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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
321/324

320話

 梓との一件は無事俺を願った方向に進んでくれた。

 こうして卒業までに憂う事はない。最高の気分で俺は卒業式当日を迎える事となる。


 朝は特に感慨にふける事もなく、温かい春の陽気に眠気を覚えながら見慣れた通学路を歩く。

 春眠暁を覚えず。中学時代、受験に向けて必死に覚えた漢文の一文を思い出した。

 これでもうこの通学路を歩くことはなくなるという実感がない。また明日もこの道を歩いていく。そんな気分が抜けない。


 こうして学校について、校門に立てかけられた「卒業式」と書かれた看板を見て、わずかばかり実感がわいてきた。

 だけど、だからどうしたという感じだ。正直卒業式は泣く事はない。泣かない事に自信がある。

 見慣れた生徒たちを横目に教室へと歩いていく。そういえば卒業したらこいつらとも当分会えなくなるのか。下手すると一生会う事もない奴らもいるだろう。

 ……そう考えるとなんだか感慨深く感じるし、ちょっと涙腺が緩んだ。これはやばいな。卒業式で泣くかもしれん。



 「ついに卒業かー。なんか実感わかんなぁ!」

 卒業式直前、教室にて恭平がそんなことを口にする。

 普段は制服のネクタイやYシャツを着崩している恭平だが、今日だけはびしっと着こなしている。

 こいつがここまでしっかりと制服を着ているのは初めて見た気がする。いや、入学式まではしっかりとしていたっけか。


 「それにしても、卒業直前に鵡川とヨリを戻すとはな。ヨリ戻した後の話を聞かせてもらおうかぁ!」

 ニヤニヤ笑いながら恭平が聞いてくる。

 別に何もなかった。しいていうなら、梓の友人たちに「梓が不幸になるから別れろ」と脅されたぐらいだ。もちろん「梓は絶対に幸せにしてやる」と豪語したがな。

 

