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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 怪物の休日
315/324

314話

 3月に入り、寒さは少しばかり和らいだ気がする。

 季節は確実に進んでいて、私、鵡川梓の世界も確実に動いていた。


 「だはー! もう面倒くさいー!」

 山田市内にあるショッピングモールに併設しているカフェで百合はそんなことを口にして机にも上体を預けた。

 そんな姿に私と帆波は苦笑い。

 専門学校に進学を決めた百合はとにかく学校側から出された課題の数が多いらしい。遊びに来ている今日ですら課題とずっとにらめっこしていた。

 今日は自由登校期間になってから初めて友人と遊んでいる。

 私の方も丘城市内の国立大学に進学が決まり、やらなきゃいけないことが多くて、こうしてゆっくり遊ぶのは久々な気がする。


 「まぁまぁ、梓の彼氏君に比べたら楽なもんでしょ。ね? 梓?」

 不敵に笑いながら帆波がこちらを見てくる。

 その笑みを私は直視できず、視線をそらした。二人の前では彼の話題を出されても平静を装うと思ったのに、体が勝手に反応してしまう。


 「そ、そうだね」

 声すらもぎこちなくこぼれる。


 「あれ? もしかして梓。彼と上手く行ってないの?」

 帆波の追求に思わず肩が震えた。

 なんて、なんて情けない。ここまで感情を隠せないなんて……どうやらこの問題は私は私が思っている以上に深刻なのかもしれない。


 「う、うん……ちょっとね」

 「大丈夫? 愚痴なら聞くよ」

 「そうそう! どーせあいつの事だから野球野球野球なんでしょ!」

 帆波と百合が私の事を心配してくれている。

 そういえば百合はもう彼への想いは踏ん切りついているのだろうか。いや、今も私と仲良くしてくれている時点で、踏ん切りはついているんだろうけど。


 「うん、それじゃあ……」

 思えば彼への悩みや不安を誰かに相談するのは初めてだ。

 私の彼氏、佐倉英雄君への想いと感情、悩み、不安。その他もろもろの感情を友人たちに吐露していく。


 選手寮に行ってからまったく連絡してくれない事。野球ばかりで私の事を一切気にかけてくれない寂しさ。

 そんな想いは愚痴のようにこぼれていく。愚痴を誰かに聞いてもらうと気持ちは晴れるものだけど、今回は一切晴れない。むしろ私の感情はどす黒く沈んでいくばかり。


 私は英雄君とどうしたいんだろう。どうなりたいんだろう。

 そりゃ私は英雄君のそばでずっと野球選手としての彼を支えたいと思ってる。だけど……心の奥底では、凄く、とても不安で寂しい。

 英雄君にはもうちょっと私の事を見てほしい。彼がシャークスの選手寮に行ってから、あちらから一度もメールも電話もなかったし、私からのメールも電話も全然返信がこない。

 そりゃ選手寮に行く前から少しすれ違いはあったけどさ、だからって一切連絡してこないってなんなの。



 「梓」

 一通り私の抱える不安を口にしたところで、百合が私に声をかけてきた。


 「それは佐倉だと思う。私も一時期さあいつの事好きだったから分かるけど、あいつって野球しか見てないんだよね。だから仕方ないと思う」

 百合の言葉。その言葉に私は唇をかみしめる。


 「あいつと付き合うって本当面倒くさいと思う。私はあいつと付き合えるかって、支えられるかって考えたら無理だと思って諦めたけどさ。梓はあいつを支えられる?」

 「支えたいとは思うけど……」

 「多分、一方的なものになると思う。あいつ、間違いなく何か返すってことしないでしょ」

 全て彼女の言う通りだ。多分、このまま彼と付き合うのは難儀な道になるだろう。そんな気がする。

 プロ野球が開幕すれば今以上に彼から連絡は途絶えるだろう。野球から目を離すことは一切なくなるだろう。


 「もうそんな男別れちゃえ!」

 とここまでだんまりしていた帆波が急に声を荒げて過激な発言をした。

 そこで私は我に返って彼女を見る。


 「え?」

 「別れろ! なにそれ! 最低! やっぱり佐倉って最低じゃん! 彼女より野球取るなんて最低!」

 まるで自分の事のように憤る帆波。

 その姿を見て少し気分が晴れた気がする。そういえば私、彼女みたいな怒り方したことないな。


 「大体さ告白してきたのはあっちなんでしょ!? それで野球ができるようになったそっぽ向いたわけでしょ!? つまり野球ができない間の繋ぎ程度で梓と付き合ってたわけでしょ!? 最低!! 屑男!」

 帆波の憤る言葉が店内に響く。

 店内にいた人たちがいぶかしげにこちらを見ていて、百合と私は帆波をとりあえずなだめた。


 なだめながら、帆波の言葉が胸をズキズキと痛めた。

 野球ができない間の繋ぎ程度。英雄君がそんな理由で私を付き合ったとは思わない。……と思うのは私の勝手なんだと思う。もしかしたら本当に英雄君は暇潰し程度で私と付き合ったのかもしれない。



 「それで梓はまだ佐倉の事好きなの?」

 なだめて少し冷静になった帆波が、先ほどよりも声量を落として私に聞いてきた。

 好きか、嫌いか。そんなのは考えなくても分かる。


 「うん……」

 そんなの大好きに決まっている。私はまだ英雄君が好きだ。

 好きだからこそ、野球ばかりで私に構ってくれないことに寂しさを感じているんだ。


 「それ本当? 本当に? 付き合ってるからとか、昔から好きだったからとか、そういうの言い訳にしてない?」

 帆波が問い詰めてくる。

 その言葉に私は自問自答をする。


 本当に……本当に今でも好きなのだろうか?

 この問いは間違いなくYESだ。今でも英雄君への想いは変わっていない。

 ずっと英雄君の事は好き。


 「うん……」 

 やっぱり好きだ。私は、佐倉英雄という男の子が好きだ。



 中学の頃、初めて彼を見たときから。

 良平との試合で相手チームのエースとして投げる彼の姿を見てから恋に落ちた。高校で同じ学校に入学していつも明るく男子たちと笑う笑顔に想いを深めた。

 高校二年生になって野球部になった彼、野球をする彼に、野球を努力する彼に、野球に対してだけは強いこだわりをもつ彼に、仲間と一緒に勝利を喜ぶ彼の姿に……。

 そう、ずっと好きなんだ。

 私は佐倉英雄という男の子が……。


 「あ、そっか」

 不意に声がこぼれた。

 脳裏に浮かんでいた英雄君の姿を見て、私が思い浮かべる過去に英雄君の好きな所を見て、私の中にあったわだかまりがとけた。


 「どうしたの?」

 「ううん、私やっぱり英雄君が好きなんだなって」

 そういって私が笑うと帆波は「かー! ダメンズ好きかよー!」と自分の顔を叩いて背もたれに体を預けた。その様子を見て私はクスクスと笑う。


 そう、私は佐倉英雄君が好きだ。だからこそ彼に伝えたい言葉がある。

 あと数日で卒業式。卒業式三日前からは自由登校になっていた三年生も登校する。

 英雄君もきっと登校する。なら、その時に伝えなきゃいけない言葉がある。

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