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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
319/324

318話

 雨の中歩く、歩く、歩く。

 依然雨は止まない。依然俺の心は晴れない。

 地面を叩く雨の音はやかましく鼓膜に響き、考える事を邪魔する。鬱陶しい。

 歩く足は無意識のうちに早くなっていく。とにかく走り出したい。何もかも忘れるくらい全力疾走したい。そんな欲求を抑えつけながら濡れた革靴で水たまりを踏みつける。


 強雨の中、傘もささない俺を街行く通行人は不思議そうに見てくる。誰かが「あれ佐倉英雄じゃね?」なんてコソコソと話しているが、そんなもの無視だ。

 今はとにかく待ち合わせ場所へと向かう。



 待ち合わせ場所としたのはいつものファミリーレストラン。

 国道沿いに建ち、一階は駐車場で二階が店となっているよくある構造の店だ。

 全国チェーンで安価で美味い飯が食える学生に優しいレストラン。野球部の仲間や友人、沙希とかとも来ていた。


 「あっ」

 そういえば梓とは来たことが無かったな。

 そしてここまで考えたところで彼女の先ほどの言葉が、表情がよみがえり心臓が杭に刺されたかのような痛みが走る。


 「英雄?」

 そうして左手で胸を押さえたところで聞き慣れた声が聞こえた。

 視線を声のほうへと向ける。そこには先ほど電話した男、野上哲也が立っていた。

 …いや、哲也だけじゃない。彼の後ろには大輔と恭平も立っていた。こいつらは呼んでないぞ?


