315話
一ヶ月に渡る春季キャンプも、今日の練習で終わりを告げる。
長く感じたキャンプも、終わってみれば良い思い出しかない。
俺は初の対外試合の後も上々な成績を収めた為、見事オープン戦で出場が決まった。
すでに一試合先発登板しており、七回を4安打無失点、7奪三振と満足なピッチングが出来ている。
今日にも広島に戻り、一日休養した後、その翌日にはファルコンズとのオープン戦だ。そこで先発が確定している。結果次第で開幕ローテの可能性も見えてくるだろう。
最後の練習も終えグラウンドの中心で手締めが行われ、キャンプ終了。
そしてホテルに戻り荷物をまとめて沖縄を後にした。
帰宅した次の日は、寮の中でしっかりとキャンプの疲労を取る。
夕方前には岩田さんと室内練習場へと赴き、軽く投げ込みをして調子を確認しておいた。
翌日、ファルコンズ戦。
俺は八回5安打1失点のピッチングで、マウンドを降りる。
文句なしのピッチングだ。もちろん俺も相手選手もオープン戦なので調整程度の考えで挑んではいるが、それでも完璧すぎて自分が恐ろしい。
監督にも「開幕ローテ入りさせるからな」と笑顔で言われる。なんだろう、プロ野球入ってから順風満帆過ぎる。
順風満帆のプロ生活、だがここで一度それは中断して、地元山田へと戻る。
明日から三年生は登校する事になっており、明々後日には卒業式が待っている。
別に卒業式当日だけ出ればいいのだが、明日から三日間、監督から暇を与えられたので、せっかくだし実家に戻る事にした次第だ。
とか言いつつ、久しぶりの仲間達との再会に胸を躍らせているのも事実。わずか数か月程度だったが皆さんたくましくなっているかな。
「ただいま!」
夜9時過ぎ頃に自宅に到着。
久しぶりの家族の顔を見て、思わず笑顔になってしまう。
「おかえり英雄、どうだプロは?」
ビールを飲みながら、親父が俺にプロの感想を聞いてくる。
「最高に楽しいぜ。なんて言ったって全国から集まった野球のプロフェッショナルばかりだからな。抑え甲斐がある」
「そうか、なら良かった」
嬉しそうにする俺の顔を見て、親父の顔も笑顔を浮かべる。
「ところで英雄、家出る前の約束覚えてるか?」
「なんのことだ? それより千春は?」
ニヤリと笑う父親の口から出た話題はスルーする。どうせ入場料100万の事だろう。ってかあれマジでとるつもりなのか。相変わらず父上殿は何を考えているのか読めない御仁だ。
話題をそらすために千春の事を口にしたが、気になっていたのも事実。家に帰ってから千春の姿を見ていない。
「あぁ千春なら、彼氏の家にいるよ」
「……はぁ?」
親父の言葉に俺は素っ頓狂な声をあげていた。
「いやぁ、お前が居ない間に恭平くんが家に来てな。娘さんとは結婚前提に付き合ってます。どうか娘さんをください! と言われて土下座されてな。嬉しくなってしまってね。そのまま了承してしまったんだ」
「いや待て親父、何を言ってるんだ?」
ごめん理解が追い付かない。
え? なに? じゃあ千春と恭平のあのクソ大馬鹿野郎同棲してるの? ……それは色々とまずくないか?
「親父、あいつだけは止めとけ。将来、あいつらの子供だけでラグビーの試合できちゃうぐらいには出来ちゃうぞ?」
マジで恭平ならやりかねない。ってか、きっとガキ生みすぎて家計が厳しくなりそうな気がするぞ。
「はっはっはっ! そしたらプロラグビーチーム結成するしかないな。佐倉ビクトリーズってな名前で」
「いやいやいや、なにを暢気な事を」
「なんだ英雄、甲子園優勝の美酒を分かち合った戦友を信じられないのか?」
そういう問題じゃないんだ。いやまぁ確かにそこらの男に比べたら恭平はマシだけど。マシだけども……!
……なんでここまで千春のために必死になってるんだ俺。
「……えっと、それで彼氏の家って、あいつの実家で暮らしてるのか?」
「いいや、恭平くんが丘城市のほうでアパートの部屋を借りたからそっちで住んでる」
わーお、学生なのに赤ちゃん出来ちゃうフラグがビンビンなんですけど。
明日恭平に会ったら、出会い頭にドロップキックを食らわしてやる。
「俺にも彼女が出来たぜ」
そう嬉しそうに言うのは兄貴である博道。
「そうか、良かったな」
「なんだよ英雄! 千春の時みたいにもっと必死になれよ!」
「いや、兄貴の色恋沙汰とかクソどうでもいいし」
「なんだと! お前の大事なお兄ちゃんがどこの馬の骨かも分からない女にとられて良いのか!?」
いや、別にとられても構わない。
なんて具合に久々に家族と雑談を交わす。
そうして時刻も10時を越えたところ、眠くなったので風呂に入って、久しぶりに自室で睡眠する。
明日、久しぶりの友人達との再会。なんかドキドキして眠気がなくなった気がしたが、睡魔は確実に俺をむしばみ、あっという間に眠りに落ちるのだった。
翌日、俺は久しぶりに恵那と登校する。
「英兄ぃ。顔がガチガチだよ」
「うるせぇ。緊張してんだよ」
久しぶりだから妙に緊張してしまう。
やっぱり新聞をほぼ毎日騒がしておりましたし、学校に行ったら質問攻めなのだろうな。
俺の予測はやはり的中した。
教室に入るなり、大歓声をあげるクラスメイト達。
男女関係なく質問攻めに適当に返答しながら、だいぶ落ち着いたところで自分の席へ。
「久しぶり英雄!」