 「やぁ佐倉君。卒業式だね」

 恭平の追及をのらりくらりとかわしていると、須田が声をかけてきた。

 ここ最近話していなかったが、相変わらずのイケメンっぷりで安心した。

 須田は確か、東京のほうの有名な私立大学に進学予定だったはず。


 「そうだな」

 「もう佐倉君に会えないのは残念だけど、お互い頑張ろうね」

 「…あぁ、お互い幸せになろうな」

 「うん!」

 笑顔を浮かべる須田。

 なんだかんだ、こいつとも色々とあったが、お互い求める幸せを掴みとれるよう頑張って行こうぜ。


 教室では卒業式前とは思えないぐらいに、いつものような雰囲気に包まれる。

 男どもはいつものように馬鹿騒ぎし、女連中はいつもの位置で談笑しあっている。 

 何も変わらない教室の風景。これをもう二度と見れなくなる。そう考えるとやっぱり涙腺が緩んでしまいそうだ。


 「英雄、泣くなよ」

 そんな俺の様子を見て恭平がにやりと笑いながら、そんなことを口にした。


 「泣くわけねぇだろ。お前こそ泣くなよ」

 「ふん、俺が泣くかよ」

 そういって大袈裟な笑い声をあげる恭平。

 よく見ると恭平の目が若干涙目だ。俺よりも涙腺の緩みが早い。こいつ、間違いなく卒業式で泣くぞ。

 そういえば哲也や大輔をはじめ野球部連中はどうしているだろうか? まぁあいつらもあいつらの友人との最後の別れがあるだろう。ここは変に会いに行くのはやめよう。

 最後の日だからこそ、今まで通りの日常を送るべきだ。それが最後の日の過ごし方だと俺は思っている。



 卒業式が始まった。

 体育館に集まった全校生徒と教師陣、卒業生の保護者。

 高校最後のビッグイベント。さすがの恭平も少しの社会人経験でTPOをわきまえたか。粛々と式に臨んでいる。


 こうして一番不安材料だった恭平も真面目にこなしていることもあり、式は厳粛に進んだ。

 そうして卒業生代表の言葉を言う場面を迎える。


 俺は壇上に上がりながら、噛まないようにと深呼吸を数度行う。

 壇上に上がり、持っていたカンペを広げながら、校長先生の前に置かれたマイクへと口元を近づける。

 優しく温和な笑顔を浮かべる校長先生。お祭り好きで何度も野球部を盛り上げてくれた校長。なんだかんだ嫌いじゃなかったぜ。

 そうしてカンペを見ながら、代表の言葉を口にする。


 「冬の凛とした空気の中、日差しや、梅の花に春の訪れを感じる今日の()き日、僕たち、234名は、晴れて卒業の日を迎えました」

 佐和ちゃんや佐伯っち、熊殺しなんかにもアドバイスをもらいながらヒィヒィ言いながら書いた卒業生代表の言葉。

 寮や自宅でも何度も練習してきたスピーチだ。絶対に噛まないぞ。


 「この度は僕たち卒業生のために、このように盛大な式典を開いていただきまして、ありがとうございます。また先程は、校長先生をはじめ、来賓の皆さん、在校生の皆さんから、あたたかいお言葉を頂き、胸が熱くなる思いがしております。本当にありがとうございました」

 普段ならまず俺が言わない言葉だ。

 真面目モードの恭平じゃなかったから今頃式を台無しにするぐらいの爆笑をしていた事だろう。

 さてさて、ここから本題へと入る。


 「思えば三年前の春、僕たちは、少しの不安と大きな希望を胸に抱きながら、この山田高校の校門をくぐり、今と同じこの場所で、入学式に臨みました。今となればこの三年間は、瞬く間に過ぎてしまいましたが、一人ひとりが、部活動や勉強などに、ひたむきに取り組み、非常に有意義な時間を過ごすことができたと思います」

 俺はスピーチをしながら、三年前の春を思い出す。

 あの時は哲也、沙希と一緒に来たんだっけな。正直なところ少しの不安もなかった。むしろ大きすぎる希望を胸にしていたな。そして……あの時は高校で野球をしているなんて思いもしてなかっただろう。


 「入学してすぐ行われたクラス対抗のスポーツ大会では、いろんな学校から集まってきた僕達を、一気に「仲間」にしてくれました」

 入学式から数珠つなぎのように次々と浮かんでくる思い出の数々。

 初めて恭平、大輔と知り合った時、同じクラスで恭平は前の席、大輔は隣の席だった。変な奴らだなというのが第一印象。恭平はアホだし、大輔は馬鹿みたいに食うしで……。

 スポーツ大会は確かドッジボールをやったっけか。最後にコートに残ったのは俺と恭平と大輔のみ。そこから逆転勝利してから、下の名前で呼び合うぐらいに仲が良くなったんだっけか。


 「自分自身に照らして言えば、野球部として甲子園大会に出場し、全国一になり、唯一無二の栄光と大事な友を得ました。あの夏の日の感動は、忘れることのできない思い出となっています」

 甲子園優勝の時の胸のうち。今でもあの興奮と感動は忘れない。いや忘れられないだろう。

 きっと俺が年老いたとしても、あの時の興奮は潮騒のように俺の胸に押し寄せる事だろう。


 「この三年間、山田高校で過ごした時間は、自宅で過ごす時間より長かったように思います。授業や部活動、休み時間の友人との談笑。まぶたに浮かぶのは、数え切れないほどの、楽しく、素晴らしい思い出です」

 部活で仲間と馬鹿しあった事。部活の無い日に馬鹿みたいに遊んで記憶。

 休み時間、友人と馬鹿騒ぎした思い出。思い返せば本当馬鹿みたいに騒いでばかりの日々だった。

 だからこそ楽しかった。だからこそ忘れられない思い出となった。

 あぁ…思い出したら涙腺が緩んできた。さすがに俺が泣くのはまずい。言葉を続ける。


 「体育祭、文化祭、修学旅行。様々な行事を仲間と共に乗り越え、かけがえのない絆を手に入れました」

 体育祭でクラスの為に全力出したこと。文化祭の盛り上がり。修学旅行の楽しい夜。

 そしてどのイベントにも浮かんでくるのは梓の姿。体育祭で梓や沙希と弁当を食べた事。文化祭での梓のメイド姿や梓と一緒に回った事。修学旅行で梓と仲良くなってメアドを交換した事。

