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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
322/324

321話

 「んじゃまぁ、最後のホームルーム始めますかぁ!」

 卒業式を終えて、余韻にひたす生徒たちのもとに軽い調子の声が響く。

 教室に入ってきたのは珍しくスーツ姿の佐和ちゃん。さすがの佐和ちゃんも卒業式は正装か。


 「おらおらお前ら泣いてんじゃねぇぞ! 最後ぐらい笑って終わらせっぞ! おら恭平と英雄! うちの問題児がメソメソしてどうすんだよ! もっと騒げ!」

 なんか佐和ちゃんに無茶ぶりをされた。

 俺はもう涙は引いたが、恭平さっきからうるさいぐらいに嗚咽をしている。どんだけ泣いてんだよお前。


 「ざばぜんぜー! いばまでありがどうございまじだ! ぜんぜいのぞうじきにはべっだびにざんかしまずー!」

 恭平、お前ぐしゃぐしゃ声すぎて何言ってるのか分からないぞ。

 これには佐和ちゃんも苦笑い。まさか恭平が人目をはばからず泣くなんて想像していなかったのだろう。俺だって想像していなかった。


 「おら英雄! てめぇもメソメソすんな! 山田高校の顔なんだからバシッとなんか言えや!」

 そして恭平が使い物にならないと判断すると、俺一人に無茶ぶりを押し付けてくる佐和ちゃん。

 なんだ山田高校の顔って、いやまぁ山田高校の顔ですけどね?


 「そうっすねー! とりあえず、佐和ちゃんを胴上げします?」

 「はぁ?」

 「おぉ! びでおないずあいでぃあ!」

 俺の提案に鼻声の恭平が同調してきた。

 ついでクラスの男子どもものってきた。そうしてそのままなし崩しに佐和ちゃんを胴上げしだす。

 さすがの佐和ちゃんもこの展開は読めなかったようで、めっちゃ焦っててウケる。


 数度佐和ちゃんが宙を舞う。そして佐和ちゃんを下ろしたところで誰彼問わず拍手が巻き起きた。呆気に取られていた佐和ちゃんだがもうまもなく呆れ笑いを浮かべる。


 「なんだよこれ。お前らアホか」

 「アホにバシッと言えって言った佐和ちゃんが悪いんですよ?」

 俺が佐和ちゃんに一言告げる。

 それを聞いて佐和ちゃんは「そうだな」と言って声を上げて笑った。


 「いや、まさか卒業式に胴上げされるとは思わんかったわ。こんなの初めてだ」

 「マジっすか。佐和ちゃんの初体験を奪っちまうなんて…罪な男だな英雄」

 いつの間にか涙が引いて、いつも通りになった恭平が誤解をまねく事を言っている。

 せっかくだから学生最後の関節技決めてやろうかお前?



 最後のホームルームも和気あいあいと終えた。


 「お前たちはこれからも苦労するだろうと思う。だがそのたびにこの学校での思い出を浮かべて頑張ってほしい。お前らなら大丈夫だ!」

 最後のホームルームの佐和ちゃん最後の締めは、ありきたりな言葉で終わった。

 佐和ちゃんの目には最後まで涙は浮かばなかった。せっかくだから泣かせてやろうと思っていたのだが、思いの外強い男だ。


 「英雄、恭平。この後昇降口に集合よろしくね!」

 ホームルームも終わったところで、哲也がなんか報告にやってきた。これは例年通りのイベントか。

 一二年どもが校門近くで待っていて、別れの言葉を言ったりするイベントだろう。

 そういえば去年の卒業式は俺達が松下先輩を見送る側だったな。

 あの時思った事、俺は笑顔で卒業できるのだろうか? という問い。

 結果はノーだ。見事に泣いてしまった。嫌でも泣き笑いしているから半分イエスか?