 「どうした英雄、傘なんかささないで?」

 不思議そうな顔をする大輔と相変わらずアホ面の恭平。そして驚いた後、何かを察したように神妙な顔を浮かべる哲也。

 あーうん、やっぱりこれだ。ズキズキ痛んでいた心臓が落ち着き、自然と頬が緩む。 

 高校三年間ほぼ毎日吸い続けてきた何気ない日常の空気が俺の心を穏やかにさせた。


 「はは、ちょっとお前らと話したくてな」

 「なんだお前、俺に恋したのか? やめてくれ、俺には千春って女がいるんだよ」

 恭平がふざけた解釈をしながら俺へと近づいてくると、手に持っていた傘を俺の上へと掲げる。

 先ほどまで鬱陶しく当たっていた雨が当たらなくなり、傘を叩く雨の音が耳に入ってくる。


 「お前なんか趣味じゃねぇけどよ。濡れてる姿なんか見たくねぇからよ。…入れよ」

 最後の一言、恭平史上最大の決め顔と決めボイスで言ってきた。


 「恭平、今のお前最高にきもいぞ」

 「あ? その発言の前にいう事あんだろ? あ? やんのか? あ?」

 どこまで冗談なのかは分からんが、これは恭平なりに励ましているのかもしれない。いやきっとそうだろう。

 恭平は馬鹿でアホで年がら年中発情期の最低野郎だが、本当に困ってる時は誰かの力になれる男だ。


 「英雄、なんかあったの?」

 哲也も近づいてきた。真剣な表情。こいつもこいつなりで俺の状況を気付いているようだ。

 本当に困った時はいつだってこいつに頼んできた。だからこそ今、こいつと話がしたかった。


 「相談事なら聞くぜ? とりあえずファミレスでな。腹減ったし」

 そして大輔。相変わらず頼りがいのあるナイスガイだな。

 うん、哲也だけじゃなくて恭平や大輔がいるのも頼もしい。


 「あぁ、そうだな」

 三人の顔を一瞥してから俺は小さくうなずいた。

 高校三年間、誰よりも一緒にいて、濃密な時間を過ごしてきたこいつらになら、今の俺の複雑に絡まった想いを吐露出来る気がする。



 「ぶはははははははははは!!!!」

 複雑に絡まった想いを吐露できる気がする。そう思った十数分前の俺を殴りたい。

 ファミレスの一角を陣取った俺達。梓と別れた経緯を三人に話し終えたところで、恭平が腹を抱えながら大笑いし、テーブルをバンバン叩きはじめた。


 「お客様、お静かにしていただけますか?」

 「あ、すいません。しっかりと言っておくので。あとすいません、パエリアとマルゲリータピザを追加で2つづつお願いします」

 そして恭平の隣でさっきから飯しか食っていない大輔。ってかお前それで何度目の注文だ。ほら、やってきた店員が唖然としてるぞ。


 「ひでひでひでお、わ、わわ別れたの!? なんで!?」

 そして大袈裟に動揺している哲也。どんだけ動揺してんだお前。沙希との一件でだいぶ男らしくなったと思ったのに、相変わらず過ぎるぞお前。


 という感じの惨状が俺の目の前に広がっていて、俺は深いため息を吐いた。


 「ってか英雄さ、そのびしょ濡れの服で椅子に座るとかクッソ迷惑だぜ?」

 「恭平、てめぇの下劣な笑い声もクッソ迷惑だからな?」

 ひとしきり笑った後、目に涙を溜めながら恭平のふざけた発言。

 俺は深いため息を吐いて、水を一口飲んだ。


 「という事で梓と一方的にフラれたんだ。ただそれだけだ」

 「なんだよそれだけかよ。いやめっちゃ面白かったけどさ、もうちょいこう劣情的な話題はないのか?」

 「あるわけねーだろ。ただこの話を聞いて欲しかっただけだよ」

 「なんだよー! 哲也から話を聞いたときはもっと重大な話だと思ったのによー! これなら千春と家に帰ったほうがマシだったぜ!」

 そういって恭平はコップに入った炭酸飲料を一気に飲み干すと、ドリンクバーのほうへと歩いていく。


 「そういえば大輔と恭平はなんで来てるんだ。連絡してなかっただろ」

 「あーそれな。駅に向かってる途中、偶然哲也と恭平に会ったんだよ。そしたら哲也が英雄が一大事なんて言うからさ」

 大輔はまだ残っていたグラタンを食べながら来た理由を話す。

 なるほど、だから先ほどの恭平の発言か。哲也を一瞥する。哲也は照れたように視線を逸らす。


 「だって英雄のあんな落ち込んだ声、久しぶりに聞いたから、なんか重大な事が起きたんじゃないかって思ったんだよ」

 照れくさそうように哲也が口にする。

 そんな様子を見て俺は深いため息を吐いた。哲也が心配するぐらい俺ダメージ受けていたのか。まぁ重大な出来事ではあったけども、こいつらと会うまではかなり凹んではいたけども。


 「まぁまぁ英雄、卒業前の身辺整理って事で良いじゃん! 鵡川ほどの女は早々いないが、女は星の数だけいるんだ! しかもお前の財力なら好きなだけ女抱けるだろ! 気にすんなって!」

 いつの間にか戻ってきた恭平がまくしたてる。

 うん、やっぱりこいつにだけは梓と別れた話を聞かせたくなかったな。


 「お前も身辺整理したい」

 「ははは、そんな事言うなよブラザー! 俺らを身辺整理するなんてもったいない! 今みたいに本当に辛くなった時、すがれる場所がなくなるぜ?」

 俺ら、じゃなくてお前だけだからな?

 …だが恭平のいう事は一理ある。現に今こうして恭平に馬鹿笑いされたおかげで、深刻な悩みだったものがだいぶ軽くなった気がする。


 「大体、鬱陶しく思ってたんだろ? なら別れて良かったじゃん。しかもあっちからの別れ話。逆恨みとかなくてすっぱりできたじゃん」

 恭平の言葉。確かにそうだ。そうだけども…。


 「そうだけどさ、確かに野球やってる時は鬱陶しく思ってたけどさ…いざ会ってみるとなんというか…」

 「英雄、逆にこういう考えもできるぞ」

 複雑な心境、中々まとまらない考えの俺に大輔が声をあげた。

 手にはパスタのトマトソースで汚れたフォーク。口元はトマトソースで赤くなっている。


 「野球に意識を全て向けるために、本能的に鵡川を遠ざけたって考え方だ。それだと鵡川の存在はかなり大きかったと考えられる」

 大輔の考えは目から鱗だった。

 なるほど、そういう考え方か。いやうん、そうなのかもしれない。


 俺は梓の存在があまりに大きすぎるから、野球に集中するために遠ざけていたのかもしれない。関わらないように無視をしていたのかもしれない。

 どうなのだろうか? あの時の自分を思い浮かべる。


 「やべぇかっけぇな大輔。今の発言はやべぇわ。なぁ哲也、今の発言お前出来るか? とりあえず抱けってアドバイスした俺がアホみてぇじゃん」

 恭平、お前はみたいじゃなくて普通にアホだからな?