 思い返せば、大事なイベントにはいつも梓がそばにいたな。


 「そして、あっというまに三年生。進路を決める時期になって、急に焦りはじめた僕達を、先生方は親身になって指導してくださいました。厳しい時は恐ろしく、優しい時はこの上なく優しい、こんな先生に僕達は初めて出会いました。「最後は自分で決めろ」と、おっしゃった時の先生の声は今でも耳に残っています」

 ぶっちゃけ、そんな事1ミリも思っていない。

 進路で焦ったわけでもないし、教師を恐ろしいと思ったことも無い。いや、佐和ちゃんはデビルだと思った事はあるけどな。

 ここは佐和ちゃんが「絶対に入れろ。俺達教師陣をヨイショしろ。これ入れないと教師連中は泣かねぇぞ」なんて言われて入れた文章だ。

 けどまぁ、後ろから聞こえるすすり泣く音を聞く限りには、言って正解だったみたいだ。


 「そして今日、僕たちはこの学校を卒業します。本音を明かしますと、自分は卒業する事にイマイチ気が乗りません。この素晴らしい仲間と別れる事が嫌だからです。ですが、自分の前に広がっている世界を見て、期待に胸が膨らみ、わくわくするような思いも致します」

 この文章は俺が絶対に入れたかった言葉だ。佐和ちゃんや熊殺しが文章を選んでくれたおかげで、粛々とした式でも通用する言葉になってる。

 きっと多くの奴らが同じ事を思ってるはずだ。本当は卒業したくない。もっと友人たちと馬鹿騒ぎしたいと。

 だけどそれは叶わぬ話だ。だからこそ、新しい世界に進まないといけない。


 「ひとりひとりの不安は、友と手を取り合うことで、勇気と力に変えて、三年前と同じように、胸を張ってこの門から旅立つことこそが、私たち卒業生の使命だと、自分に言い聞かせております」

 あっやっべ! 涙腺が緩みすぎて堪えられんわ。

 俺も鼻をすすり始めてしまった。


 「最後になりましたが、校長先生をはじめ諸先生方、そして、お父さん、お母さん、本当にお世話になりました」

 そして、俺は教師たちに、両親に感謝をする。


 「特に佐和先生、佐伯先生。授業でも、部活でも、大変お世話になりました。時には迷惑をかけ、先生を困らせた事もありました。そんな僕たち野球部を先生は、時に厳しく、時に優しく指導していただき、本当に…本当にありがとうございます!」

 野球部の思い出が走馬灯のように浮かんだ時、目から涙がこぼれた。やばいな。これはそろそろ限界だ。


 「僕たちは、必ず皆さんから受け取った想いを忘れずに、それぞれの進路へと旅立っていきます。どうか、…どうか、あたたかく見守ってください。そして時には、変わらぬ、ご指導をお願い致します」

 涙をこぼしながらも、鼻声になりながらも、俺は最後まで言う。


 「卒業生を代表し、ここでもう一度、心から感謝の言葉を申し上げ、答辞とさせて頂きます。本当にありがとうございました。平成23年3月9日。卒業生代表、佐倉英雄」

 最後まで言い終え、カンペを折りたたみ、校長に頭を下げる。

 拍手が起きた。よし、なんとかやりきった。


 「佐倉君、らしくない発言だったね。でも、お疲れ様。良かったよ」

 「ありがとうございます」

 穏やかに笑う校長先生に涙目になりながらも笑みを浮かべて、会釈程度に頭を下げた。

 達成感をほのかに感じながら、ゆっくりと階段を降りて自分の席へとも戻る。


 こうして最後に卒業生に贈る歌を歌い、卒業式は終わりを告げた。

 大輔、恭平、哲也、誉、野球部全員が涙を流しているを確認する。最後の退場。一歩一歩出口に向かうたびに終わりの近づきを感じる。

 あぁ、本当に卒業しちゃうんだな。そう考えて涙がまた頬を伝った。

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