 「よし行くぞ英雄! 一二年どもに闘魂注入の平手打ちしていくぞ!」

 「内定取り消しになんぞお前」

 恭平はいつも以上に声を張り上げて立ち上がる。そうやって強がってないと今にも泣いてしまうのだろうな。

 それは俺もだ。このまま校舎にいたら、色々と思い出が浮かんできて涙が止まらなくなる。


 「岡倉、そんなに泣くなよ」

 「だっでぇ! だっでぇ!」

 龍ヶ崎と岡倉はイチャイチャしてる。

 岡倉は案の定泣いてるし、龍ヶ崎も目元が赤くなっている。


 中村っちと鉄平、恭平はさっきまで泣いていたが今は強がるようにいつも以上に騒いでいる。

 哲也や誉、大輔の目元も赤い。 

 だけど、どいつもこいつも泣きながらも笑っていて、なんだか不思議な光景だった。



 昇降口を出たところで、案の定一二年の野球部員たちが俺達を待っていた。

 そうしてキャプテン亮輔の号令のもと、一二年連中から感謝の言葉が送られた。

 一二年連中は別れの言葉とこれから先の進路の激励を送り、三年連中も別れの言葉とまもなく始まる選抜甲子園への激励を送る。


 「英雄」

 一二年一人一人に声をかけていると、佐和ちゃんに声をかけられた。

 佐和ちゃんのそばには佐伯っちもいる。佐伯っちのほうはスーツ姿がよく似合っている。


 「あっちに戻るはいつだ? 今日か?」

 「明日まで休みだから、明日には戻る感じだ」

 「なるほど」

 俺の答えを聞くと佐和ちゃんはにやりと笑う。


 「おら卒業生ども! 今日は俺のおごりで焼き肉屋行くぞ! 卒業祝いだ!」

 そうして佐和ちゃんは卒業する部員たちに声をかける。

 途端に歓声をあげる卒業生ども。ひときわ声がでかいのは案の定大輔だった。


 「いいんですか? こっちには大輔いますよ?」

 「安心しろ、お前らの夏の活躍の恩返ししたいって言ってる焼き肉屋がいるから」

 心配する俺に対し、佐和ちゃんは余裕の表情を浮かべて答えた。

 その言葉に俺はぽかんと口を開けていた。


 「あの夏の興奮と感動を得たの俺達だけじゃないってことさ。山田市内…いや全国各地にお前らの快進撃に胸躍らせた奴らがいるんだよ」

 どこか感慨深そうに微笑み、大盛り上がりする卒業生連中を見ながら、腕を組み佐和ちゃんは言葉を続ける。


 「これがお前らが高校生活で残したものってやつなんだろうな」

 俺達が高校生活で残したもの……。

 そういわれると、なんだかあの夏の栄光が今まで以上に誇らしいものに感じてくる。


 「なんにせよどいつもこいつも胸張って卒業できて良かったよ。今夜は無礼講だ。飲酒喫煙以外なら好き勝手しろよ」

 「……わかりました。お言葉に甘えます」

 微笑む佐和ちゃんに俺も笑顔を浮かべて応えた。


 「あ、佐和ちゃん」

 「なんだ?」

 「そのだな、えっと…」

 あとで言おうかとも思ったが、今のうちに言っておこう。

 後回しにしたら気恥ずかしくて言えなくなってしまうかもしれないしな。


 「どうした?」

 そんな俺の態度に、佐和ちゃんは首を傾げる。

 やばいな、いざ言おうと思ったらスゲェ気恥ずかしいな。


 「えっとな、その…佐和先生、佐伯先生」

 覚悟を決めて佐和先生と向き合う。


 「どうした? かしこまって?」

 そんな俺の態度に、佐和先生と佐伯先生は笑っている。


 「今まで、俺みたいな、生意気なクソガキの相手をしてくれて、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げた。佐和先生と佐伯先生は「あっ」と言ってから、黙ってしまった。

 呆気に取られているのかもしれない。


 「自分は、まだまだ未熟な為、時折、先生方に連絡をする事もあると思いますが、その時は、前と変わらずガツンと一言お願いします」

 「……お、おぅ!」

 佐和先生は照れたような様子で返答している。

 佐伯先生は顔を逸らし、目元をスーツの袖でぬぐっている。


 「おっしゃあ! 佐和のおごりの卒パ行くぞぉ!」

 「おいおい恭平。先生はどうした?」

 「え? 卒業したんでもう先生じゃないっすよね佐和慶太さん」

 「なんだぁ? 卒業祝いに佐和スペシャルほしいのか? しょうがない奴だなぁ」

 恭平がタイミングよく騒いでくれたおかげで、真面目な雰囲気は綺麗に消え去った。

 さて、卒業式の余韻を噛みしめながら、最後のパーティーにいたしますか!




