「何言ってんだ。お前は天才だ。だから俺はお前を怪物にしようとしている」

 俺の質問に戸惑うことなく佐和ちゃんは答えた。


 「だが、才能に溺れてるダメなタイプの天才様だな。俺から言わせてもらうと、ただのクソガキだ」

 「クソガキって……」

 苦笑いを浮かべそうになった。でも佐和ちゃんの言うとおりだ。

 クソガキだったな。俺は。


 「そりゃクソガキもクソガキだろうが。そもそも先生をちゃん付けで呼んでる時点で大人をなめきってる証拠だ」

 どこか佐和ちゃんが……いや、佐和先生は怒ってるようだ。

 普段は飄々としていて本心が掴めないのに、今は分かる。佐和先生は怒っている。

 きっと、今までなナメた態度だった俺に対する積年の恨みと言ったところか。


 「いいか英雄、お前が立ち直ったようだから言わせてもらうが、ちょっと人より才能があるからって、何でもかんでも自分でやろうってのは大間違いだからな。勘違い野郎にも程がある。だからお前はクソガキなんだよ」

 佐和先生は普段は見せない怒りに満ちた表情を浮かべながら、俺を叱る。

 集まった部員たちは、急な出来事に戸惑っていた。


 「お前は俺から見たら、こいつらと変わらないガキンチョだ。精神的にもまだまだ脆い。エースだからとなんでもかんでも背負うとするのは間違いだ。お前にそんな実力ねぇだろう? 才能に溺れすぎだ。もうちょい自分磨いてから出直してこいって話だ」

 「……おっしゃるとおりです」

 俺が行き着いた答えとまったくもって同じ事を佐和先生は口にする。

 佐和先生は分かっていたんだ。俺が弱い人間であるということを。

 まったく、この人にはかなわんな。


 「お前は怪物になるんだろう? なら、自分の弱さをしっかりと受け入れた上で強くなれ。もう自分のミスで自滅しないような心の強さを持て。技術はすでに一級品なんだ。精神的な欠点をしっかりと直せ。二度と野球から逃げるな。今度はこいつらと一緒にな」

 暖かい笑顔を浮かべて、佐和ちゃんは部員たちへと視線を向ける。

 俺もその視線に釣られて部員たちへと視線を向けた。


 大輔、恭平、龍ヶ崎、耕平君、亮輔、岡倉、そして……哲也。


 「英雄、こいつらになんかいうことあるだろう?」

 佐和ちゃんに促されて、俺は一つ背筋を伸ばした。

 この前の試合のことだ。あの試合、俺が自滅したことを謝らないといけない。


 「……みんな、えっと……その……この前の試合はごめん。俺勝手に自分で自分の事責めてて、自分一人でなんとかしようとして、周り見えてなかった。本当……ごめん」

 照れくささも相まって普段の俺じゃ考えられないぐらい弱々しく謝罪をした。

 こんな弱くて恥ずかしい姿を人に見せたのは久しぶりな気がする。

 いつだって強気で大口叩いてたから、本当恥ずかしい姿だ。


 「何言ってんだよ英雄。俺だって、お前が辛いときに何も気の利いた事言えなかったんだ。お前だけのせいじゃないだろう」

 最初に声をあげたのは大輔だった。謝る俺にそう言って笑った。

 ニッと笑う大輔の笑顔は、相変わらず頼りがいのある力強さを秘めた男らしい笑顔だ。俺が女なら間違いなく落ちてるレベルの男前っぷりだ。


 「そうだな。俺も英雄が苦戦してたとき、いつものように下ネタ言えなかったからな。反省だ。俺もまだまだエロの伝道師にはなれんなぁ!」

 恭平はいつも通り。だけど、今の発言は恭平が気遣っての言葉だろう。

 普段の言葉に比べて、どこか優しさがこもっていて、こいつの性格の良さを垣間見れた気がする。


 「まぁ、俺が言うのもアレだが、佐倉はもうちょっと俺らを頼っていいと思う。俺たち……仲間って奴なんだろう?」

 龍ヶ崎は照れくさそうに言って視線を逸らしながら仲間と口にする。

 ツンデレのデレ期か。だが今はその言葉が素直に嬉しかった。


 「佐倉先輩! 俺たちももっと頑張って、佐倉先輩が崩れても負けないぐらい強くなります! 一緒に頑張りましょう!!」

 「俺も、もっとピッチング上手くなって、佐倉先輩が少しでも気を楽にして投げれるよう頑張ります!」

 耕平君、亮輔とそれぞれ慰めの言葉をかけ、同時に共に頑張ろうと言ってきた。

 健気な後輩だ。本当、良い後輩を持ったな俺。


 「英ちゃん! 私になら甘えていいからね!」

 さらに岡倉まで俺を慰めてくる。

 こいつに甘えるとか凄く怖くて嫌だが、彼女なりの慰めなのだろう。気持ちだけでも十分嬉しかった。


 そして最後に哲也。


 「僕は英雄のこと深く知ってなかったのかもしれない。ずっと英雄は僕よりも凄い人間だと思ってたから、君が崩れたとき、何も言えなかった」

 真っ直ぐに俺を見据えながら哲也は話す。


 「僕もまだまだ人ととして未熟だし、心も弱い。だから英雄も恥じることじゃないと思う。一緒に弱さ見せてこうよ。それをみんなで補おう!」

 キャプテンらしく、幼馴染らしく、そして哲也らしい回答。

 部員全員の言葉を聞いて、俺は頬を緩ませた。


 「……なんだよこれ。小学生の反省会かよ……」

 そうしていつものように軽口をたたく。

 だがいつものようにはいかない。自然と目から涙がこぼれ落ちていた。


 「……ありがとう」

 涙をぬぐいながら俺はみんなに感謝をする。

 なんかやっとチームの一員になった気がする。


 「よしよし、そんじゃあ今回の一件はこれで終了! お前らはまだまだ高校生のガキンチョだ。精神的に未熟なのは当たり前だ。大事なのは精神的に折れて、崩れたときに立ち直れるかどうかだ。折れたまま問題から逃げるのか、それとも問題を克服してまた立ち上がるのか。

 みんなで強くなろう。みんなで克服していこう。七転び八起き。転んでも起き上がって、這いずり回りながら、支えあいながら、成長していこう。野球はチームプレイだ! いいな!?」

 「はい!!」

 佐和先生が最後にまとめるように発言をした。

 それに返事をする部員たち。


 「よし! 練習に戻ろう。英雄は……一度教室に戻って荷物取ってこい。準備運動終わったらすぐさまバント処理の練習だ」

 「はい! 佐和先生!」

 俺がそう返事をしたところで、何とも言えない表情を浮かべる佐和先生。


 「……英雄、さっき先生にちゃん付けするクソガキとか言ったけど、お前に先生呼ばわりされると、すげぇ気持ち悪いから、やっぱりいつも通りにしてくれ」

 申し訳なさそうにして頼んできた。

 それを聞いて俺は呆れ笑いを浮かべた。


 「了解。佐和ちゃん」

 「よし、それでいい。改めてよろしくな英雄」

 「おぅ!」

 こうして俺は再び起き上がることができた。

 もう二度とあんな過ちは起こさない。そのために、もっと頑張らないとな。


 一陣の風がグラウンドに吹いた。

 何気ない秋の風。だけど、まるで今までの自分とこれからの自分を切り替えるような、そんな風だった。

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