 「最後に決めるのは英雄だけど、英雄が謝ってヨリ戻すのはありだと思うけど。お前ら喧嘩別れっていうより、好きだからこそ距離を置いてる感じだし」

 アホの発言を無視して大輔が大人すぎる発言を繰り広げる。

 大輔の言葉はすらすらと俺の心に入っていく。


 「それもそうだけど……大輔的に俺はどうすれば良いと思う?」

 「そんなの分からん。俺は英雄じゃないし。でも英雄なら自分で選んだ選択は絶対後悔しないだろ?」

 どこか呆れたような顔をしながら大輔が答えた。素直に格好いいと思った。なるほど、恭平の言う通り大輔やべぇな。

 そして今の大輔の発言でだいぶ気が楽になった。


 「ありがとう大輔」

 「気にするな。ところで英雄、これ食べたいんだけど、そろそろ手持ちの金じゃ無理なんだ。これ奢ってくれないか?」

 そういって大輔は俺にメニュー表を見せると、スパゲティを指差した。


 「……大輔、お前」

 「奢ってもらう為に真面目なアドバイスしたわけじゃないぞ? アドバイスは本当に真面目に答えた。ただ、このメニューを見てると腹が減ってきてな」

 なんて奴だ。ってかお前さっき注文したばっかだろうが。マジで大輔の胃袋の中にダークホールでも生成されてるんじゃないだろうな?

 だが、これでこそ大輔だ。


 「しゃーない、これだけだぞ」

 「悪いな」

 そういってニコッと笑う大輔。なんて良い笑顔だ。これが彼女持ちの余裕という奴か。



 この後、恭平のバカみたいな提案に呆れ、大輔の馬鹿食いに呆れ、哲也が異様に動揺しているのに呆れながらも、一時間ほどレストランで騒いで店を後にする。

 会計を終えた後、恭平、大輔が揃ってトイレに向かったので、俺と哲也は外へと出た。

 外はすでに暗くなっていた。雨は依然降っていて地面を叩く雨の音が耳に入る。だが先ほどよりも弱まっているようだ。

 吐く息は白い。三月に入ったとはいえまだ春先。雨一つ降るだけでこんなに寒くなるか。


 「英雄、食事中僕なりに考えたんだけど、一つ言っていいかな?」

 「なんだ?」

 食事中、ずっと動揺していた哲也がやっといつもの彼らしくなっていた。


 「今の英雄さ、凄くらしくないよ」

 「…そうか?」

 哲也の言葉に首をかしげる。

 俺らしいというのがどういうものなのかは分からない。


 「うん、普段の英雄なら「女一人ぐらい余裕で満足させてやる。俺は天才だからな」とか言ってると思う」

 「…そんな事俺いうか? …いや、言うかも」

 少し考える。確かに普段の俺なら言いそうな発言だ。

 なるほど、いざ他人に真似されるとアレだな。凄く気恥ずかしいし自分の幼稚さが浮き彫りになる。哲也にはこれから俺の物まねはするなと言っておこう。


 「英雄はさ、もっと英雄らしくしていいと思う。鵡川さんの事を思ってしおらしくしてるのかもしれないけどさ、鵡川さんはきっと普段の英雄に惚れてるんだと思うし」

 「哲也……」

 彼の助言もぐさりと俺の胸に刺さる。

 思い返せば確かに梓の前の俺はなんというか俺らしくなかった。


 「お前、言うようになったな」

 「そうかな?」

 「あぁ、沙希との一件がお前を変えたんだろうな」

 俺の言葉に哲也は苦笑い。だけど前みたいに恥ずかしそうにするわけでもなし、普段の温和な笑みは崩すことなく俺の発言に答える。


 「…そうかもしれないね。今までは英雄の背中を追ってただけだったから。今の僕なら君の隣に並び立ててるかな?」

 「何を言うか。いつだってお前は俺のそばで支えてくれてただろうが」

 そういって俺は右こぶしで軽く哲也を叩く。

 哲也は嬉しそうに笑い、俺も不敵に笑う。


 「今日はお前らに相談して良かった。やりたいこと、やるべきこと、俺が望む結末が見えたよ。ありがとう」

 「どういたしまして」

 複雑に絡まった心境はほどけた。今は明瞭な道筋がみえている。


 「恭平に大輔にお前、本当最高のダチに恵まれよ俺は」

 暗くなった空を見上げる。

 気分は晴れた。やるべきことも見えた。ならあとはやるだけだ。


 明日、学校で梓と話そう。

 伝えなきゃいけないことがあるから。

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