 翌朝、山田駅。まだ出勤、通学時間には少し早くて、明朝の静寂が駅に広がる。

 昨晩の焼き肉屋で盛大におこなわれた卒業パーティーの喧騒が今もなお潮騒のように押し寄せては、頬が緩むのを感じる。

 恭平、大輔、誉、龍ヶ崎、鉄平、中村っち、岡倉、そして佐和ちゃんと佐伯っちとは昨晩のうちに別れをすませた。

 すませたと言っても、これからも度々会いに行くことになるだろう。会う事は減るかもしれないが今生の別れではない。そこまで別れへの悲しみはなかった。

 さて、ここからはプロ野球選手モード。もう高校生佐倉英雄はいない。広島シャークスの一員、プロ野球選手佐倉英雄として生きていくのだから。


 「英雄君、頑張ってね!」

 「あぁ」

 駅の改札口前にて、見送りに来た梓からエールをもらう。

 彼女の隣には沙希。


 「まさか沙希まで来てくれるとは思わなかったよ」

 「昨日、しっかり別れを告げられなかったからね。英雄、がんばってね」

 笑顔を浮かべる沙希。良い笑顔だ。俺が離れていく事に恐怖を抱く沙希はもういないんだろう。いや、それとも俺の目には見えなくなっただけかもしれない。

 でもそれでいい。沙希の事は、哲也に全て任せたんだからな。


 「それじゃあ私はこれで」

 「なんだ沙希、それだけ言いに来たのか?」

 「当たり前じゃん。それに、お二人の邪魔しちゃいけないからね」

 穏やかな笑み。俺と梓の前で作り笑いを浮かべる沙希はもういない。

 彼女は彼女で自己の問題を解決し乗り越えたんだろう。本当、強い女だなお前は。

 そして俺も梓との問題を乗り越える。沙希に別れを告げて、梓のほうへと視線を向ける。


 「梓、また不安にさせるかもしれないけど…」

 「…うん」

 「絶対に梓のもとには帰ってくるから」

 「分かってる」

 どこか寂しげな梓の肩に優しく手を置いた


 「次会うときは、梓と一緒に歩いても野球をおろそかにしないような男になってる。安心しろ、俺は怪物になると決めたからな」

 佐和ちゃんから初めて聞かされたあの言葉を思い出す。

 ずっと俺の信念に根付く言葉、ふざけた言葉ではあるが、俺を動かした原動力。


 「まだ俺は情けないけど、それでも絶対に君を泣かせない」

 気持ちを乗せた言葉。

 その言葉に梓は頬を緩ませた。


 「うん…! 頑張ってね、英雄君!」

 梓の笑顔を見て、俺も笑顔を浮かべる。

 そして流れるように彼女に優しくキスをしてみせた。

 思えばこれが彼女との初めてのキスだった。雰囲気に押されてついやってしまった。

 だけど、梓は拒むことは無くて嬉しそう、どこか恥ずかしそうに笑った。



 広島行きの列車に乗車する。

 やがて動き出して、一定のリズムを刻みながら列車は線路を走っていく。

 流れる景色を見ながら色々な想いを逡巡させ、高校三年間の思い出を走馬灯のように浮かべていく。


 楽しい三年間だった。

 そう断言出来して満足する。



 流れる車窓の向こうに桜並木が目に入る。

 桜はまだつぼみ。三年前の入学式のあの日は桜に包まれていたのにな。

 でもあの日感じていた新たなる世界への期待感と同じものを抱いている。


 次の世界はどんな奴がいるのか? どんな風景があるのか? 楽しみだ。楽しみで仕方がない。


 新たなる世界へ。


 俺の怪物に至る為の旅はまだまだ続く。

 そう、だって怪物は一日にして成らずなんだからな。

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