席に座ったところで哲也が待っていたかのように、笑顔で俺に近づいてくる。
「おう哲也、久しぶり! 沙希と同じ大学行けてよかったな」
「うん!」
あれ? 哲也が照れない。
こいつ、俺のいない間に成長したと見た。顔つきも何か覚悟を決めたというか、肝の座った顔つきになった気がする。良い兆候だ。まだまだ頼りないが、これからお前が沙希を支えているんだ。期待しているぞ。
「それにしても英雄、凄いね。連日新聞の記事になるなんて」
「まぁ甲子園優勝の高卒ルーキーが一年目からキャンプで好調なら、マスコミも食いつくのは当然だ」
「ははっ、やっぱり英雄は変わってないね」
嬉しそうに笑顔を浮かべる哲也に俺も笑みを浮かべた。
教室の空気を一度吸う。
わずか数か月ほどだったのに懐かしささえ感じる空気感。
ここ最近は年上の人達ばかりに囲まれていたからな。同級生ばかりに囲まれるこの教室はやはり落ち着く。
「よぉ英雄ぉ! いいやお義兄さん! 会いたかったです!!」
次いで教室に入ってきて俺を見るなりに馬鹿テンションで俺に挨拶をしてくる恭平。
思わず筆箱を、恭平に投げつけていた。
「いって! なにすんだよ英雄!」
「てめぇ! 俺の妹に、ふしだらな行為すんじゃねぇぞ!」
咄嗟のため避けられなかった恭平は、甘んじて俺の投げた筆箱に当たった後、憤る。
言っとくが俺だって激しく憤ってるんだからな。今すぐにでも引きずり倒して関節外してやりたいわ。
「ふふっ英雄、俺をなんだと思ってる? 千春ちゃんにふしだらな行為だと? するわけないだろう? 親友を信じないでどうすんだよ」
なんて言いながら俺に近づき右肩を軽くたたく恭平。
いや、お前は親友だが信じれない。お前ほど俺の妹に手を出しそうなやつはいないだろう。
「千春ちゃんのほうからイエスが来ない限りはしないさ。安心しろ」
なんて言って爽やかな笑顔を浮かべる恭平。
なんだこいつ。ちょっと気に入らなかったので、奴の手首をひねっておく。
「ぎゅえ!」という良く分からない悲鳴を聞いて、少しばかり気が晴れた。
正直恭平は信用ならないが、こいつはこいつで自分ルールには遵守する男だ。
だがやっぱり不安だ。不安過ぎる。それでも……。
「超ハイパースーパーミラクルウルトラギガマックス超絶認めたくはないが、うちの家族連中も公認だし、お前を千春の彼氏として認めてやる。我が妹を頼むぞ。別れたらその時は割とマジで埋めるからな」
「おいおい英雄、心配性だな。千春ちゃんが俺から愛想つかして別れる事はあっても、俺から千春ちゃんに別れを切り出すなんて事は一切ねぇよ!」
そこまで豪語するならよし。
絶対に千春を悲しませるなよ恭平。
恭平と話しながら、野球部の奴らの進路を思い出す。
まず恭平と龍ヶ崎はカードリーム丘城に内定が決まっている。どちらも野球部に入部する事が条件ではある。
哲也は酒敷美大。中国野球リーグの四部リーグに所属しているわりにスポーツ推薦枠が2枠あって、その1枠を使って入学を決めた。
鉄平、大輔、岡倉は山田大学。大学で野球をするのは大輔のみ。鉄平は高校で野球を辞める。
誉も自身の希望する学校であった伊原大学の教育学部に合格している。
中村っちは近所の工場に内定が決まり、誰一人として進路が決まっていない奴はいない。
「よぉ英雄」
ちょうど恭平との雑談を終えたところで、大輔が俺に声をかけてくる。
なんも外見は変わっていなくて安心した。これで金髪にしていたら、マジで驚いて何もいえなくなっていた。
「よぉ大輔、久しぶり。どうだ? 大学野球のほうは」
「相手にならなくてつまんねぇ。まぁおかげで春季リーグにはレギュラーもらえそうだ」
「さすが大輔。大学レベルじゃ屁でもねぇか」
不満足そうな顔を浮かべる大輔に、俺は笑ってしまった。
やっぱり大輔はすでにプロがお似合いってわけか。
「そっちこそどうだ? やっぱり厳しいか?」
「いんや、お前クラスの打者がいなくて、飽き飽きしてる所かな」
「そうか。なら、早く俺もプロ言って、お前と対決しないとな」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる大輔に、俺は苦笑してしまう。
本当にそうしてくれないとつまらないと思ってしまったからだ。
「そういえば英雄。卒業生代表の言葉って、お前が言うんだよな?」
「あぁ、しっかりとスピーチの文書いてきたよ」
「そうか! 楽しみにしてるぜ。みんなが泣くような言葉をよろしくな」
難易度あげるな大輔。全員を泣かせるとか、難しいにも程があるぞ。
「まぁ楽しみにしててくれ」
苦笑いをしながら、俺は大輔に言ったのだった。
「英雄、久しぶり」
「おっ! 今度は沙希か。久しぶり」
大輔が別の友人のところに行った所で、俺の前に来る沙希。
「そうだ、大学入学おめでとう」
「ありがとう。英雄のほうこそ、開幕一軍に向けて順調ね」
両者が両者を褒め称える。
「もし一軍で登板することになったら、応援に行くから」
「広島だし、無理はすんなよ」
「分かってる。私だって学生の身だしね」
いつものように沙希と会話をする。
本当に沙希とは、中三の頃からまったく会話のテンポが変わっていない。自分としたら心が落ち着いて嬉しい。
なんて事を思いながら、久しぶりの雑談をしたのだった。




